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ネクストライフ  作者: 相野仁
四章「婚活戦争?(前)」

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十三話「マリウス流」

 マリウスが考えた訓練は魔力共有を更に進めたものだ。

 キャサリンの魔力を使ってマリウスが魔法を使う。

 それを何度も繰り返すとキャサリンの体が、と言うより魔力が魔法に変わる過程を覚えるのだ。

 少なくともゲームのチュートリアルではそういう説明が使われていた。

 キャサリン本人の魔力を使うのであれば間違って殺す事もない、とマリウスは思っていた。

 問題はキャサリンの魔力量で、これが少ないとどうしようもない。

 魔力共有は魔力の消費速度を軽減する為のもので、一度枯渇してしまうと自動的に共有は不可能となる。

 こっそりと「スキャン」でキャサリンの魔力量を確認すると五十だった。


(これなら何とかなるか……?)

 

 さすがに十以下だと危険な裏技などで無理矢理増やすしかなかったが。


「えと、マリウス様、よろしくお願いします」


 不安を垣間見せるキャサリンにマリウスは心配するなと頷いた。


「もしかしたら苦しかったりするかもしれませんが……」


「平気です。わたくしだってボルトナーの者です。根性には自信があります」


 背筋を伸ばしてはっきりと答える。

 ボルトナーは一体どういう教育をしているのか、という不安と好奇心がよぎったが、今この場合は頼もしい返事、とするべきだろう。 


「じゃあ早速」


 マリウスはキャサリンの左肩の上に手を載せる。

 そして魔力を共有する。


「んっ」


 キャサリンが妙に色っぽい声を出したが気にしない。

 そしてキャサリンの魔力を感じ取って同調し、引き出す。

 初めての経験なのにあっさり出来るのはきっと「賢者」の称号を持つ身体のおかげだろう。


「【ウィンド】」


 そよ風が吹くも一瞬で消える。

 あくまでもキャサリンの魔力を使って放ったものだから、効果はホンの一瞬しかないのだ。


(一発目で上手くいくとは……)


 マリウスは内心驚きを隠せなかった。

 ゲームでは魔法系の職業でないと難しかったはずだ。

 それを考えるとキャサリンの素質はなかなかのものと言えるかもしれない。

 さてもう一度と思ったところで、バーラやロヴィーサといった面々が口に手を当てて、大きく目を見開いていた。

 空気が完全に硬直してしまっている。

 ボルトナーの人間はそれを不思議そうな顔で見ている。

 一体何が起こったのだろう。


(俺、何かやっちゃった?)


 マリウスは何も思い当たる事がなく、首をひねった。

 そこにバーラが恐る恐ると言った感じで話しかけてくる。


「あの、マリウス様……」


「はい?」


「今の、魔法使いにとって最終奥義と言われる伝説の技ですよね?」


「……え?」


 マリウスは一瞬何を言われたのか分からなかった。

 よく見るとバーラの目は何やら輝きに満ちていたが、ロヴィーサやエマは腰が引けている気がする。


「凄いです。魔人や魔王を倒すだけあって、奥義さえも会得済みなんですね。心底尊敬出来ます!」


 語尾にハートマークがついているとしか思えないほど、甘くうっとりしたような声を出すバーラにマリウスはやっと自分のやらかした事に気づいた。


(チュートリアルに騙された……馬鹿野郎)


 マリウスは心の中で八つ当たりをした。

 他者の魔力を使えるという事のスケールの大きさを甘く見すぎていた、と今更に気づいたのだ。

 考えてみれば魔力の共有すらほとんど浸透していなかったのだから、当たり前と言えば当たり前である。

 バーラは好意的に解釈してくれたが、他の人間はそうもいかなかったようだ。

 魔法使いの最終到達地点とも言われるような芸当を、ただの訓練でさらっとやったのだから無理もない。


「よ、よろしければ、今度私にも、教えていただけませんかっ」


 バーラはどもりながらも勇気を出して願い出た。


「ええ、かまいませんよ」


 この言い方は無礼かな、と思いながらマリウスは承知する。

 自分の常識がこの世界でも常識になってくれるとありがたい、出来るなら。

 マリウスは割と切実にそう思う。

 何かやって見せる度にドン引きされると、さすがに精神に宜しくない。

 フィラートの人間は驚きからの立ち直りが随分と早くなったようだが。

 教え上手のバーラと協力出来れば普及もしやすいのではないか。

 こうしてバーラは少しずつではあるが、堀を埋め始めていた。

 一方のロヴィーサはと言うと


「【アクア】」


 掌サイズの水の玉が出して、順調と言えた。

 

(バーラ王女の教え方、本当に上手い……)


 バーラは魔法使い達の教官としても生計を立てられそうな上手な教え方で、エマが唇を噛むしかない状況だった。

 ロヴィーサは愚かなまでに手を抜こうとしない。

 上手くいかなければマリウスに指導を頼めるのにだ。

 これまではそれが美点だと思っていたのだが、今ではただの融通が利かない性格で最悪の欠点となっている。

 訓練を続けるロヴィーサは、エマが見ればやっと分かる程度の微妙で険しい表情になってきている。

 これは恐らく疲労以外のもの、つまり自分が一番劣勢だと認識したが故のものだと付き合いの長さで見抜いた。

 訓練はあくまでも建前でしかないのに、建前にこだわりすぎる愚かさにようやく気づいたのだろうか。

 

(いえ、分かっていても捨てられないのよね……)


 幼少期から一緒だったエマだからこそ素直にロヴィーサに同情出来る。

 国の為に我を殺す事を第一に教えられてきたのだ。

 王女に恋愛など不要、国の役に立つ事だけを考えろと。

 その教えがいざ国の為になる事の足枷になるなど、とんだ皮肉だと言える。


(ランレオやボルトナーでは教えていないのかしら?)


 こんな皮肉はきっと八つ当たりなのだろう。

 一国の王女たるもの、国の礎になる事を教えられていないはずがない。

 国家というものは多数の血と汗と涙と屍の上に成り立つ組織なのだから。

 ロヴィーサは「ウォーター」を覚えたものの、マリウスが他の女と仲よくなるのをただ見ているだけ、という「肉を切って骨を断たれた」ような状況だった。

 キャサリンの方は何とか一人でも「ウィンド」が発現するようになった。

 なったのだが別の問題が発生した。

 とにかく誰かの目の位置に飛んでいくので、物騒極まりない。


「キャサリン様、もしや目潰しも……?」

 

 マリウスの問いに小さな王女は頷いた。


「股間蹴りと目潰しが基本だと習いました」


 非力な少女だからこそだろうが、的確で無駄がなさすぎる動きを思い出すとボルトナーの教えは悪辣だと思えてくる。

 恐らく「平地での肉弾戦は大陸屈指」と呼ばれる所以だったりするのだろうが。

 などと考察するマリウスにキャサリンが恐る恐る話しかけた。


「非常に厚かましいお願いで恐縮ですが、“ストレングレス”と“ヒール”も出来ればお教えいただきたいと思うのです」


 身体強化魔法と初歩の回復魔法だ。

 この二つがあるかどうかで生存率が大分変わる、という説は有力だ。

 回復魔法はポーションで代用可能だが、身体強化の方は他はマジックアイテムに頼るしか手はないのだ。

 ポーションも限りは存在するから、覚えておいて損はない。


(と言うか、ボルトナーって身体強化とかまで覚えられないのか……?)


 ひょっとして生身の強さで、身体強化がかかった敵兵と戦えるのだろうか。

 それとも身体強化をかけられる魔法使いが希少なのだろうか。

 もし前者だとすればボルトナー人は心底恐ろしい。

 身体強化をかければある程度のレベル差を埋める事も出来るのだ。

 気になったマリウスはさりげない風を装いながら、キャサリンに尋ねてみた。


「もしかして、“ストレングレス”や“ヒール”も馴染みはないのですか?」


「はい」


 キャサリンは残念そうに頷きながら説明してくれた。

 平地では強いボルトナー最大の欠点が魔法に対して無知なところだという。

 昔は真面目に取り組んでいたのだが、上達する者は少ないし、上達する速度も遅かったので不熱心になっていったという。

 元々領土的野心を持つような気質ではなく、先祖から伝わる国土を守れれば充分と考えているからあまり問題視はされなかったのだ。

 他国との国境は壮大な平原が広がっているから、敵国は拠点や兵站の確保が難しいし、ボルトナー軍と野戦を覚悟せねばならない。

 そこまでの覚悟をしたところで、ボルトナーの領土は旨みは少ない。

 牧羊が盛んで牛肉や羊肉の味には定評があるが、ボルトナー軍と野戦してまで欲しがる価値はない。

 ボルトナーに商品を売りつけた方が、自国兵に損害を出さない分だけ得するくらいだ。

 そんなボルトナーの地を欲しがる物好きは人類にはおらず、したがってボルトナーも平穏があったのだった。


「でも魔人達と本格的に戦うなら、そんな事言ってられませんし……」


 幼いなりに王女という者の役目を考えた結果が、魔法会得に挑戦するというものだった。

 十二歳の自分が覚えられるのならば、真剣に会得を目指す者が増えるだろうと期待して。


「そんなに単純なんですか」


「ごめんなさい。ボルトナー人って基本的に単純なんです」


 独り言のつもりだったのに申し訳なさそうに答えられ、バツが悪くなったマリウスはとある事に気づき、申し出る事にした。


「キャサリン様と一緒にフィラートに来られた方ならば、今の方法で魔法を体に覚えさせる事が出来ますが」


「よ、よろしいのでしょうか……」


 思いがけない展開にキャサリンはわたわたとして、上目遣いでマリウスを見る。

 いたいけな少女にそんな可愛らしい仕草をされ、マリウスは頬が緩むのを堪えるのに労力を割かねばならなかった。


「よろしいでしょう。両国友好のよき証となりますよ」


「はい!」


 キャサリンはとびきりの笑顔を見せてくれた。

 正直、見知らぬ他人についてはイマイチ愛着が持てないマリウスだが、このような笑顔は守りたいと打算を抜きにして思える。

 多分それがキャサリンの強みであり、ボルトナーの民達に愛される理由なのだろう。 

 

「【ストレングレス】」


「【ヒール】」


 マリウスは一度ずつキャサリンの魔力を使う。

 キャサリンの魔力が限界だからだ。

 キャサリンは顔から生気が薄れて汗を浮かべ始め、息も荒くなっている。

 魔力が枯渇した時の虚脱状態である。


「今の状態が魔力が切れた虚脱状態です。覚えて下さい」

 

 きっと誰かの為ならば限界まで魔力を使うであろう少女に、己の限界を今のうちに覚えてもらうのは悪い事ではないだろう。


「は、はい」


 キャサリンはふらつきながらも歯を食いしばって何とか踏ん張っている。

 大した根性だと言うべきだろうか。

 魔法をこれまでろくに使ってこなかった少女に、魔力回復スキルが備わっているはずもないので魔力を分け与える。

 容量を超えて与えるとキャサリンの身体が壊れかねないので慎重にだ。


「あ、回復してきます」


 キャサリンは虚脱状態から回復するのを実感出来たが、マリウスは内心で呆れていた。

 いくら何でも回復が早すぎる、と。

 もしかして訓練すれば魔力回復スキルを会得出来るかもしれない。

 ボルトナー人は潜在能力がやたらと高そうであった。

 あるいは小さな王女様だけかもしれないが。


「では頑張りましょう」


「はい!」


 元気な声が響く。

 そんな二人の事を横目でチラ見していたバーラが、マリウスが回復魔法も使える事に驚いていた。


(マリウス様は三職?)


 考えてみればマリウスのような偉大な魔法使いが他に召喚術との二職のみ、という可能性の方が低い。

 今まで使わなかったのは多分必要性がなかったからだろう。


(私と同じかな?)


 三職ならばの話だが。

 些細な事だが、マリウスとの共通点が見つかってちょっと嬉しくなったバーラだった。



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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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