四話「バーラ姫、頑張る」
バーラの第一回講義に集まったのは十五人だった。
ルーカス、ニルソンと言った重鎮に加えてロヴィーサまでもが来ている。
日々こなしている職務を後に回してでも聴く価値があるとみなしているのだろう。
「基礎訓練ですが、まずは魔力弾を六つ作ります」
それぞれ風、雷、水、氷、土、火の六系統を思い浮かべながら。
これを何度も繰り返す事によってバランスよく系統が鍛えられるという。
今となっては常識とされているが、二百年程前は斬新だったこの鍛錬法をアドラー式という。
考案したのは四代目アドラー家当主となったケリー=アドラー。
本来ならば「ケリー式」か「ケリー流」とされるところを「アドラー式」としたのがランレオという国だ。
マリウスにとっては初耳であったが、周囲の者は誰も驚いてはいない。
バーラもおさらいのつもりのようだが、マリウスは既についていけなくなり始めていた。
光と闇はどうした、という疑念が浮かんだ為である。
光はともかく、闇は魔演祭でホルディアのミレーユがそれらしきものを使っていたはずだ。
そんなマリウスの方をチラッと見たバーラは、
「光は回復魔法、闇は呪術なので鍛錬法が違います」
と心を読んだかのように、とってつけた説明を加えた。
光にも攻撃魔法、闇にも回復魔法はあるはず、とマリウスは思ったが黙っていた。
この世界で廃れている、あるいは伝わっていない可能性が否定出来ない為だ。
読心魔法などが伝説の彼方に消えていた魔法、とされていたように。
バーラはよく通る綺麗な声で、歯切れよく説明をしていく。
「コツですが、まずは小さな玉を浮かべる事を想像して、続いて……」
皆が実際にやってみる。
魔法が苦手なロヴィーサまで一回で出来ていたので、バーラはなかなか教え上手と言えるだろう。
マリウスは自分だと「魔力をグッとこめてグワーと放つ」としか言えない自覚があるので、素直に感心した。
「次はマジックアイテムに関してです。まず、高位の術者がかけた魔力で他の人の魔法が弾かれてしまうという事態を防ぐ方法ですが……」
温泉採掘アイテム作りに取りかかっていたマリウスにしてみれば、絶妙すぎるタイミングと言えた。
「魔力の通り道を作ってあげる事で解決出来ます」
(な、何だってー!)
マリウスはとても驚いた。
一度魔法をかけると、効果が消えるまで魔力はとどまり続ける。
しかし、かける前のイメージ次第で他の魔法に影響を与える事はなく、複数の魔法効果は共存出来るそうだ。
この説明は皆も真剣に聞いている。
技術がある事は知ってはいても、具体的にどうすればいいのか知らなかったのだ。
「続いてですが、魔法をこめずにマジックアイテムを作る方法です」
マリウスにとっては大変奇妙に聞こえたが、実のところそうでもない。
既存の特殊効果がある素材などを調合した結果、新しいアイテムが生まれる場合がある。
一般的には「錬金術」などという名称で通っている技術であった。
単に魔法をこめるやり方では、魔法の使い手がいなくなったら作れなくなってしまう。
マリウスは大いに興味を持った。
「例えばどんなものが作れます?」
マリウスが食いついた事に対してバーラは食いついた。
「えっと、ババヌラ草、月光石、オドデの目を混ぜ合わせれば、“月女神の涙”が作れます」
これにはフィラートの人間達がぎょっとした。
一秒もたたずに消えた動揺した表情をバーラは見逃さず、「フィラートは月女神の涙を所有している」という情報が事実だと認識した。
さらっとした言動で情報収集をするのがバーラのやり方であった。
他にもいくつかのマジックアイテムの作り方を語る。
こういう分野に関してはランレオこそが大陸随一である。
ランレオの方から友好化を持ちかけた以上、ある程度は公開するのが筋と言うべきだが、それにしてもここまで惜しみなくやっていいのだろうか。
マリウスが思った事はルーカスが実際に口にした。
「バーラ様。ランレオの技巧をここまで教えていただいて、本当に宜しいのですかな」
バーラは明るい笑顔のまま頷いた。
「構いませんよ。どうせフィラートには勝てませんし」
身もふたもない言い方に一同は唖然としたが、させた方はそれだけで終わらなかった。
「こちらも“ロヴィーサ式呪文”をご教授いただきたいですし」
さらりと対価を笑顔に包んで要求する。
腹黒オーラを感じたのはマリウスだけではないようで、チラチラと左右の人間と視線を交し合う者が多かった。
魔法使いの鍛錬法とか、マジックアイテムを作成するコツだとか、国力の底上げにつながるものは教わったが、「ロヴィーサ式呪文」の軍事力向上への貢献度は身をもって知っている。
しかも惜しみなく情報を提示された後では断れない。
目の前で無邪気に微笑む美少女は、外見とは裏腹にとんだ食わせ者のようであった。
ロヴィーサはしぶしぶ、呪文について教える。
バーラは物覚えのよさを発揮し、一度聞いただけで全て正確に復唱してみせた。
ただ、それでも魔法が発動する事は一度もなかった。
簡単に突破出来るものではないのだ。
総合的に見てどちらの国が得をしたかは、今後互いの魔法使い達の努力次第といったところだろう。
バーラ姫の講義が終わると、お茶会が催された。
参加者はバーラとその侍女、ロヴィーサとエマ、ベルンハルト三世とマリウスである。
バーラは脳内で握り拳を作って喜んだが、態度には一切出さなかった。
王の参加に驚いたのはマリウスだけであった。
親善大使であり一国の王女であるバーラを全くもてなさない訳にもいかない、といった外聞上の都合のようだった。
バーラが無邪気で天真爛漫なようでいて、その実油断も隙も見せてはならぬ相手だという事もあるのかもしれない。
一同のお茶会は形式上の挨拶の後、魔演祭の事から始まった。
「バーラ殿の実力には驚きましたぞ。まさに戦乙女とでも言うべき強さでした」
「父にはお転婆すぎて嫁の貰い手がなくなる、とよく説教をされましたわ」
ベルンハルト三世を自虐的な謙遜でかわす。
これはデタラメではなく、フィラート側もランレオの事はある程度知っているから反応に困る。
マリウスは助け舟を出したつもりで
「いえいえ。私はむしろバーラ様のような女性は好ましく思いますよ」
「あら。では、婚約者に立候補してもいいでしょうか?」
悪戯っぽく微笑みながら強烈な一撃を返され、「藪をつついたらドラゴンが出てきた」ような空気になった。
今度はマリウスが返答に困る番である。
ベルンハルト三世は内心舌打ちをしながらも、バーラの一撃をかわそうと試みた。
「マリウス殿は婚約者候補が殺到しておりましてな。ランレオの王女とあろうお方を候補に入れては無礼となりましょう」
マリウスは形式上は臣下なので、君主が答えるのは正しい。
もっとも、それで怯むようなバーラはない。
「あら。立派な殿方が女性を独り占めするのは世の習いではありませんか」
小首をかしげる様はロヴィーサやマリウスから見ても愛嬌があったが、王の方は同時に憎たらしさを感じた。
「しかしですな。私はそんな器用な人間ではありませんので」
マリウスが援護射撃のつもりで言い放つ。
無理強いが出来ない本人が嫌だと言えば引き下がるだろう、とマリウス以外のフィラート側も思ったのだが、バーラはそんなに甘くはなかった。
「ならばロヴィーサ様や他の方々が私の弟や祖国の者と結ばれるというのは如何でしょう。そうする事こそ、貴国と祖国の絆が深まるというもの」
などとんでもない事を言い出した。
もちろんバーラは有力な競争相手を葬り去るつもりなのだ。
しかしながら説得力がある提案ではあった。
ランレオの王女がフィラートの有力者と結婚し、フィラートの王女や有力者の娘達がランレオの王子や有力者の息子達と結婚する。
そうすれば太い絆が生まれるのは確実で、これには反論が出来なかった。
ランレオの友好国化提案と親善大使を受け入れた以上、婚姻の提案を頭ごなしで退けるわけにもいかない。
ベルンハルト三世は勘違いから深読みしてしまった。
今回の発言はバーラの独断による軽い牽制で、ランレオの意思とは無縁なのだがそうは思わなかった。
(おいおい、頼むぜ)
マリウスの目から見てもベルンハルト三世は、娘と年の変わらぬ少女相手に防戦一方で歯がゆさを感じたし、ロヴィーサとエマも似たような感想を持った。
しかしながらこれはベルンハルト三世がよくない。
国家としての外聞やしがらみに気を取られ、ロヴィーサとマリウスの仲を進展させたり既成事実を作るのが大いに遅れたのだ。
さっさと進めていればバーラが騒ぐ余地は生まれなかっただろう。
ここまであけすけかつ、反論出来ぬ攻撃が来る事を想定していなかったベルンハルト三世の落ち度なのだ。
もっとも、バーラは己がマリウスと結ばれさえすればそれで満足し、矛を収めるつもりでいる事に気づいていない、という点では他の者らも同罪であったが。
「実のところ、貴国以外からも似た申し出が相次いでおります。申し訳ないですが、早急には決めかねます。拙速は避けたいですからな」
ベルンハルト三世はやっとそう搾り出した。
バーラは「当然ですわね」と笑顔を浮かべて引き下がった。
無理をする時ではないと判断しての事である。
私情を見抜かれてしまえば、立場は簡単に覆るだろうから。
ロヴィーサが他国の人間に嫁ぐ可能性を指摘した際に、マリウスが感情の動きを見せた事を収穫として次に生かすべきであった。
(やっぱりロヴィーサが本命なのかなぁ。知り合ってからが長いってのは有利よねぇ)
それに淫魔の魔人とその手下もいる事を忘れてはならない。
バーラが攻撃に使える時間は多くはないと見るべきだった。
マリウスが一夫多妻に否定的なのは意外だったが、ロヴィーサを封殺してしまえば打開可能だ。
それとも一夫多妻を認めてもらうようにもっていくか。
(何で一夫多妻がダメなのかしら。それさえ分かれば、突破口が作れそうなんだけど……)
バーラが知る限り、男は一夫多妻が好きだ。
父王もフィリップもボリスもである。
ついでにフィラート王も例外ではない。
単に愛妾が早逝して、後釜を据えなかっただけである。
今回の茶会で好感度を下げてしまった恐れは多分にあるが、バーラはそれほど悲観してはいない。
何故ならばマリウスが知りたがっている情報を多数保有している自信があるからだ。
読心魔法を使えば一発だという事は知らない。
しかし、もし知っていても余裕は崩さなかっただろう。
知識がある事と知識通り実践出来る事は全くの別問題で、バーラは実践する技術も持ち合わせていたからである。




