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ネクストライフ  作者: 相野仁
五章「婚活戦争?(後)」

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七話「馬鹿」

 朝食を摂ったマリウス一行はセイルに領内を案内してもらった。


「侯爵様がご利用になるはずだった厩舎です」


 係の者が馬のいない厩舎の掃除を真面目に行っていた。

 飼葉が山と積まれていたが、馬がいないので減るはずもなかった。


「御者やお供の方々をお泊めする為の施設です」


 客はそこそこいるようだが、建物の規模の割には少ないように感じた。

 

「大金を使える方にはある程度使っていただかなくては、下々の者が困るのです」


 セイルは淡々と言った。

 何度も口だけで説明するより、数十倍の説得力が見せられた光景にはあった。

 侯爵ともなると、一瞬の気まぐれで数百人、数千人を路頭に迷わせる事も可能なのだ。

 マリウスは自分がやった事が、周囲の人々にどれだけ影響を与えるのか、身をもって知った。

 厩舎係の給料は通常通りだとしても、飼葉が減らないのでは飼葉を育てている者が新たに売れなくなる。

 そうなると輸送業者にも注文が来なくなる。

 輸送業者が来ないと宿泊施設に金が落ちなくなる。

 目に見えないところでめぐりめぐって、経済的打撃へと発展していくのだ。


「まあ、マリウス様一人が金を使ったところで限界はあります。大切なのは自覚を持っていただく事です」


 領地内の経済に絶対的とも言える影響力を持つのが領主なのだから。


(俺は馬鹿だった……)


 マリウスは深く反省した。

 侯爵の自覚を持ち、領民の生活を守る事を意識していかねばならないと誓いを新たにした。

 そんなマリウスをセイルは興味深げに見ていた。

 彼とガッソは、ロヴィーサ王女の人となりをある程度ではあるが知っている。

 彼女が国と民を何よりも愛し、その守護に心血を注ぐような人物であり、彼らのような人間が忠誠を捧げるに相応しいと。

 その彼女が貴族の男にただの同行者の如く扱われているのに何も言わないのはきっと見るべきものがあるのだと判断した。

 だからこそマリウスに一度、教え諭すというやり方を取った。

 悔い改めるようならばよし、そうでないならば暇乞いを願い出て出奔するまでと腹をくくっていた。

 彼ら父子はえり好みさえしなければ働き口には困らない。

 忠節に値しない主人に仕えるくらい無駄な事はほとんどない、というのが二人の持論であった。

 後を濁すようではあるが、それは主人が受け持つべき責任だ。

 周囲に迷惑をかける事も辞さぬ二人の生き様は、理解よりも反感を買う事が大きかった。

 それでも生き方を曲げなくていいくらいに二人は有能だった。

 

「帰りは馬車で帰ろう。皆にいっぱい土産を買って」


 マリウスにしてみれば罪滅ぼしのつもりだったのだが、他の人間から非好意的な目を向けられた。


「王女をただの馬車に乗せるおつもりですか?」


 セイルは呆れ混じりに問い質す。

 王女本人が自分で言い出すのならばともかく、臣下にすぎない輩が言っていい事ではない。

 「何で反逆罪にならないんだ……するのが怖いのか」と思ってしまったセイルだった。


「え? ただの馬車しかないの?」


 侯爵の領地なのだから、侯爵用の馬車は数台あるものだと思っていた。

 マリウスの勘違いをロヴィーサが訂正する。


「普通ならばそうです。しかし、マリウス様は新興貴族で、しかもご家族は不在でしょう」

 

 急いで用意する必要性を感じなかったのである。

 事前に連絡でもあれば到着までに手配出来たのだが。

 ついでに言うならば、専用馬車を用意しろという命令をしなかったマリウスも悪い。

 通常職務以外を命令なしにやると「何故勝手にやった」という言いがかりをつけられる可能性を恐れ、やりたがる者はいないのだ。

 気を利かせたつもりの手配が命取りとなった前例はいくつもあるし、よく知られている。

 アシュトンの妻子の為に贈り物をしようとしたら「妻に色目を使おうとした」という理由で処刑されたり。

 病弱なバーナードの息子に体力をつけてもらおうと特別製ジュースを作ったコックが、「息子に毒を飲ませようとした」罪で処刑されたり。

 もちろん全ての貴族がそうではないとセイルやガッソは知っているが、下っ端の平民達は知らない。

 王族は忠誠を誓い奉仕すべき存在だし、立派な人達だと思ってはいるのだが、その下にいる貴族には恐ろしいイメージが先行している。

 これらの事をきちんとマリウスに説明をしなかった王族側に責任はある。

 ただ、口で言われてもマリウスが理解出来たかと言うと


(まあこういう形の方がよく分かったかな)


 本人があっさり認めてしまっていた。


「まず、セイルの諌めと助言には感謝しよう。新米貴族ゆえ、至らぬところだらけであろうが、これからも支えてもらえれば嬉しい」


「滅相もございません。打ち首になっても是非もなき無礼な振る舞いの数々、どうかお許しを」


 さすがのマリウスも命懸けで諌めてくれる人間は大切にすべきだという事くらいは知っている。

 だからセイルの謝罪を鷹揚に受け入れた。


「いや。悪いものは悪いと指摘してもらえるのはありがたい。これからも宜しく頼む。……迷惑もいっぱいかけるだろうが」


 セイルは最敬礼でマリウスの言葉を受け取った。

 その謙虚で穏やかな態度にさすがに英雄はただの成り上がり貴族とは違う、と感心し、ロヴィーサを信じてよかったと思った。

 過ちを犯さぬ生き物はいない。

 本気で過ちを改めようとしてくれるのであればついていけるとセイルは考えていた。

 

(親父にも報告しておかないとな)


 ガッソは実のところセイルが諌めるのは反対していたのである。

 王族達から説明なり諌めなりするのが義務であり、それを怠ったのは王族の罪であるし、同時に何も言ってもらえないマリウスにも非がある。

 ガッソはむっつりとそう主張し、セイルの考えには懐疑的だった。

 セイルに言わせればガッソは「頑固すぎ、厳しすぎ」だ。

 人間同士なのだから、もう少し柔軟さを持ってよいとも思う。

 

 主従の間で生まれかけていた溝が埋まる方向に転がり始めたのに、マリウスは申し訳なさそうにひょんな事を言い出した。


「悪いが、一箇所、魔法で移動したい」


 セイルは「さっきまでの流れは何だったんだ、このボンクラ野郎」と割と本気で殺意を覚えたが、マリウスが舌の根も乾かぬうちに前言を翻すような事を言い出したのには理由があった。


「魔王の封印地? 魔人襲撃?」


 マリウスに理由を教わったセイルの顔から血の気が引いていく。

 下々の人間にとって魔人とは災厄に等しい存在である。

 逃げ隠れ通り過ぎるか、英雄が倒してくれるのを待つしかない。

 今更だがその英雄こそが目の前にいるのだった。


「馬車で行ったら魔人に狙い撃ちにされかねない。みすみす危険な場所に連れて行くのは申し訳ない」


 きちんと聞いてみれば真にごもっともな理由だった。

 魔人の襲撃が予測される場所に連れて行くなど、恨み骨髄の相手に仕掛ける最低の罠、とでも評すべき行いである。

 いくら撃退する自信があると言われても、普通の人間は魔人など視界にも入れたくないのだ。

 自分だけで行くというマリウスの判断は全面的に正しい。

 英雄となっただけの事はあるのか、この手の判断は的確のようだとセイルはマリウスを見直した。

 元々かなり低かったというのはこの際気にしない方がいいだろう。


 マリウスはロヴィーサ達を残して「テレポート」を使った。

 敵を発見出来なければすぐに戻るという約束をして。

 目の前の景色が歪んだと思えば次の瞬間、奈落の湖へと移動していた。


「さて、敵はすぐに来てくれるかな」


「すぐには無理でしょうね」


 答えたのはゾフィである。

 アルとエルは魔人相手では荷が重いので出て来ない。


「だよなぁ」


 仮に今この瞬間に敵がやって来たとして、マリウス達に襲い掛かってくるという展開は全く考えられない。

 戦わずに引き、マリウスとゾフィがこの場にいたと報告するだろう。


「ゾフィ、裏切り者扱いされる覚悟は出来ているのか?」


 今更ながら訊かずにはいられなかったマリウスに対してゾフィは優しく微笑んだ。


「はい。ご主人様についていくと決めた瞬間に」


 マリウスはその綺麗な笑顔に何も言えなくなった。

 ただ、自分を選んだ事を後悔させたくないと思った。

 敵が来る可能性は低いとは言え、警戒しないわけにもいかない。

 マリウスが魔法を使おうとした瞬間、ゾフィがそっと制止した。


「感知力の高い者ならば違和感には気づけるでしょう。私が警戒すればそのような事態にはなりません」


 「ステルス」も決して完璧ではない、と初めて知ったマリウスは召喚獣の言葉に甘える事にした。


「万能なものは存在しないと分かったつもりでいたが、そんなに分かりやすいのか? 遠くから察知出来る程に」


「個体の能力次第です。少なくともルーベンスならば気づけるでしょう。気づける程の者が来るとは思いませんが、用心をして損はありません」


 魔人には一切通用しないのかと思ったが、そうでもないらしい。


「ゾフィは私が使えば気づけるか?」


「はい。使っていない時を存じていますから。初見だと無理でしょうが」


 人の域を凌駕した者でも困難ではあるようだ。

 魔法に対して鋭敏な輩ならば不可能ではないという事だろうか。


「ご主人様、きたようです」


「ん? 逃げないのか?」


「はい」


 ゾフィは困惑半分、呆れ半分といった表情で空を見上げ、マリウスもそれに倣った。




「敵を発見!」


 ラームはザガンがいるはずの場所にマリウスとゾフィがいるのを発見すると

躊躇せずに突撃を決意した。

 ただ、ルーベンスに対しての報告は忘れなかった。


「人間らしき輩! それに魔人らしき女がいます! きっとゾフィなる者が裏切ったのです! これより突撃します!」


「おい、待て!」


 ルーベンスの制止を意図的に無視し、ラームは飛行速度を上げた。

 ルーベンスは戦闘になった時の事を考えてラームを送っただけで、別に戦闘させるつもりではなかったのだが、ラームはおかまいなしだった。


「我はラーム! 魔人ラーム! 人間! そして裏切り者! 覚悟せよ!」


 高速で飛行しながらよく通る大声を出せたのは凄かった。

 しかし、遥か先からそんな大声を出すのは意味不明だった。


「ご主人様、馬鹿が来ます」


「魔人にも馬鹿がいるのか……」


 真面目に報告するゾフィのような緊張感をマリウスは持てなかった。


(魔人ってこんな奴ばっかかよ……)


 時と場合を忘れ、ついルーベンスに同情したくなったマリウスだったが、さすがにラームの姿がはっきりと見えると戦闘態勢に入った。


「ご主人様、私にお任せを」


 ゾフィが張り切っているのを見て取ったマリウスは、後方支援しようと気持ちを切り替えた。

 

「行くぞっ!」


 ラームは馬鹿正直に攻撃予告までするつもりらしい。


「スーパーウルトラロイヤルグレートあべし」


 しかし技名を叫び終えるより早く、ゾフィの飛び膝蹴りが顔面に命中して吹っ飛んでいった。

 マリウスは白けた気分になるのを防ぐので精一杯で、追撃する余裕がなかった。

 油断せずに緊張感を保ち続けるゾフィが凄く思えてくる程だ。


「や、やるではないか……しかし魔人たる者この程度では引き下がれんな」


 ふらつきながらラームは立ち上がってくる。

 カウンター気味の攻撃がクリーンヒットしたのにすぐに立てたのはさすが魔人と言ったところだろうか。


「今こそ燃えよ! 魔人魂! 行くぞっ!」


 ラームは再度羽ばたいて突進してきた。


「スーパーウルトラロイヤルグレートあべし」


 ゾフィの右拳がまたもやカウンター気味に顔面を捉え、ラームは再び吹っ飛んでいった。


「【エクスハラティオ】」


 マリウスは今度はきちんと追撃を放った。

 ラームは焼け死んだ。


「……あいつ、何しに来たんだ?」


「少なくとも我々の事は知られたのでは。突撃してくる前に魔法を使ったようですから」


 ゾフィの言葉にもマリウスは釈然としなかった。

 「コントかよ」という言葉が喉まで出かかるのを辛うじて堪えた。

 言ってもゾフィには理解出来ないという想いがなければ口に出ていたに違いなかった。


「帰ろうか」


「はい」


 こちらの世界に来てから初めて疲労感を覚えた気がするマリウスだった。

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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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