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ネクストライフ  作者: 相野仁
第二章「新天地」

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八話「失敗は成功のもと」

 ランレオの人間に化け物扱いされたマリウスは、魔王ザガンに破壊され尽くしたアイテムを復活させようと思った。

 国益に貢献し、真にこの国の人間になりたいという想いがある。

 もちろん、ロヴィーサとエマの好感度が上がれば言う事なしだ。

 最初に挑戦したのはアイテム袋作りだった。

 これがあるかどうかで魔王クラスの敵と戦う時の難易度が大きく変わるだろう。

 今まで戦った相手は全員本気を出すまでもなく瞬殺出来る存在だったが、マリウスは楽観していなかった。

 結局ワイバーン襲撃事件の黒幕は手がかりさえ見つかっていないのだ。

 他国の謀略かもしれないが、その線は薄そうだと判断している。

 何者かが幾度となく王宮内への侵入やマリウスへの接触を試みようとして、その都度排除されているのを知覚していた。

 恐らく「賢者」としての能力の一環であろう。

 自覚した途端に出来る事が増えたのだからご都合主義と言うべきか、名前の割に使い勝手がよくないと言うべきか、にわかに判断しかねている。

 それはさておき身の回りで起こっている事を鑑みると、フィラートの防諜能力はかなり高そうだ。

 にも関わらず手がかりさえ掴めないとなると、人間の能力を凌駕している存在を念頭に置くべきだとマリウスは思う。

 フィラートの諜報部より優秀な人間が他国にいるという可能性は当然あるが、相手を過小評価すると痛い目に遭うというのは先日の模擬戦で実感したばかりである。

 魔王が復活しているなら最低でも一つの街が消えるくらいの事件が発生しているはずだから、どの魔王もまだ封印されていると見るべきだろう。

 となると現時点で最強の敵は魔人デーモンである。

 しかし、敵が魔人となるとワイバーン六頭という攻撃の規模が小さすぎる事になってしまう。

 その気になれば十万単位でモンスターを動かせるのだ。

 だからこそフィラートの諜報部も敵を絞り込みかねているのだろう。

 敵を絞らせない、というのも魔人達の思惑だとまでは見抜けていなかった。


「アイテム袋ですか?」


 訊き返してきたロヴィーサに頷きを返した。

 重量を無視出来るアイテム袋を作れれば、戦闘などにも大きく優位になるのではないか、と考えを明かした。


「アイテム袋でしたら過去に大陸全土に普及していましたので、我が国で独占するのは難しいですね。製作法を明かし、創案権に基づいた権利料を徴収するのが一般的と言えるでしょう」


 丁寧に解説してくれたのはエマで、この世界にも知的財産の概念があるのかとマリウスは驚いた。


「新しいものを創案出来る方には皆でお金を払って教えを請わないと痛い目に遭いますから」


 昔、方位磁石を発明した人間をないがしろにしていたら、その人間は一念発起して戦艦と魔導砲も発明し、ファーミア大陸のいち中堅国家の強大化に恐ろしいまでの貢献をしたという。


「歴史に出てくるファーミア帝国こそ、その中堅国家ですよ」


 エマの指摘にマリウスは驚いた。


(ここでファーミア帝国が出てくるのか……と言うか魔導砲って)

 

 かつて世界の大半を支配していたという超大国の礎が、一人の発明によるものだと言うなら発明家を皆で守るというのも納得出来る。

 しかしそれなら製法の独占を企む人間が出てきたりしないのだろうか。

 疑問をぶつけると、軍事技術以外は困難だと答えが返ってきた。


「発明家だって生活がありますし、出資者にしても元手は回収したいでしょうから結局広く売り込まれるのが一般的なんですよ」


 ロヴィーサの説明が腑に落ちなかったマリウスは食い下がった。


「いや、でも新しい植物の育て方とか、自分の食べる分だけ作るって場合ならありえるんじゃ?」


「マリウス様並みの力があるか、人里から離れた場所で生活してるかでもない限り隠し通すのは不可能ではないでしょうか?」


「なるほど」


 確かに人と関わらない生活をしない限りはいつか誰かに気づかれるかもしれない。

 そして人の口に戸は立てられぬという。

 マリウスのように記憶に干渉する魔法を使えるのならば話は別だが。


「下手に隠そうとすれば他国の侵略を招きかねない以上、余程のものを除けば公開して権利収入を得た方が得という訳です」


 ファーミア帝国が滅んだのはもう遥か過去の話だが、今でも教訓は残っていて他国の動向に過敏な傾向があるという。


「諜報部も元来はその為に生まれたのですよ」

 

 どこの国も儲け話には敏感という訳だ。

 

「魔人対策は?」


「諜報部の仕事ですけど、成果は今一つですね。元はと言えば、五十年前のセラエノの悲劇がきっかけでして」


 国の人間に化けていた魔人による有力人物の暗殺を皮切りに、魔軍六十万の攻撃でセラエノは国土と兵力の大半を失った。

 だが魔人は何故かしばらくすると占領地域を放棄し、姿をくらませた。

 統率を失って瓦解したモンスター達を各国は掃討し、自国の領土をきっちりと増やした。

 セラエノは更に領土を奪われるのを防ぐだけで手一杯だった。

 それ以降、対魔人で諜報網が強化されたがロヴィーサが言ったように結果はほとんど出ていない。

 人類の力を魔人が凌駕している事の証左になっている。


「まあ、とりあえずアイテム製造に話を戻しますか。権利料などはどうなっていますか?」

 

 魔人の事など考えても埒が明かないと判断し、話を切り替える。

 不真面目にも取られかねない態度は、ロヴィーサとエマには魔人をものともしない自信の表れと勘違いされ好意的に受け止められた。

 底知れぬ力を垣間見せているのが今回はいい方向に働いたのだった。


「必要経費は全額こちら負担。権利料は販売価格の一割。そこから三割はこちらに収めていただきます」


 つまりマリウスの実際の取り分は七パーセントとなる。

 多いか少ないか判断しかねたが、直ちに承諾した。

 国益に貢献するのが元々の目的だし、そもそもがフィラートの民の血税で生活する立場なのだ。

 贅沢は言えない、とマリウスは思った。

 

「ではこちらが材料となる袋です。こちらの方も一度製法は失伝していましたが、近年復活しました」


 エマが差し出したのは白い、かすかに魔力を感じる巾着袋だった。


「え? 袋は復活してるんですか?」


「ええ、二級魔法の“アナザールーム”を使える者がいないのが問題でして」


 ロヴィーサの言葉になるほどと頷く。

 国一番の魔法使いであるルーカスさえ三級魔法がやっとらしい、という実情を思い出した。

 他国の魔法使い達も同じなのかもしれない。

 マリウスは使えるが、他に誰も使えないのなら量産するのは難しいかもしれない。

 魔法を特定の対象に付加させるのは魔法使いにとって必須能力である。

 補助魔法、回復魔法も広い範囲では付加させている事になるのだ。

 もっとも、それら付加させるのが用途の魔法と、そうでない魔法とでは難易度が大きく異なる。

 「アナザールーム」は「テレポート」や「ワープ」と同じ空間系の魔法で、異空間の物置場所を作る。

 作った本人しか場所は利用出来ないが、保有出来るアイテムの上限を実質上増やせる、便利な魔法として上級プレイヤーには人気あったものだ。


(まずはやってみるか)


 所用があるとロヴィーサとエマの二人は去り、マリウスは袋に向き直る。

 ゲームでは一度も経験していない事だけに勝手が分からない。

 何事も試しだと魔力を込めてみた。

 すると袋は一瞬で散ってしまった。


「ん……?」


 もう一枚、今度は先程よりも威力を弱めになるようにして使って見るが、またしても袋は散ってしまう。


(も、脆すぎてもたないとは……)


 マリウスにとって完全に想定外の事態であった。

 かつてアイテム袋を作っていた人はマリウスと比べて威力がなかったか、それとも袋の方がもっと丈夫だったのか。

 いきなり暗礁に乗り上げそうでマリウスは頭を抱えたくなった。

 始めて数秒で助けを求める訳にもいかない。

 何かいい方法はないか、と思案する。

 何秒か考えた後、強化魔法の一つ「ドゥラビリティ」を試してみる事にした。

 筋力などを強化するという点においては「ストレングレス」に劣るが、魔法抵抗力なども強化出来る万能型の補助魔法だ。

 威力を最低限まで落として使ってみる。

 袋は破れなかった。

 ほっとしつつ、今度はやはり威力を最低まで落として「アナザールーム」を使ってみた。

 袋は破れない。


(よし)


 一歩前進した、とマリウスは握り拳を作って喜んだ。

 机に乗っている魔道書を数冊袋に入れていく。

 十二級魔法を中心に記した安物、とエマが言っていたので失敗して紛失しても謝れば許してもらえそうな品だ。

 これで袋の重さが変わらなければ成功である。

 持ち上げてみると重さは空の時と同じ、つまり成功した。

 と思ったら、袋は光を発して破け、魔道書はどさっと床に落ちた。

 付加後の定着には失敗したらしい。

 世の中そんなに甘くないな、とマリウスは思った。

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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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