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ネクストライフ  作者: 相野仁
六章「ターリアント大陸擾乱」

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五話「惨劇の日(後)」

 皇帝カリウス六世は城内が安全になったのであれば、外に近衛を出して加勢に行かせようと思ったのだが、近衛騎士団の面子は頷こうとはしなかった。


「恐れながら、魔人が狙うとすれば陛下のお命かと」


 これはもっともな事であった。

 セラエノ襲撃事件においても王族が狙われたのだから、今回の襲撃でも帝族を狙ってくる事はありえない話ではない。

 

「しかし民達が……」


 皇帝の歯切れが悪いのは無理もない。

 都民達は今もモンスターの脅威に晒されている可能性はあると言うのに、自分達が安全な場所に立て篭もっているのは後ろめたさにも似た感覚があった。


「陛下なしに国は維持が困難です。御身に万が一の事があれば都民以外の民はどうなるのです」

 

 それを言われると弱かった。

 いくら皇太子がいると言っても今皇帝が死ねば少なからず混乱は起こる。

 避ける為には帝国の民全体の為にはある程度は見殺しにせねばならない。

 見殺しにされる側にしてみればたまったものではないだろうが。

 重苦しい空気に室内が包まれかけた時、固く閉ざされていたはずの扉が大きな音を立てて破砕した。


「何事か!?」


 近衛騎士達はそう叫びながらも素早く抜剣し、帝族達を背後に庇う。

 ノックもせず、扉を破壊して入って来る者が味方である可能性は極めて低い。

 そんな予感は当たってしまった。

 入ってきたのは見るのもおぞましいゾンビ、スケルトン、そしてボロボロの布を纏った者だ。


「なっ、トム」


 思わず叫んだのはアレスだった。

 先の魔演祭に一緒に参加したトムは、変わり果てた姿となってアレスの前に立っていた。


「そ、そんな魔法使いをゾンビに?」


 もちろん不可能ではないが、魔法使いの抵抗力は格段に高く、凡百な力では死体をゾンビ化させる事さえ出来ない。

 他のゾンビもよく見ればモンスターの迎撃に向かった近衛騎士達であった。

 

「貴様か……」


 臣下を僚友をアンデッドに変えられた怒りと悲しみは、本人達も驚いた程に凄まじいものがあった。

 視線で命を奪えるのならば、魔法使い風の男は千回は死んでいたかもしれない。

 そんなベルガンダ人達をガスタークは冷笑した。


「我に盾突いた報いを受けたまで。ベルガンダ皇帝に下問する」


 一国の皇帝に無礼極まりない言葉を平然と使う。


「アウラニース様の封印地はいずこか? 謹んで奉答せよ」


 その問いにざわめきが起こる。

 最強の魔王アウラニースの名は皆がよく知るところだ。

 故に皇帝の返事も決まっていた。


「知るか。知っていたところで貴様なんぞに教えん」


 ガスタークは怒りもせず、笑い声を立てた。

 聞いたベルガンダ人全員が不快感を覚える、寒々しい笑い声だった。


「哀れで滑稽な。矮小な人間が魔人に盾突いて生き長らえる事が出来ると思っているのか?」


 その問いにも躊躇せず答える。


「おう、思うとも。故に人の営みはこれまで続いてきたのだ!」


 これは魔人への宣戦布告であると同時に、周囲の者への激励だった。

 ガスタークに怒りを覚えながらも気圧されていた者達は、皇帝の檄で我を取り戻し、じわじわとガスタークを包囲し始める。


「ふっ。【エクスハラティオ】」


 青白い炎が立ち上り、包囲網を築いていた者達を包み込む。

 苦痛の声を上げる事も出来ず、近衛達は倒れこんだ。

 皇帝はその様を呆然として見つめていた。

 魔人の力が強大な事は知っているが、人間の魔法を使うなどは聞いた事もなかった。

 おまけにネクロマンシーも使うとあっては、驚き程度の話ではない。


「な、何者だ……貴様は何者だ?」 


 声が上ずらなかったのは奇跡と言ってもよかった。

 皇帝はそれほどまでに動揺していた。

 まるで魔演祭で見たマリウス・トゥーバンのような強さだった。

 ただ、この男はマリウスではない。

 マリウスはこんな冷たく禍々しい気配ではなかったし、こんな声でもなかったのだ。

 そもそもマリウスがアウラニースの封印地を知りたいのであれば、モンスターを従えて攻めてくるはずもない。

 一言皇帝に尋ねればよいのだ。

 皇帝にしてもマリウスに尋ねられていれば本当の事を答えただろう。


「問うているのは我である。アウラニース様の封印地はいずこか?」


 その言葉には護衛に囲まれていた時とは桁違いの圧力を感じたのは、皇帝の心理状態だけではない。

 ガスタークは心を圧迫する為、少しずつ本来の力の片鱗を見せ始めているのだ。


「し、知らん。知っていても教えん」


 さすがに皇帝だけの事はあり、心理的な圧力にも屈しなかった。

 ガスタークはそんな男を憫笑した。


「ならば死体に変えて尋ねてやろう」


「な、何だと」


 ガスタークの言に一瞬驚いたが、考えてみれば死体を操れるのならば死体が持つ情報を聞き出す事は不可能ではないかもしれない。


「哀れだな。お前の抵抗は無駄だったと言うわけだ」


「くっ」 


 悔しそうな顔をした皇帝にガスタークは自らの名を告げた。


「我が名はガスターク。ルーベンス様の僕にして人の世を終わらせる者」


 皇帝は激しい衝撃を受けた。

 月や太陽が西から昇ってきたのを目撃してもここまでではないくらいに。


「ガ、ガスターク……ガスタークだと? まさか貴様は」


 驚愕と恐怖で震える皇帝にガスタークは最後まで言わせなかった。

 「レーザー」を放って皇帝、皇后、皇太子の胸を貫いた。

 糸の切れた人形のように四人は倒れこむ。

 帝城は襲撃を受けてから二時間足らずで陥落した事になる。

 ガスタークとしては別にルーベンスの言いつけに背いたつもりはない。

 強敵がもし現れていれば素直に離脱し、アルベルトを呼ぶ気でいたのだ。

 だが実際に遭遇したのは、何の脅威にもならない雑魚ばかりだった。

 本気を出せば千人の兵を焼き尽くす事も出来る彼が、危険を感じる敵など少ないのは確かだった。

 ガスタークは冷笑を消して魔法を使う。

  

「【ネクロマンシー】」


 帝族達は時間を置かずにゾンビへと生まれ変わる。

 うち皇帝へと問いかける。


「アウラニース様の封印地は?」


「……ラーミバル山……麓に……疑わしき……場所……ある」


 たどたどしい返答にガスタークはほくそ笑んだ。


「ラーミバル山の場所は?」


 答えを聞くと帝都の外で待機しているはずのフランクリンに「テレパシー」を使った。


「はい、ラーミバル山の麓……場所は……」


 通話を終えたガスタークは支配するアンデッドを連れて城の外へと向かう。

 外では帝都を滅ぼしたアルベルトとレーベラ、それにフランクリンとパルが待っているはずだった。

 この時、魔人達に計算違いがあったとすれば、帝都の異変を他の地域が気づくのはしばらく先だと思っていた事だ。

 彼らの感覚では異変を知らせる使者や間者の類を皆殺しにしたのだから、簡単には伝わらないはずなのである。

 されど人間は魔人に比べれば用心深く、あるいは賢明であった。

 間者同士で定期連絡を行っていて、それが途絶えた事こそが異変が発生した証とする制度を採用していたのだった。

 つまりパル達が定期連絡を行っていた者達まで殺したせいで、各地の責任者達は既に帝都での異変を察していた。

 魔人達にとって最大の問題はそれはベルガンダ内だけではなく、諸外国にも言えるという事だ。

 これはルーベンスの計算に入っていなかった事であった。

 そうとは知らず、魔人達は第一の目標を達成し、意気揚々と合流した。


「だせぇ……楽しみまくったとは言え、数時間もかかっちまった」


 ぼやいたのはレーベラである。

 彼は帝都を攻め落とし、人間を皆殺しにするのに時間がかかった事が気に食わなかったのだ。

 本来ならば女性だけは生かしておくのだが、騎士団にモンスターを全滅させられてしまったのでやむを得ず殺す事になった。

 繁殖行為をするメスはオスが持ち帰って管理をするというのが彼らの風習で、管理する者がいないメスは殺されるのが常だった。


「だって人間のメスはいっぱいいるし」


 というのがゴブリンやオークの認識である。

 騎士団は力及ばずレーベラによって全滅させられてしまったが、女性達が壊れるまで異形の子を産まされるという悲劇からは救ったのだった。

 レーベラのぼやきをアルベルトが聞き咎める。


「だったら楽しまずに働け。我がままばっかほざくとぶち殺すぞ」


「す、すいません」


 不愉快そうなアルベルトにレーベラは平謝りする。

 アルベルトはルーベンスやフランクリンと違い、下級魔人すら殺しても何も感じない物騒な相手だ。

 ルーベンスがいないところでアルベルトの機嫌を損ねるのは、下級魔人にとっては命に係わる事だった。


「許してあげなさいよ、アルベルト。許容範囲内で目的を達したのですから」


 とりなしたのはフランクリンだった。

 誰にでも対しても敬語を使う温和な魔人であるが、アルベルトと同格の上級魔人である。

 アルベルトと言えど無碍にするわけにはいかなかった。


「ちっ、ガスタークよ、今後どうするんだ?」


 目的地を聞き出したはずのガスタークに視線が集中する。


「ラーミバル山だそうです。我々なら全力で飛ばせば数十分で行ける距離ですよ」


「意外と近くにあるのだな」


 パルが小さな驚きを見せてつぶやいた。


「まあ我々基準での話だがな」


 ガスタークは朗らかに笑った。

 彼にはまだ仕事が残っている。


「じゃ、ルーベンス様に言われた仕事します」


「おう」


 魔人達はこれから何が起こるのか知っているが、大道芸人の芸を見るような感覚でガスタークの所業を見守った。

 ガスタークは魔法で宙に浮かぶと詠唱を始める。


「さ迷う魂よ、我が下僕となれ【ネクロマンシー】」


 ガスタークの言葉が響き渡り、魔力が行き渡ると周囲に変化が訪れる。

 死んでいた騎士、モンスター、都民達がゾンビへと変貌する。

 そしてのろのろと立ち上がり始めた。

 周囲一帯に使ったのでさすがに効果が出始めるに時間差は生じた。

 ルーベンスがガスタークに命令した事とは、こうしてアンデッド兵を作り出す事だったのだ。

 今死んでいる人間とモンスターを全てアンデッドにすれば、数十万の兵力になる。

 元々のアンデッドを加えれば百万近い数だ。

 これ程の数のアンデッドを一人で支配し、軍として統制し、なおかつ魔人としての戦闘力を維持出来るのがガスタークだった。

 ゾフィは全てを知っていたわけではない。

 知っていればガスタークが脅威だとマリウスに告げていただろう。

 魔人達は二手に分かれた。

 ベルガンダ各地に攻撃する者とアウラニースを探す者に。

 アルベルトとレーベラが前者、フランクリン、パル、ガスタークが後者だった。

 ガスタークは最初攻撃に参加するつもりでいたのだが、フランクリンとアルベルトに反対されて渋々諦めた。

 アウラニースさえ復活すれば、懸案事項の大半は一気に解決する。

 それまでの我慢だとガスタークは自分に言い聞かせたのだった。


「ふん、確かにここは奇妙ですが……」


 ラーミバル山についたフランクリンの第一声である。

 最も強く感知能力にも優れているフランクリンはすぐに違和感に気づいた。

 生態系が異常なのは魔王の封印地に共通するとして、その魔王の気配が弱いのだった。


「アウラニース様程の御方ならば、もっと強烈でもおかしくないような?」


 パルも首を捻る。

 ガスタークも加わり、三人で探索を始める。

 三人が放つ気配を察知したモンスターは怯えて逃げ出すか、死んだフリを始めた。

 スキルで支配に置かないモンスターのほとんどがこの反応である。

 例外はドラゴンくらいだろうか。

 いちいち気にする価値もないと三人は一考だにせず、探索を続ける。


「んん?」


 そしてパルの大きな声が響いた。

 聞きつけた二人が集まってくる。


「何だ、どうした?」


 パルは冷や汗を流しながら指さし、縋るようにフランクリンを見た。


「フ、フランクリン様……これはもしかして……」


「うん、間違いないと思いますよ」


 想像を絶する展開にフランクリンもガスタークも表情は険しくなる。

 目の前にある場所こそ封印地だと魔人の本能が告げているのに、アウラニースの気配はない。

 何を意味するか三人は頭では理解したが、感情面で消化出来ずにいた。

 ……アウラニースは既に復活していたのだった。

マリウスターンはもうちょい先です。

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