十一話「表彰」
『さあ、表彰式へと移りましょう』
『長くても鬱陶しいだけだから、さくさくといこうね』
観客席から「ハハハ」と笑い声が起こる。
『個人優勝はマリウス選手。国別優勝はフィラート王国。トロフィーが授与されます』
入場門が開き、一人の少女がトロフィーを持ってトコトコと歩いてくる。
『マリウス選手にトロフィーを渡すのはボルトナーのキャサリン王女です。御年十二歳です』
『年を言った意味はあるのかね?』
『ございません』
再び笑い声が起こる。
マリウスも笑いながら少女が自分の方に歩いてくるのを見ていた。
そして首筋がチリチリするという、馴染みのある本能の警告に一歩後ずさりをして「リードシンク」を発動させる。
瞬間的な発動で得た情報は断片的だったが、それでも十二歳の少女とは到底思えぬ血生臭い過去が見えた。
マリウスは杖を構えて低い声を発した。
「お前は誰だ?」
マリウスの唐突な態度に一同は呆気に取られ、次いで非難めいた視線を送る。
マリウスに同調したのはルーカス、バーラ、そしてヘムルートだけであった。
キャサリン王女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに「ニタリ」と不気味な笑みを浮かべる。
「さすがですね。私の正体をあっさりと見抜くとは」
キャサリンの体の輪郭がぼやけたかと思うと、若い男のものへと変化していた。
金色の髪、青い肌、そしてコメカミからは角がはえていた。
「私はザムエル。魔人ザムエル。マリウス・トゥーバン、あなたを殺してしまう魔人の名前ですよ」
魔人の突然の乱入に誰もとっさに反応出来ずにいた。
マリウスだけは例外だった。
「……本物のキャサリン王女はどうした?」
「王宮で寝かせてますよ。標的以外の殺しは極力控えるのが私の主義なのでね」
マリウスの最悪の予想は外れたが、それでも油断は出来ない。
魔人はモンスターが進化して生まれる上位存在であり、全てが特殊スキルを持っている難敵のはずなのだ。
「一人で私を倒すと?」
マリウスは弱みを見せぬよう、極力冷静さを崩さぬように努めた。
ザムエルはそれを見透かしたかのように笑う。
「とても簡単ですよ」
ザムエルの体がぶれたかと思うと、無数に増える。
ものの数秒で会場内に数万のザムエルが出現した。
そして会場内の者達一人一人の側に立つ。
「単純な戦闘力ではあなたの方が上かもしれませんが、私が持つスキルは“ディヴィジョン”。己自身と同等の攻撃力を持つ分体を作り出す事が出来るのです。そして最大作成数は十五万です」
ザムエルは得意げに語る。
「私、あなたの事を調べたんですよ。実に甘いお人よしだ。あなたは私を殺す魔法を持っていても、今この状態では使えませんよねぇ?」
確かにその通りだ。
魔人であるザムエルを倒すような魔法を使ったら周囲の人間が死ぬ。
「どうやって姿を変えていたんだ?」
「おやおや。人間達のマジックアイテムにあるじゃないですか、それくらい。私はゲーリックさんと違って変身や擬態のスキルは持っていませんからね」
尋ねた事を躊躇せず喋りまくるザムエル。
自分の勝利は揺るがないと確信しているのだ。
「種明かしをするなら、あなたを殺す計画を立てていた人間から奪ったのですけどね。あなた、嫌われていますね」
ザムエルが何を言っているのかマリウスは分からなかった。
まさか己の暗殺をしようとしていた者がいて、しかも既に殺されたとは想像もつかなかった。
「さて、そろそろ死んでいただきますかね?」
ザムエルはにこやかに処刑宣告をする。
「くっ」
ベルンハルト三世らフィラートの人間はマリウスが絶体絶命だと思っていた。
彼らが知るマリウスでは、今本気を出す事など出来ない。
ザムエルはマリウスの力を封じ込める、最高の作戦を使ってきたのだ。
アステリアにしても「魔人がこんな手で来るとは」と冷や汗をかいていた。
マリウスの力が脅威ならば、それが発揮出来ない状態にすればいい。
アステリアも似たような策を考えていたのだった。
マリウスを敵に回さない策を最優先すべきだという事が判明し、実行する気をなくしていたのだが。
周囲の誰もが絶望していた中、マリウスはというと
「いや、お前馬鹿だろ」
転移系魔法の一種「トランスミッション」を使った。
己以外の存在を強制的に移動させる魔法で、かけられた会場内の全ての者達は遠く離れた王宮へと飛ばされる。
残ったのはザムエル本体と数万の分体だけだ。
「……あれ?」
「単に倒すだけなら、他人は巻き込まない場所に移動させればいいだけだし」
「な、なんだと……」
ザムエルは愕然とした。
一度も使った事がなかったので誰も知らなかったのも無理ないが、マリウスは他人を転送する魔法を使えたのである。
つまり、ザムエルの計画は全く意味がなかった。
「炎よ全てを蹂躙せよ【エクスハラティオ】」
一級の炎系攻撃魔法を全力で放つ。
周囲に影響を残さないから禁呪指定されていないだけで、火力だけならばほとんど遜色のない、最強級の魔法の一つだ。
白い業火が会場内全体を覆い尽くし、焼き払う。
展開されていた合計十枚の結界は、抵抗する時間が刹那すらなく消滅する。
「ぐはっ」
ザムエルは苦悶の声を上げて昏倒する。
作り出した分体の大群は刹那も耐えられず消滅した。
白い光が消え去った時、倒れたザムエル本体とマリウスのみが残り、試合会場は炭すら残らず消し飛んでいた。
残ったのは更地だけである。
「やりすぎた……訳じゃないな、お前は生きてるし」
さすがは魔人、とマリウスは続ける。
ザムエルは呻きながら立ち上がれなかった。
どこからどう見ても、何度凝視しても瀕死だった。
マリウスは怪訝そうに眉をひそめる。
「何で瀕死なんだ……? お前、魔人の癖に弱すぎじゃないか……?」
返事がない、本当に死にかけているようだ。
懐から取り出していた二つのアイテム、大天使長の首飾り、神言の指輪を装備せずにしまう。
いくら「エクスハラティオ」が強力と言っても、ただのローブしかしていない状態での一撃ならば、魔人が耐えられないというのも妙な話だ。
(この世界、マジで弱いのか?)
油断は禁物だと思うが、ここまで弱い存在ばかりだと気を緩めないのも一苦労かもしれない。
マリウスの心ない酷評に、ザムエルは屈辱と苦痛で顔を歪めた。
「ず、図に乗るな……わ、私は……最弱の魔人……強い仲間は……たくさん、いるのだ……」
倒れたままで必死に強がる。
「つまり、私の力を見る為の捨て駒か」
マリウスが図星をつくと、ザムエルは一瞬表情を強張らせたがすぐに笑い出した。
「そ、そうだ……お前を殺す礎なのだ……今にルーベンス様達が……お前を殺すさ……ざまみろ……」
(何という典型的かませ)
マリウスは呆れながらもさっさととどめをさす事にした。
本来ならば接触して「サイコメトリー」で過去を見ておきたいのだが、生憎と魔人の場合は保有するスキルが一つとは限らない。
そして戦闘力とは関係ない恐ろしいスキルを持っている場合もある。
「【メイルシュトロム】」
三級魔法でとどめをさした。
ザムエルの肉体は消滅し、何もドロップしなかった。
(やば……何で消滅するんだよ)
マリウスは八つ当たりに近い感想を持った。
そして、次に自分が魔人を殺す事に全く躊躇しなかった事に違和感を覚えた。
ゴブリンを殺しておいて今更だが、ザムエルはゴブリンよりずっと人間に近い姿だった。
どうやら人型であってもモンスターの場合は殺すのに抵抗がないらしい。
(気持ち悪いな……)
困惑を覚えるが、どうにも出来ない事だと切り替える事にした。
多分、このあたりにも「賢者補正」が働いているのだろうと見当をつけながら。
(さて、問題は綺麗さっぱりなくなった試合会場だけど……)
どう言い訳しようか、と思案してすぐにザムエルのせいにすればいいと思いついた。
巻き込まぬように王宮まで飛ばしたので、戦闘経過など知られていないに違いないのだ。
「ザムエルがガンガン壊したので……」
いかにも申し訳ない、といった表情でマリウスは戻ってきた人々に説明した。
皆は驚愕しながらも信じた。
マリウスが無傷だった事に関しては誰も指摘しなかった。
(きっとマリウス様の仕業だわ! だって魔人の死体がないんだもの!)
バーラは欺けなかった。
他の人間は欺かれた、というよりも思考が麻痺して何も考えられない状態だっただけかもしれない。
魔人が現れたのに誰も死んでいないというのはそれだけ驚異的だったのだ。
虚ろな目をした者が多かったのはきっと気のせいではない。
キャサリン王女は王宮内で無事発見されたが、怯えて泣きじゃくるので、トロフィーの授与は国王がやる事になった。
マリウスがトロフィーを受け取った後、国別優勝のトロフィーはルーカスが受け取った。
優勝を久しぶりに逃したランレオの人間はほとんどが放心状態だった。
過去優勝を逃した時は、出場者の吊るし上げが始まっていたのにだ。
今回は彼らにとって衝撃的な出来事が連続でありすぎたのだろう。
ニコニコとご満悦といった表情のバーラの神経の方こそ異常と言うべきなのかもしれない。
優勝国となったフィラートの者達すらどこか沈痛な雰囲気だったのだから。
今回の展開をほぼ読んでいたはずのアステリアだって、顔の筋肉がけいれんしていた。
(いくら何でもこれ程とは……メリンダより潜在能力で上など、予測出来るはずもなかったが、私は愚かだったな)
魔人の死体すら残さず滅ぼすとは、想像を絶するにも程があった。
己の見通しの甘さを素直に認め、精神の再建には成功はしていたが、ゆとりがないのも事実だった。
今回の件で得た情報を元に予想を組み立て直すと、最悪を凌ぐ最悪が起こりうると出た。
(ここまで来たのなら、まだまだマリウスは明らかになってない力があって、そのせいでよき結果をもたらす、と考えたいな)
酷薄で無情なまでの現実主義者であるアステリアすら、主義を変えたくなるような力をマリウスは見せたのだった。
魔演祭は終わり、各国の者達は故郷へと戻る。
一ヶ月の猶予期間を経て、再び戦場で激突する可能性はあるだろう。
今回でフィラートが超越的戦力を保有すると判明した。
まず、各国は対フィラートに関する戦略を練り直す必要がある。
今のところは婚姻外交一色であるが、普通に考えれば全てが成立する事はありえない。
どこが勝ち取るのかが今後の大陸の趨勢のカギを握るであろう。
「いやー、今回は面白かったな」
「バーラ様、最高だな」
「マリウスみたいな化け物相手に心が折れないなんて、本当に女神だ」
民衆達は比較的お気楽で、大会の感想を述べ合いながら帰っていく。
実のところ欺かれなかった者は、バーラとアステリア以外にもいた。
(ザムエルは失敗か……それも死体が残らんとは。おまけに成長力も反則的ときている……ルーベンス様に報告して策を練り直さねば)
観客の一人として潜入していた魔人ゲーリックだ。
マリウスの「リードシンク」は脅威ではあるが、群衆の中に紛れ込んでいれば割り出しは困難であろうと踏んでいたのだ。
確かに予測は当たっていたが、同時に空恐ろしい結果を突きつけられた。
(あんな奴、我々の手には負えんぞ。最低でもデカラビア様に復活していただかなくては)
問題なのは非現実的すぎる事柄を果たして何人が信じてくれるかだ。
彼らのリーダーであるルーベンスさえ信じてくれれば、活路は見出せるのだが期待は出来ない。
ゲーリックが他の魔人の立場ならば到底信じないであろうからだ。
潜入中も生きた心地がしなかったのは実に久しぶりだった。
本来ならばデカラビアでも危ない気がするが、「まだ発展途上」という点にゲーリックは賭けていた。
ザムエルが敗れ去る瞬間を目撃していないので、ある意味では当然かもしれない。
ザムエルが死後に生者に忠告するスキルを持っていれば、必死にゲーリックの思い違いを正したであろう。
「デカラビア様どころかアウラニース様でも危うい」と。




