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ネクストライフ  作者: 相野仁
五章「婚活戦争?(後)」

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八話「大変」

周囲にはボルトナー兵士にフィラート兵士などもいる。

 キャサリンに重点的に教える展開ではあったものの、講義内容は誰でも聞いてよい事になっていた。


「レーザー、ですか?」


「ええ、奥の手になりやすいスキルですよ」


 魔力を消耗して使う特殊スキル「レーザー」は詠唱が不要だし、魔法を使うのが苦手な人間でも覚えやすいスキルだ。

 つまりキャサリンを始め、ボルトナー人にはうってつけと言える。

 ボルトナー人達はそれを理解し、頭と耳を懸命に働かせていた。


「魔力を使う分、使用魔力量で威力は変わりますけどね」


 バーラが使えば一級品とされるダマスカス鋼製の鎧も軽く撃ち抜く事ができる。


「マリウス様が使えば城壁だって軽く貫通するかもしれませんね」


「それくらいですむでしょうか? お城が倒壊しちゃうかもしれませんよ」


 少女達は軽やかに笑いあったが、側で聞いていたフィラートの人間達は「充分にありえそうだ」と冷や汗を流していた。


「魔力の流れをイメージするのは出来ますよね?」


「はい、マリウス様に教わりました」


 素直で真面目なキャサリンは日課の鍛錬に教わった事の復習を盛り込み、一度も欠かさずに行っている。


「ではまずそこから始めましょう」


「はい」


 キャサリンは目を閉じて自分の魔力を感じ取ろうとする。


「感じ取れましたか? 感じ取れたら次は魔力を一点に集中させるイメージを持って下さい」


「えと、どの部分がいいんですか……?」


「イメージしやすい部分で結構ですよ」


 そう言われたキャサリンは指の先に集めようと試みる。

 ゆっくりと集まっていくが、自身の握り拳よりも二回りほどの大きさになったものの、それ以上は小さく出来ない。


「小さく圧縮させるのが一番難しいので焦らないで下さい。何度も集める練習から始めましょう」


 まさに焦りそうになった時にバーラに声をかけられ、キャサリンは冷静さを取り戻した。


「は、はい」


 キャサリンは大きく息を吐き出し、魔力の集める作業を止める。

 何度も繰り返すがなかなか上手くいかない。


「わたくし、ダメですね」


 キャサリンはしょんぼりと肩を落とした。

 そんな小さな王女にバーラは優しく微笑みかける。


「大丈夫ですよ。いきなり出来たら指導係なんていりませんから。私だって会得するのに何ヶ月もかかったのですよ」


 意外な言葉にキャサリンは顔を上げる。


「え? すぐに出来たのではないのですか?」


「はい。私ほど物覚えの悪い人間はいないのではないかと自分が嫌になりましたわ」


 キャサリンは何度もまばたきをして、それからようやく言葉を発した。


「失礼ですが意外です。バーラ様、とてもお強いのに」


「誰でも最初から強くはありませんし、いきなり出来るわけではありません。諦めず努力する事こそが大切なのですよ」


 人差し指を立てて片目をつぶってみせたバーラにキャサリンはくすりと笑った。

 教師風と言うよりはお姉さん風を吹かせている姿が何だかとても好ましく映ったのだった。


「頑張ります。ボルトナー人は根性、根性、ど根性ですから」


 そう言って可愛らしく力こぶを作ったキャサリンにバーラは冷静に突っ込みを入れた。


「根性だけでは限界がありますよ。ちゃんと休むも鍛錬のうちです」


「はい」


 優しくたしなめられたキャサリンはしゅんとなった。

 根性を頼みに訓練を実践していたのを素直に反省したのだ。

 そして悪戯をして怒られるのを恐れる子供のようにおどおどと問いかけた。


「あの、もしかして休まずに鍛えるのはダメでしょうか……?」


 その質問にバーラは思わず眉をひそめてしまう。


「ある程度ならば魔力量の底上げにつながります。しかし、やりすぎると逆に生命力の低下を招きますよ」


 忠告にキャサリンの顔から血の気が失せていく。

 その変化ぶりが気の毒になり、バーラは申し出てみる。


「何なら確認をしてみましょうか? ある程度の精度でなら診断も出来ますけど」


「え? そんな事も出来るのですか? 確か治癒士系の技術では……」


 驚くキャサリンにバーラは軽く種明かしをする心積もりで告げる。


「私、司教の職業も持っていますから」


「ええっ!」


 キャサリンは思わず大きな声を出していた。

 司教は治癒系職の中でも大司教に次ぐ高い地位になる。

 改めて目の前のお姉さん王女の能力の高さを思い知った。


(わたくしなんて……)


 自己嫌悪に陥り唇を噛むキャサリンに手を触れ、バーラは触診を開始する。

 探知系魔法の一つで身体に異常がないかを調べる「エグザミン」を使う。

 日光のような暖かい光が小さな体を包む。

 キャサリンの肉体情報がバーラの脳内へと流れ込んでくる。


「ん? んん?」


 最初は困惑、そして段々と驚きの色合いが強くなった。

 

 キャサリンの自己申告によると相当酷使されていたはずなのにどこにも異常はない。

 むしろ十二歳の少女としてはかなりの頑健さだし、魔力量も向上しているようだった。


「どうやらキャサリン様の肉体的ポテンシャルは相当なもののようですね」


 バーラは呆れ混じりにそう評した。

 彼女が知覚した限りでは将来的にはランレオ最強のボリスよりもずっと強くなりそうであった。

 無茶な特訓をしているのにも関わらず、ダメージが残っていないというのは呆れるしかない驚異、と言うよりもはや非常識の領域になる。

 ボルトナーが強兵の国である理由の一端を垣間見た気さえした。 

 もし単純で扱いやすいというボルトナー人の気質を知らなければ、バーラも物を教えるのを躊躇していただろう。

 そんな中、一人のボルトナー兵がバーラに声をかけた。


「あ、基本的にボルトナー人は王族が一番頑健だと思って下さい」


 頑丈なだけではとても説明にならない。

 バーラは思わず声を荒げてつっこみそうになったのを辛うじて堪える。

 そんな単純な結論で納得してしまうからボルトナーは脳筋なのだろうが、指摘してやる義理はないとバーラは判断した。

 

「せっかくですし皆さんもいかがです?」


 しかしバーラは教えるのを止めるわけにもいかない。

 魔王や魔人との対決を想定するのならば、どうしても人類全体の戦力強化が必要になってくるのだ。

 マリウスならばもしかすると一人でも充分かもしれないが、他人任せにするというのはバーラの性には合わない。

 もちろん大好きなマリウスの役に立ちたい、という乙女心も大きかったが。


「やります」


 真っ先に手を挙げたのはレイモンドだった。

 彼はマリウスと接する機会が多く、一歩でも近づきたいとかねてから思っていたので、バーラの教えを受けられるのは好機と捉えたのである。

 こうなると残りの者達も我も我も相次いで参加表明をした。

 魔法使いは好奇心と向上心が不可欠、と言われるのが的外れではないと証明した形となった。


「せっかくですし、実演していただけませんか」


 その一言でバーラはお手本を見せる事になった。

 魔力を右の人差し指に集中させ、そして空に向けて放つ。

 一本の細い魔力の線が放たれたのを皆は知覚した。

 バーラは更に頭やつま先からも放って見せた。


「とこのように鍛えれば、色んな部位から放てます」


 フィラート関係者とボルトナー兵士達にバーラは出来るだけ分かりやすいように解説をしていく。

 複数の国の人間が一人の人間から仲よく教わるというのは、今の人類社会において極めて稀な光景である。

 マリウスのおかげだと言う者もいれば、バーラの人柄によると主張する者、時代が求めただけだと受け止める者もいた。

 いずれにせよ俗に言う「バーラ理論」が一般的に広まる第一歩が今日という日だった。

 「バーラ理論」が最も優れているとされたのは、複数の国の人間誰にでも分かりやすいという点にあった。

 過去のものは程度の差はあれど、他国の人間には分かりにくいのが共通していた。

 些細なきっかけで戦争へと発展する危険性が常につきまとっていた以上、これまでは問題にされてこなかったのだ。

 それを「バーラ理論」が否定した形で登場し、浸透していったのである。

 時代が変化する兆しはこういったところに既に現れ始めていたとされる。

 もっとも後の世から見るからこそ分かる事であり、当時を生きている者達にはそこまで考える余裕はなかった。

 魔王が魔人がといった事態に対応策を考えるだけで精一杯だったのである。

 本気で魔王や魔人対策に汗をかいていたのは一握りだけ、という切なくなる現実だったのだが、その原因の大半がマリウスにあったのは誰も否定出来なかった。

 少なくとも人類陣営が緊張感を持ち得なかったのはこの男のせいである。







 人類に緊張感を持たせなかった元凶たるマリウスは視察を全て終えた後、セイルと今後について相談していた。


「とりあえず私の収入や経費に当たる分を減税などに回してみようかと思うのだが……」


 マリウスが仰天し次いで呆れた事に、国賓魔術師としての報酬と貴族としての収入を両方手にする事をフィラートは認めているのである。

 されどこれは考え方の相違に過ぎない。

 能力が高く複数の仕事をこなせる者、領地経営をやりながら芸術家なり商売なりも出来る者を厚遇する為の仕組みなのだ。

 これもある意味一夫多妻と同じであり、能力高い者を国内につなぎつめておく為の制度であると言えるかもしれない。

 どれほど仕事をこなしても他の者と報酬が変わらないとあっては、優秀な者はやる気をなくしたり、厚遇してもらえる国に移ったりするのだ。

 だからどこの国も実力者は手厚く報いる仕組みを用意している。

 これは血統主義の風潮が強いランレオのような国ですら例外ではなかった。

 優秀な者に他国に逃げられる事は利敵行為に等しいのだから。

 もっとも、金に困っていないと言うより金の使い道に困っているマリウスにしてみれば過剰な待遇である。

 故に還元しようと試みたのだが、セイルの反応は鈍かった。


「それは構いませんが、どの税を軽減いたしますか? それとも何か公共事業でも行いますか?」


「うーん」


 マリウスは返答に返事するのに困ってしまった。

 政治経済に疎いという自覚はある。


「減税して公共事業もってのは出来ないのか?」


「はい。今年度の予算では全ては無理ですよ」


 それに減税はほどほどにしておかないと他の領地との兼ね合いがある、とセイルに警告された。

 税を安くすれば当然人は集まるが、他の地域が過疎になり歪みが生じる恐れがある。

 マリウスに文句を言える人間などいないかもしれないが、だからと言って何をしてもよいというわけではない。


「そうだな。領民は喜ぶけど、他の領民や領地を通行する商人がわざわざこちらに来る旨みはない、といった減税は出来るか?」


 落としどころとして妥当そうな提案してみるとセイルは淡々と返答してきた。


「出来ますが、それですと予算が余ってしまいます」


 もう少し何か考えろと遠回しに言われ、マリウスは不思議に思った。


「余った分は来年に回せないのか?」


 淡々としていたセイルの表情が驚愕に変わる。


「は……お許しをいただけるのであれば可能ですが」


「許す」


 セイルは途端にあたふたと動き始め、それを見たマリウスは見送りは不要だと言って馬車を出発させる事にした。

 馬車はお隣の領地を治める伯爵家から譲ってもらったものだ。


「王女様とトゥーバン侯にあられましては……」


 という具合に凄まじい勢いでゴマすり発言の濁流を浴びせかけられて辟易はしたが、ロヴィーサを乗せても問題ないものを用意出来た。

 ロヴィーサ自身は質素でも文句を言わない性格だが、王女を粗略に扱うのは大問題なのだ。

 正式に結婚したりしているのであればともかく。

 マリウスは疑問に思った事をエマとロヴィーサに尋ねてみる。


「余った予算を来年に回すのを認めるだけでどうしてあそこまで慌てふためくのでしょうか」


 ロヴィーサは答える。


「使い切れない予算は削減し、遊興費にでも回すというのが主流ですからね。立派な領主でも他の部分に予算を回すというのが一般的です」


 だから与えられた予算は何が何でも使い切るというのが常識だという。

 マリウスはどこかで聞いた覚えがある理由に眩暈に近い感覚に襲われたが、質問を重ねた。


「減税や公共事業の案を出してほしいのですが、どうすればいい案を出させやすいでしょうか」


 これにはエマが答えた。


「いい案を出せとお命じになるのが一番確実でしょうね」


 要するに命じられた事しかやらないというわけである。

 見方を変えればそれだけ貴族の権威が強いのだ。

 能力主義であり、貴族へ成り上がる事を公認している国ではあるが、だからこそ貴族の権限は認めているという。


「貴族の立場が強ければそれだけ能力ある者が奮起する材料になりますからね。……必ずしもいい面ばかりとは限りませんが」


 悪しき面の筆頭は多分、バーナードやアシュトンらだろう。

 いちいち言葉には出されなかったものの、マリウスは察する事が出来た。

 

「国や領地の運営も大変なんですね」


 魔人を倒すより余程大変だと思うのはきっとマリウスくらいなのだろうが。

 領主となった以上、領主としての勉強もする必要がある。

 そう思わせる為にわざとマリウスに教えなかったのだと思うのは贔屓目だろうか。


「大変ですよ。フィラート国民全員の未来を背負っていますから」


 ロヴィーサは言葉とは裏腹にとても楽しそうに笑った。

 それがマリウスには強く印象に残った。

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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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