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ネクストライフ  作者: 相野仁
四章「婚活戦争?(前)」

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六話「凶悪」

 ルパートとセンドリックは人目につかないように気を配りつつ、フィラート内へと潜入していた。

 ルパートはコカトリス、センドリックはアルラウネの魔人で、人類では通らない外見をしている為だ。

 彼らからすれば屈辱な事なのだが、魔王ザガンが復活するまでの辛抱だと自らに言い聞かせている。

 魔王ザガンが復活すれば人類の時代はすぐに終焉を迎える事だろう。

 その為にはまずマリウスの始末を優先すべきだとセンドリックは思うのだが、ルパートの意見は違った。


「マリウスもザガン様の贄にすればいいのさ。手ごたえのある敵がいなくとも不機嫌になる方らしいからな。フランクリン様がそう仰っていた」


「何だかザガン様って復活させてもありがたくない方みたいだな」


 センドリックがやや不満げにぼやく。


「しっ」


 ルパートは否定せず、制するだけにとどめた。

 彼も内心では似たような事を考えているのだ。

 彼らは彼らの感覚で気が遠くなる程に長い時間屈辱に耐え、ようやくの事で

奈落の湖と呼ばれている場所に着いた。


「ここがそうか? あまり生き物がいないようだな。いても雑魚ばかりだ」


「だからだろ? ドラゴンあたりがいる場所だと、うっかりザガン様を起こしちまう可能性があるからな」


 などと言い合いながら封印場所を探す。

 ゲーリックが情報収集の末に割り出しただけで、正確な現在地を把握している訳ではないのだ。

 もっとも彼らは自分達の鋭敏な知覚能力に自信を持っていたので、面倒だとは思わなかった。

 そしてそれ故にすぐに異変に気がついた。


「何じゃこりゃ……?」

 

 二人は目を瞠った。

 本来穏やかで調和が取れている自然の魔力が、濃厚な何者かの魔力の残滓のせいでムチャクチャになっている。

 しかも木々が倒れていたり灰が残っていたり、環境破壊としか言えない惨状だった。


「何もかもがグチャグチャだ……一体、誰がこんな事を?」


「まるでマリウスとやらがここで手当たり次第に魔法を乱射したみたいじゃないか?」


「いや、いくら何でもそれはないだろう」


 彼らは自分達の言葉が真相に達しているとは知るはずもなかった。

 二人にとって問題なのは知覚能力が意味をなさない状況になっている事だった。


「で。どこから探す?」


「まあ、封印されているとすれば誰も近寄らないような場所だろうから、奥地じゃないか?」


 彼らは迷わず奥地を目指す。

 そして魔力の残滓が濃くなり、惨状も悪化している事に眉を寄せた。


「いくらなんでも酷すぎないか? まさか封印を解く妨害を?」


「ありえるな。人間はセイリセイトンってやつが好きらしいからな。こんなぐちゃぐちゃにしてそのまま放置とか、何らかの策だろう」


 全部マリウスのせいなのだが、それは分からなかった。

 マリウスの魔力を実際に知るゲーリックやゾフィならば、周囲に残っている魔力の残滓がマリウスのものと同一だと気づいたのだろうが、ルパートとセンドリックには無理な話である。

 だから色々と深読みしてしまった。


「てことはだ、ここで待ち伏せていれば誰か来るよな? 締め上げたら情報を引き出せるんじゃないか?」


「そうだな。ここはフィラートって国らしいし、マリウスって奴がいるのもフィラートらしいから、マリウスの情報を吐かせようぜ」


「それがいいな。ザガン様の復活はそれからでも遅くはないし、マリウスの情報を手土産にすれば覚えがよくなるかもしれん」

 

 こうして二人はゲーリックが知ったら絶望し、頭を抱えたであろう選択をしてしまった。


「ゲーリックって使えないよな。スキルと情報収集力が持ち味の癖にな」


「責めてやるなよ。あいつ、能なしなんだからよ」


 武闘派の二人にしてみれば戦闘力が低いというだけで侮蔑の対象になりうる。

 それを表に出さないのはルーベンスが怖いからだ。


「そういや、マリウスって言えば今頃ゾフィが行ってるはずだよな? まだ生きているのか?」


「生きてはいるだろ? 廃人になってるか、腎虚になってるかは知らんが」


 そう言って笑いあう。

 ゾフィの成功を全く疑っていない。

 二人は白昼堂々と地面に寝転がった。

 本来、魔人が恐るべきは同格の魔人か魔王、それらを倒す力を持つ勇者のみだ。

 このあたりに生息するブラックアウルやレイクスネークなど、魔人の気配に怯えてコソコソと逃げ出している有様である。

 ただ、あまり気配を出しすぎると人間の警戒心を刺激する結果が生まれるかもしれないのでほどほどにしてはいた。


「じゃあ誰か来るまで眠りますかね」


「なるべく早く来てほしいよな。遅すぎるとルーベンス様にどやされるだろうからさ」


 人間形態のままで寝たので、人間のようにいびきをかいた。

 彼らはあくまでも油断を誘っているつもりだったのである。

 致命的失態になるとは露知らずに。







 魔王と魔人討伐隊はマリウスの集団転移魔法で一瞬にして目的に到達した。

 マリウス、ゾフィ、バーラ、ヤーダベルス、ルーカス、ニルソンである。

 ゾフィの正体を知られても問題ない面子を選んだらこうなったのだ。

 早速敵探しに出発しようとしたマリウスはゾフィによって呼び止められた。


「ルパートとセンドリックはなかなかの実力者ですが、油断しやすい性格でもあります。不意打ち出来れば一気に優位に立てます」


 もっともな意見だったので、隠せる部分は隠す事にした。

 音を消す「サイレント」に匂いを消す「デオドラント」、魔法の気配を消せる「ステルス」を重ねがけする。


「今気づかれたって事はない?」


「気づいてたら突撃してきてますよ」


 マリウスの小声での質問にさりげなく臨戦態勢に移っていたゾフィはきっぱりと返した。

 その態度から突撃してきた場合には反撃する予定だった、という事がうかがえた。

 むしろ囮代わりに使ったのかもしれない。

 気をつけねばならないのはセンドリック、と言うよりもセンドリックが持っているであろうスキル「デットリーシャウト」だ。

 アルラウネの代名詞とも言えるもので、レベル差が一定以上ある相手を即死させる。

 そうでなくても大ダメージに加え、混乱大と全ステータスダウンを強制的に食らう、凶悪スキルである。

 対策を取れば防げるし、まともに叫びを聞かないだけでも効果は半減するので、強力スキルには分類されないスキルでもあった。

 

「見つけました。一キロ先にいるようです」


 ゾフィが発見した。

 淫魔の嗅覚は犬などには及ばないまでも、なかなかのものらしい。

 ましてゾフィは魔人であり、そのあたりも強化されているのだった。


「じゃあ倒しに行くか」


「いえ。それには及びません」


 ゾフィがきっぱりと言う。


「奴ら、寝ているみたいです」


「はぁ……?」


 マリウスは目が点になった。

 魔人達は魔王を復活させに来たのではないのだろうか。

 何が何だかさっぱり分からない。

 それともこの世界ではありえる事なのかと思い他の者を見ると、全員がマリウスと似たような表情をしていた。

 ゾフィだけが例外で周囲を見回してから意見を述べた。


「どうやらあれは誘いですね」


「誘い……?」

 

 戸惑いを隠せない一同にゾフィが説明をする。


「封印地周辺がありえないほど悲惨な事になっていて、封印を解くのが困難になっています。彼らは妨害工作だと思い、ここに来る者を待ち伏せているのだと思われます」


 ゾフィは接点が多くなかったとは言え、魔人同士という事もあって的確に二人の考えを見抜いた。


「うわ、確かに酷い」


「一体誰がこんな破廉恥な真似を」


「人間のくず……生き物のくずだよ、これ」


 周囲の光景に気づいた面々が次々に非難の声をあげる。

 真犯人であるマリウスは、その凄さにそ知らぬ顔を決め込む事にした。

 バーラとゾフィは何となく犯人を察知したものの、やはり知らん顔をする。


「魔王は復活直後は魔人並みの強さしかないはずです。彼らが待ち伏せしているのは魔王が完全復活するまでに邪魔をされるのを防ぐ意味合いもあるのですよ」


 ゾフィの解説にマリウスは一つ相槌を打った。


「わざと待ち伏せしているなら気をつけていこう」


「いえ、それには及びません」


 またしてもゾフィが否定する。


「あの二人が寝ているのならば私にお任せ下さい、ご主人様」


 自信たっぷりの笑顔にマリウスはゾフィのスキルを思い出して頷いた。

 相手の夢の世界に入り込み、精気を吸い取る「プレジャー」は魔人相手でも有効かもしれない。

 効かなかったところで二人がこちらに気づく前に攻撃をしかける事は可能だ。


「やってみろゾフィ」


「はっ」


 ゾフィは「プレジャー」を使った。







 ルパートとセンドリックは夢の世界にいた。


「何でお前がいる?」


 同時に言い合い、同時に舌打ちをする。


「私が呼んだからよ」


 女の声に驚いて振り向くとマリウス籠絡に向かったはずのゾフィがいた。


「ゾフィ、これは何の真似っ……」


 ルパートは怒鳴りつけようとして自分の体の異変に気がついた。

 センドリックもだ。

 全身が火照り、下半身が元気になり、目の前にいるゾフィに襲いかかりたい衝動が沸き起こってくるのに体は動かない。

 二人は「プレジャー」を食らっている事に気づいた。


「ルパート」


「おう」


 二人はお互いを全力で殴りあったが、何の変化も起こらない。


「そんなんじゃ私の“プレジャー”からは逃げられないわよ」


 勝ち誇り嘲笑うゾフィを睨もうとするが、一瞬で怒りが消えて欲情してしまう。


「さすがに魔人に使ったのは初めてだけど……あんた達、意外と弱いわねぇ」


「く、くそ……」


 罵り声さえ快感に変わる。

 二人は何とかしようともがくが……ゾフィからは逃げられなかった。

 逃げたくない、もっと味わいたいという欲求が強まってくる。


「いいえ。ご主人様が強すぎるのね。魔王なんかじゃない、私の真のご主人様が」


 ゾフィはうっとりと「情熱的すぎる夜」を思い出したが、すぐに目の前の標的に意識を切り替えた。

 二人からどんどん精気が流れてきていて、ゾフィの力に変わる。

 こうなればゾフィの独壇場だが、大切な主人を待たせたくなかった彼女は一気に勝負を決めた。

 彼らの敗因はゾフィが敵に寝返ると想定していなかった事にあった。





 ルパートとセンドリックが枯渇死で消滅する様を、援護の為に近づいてきていたマリウスは呆然と見ていた。


「せめて起きろよ……」


 他の者はゾフィへ畏怖を込めた視線を送っていた。


「やはり夢の世界では無敵か……」


 ルーカスもバーラも表情は険しい。

 空気を察したマリウスは質問しようかどうか迷ったが、今更感があるなと思い直し独り言という形で疑問を投げる事にした。


「簡単に破れたけどなぁ。まさか魔人に効くなんて……」


 この発言に驚いたのは他の人間達である。


「え? まさか夢の世界で勝ったんですか? 起きて戦って返り討ちしたのではなくて?」


 バーラですらきょとんとした顔を向けてきた。

 ルーカス達に至っては「何でこの人、生きているのだろう」と言いたげな空気を全身から発していた。

 微妙に居心地が悪くなった。

 マリウスにしてみれば「プレジャー」は怖い印象がないスキルだ。

 食らうと体力、魔力、気力を奪われるし、起きても魅了状態になっている。

 確かに効果だけだと弱くはないのだが、寝たら誰かに起こしてもらえばいいし、殴ってもらえれば魅了状態は解除出来る。

 仲間とプレイするのが前提のMMOゲーにおいて、「プレジャー」はただの嫌がらせスキルでしかなかったのだ。

 しかし現実では使い方次第では凶悪極まりないスキルになっている。

 仲間が起こせない状況で使えば大ダメージを与えられるし、使い手がゾフィという事もあるのだろうが魔人にも有効なのだ。

 おまけに自力で目覚め魔法で起きるには、膨大な魔力が必要である。

 つまりマリウスが相性最悪の天敵だっただけなのだ。

 淫魔の「プレジャー」の凶悪さをバーラとルーカスに教わったマリウスは、ゾフィが思わぬ拾い物だったかもしれないと思った。

 戻ってきたゾフィはおずおずと二つの物体をマリウスに差し出した。


「これ、コカトリスハートと魔妖花の魂です」


 マリウスは魔法で本物だと確認して受け取った。

 お色気魔人と思っていたゾフィが魔人相手にハメ技的な勝ち方をし、アイテム鑑定も出来る実力者だった事にバーラは衝撃を受けた。


(こ、こんな強敵だなんて……)


 脳内で地団駄を踏んで悔しがったが、表情には出さなかった。

 マリウスもゾフィの高性能ぶりに驚きを隠せなかったが、本来の目的を忘れてもいなかった。


「魔王の封印地を探しましょう」


 思わぬ展開で消耗が皆無に等しかったマリウスははりきっていた。


「あ、多分こちらです」


 ゾフィはここでも優秀さを発揮し、マリウスを案内する。

 バーラは本気で危機感を覚えた。

 必要もないのにくっついてきたのは自分の有用性をマリウスに示す為だったのに、ゾフィが全部持っていく勢いだった。

 一時間近く歩くと洞窟が見えてくる。


「魔王の匂いはここからしますね」


「いよいよ魔王ザガンとの対決……の前に何とかしないとな」


 洞窟は崩壊していた。

 犯人は言うまでもなくマリウスであろう。

 ゾフィは首をかしげた。


「妙ですね。洞窟が崩壊しているなら封印は解けているはずですが……」


「まさか既に復活した後なのか……?」

 

 マリウスの歩く速度が上がる。


「皆はここで待機をしていて下さい」


 魔王ザガンが復活しているのならば、ゾフィ以外は足手まといになる可能性が高い。

 一同は頷き足を止める。


「伝え聞く気性ですと、復活していればどこかの国が消し飛んでいるはずなのですが……」


 ゾフィも困惑を隠せない。


「まず、あの瓦礫を片付けよう【エクスハラティオ】」


 白い業火が瓦礫を焼き尽くす。

 その鮮烈な光と強烈な火力にゾフィは眩しそうに目を細めた。


「凄まじいですね。詠唱省略して、上級魔人並みの火力を出せるとは」


 マリウスは召喚獣の賞賛を聞いていなかった。

 何やら断末魔の叫びみたいなものが聞こえた気がしたので、そちらの方に意識が向いていた。


「何か聞こえなかったか?」


「……空耳ではなかったのですね」


 ゾフィは何かを察したらしく疲れたような表情を浮かべた。

 マリウスの方はまさかといった思いの方が強い。

 炭と何かが跡地に残っていた。


「これ、魔王の心臓ですよ」


 どうやら生き埋めになっていたザガンを、今さっきマリウスが消し飛ばしてしまった、というのが真相のようである。


「そんな馬鹿な……」


 復活直後は魔人並みの力しかないからこそ起こりえた、奇跡と言うよりは冗談と言った方が適切な、実際にあった事だった。

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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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