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ネクストライフ  作者: 相野仁
六章「ターリアント大陸擾乱」

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十三話「余韻」

 魔軍は人類に敗れ去った。

 魔人が五人も死に、特に上級魔人のアルベルトとフランクリンを失ったのは大打撃であろう。

 そういう意味ではマリウス一人に敗れたと言えるかもしれない。

 五人全員が戦争開始二十分以内で死ぬなど、人類でも予想出来なかったのだ。

 マリウスの力を知っていた者は例外とされるが、あまりにも強すぎた事は誰も否定出来なかった。

 一体誰が、各地に散るアンデッドが全てまとめて葬り去られると思うのか。

 

「こんなものかな」

 

 味方にもある意味大きな打撃を与えた張本人は、各国有志と共にベルガンダで瓦礫撤去と浄化作業を行っていた。

 戦争が終わった翌日の事である。

 大量の死人とそれらのアンデッド化は疫病の発生源となると聞いたからだ。

 功労者にそんな事をさせられないと慌てる周囲の反応を意図的に無視し、黙ってついてきた三人の召喚獣や目を輝かせながらついてきたバーラと一緒に。

 たっぷりご褒美をもらえたゾフィはまた手柄を立てるつもりで、他の二人は挽回するつもりで。

 一方のバーラは指示も出せるし、浄化魔法も使いこなせる主要戦力である。


「マリウス殿」


 そんなマリウス一行に声をかけてきたのは、セラエノ王デレクであった。


「これは……」


 マリウスはとっさに反応に困る。

 背後に何人もの護衛が控えているところを見るとどこかの王族か貴族なのだろうが、思い出せない。


<セラエノ王です>


 エルが「テレパス」を使って教えてくれたので、ごまかす事にした。

 何故知っているのか、追及している場合でもない。


「セラエノ王、とんだご無礼を」


「いや、よい」


 何となく自分の顔を覚えていなかった事を察したが、デレクは鷹揚に笑って許す。

 元より礼節にさほど煩い方ではないし、礼節を尽くすべきなのは己の方であると思っているのだ。


「ガスタークは我が兄であった」


 その表情と声色から心中を察する為には、マリウスは経験不足だと言わざるを得ない。


「かつては彼にとって弱者は庇護対象であったはずだが、いつの間にやら邪魔なだけの存在になっていたのだ……」


 あまりの酷さに先代王であるデレクの父に誅殺された、そのはずであったが生きながらえ魔人と化していたのである。

 マリウスはそのあたりの事情を初めて知ったのだった。


「民に代わって礼を言わせてもらいたい」


 深々と頭を下げられたマリウスは驚き、傍にいたバーラを横目で見る。

 バーラも驚いていたので、これは普通ではありえないのだと知った。

 知ったのはいいが、果たしてどう返せば無難なのか。


「いえ、こちらこそ。因縁の相手を横取りしてしまったようで」


 マリウスなりに慎重に言葉を選ぶ。

 セラエノ人達は自分達で討ちたかったのではないかと気を回したのだが、頭を上げたデレクはそれを否定した。


「誅殺された王族が生きていたのも恥ならば、民草に更に害を与えたのも大恥だ。我らが敵うか分からぬ存在になっていた以上、こだわるのは愚かな事だ」


 表情も声も平坦で、わだかまりはないように思える。

 もし抑制された結果だとすれば、計り知れない自制力の賜物だろう。

 しかしデレクはそこで表情を困惑と羞恥が入り混じったものへと変える。


「それより知っていれば教えて欲しい。メルゲンという名に心当たりはないだろうか?」


 マリウスと言うよりその背後にいるゾフィに向けられていた。

 ゾフィは主人の方を見て、教えてやるべきだと目で言われたので答える。


「知っている。ガスタークとよくつるんでいた魔人だ」


 デレクは黙って目を閉じ、護衛達からは小さなざわめきが起こる。

 意外さよりもやはりという思いの方が強い。

 マリウスにしてもわざわざ尋ねるくらいだから、と思う。


「メルゲンはガスタークの義兄弟であり、悪に引き込んだ元凶。少なくともそう思われるくらい悪辣な奴だ」


 デレクは一旦そこで言葉を切り、フードを被ったマリウスを見る。


「倒せるならば我らの手でと思うものの、貴殿に頼む方が確実であろうな。厚かましさは重々承知だが、お願い出来ないだろうか?」


 マリウスは黙って頷く。

 民の為に氏素性も知らぬ者に頭を下げる王というのは、個人的に好感が持てる相手だ。

 それでいてマリウスに対して媚びへつらう素振りもなく、王としての威厳を損なっていないのも感心する。 


「メルゲンが得意とするのはガスタークと同じくネクロマンシーだが、造詣の深さではより上であろう。貴殿ならば大丈夫であろうが、油断は禁物だ」


 そう忠告するとデレクは臣下達の方へ戻っていった。

 護衛達もマリウスに目礼して続く。


「何と言うか、いい意味で王様って感じだな」


 マリウスの貧弱な表現力でもバーラは、言いたい事を察知して首肯してから口を開く。


「セラエノが精強さを取り戻したのは、あの方が即位してからです。恐らく大陸で一番立派な王ですよ」


 バーラの褒め言葉にさもありなんとマリウスは思う。

 たった数回言葉を交わしただけだと言うのに、深い印象が植えつけられた相手だった。

 余談だがゾフィやエルはバーラに対して「こいつ、魔法絡み以外でもきちんと判断出来るのか」とやや意外な感想を抱いた。

 

(それにしても人間から魔人にねぇ)


 これもゲームと現実の差異だろうとマリウスは思う。

 ゲームでは一度種族を設定すると変更は出来なかった。

 もっとも「リッチ」のように人間を止める職で、こちらでは魔人になるという可能性はあるが。

 魔人と言えば上級魔人達も弱かった。

 ゲームの頃では「アニヒレーション」単発で沈んだりしない。


(もしかすると敵の強さって一人プレイ用なんじゃないのか……?)


 MMORPGのステータスのまま一人用RPGの強さの敵と戦っているからこそ、敵が弱く感じるのではないのか。

 集団で倒すべき敵と一人でも倒せる敵の強さが違うのは別におかしくはない。

 そもそも常識が通用しない世界なのは今更であるし、何となく説明が出来た気がするマリウスだった。

 だとしたら今まで気づかないなど迂闊だったと言うしかないのだが……。


「そろそろ再開しませんか」


 バーラの声に応じ、マリウス達は作業へと戻る。

 ベルガンダの民はゾンビとなって魔軍の捨て駒にされ、マリウスの魔法で浄化された。

 浄化すると遺体は残らないのだが、せめて魂だけでも救われたと思いたいところである。

 侵攻に利用されなかった人々の遺体が残っているだけまだマシと言えよう。

 遺体の数だけ墓は作られ、遺体が残らなかった人々の為には慰霊碑が建てられる事となっている。

 これは国家戦略の一部でもあった。

 ベルガンダが滅亡した事によって、ベルガンダが主な取引相手だった人々は失業の危機を迎える。

 一時的にせよ仕事と収入を与え、その間に善後策を練らねばならない。

 失業者の増加は国の治安や経済に影響を及ぼすのだ。


「魔人ってつくづく祟るよなぁ」


 マリウスの声には剣呑な響きがあり、それを感じ取った女性達は思わず顔を見合わせる。

 彼は本来温厚な性格で受け身な人間のはずだ。

 だからこそ周囲へのしわ寄せが少なく、その点については多くの人間が評価していたのだが、もしかすると部分的にせよ修正する必要があるかもしれない。

 されど女性陣達は「怒ったマリウス様も素敵だな」という想いが沸き起こり、緊迫感は深刻にならなかった。




 

 人類の問題はベルガンダ滅亡による経済的損失だけではない。

 魔軍襲撃への対抗に非協力的だったヴェスター、ミスラ、バルシャークをどうするかというのもある。

 だがさしあたっては、功労者にどう報いるかという点が厄介だった。

 第二功はパルを倒したゾフィの名が挙げられる。

 彼女は淫魔であり、パルを一対一で倒せる事から正体は明白だったのだが、咎めを受けることはなかった。

 何と言っても魔人を倒した英雄だったし、


「彼女は我々の為に戦ってくれた。正体がどうなど忘恩の言であろう」


 とセラエノ王デレクが主張し、多くの支持を集めたのだ。

 おまけに彼女は自らがマリウスの召喚獣だと宣言し、全ての手柄はマリウスに帰属すべきだと主張すれば、少数派は口をつぐむしかなかったのである。

 マリウスがまだ力を隠していた事が判明したのだが、今更だしと反応は大きくなかった。


「力に溺れず、濫用を慎むなんてご立派です」


 とバーラが熱心な擁護をしたおかげとは言い切れない。

 皆、程度の差はあれ「気にしたら負けだ」と諦観に近い表情だったからである。

 そんなマリウスこそが第一功なのは誰もが認めるところだ。

 上級魔人二人とレーベラ、ガスタークを連破し、魔軍数百万を蹴散らした。

 おまけにゾフィの主人でもあった。

 巨大すぎる武勲と言えるが、だからこそ頭痛の種となっている。

 前例がない程の大手柄はどう賞すればよいのか前例がないのだから。

 王達の間で俗称「マリウスに与える恩賞を考える会」がまた開かれている。


「いっそ旧ベルガンダを丸ごと与えるというのは? 彼が我々の手に負える御仁ではないのは最早確定だろう」


 そう提案したのはセラエノ王デレクであった。

 それに反対したのはベルンハルト三世だが、別にマリウスへの悪意からではない。


「しかしマリウス殿は領地経営の類が苦手だ。領土を与えるには誰か補佐役をつけねばならん。一国分の領地を経営するには相当な数が必要だが……いるのか?」


 正論なように王達は思えた。

 領地を堅実に運営出来る人間というのは希少価値が高く、どの国でも相応の地位と俸給が与えられている。

 国の経営に差し支えのない範囲でそれだけの人数を用意するのは簡単ではない。


「無理だな。各国から出しあっても足りるはずがない」


 ランレオ王フィリップの言葉に反論はなかった。

 一地域ならばまだしも、一国全体となると現実的ではない。

 数を揃えるだけならば出来ようが、大切なのは指示を出せる人間なのである。

 大抵の場合は必要最低限だけ与えて「後は自分の才覚でやれ」と、恩賞を与えると同時により大きな者に育てるというやり方を採る。

 もちろん何かあれば手助けもするのだが、今回はそれが適用出来ると思えない。

 マリウスの手柄が大きすぎるし、強すぎるというのもあるが、一番の問題はベルガンダが空白地帯になってしまっている事だ。

 領地とするには住民を入植させねばならないし、道路や拠点も一から築いていかねばならない。

 国家単位でも一大事業となる事を素人に丸投げするなど、無責任の謗りは免れないだろう。


「結果論だが、娘らとの婚姻は今の段階で言い出すべきだったな」


 ガリウス王ヴェヌート二世がぽつりと言うと、他の王は皆苦笑に近い表情を浮かべる。

 確かに「お姫様との結婚」は、およそ下の者にとって究極の褒賞の一つだ。

 庶民達の間で人気ある物語のほとんどが、最後に騎士や英雄や勇者がお姫様と結婚してめでたしめでたしとなっている。

 若い男ならば一度は夢を見る展開だと言っても過言ではない。

 その言わば「伝家の宝刀」は既に使用されていて、今から持ち出しても価値があるとは思えなかった。


「そもそもマリウス殿は一夫多妻に否定的と聞いたが」


 セラエノ王デレクの言葉に皆の視線はフィラート王へと集まる。


「ふむ。最近、心境の変化があったのかどうもそうではなくなったようだぞ」


 フィラート王は事もなげに答えた。

 暗に「情報収集しているぞ」「その情報はもう古い」と言った闘いが行われたのだが、誰も知らん顔を決め込んでいる。

 この程度の闘いは日常茶飯事なのが王という職務なのだ。


「どちらにせよこちらから言い出すわけにはいくまい。マリウス殿が言い出すのならばありだが」


 ガリウス王が重くなりかけた空気を引き戻す。


「そうだな。いっそ、マリウス殿に尋ねてみるか? それが一番無難かもしれんぞ」


 ランレオ王の言葉に一同は考え込んだ。

 適切な恩賞を本人に考えてもらおうというのだが、意外と悪くない考えかもしれない。

 はっきり言って現在の情勢では、マリウス本人はともかくマリウスを英雄視する人々が納得するだけの恩賞を用意する事は不可能だ。

 戦いに勝ったと言っても財貨や土地を得たわけではなく、失った物は遥かに大きいのだから。

 マリウスの要求を叶えてやり、現状で充分に報いられない事を詫び、マリウスがそれを受け入れる。

 人々はマリウスの無欲さを称え、美談として語り継ぐ。

 実のところ過去に何度かあった例である。

 マリウスが欲深な人間ではない事は既に判明しているし、期待は持てそうであった。

 念の為、バーラ、ロヴィーサ、キャサリンにそれとなく現状を言い含めておいて貰えばよい。


「何とかなりそうだな」


 ランレオ王ヘンリー四世の言葉にフィラート王、ガリウス王が頷いた。

 セラエノ王だけは懐疑的だったが、代案が浮かばなかったので沈黙を守る。

 果たしてどういった結果を生むのか、まだ誰にも分からない。


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