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ネクストライフ  作者: 相野仁
四章「婚活戦争?(前)」

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十一話「様々な夜」

 バーラはモルトの申し出をあっさりと受け入れた。

 マリウスがとっつきやすそうにしていたキャサリンと協力関係は願ってもない事で、むしろどう切り出すか思案していたところだった。


「しかし、私がキャサリン様を利用するだけして捨てるとは考えなかったのですか?」


 バーラの悪戯っぽい問いかけにモルトは全く動じなかった。


「はい。バーラ様はランレオの親善大使でもいらっしゃいますからな。みだりに国家間に波風が立つ真似はなさらぬと」


 バーラはにっこり微笑む事で答えを示したが、内心ではモルトが情報通り「ボルトナー人としては珍しく知恵が回る」人物である事に警戒心を強めた。

 フィラートとの友好化を願う以上、フィラートの友好国とも仲よくしていかねばならない。

 だからこそボルトナー人が操りやすい種類の人間であるのが望ましかった。

 よくも悪くも脳筋と評されるボルトナー王とて、その程度の事は理解していたのであろう、とバーラは読んだ。

 ちなみにこれに関しては完全に買い被りで、そのつもりでいたのはモルト一人だけである。


「ならば早速ご相談したい点が一つ。マリウス様はどうも一夫多妻に否定的のようですわ」


「……え?」


 モルトはいきなり船が暗礁に乗り上げてしまった船乗りのような気分を味わった。

 この時、マリウスの心境の変化を知る者はまだ誰もいなかったのである。

 だからマリウスの心境が変わるような作戦について相談しあわねばならなかった。

 とりあえずバーラよりもマリウスが話しやすそうにしていたキャサリンが、口実となるべきだとバーラは主張した。


「私とキャサリン様が一緒にマリウス様を誘って簡単な魔法を教える機会を設けるというのはいかがですか?」


「なるほど」


 幼いキャサリンの為にバーラとマリウスが魔法を教える、というのは確かにいい企画だと思った。

 三カ国の友好という旗になるし、マリウスだって断らないだろう。


「フィラート人の監視ですが、正直私達だけでは難しいでしょうね」


「やはりですか」


 バーラの言にモルトは驚かなかった。

 ここはフィラートなのだから当然と言えば当然である。

 フィラート人がマリウスと結ばれるのを防ぐ、などという目的での諜報が許されるはずもない。

 だからこそ同盟を持ちかけたのだ。

 そんなモルトの様子を見たバーラは彼の思い違いを正した。


「いえ、フィラートの諜報は今弱体化しています。問題なのはマリウス様の召喚獣なのです」


「召喚獣、ですか?」


 モルトはゾフィ達に関する正確な情報を持っていない。

 だからバーラからの情報に耳を傾ける必要があった。


「はい。私達の動きを正確に把握し、マリウス様に逐一報告するような、非常に強力な召喚獣です」


 魔人なのだから当たり前であるのだが、モルトはそんな事まで分からない。 しかし事態の深刻さは飲み込めた。


「では、今の状況も……?」


「恐らく」 


 どこにいるのかさっぱり感知出来ないからいるとすればゾフィかな、とバーラは見当をつけていた。

 モルトは真っ青になる。

 キャサリンとマリウスの仲を進展させるのが己の役目なのに、足を引っ張ってしまったと勘違いしたのだ。

 しかし王の肝入りでキャサリンにつけられただけの事はあり、バーラが狼狽していないのを感じ取ってたちまち冷静さを取り戻す。


「随分と落ち着いていらっしゃいますな。今回の件は悪く働かないと、確信していらっしゃる?」


 バーラはこっそりモルトの評価を更に上方修正しながら首肯した。


「ええ。マリウス様はこういった小さな策謀に関しては寛大な方だと私は思っています。だからこそ現状があるかと」


「……なるほど、仰るとおりだと思います」


 モルトは唾を飲み込みながら納得した。

 マリウスがその気になればいつでも叩き潰せる、という点に関して疑う余地はない。

 ただ、圧倒的実力者にありがちな鈍感さとは無縁だと、評価を変える必要がありそうだった。


「それに」


 バーラはモルトの一挙手一投足を観察しながら、話を続ける。


「フィラートの監視はフィラートの者にお願いしましょう」


「は?」


 モルトは一瞬、バーラが何を言いたいのか把握し損ねた。

 

「つまり、ロヴィーサ様にもお願いしてみましょう、という事です」


「はぁ……?」


 モルトは予想外の発言に思わず間抜けな返事をしてしまった。

 対フィラートの為に手を組もうというのに、何故フィラートの人間を引っ張り出してくるのだろうか。


「フィラート人はフィラート人に見張っていただくのが一番でしょうから」


 バーラは片目を瞑って微笑んだ。

 何か企んでいます、という表情はモルトが年甲斐もなくドキリとした程に愛らしかった。

 要するにフィラートの王女という人間を使い、フィラートの動向を探ろうというのだ。


「しかし、フィラート側に利が大きくありませんか……?」


 モルトの懸念は当然のものと言えたが、バーラは優しい笑顔でそれを包んだ。


「大丈夫ですよ。フィラートが大国意識を持ち、面子を大切にしている以上は自分達だけ有利になったら逆に困るはずです」


 幸いにもロヴィーサ王女はフィラートの姫という立場を何よりも重んじる人間のようですし、と付け加える。

 天使のような笑顔で、とんでもない事を言い放ったバーラにモルトは慄然とした。

 もしかして手を組む相手を間違えただろうか。

 そんな不安が脳裏によぎる。


(少なくとも俺の手に負える人間じゃなさそうだ……)

 

 モルトは冷や汗を流しながら、フィラートとかみ合って共倒れになってくれる事を祈った。









 王都フィラートスにある大貴族の邸宅。


「マリウスめ! マリウスめ!」


 とある一室で屋敷の主人であるアシュトンは激昂していた。

 マリウスがロヴィーサ、バーラ、キャサリンの三王女を独り占めにするという構図が透けて見えるからだ。

 それに同調する者達はかつてほど多くはない。

 アシュトン・バーナード派というべき人間は明らかにその数を減らしていた。

 勝ち目のない戦いはご免、と日和見を決め込む輩が増えたのだ。

 それがアシュトンの怒りに拍車をかけている。

 王女という貴顕の地位にある女性を娶るのは高貴な生まれの者であるべきだと言うのに、マリウスは強さを鼻にかけて欲しいままにしている。

 アシュトン派はそう思っている、と言うよりも信じ込んでいた。

 それについていけない者達が離脱した、と見るべきかもしれない。

 マリウスが魔人や魔王を倒したという話は、確かに多くの者を震え上がらせたのだ。

 アシュトンはそれが腹立たしかった。

 何という意気地のない奴らだ、と思いつく限りの言葉で罵倒した。

 なるほど、マリウスは確かに破格の強さかもしれない。

 だからと言って、輝かしい家系に生まれ落ちた者が尻込みをしてどうするというのか。

 貴族という誇りはどこへいったのか。

 アシュトンがそう叫ぶと、残りの者達は同調し、大いに気炎をあげた。

 若くて美しい娘達の興味を一身に集めるマリウスなど、滅べばいいのだと思っている。

 つまり嫉妬こそが最大の動機なのだが、彼らは始末が悪い事に自覚していない。

 あくまでも栄光あるフィラート貴族にして、国を真に憂う愛国者だと固く信じていた。


「しかし力では敵わぬのも事実です。我らは不要な暴力は好みませんからな」


 そうぬけぬけと言い放ったのはウィルスンであった。

 彼はかつて「マリウスは大した事ない」と間違った判断を下したせいで、大いに立場を悪くしたのだが、周囲の魔法使いへの無知さを利用して咎から逃げおおせた。

 魔法使いとしての実力は確かにあるのだ。

 でなければフィラートという国において、上級宮廷魔術師としての地位を得られるはずもない。


「聞けば淫魔どもの不意打ちも通じなかったという。とすれば、マリウスを倒すのは不可能ではないか?」


 いくら見方が歪んでいるといっても、アシュトンはフィラート内の一勢力の首魁となるだけの事はあった。

 最低限の事は理解出来ていたのである。

 最低限だけか、と思ったのはこの中ではウィルスン一人という現実が、この勢力の限界でもあった。


「何、力で攻めねばよいのです。風評を落としてれば、黙ってこの国を出ていくでしょう。奴に羞恥心というものがあればね」


 ウィルスンは羞恥心のかけらもなさそうな黒い笑みを浮かべた。

 マリウスがいるという事実がどれだけフィラートにとって有利に働くのか、その点について考える者はこの勢力にいない。

 そんな輩はそもそも王家に従っているか、さっさと寝返ったかのいずれかである。

 自分の権益や将来が脅かされるのが我慢出来ない、視野が狭くて考えの浅い者だけがここにいる。

 ウィルスンだけは、本来欲深くても考えの浅い男ではなかった。

 しかしマリウスへの利己的な怒りが大きく歪めていた。

 自分なりにコツコツ忍従の日々を送ってきて、何とか日が当たりそうになったと思った矢先、美味しい部分を全て持っていく闖入者が現れたのだ。

 貴族、あるいはフィラート人ならばまだ我慢が出来たかもしれない。

 ところがマリウスはフィラート人でないどころか、何人であるのかすら不明である。

 王家は一体何を考えるのか、と激しい怒りで燃えている。

 マリウスが理性的な人間らしい、と分かったのはあくまでも結果論であり、それも全ての結果が出たわけではない。

 いつ態度を豹変させ国を奪いに来るのか分かったものではない。

 出来るだけ早く追放すべきなのだ。

 何故そんな簡単な事が理解出来ないのか、ウィルスンは不思議でならなかった。

 ウィルスンが理解どころか想像もしていない事がある。

 マリウスはその気になればごく簡単にフィラートを完全に支配する事が出来るし、支配した後が大変そうな割に利益が少ない、と判断して実行に移す気がないという事だ。

 願えばより多くの利益を貪れるというのに、それを望まない人間が存在するなど考えた事もなかった。

 彼らは想像力が絶望的に不足している、という一点で共通してるのだ。

 だから恥知らずな提案も出来た。


「たとえば同性愛者だとか、赤ん坊に欲情する変態だとかね。淫魔の話がある以上、若い女性に興味がないというのは難しいでしょう」


「なるほど、それはいい!」


 アシュトンはたちどころに機嫌を直して笑い転げた。

 他の者達も一斉に笑い出す。

 男や赤ん坊が好きな変態など、女性の支持を失うのは目に見えている。

 ロヴィーサやバーラは他の男、つまり自分達を見るようになるだろう。

 そう考えた若い男達の頬は自然と緩んだ。


「しかし具体的にはどうする? 若い男はともかく赤ん坊は調達が容易ではないぞ」


 自分達の身内を使う訳にはいかないし、かといって赤ん坊がそこらで拾えるはずもない。

 そしていくらなんでも王都の市民の家からさらうのもまずい。

 となると遠くの、赤ん坊がいなくなっても大して騒がないような貧しい村が適当だろう。


「ところで赤ん坊ってどれくらいの扱いなら死なないんだ?」


「さあ?」


 赤ん坊を殺さずに連れ出す方法、を考えると皆が首を捻る。

 赤ん坊と接する機会などほとんどない者達ばかりだし、世話などした事があるはずもない。

 赤ん坊の面倒を見るのは信用は出来るが身分の低い使用人、というのが彼らの見解である。

 

「奴隷の誰かにやらせて、事が終われば口を封じればいいじゃないか」


「待て待て、奴隷を処分した理由を聞かれるぞ。ただでさえ王家がうるさいのに」


「いっそ奴隷の子を使うというのはどうだ? 何らかの訓練だと言えばいいだろう。終われば返すんだし」


「いや、赤ん坊をどうするって騒ぐぞ。王家が甘すぎるから、奴らは立場を忘れて付け上がり始めた」


「殺したら罪なんだよな。奴隷風情を殺しただけで貴族が罪に問われるとか、ありえないよなぁ」


「くそ、奴隷が働けるのは俺達のおかげだろうに。何だって王家は奴隷を殺すな、なんて言うんだ?」


「いなくなったら新しく買えばいいだけなのにな」


 途中から王家への不平不満に変わる。

 でも誰も王の廃位や打倒王家を口にはしない。

 彼らは自分達の味方が少なく、戦っても勝ち目がない事くらいは理解しているのだった。


「赤ん坊は止めた方がよさそうだな」


 アシュトンがため息をつきながら出した結論に異を唱える者はなかった。







「という事があったようです、ご主人様」


 ゾフィはバーラやモルトの様子、アシュトン派と呼ばれる貴族の動きについてマリウスに報告した。

 まさにバーラが予想した通りだったのだ。

 独断でやった事だが、マリウスを見る目は期待に満ちていて、尻尾がパタパタと動いている。

 直訳するならば「褒めて褒めて」だろう。


「とりあえずご苦労」


 マリウスは疲労感に襲われながらもゾフィをねぎらってやり、髪を撫でてやった。

 ゾフィは嬉しそうにしながら目を細め、幸福感に浸る。


「ゾ、ゾフィ様だけずるいです……」


「貴族達の動き見てきたの私達です……」


 アルとエルが涙目になって抗議する。

 無粋な真似をした二人の元部下をゾフィは殺気を込めて睨みつけた。

 二人はびくついたものの、すぐ側にマリウスがいるので勇気を奮い立たせてゾフィを見つめ返す。

 睨み返す、と称するには力が不足しすぎていた。


「ゾフィ、手柄の独り占めは悪だ。手柄が台なしになるくらいに」


 マリウスの呆れとため息が混じった発言にゾフィは大いに慌てた。


「え、あの、その、こ、これはですね、茶目っ気と言いましゅか、ただ、最初に褒めていちゃだきたかっただけと言いますか」


 わたわたと手を左右に動かしながら、何度もどもったり舌を噛んだりしながら必死に弁明する。

 普段の色気全開な姿とのギャップにマリウスは思わず笑いをもらした。


「仲よくしなさい。という訳でアルとエルもおいで」


「は~い」


「やった!」


 アルとエルが左右からマリウスに飛びつく。

 その際に大きくて柔らかい感触がマリウスの両腕に走る。

 ゾフィはそれ以上の咎めがなかった事にホッとし、マリウスに甘える。

 マリウスは三人とじゃれあいながら今後に思いを馳せた。

 王女達の作戦は放置するとして、問題は貴族達だ。

 直接的に攻撃してくれれば返り討ちにすればいいのだが、そこまで愚かではないらしい。

 具体的にどんな手で来るのかは不明ではあったが、一度国王の耳に入れておくべきだろう。


「あ、ついでに王宮内に忍び込んでいた間者を排除しておきました」


「他国の?」


「はい」


 夜は更けていく。


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