カルネラ港奪還作戦 その四
橋を架けるまで、占領地側の川岸を確保する任務。それを果たした我々に向かってヒステリックに叫んだのはカレルヴォだった。奴は肩をいからせながらこちらに早歩きで近付くと、今まさに帝国軍の偉い人と話しているマルケルスに向かって怒鳴り散らした。何のつもりだ、と。
「誰だ、私の作品をこのように辱しめているのは!?即刻止めさせろ!」
マルケルスは私の方をチラリと見てから、クイッと顎を動かす。拘束を外せと言いたいのだろう。私は仕方なく砂の球で包んでいる魔人達を解放してやった。
魔人達のほとんどは身体を振って砂を落とすと、怒声と共に我々に襲い掛かろうとした。帝国軍は反射的に武器を抜いて、魔人達に備えようとする。しかし、連中の爪牙がこちらに届く前に、連中は凍り付いたかのように動きを止めた。
「何すんだよ、旦那ぁ!?こいつら、また俺達を虚仮にしやがったんだ!絶対に殺してやる!」
「黙っておれ!少しは頭を使わんか、馬鹿者が!」
「ンだと!?調子に乗んじゃ……っ!?」
どうやらカレルヴォによって強制的に動けなくされたらしい。カレルヴォは苦々しい顔付きで鰐の魔人を叱責する。それで激昂した鰐の魔人はカレルヴォを罵倒しようとしたものの、言葉が形になる前に口が動かなくなった。話すことを禁じられたようだ。
カレルヴォは我々に、いや、私に向かって明らかな憎悪の視線を向ける。ただ、カレルヴォのような弱者に睨まれたところで私に恐怖を抱かせることは出来ない。表情一つ変えない私を見て、カレルヴォは悔しそうに奥歯を強く噛んでいた。
「いかがなされた、客員霊術士殿?」
「……大したことではありませんよ。私の魔人を回収しに来ただけです」
「左様ですか。客員霊術士殿の魔人も足止めに協力していただき、感謝いたします。ともかく、オーロクス君。君と君の部下達はよくやった。一度、後方に戻りたまえ」
「はっ!……行くぞ」
内心では怒り狂っているだろうカレルヴォは、偉い人の前では平静を取り繕っている。そして偉い人も特に何かを言及することはなく、マルケルスに下がるように命令した。
マルケルスは敬礼してから我々を連れて橋を逆走して後方へ向かう。背後からカレルヴォの視線を感じる。あ、そう言えば奴は先程の鰐の魔人みたいに私の動きを縛ることは出来るのだろうか?もしそうなら戦闘中にそれをされると容易く謀殺されてしまう。それは勘弁して欲しい。
同じ不安を覚えた者は何人かいて、ティガルやザルドは少し不安そうな表情になっている。そんな我々にだけ聞こえるような小声でデキウスは言った。問題はない、と。
「客員霊術士殿は貴方達を引き渡す際に、命令権を放棄されています。それは口約束ではなく、霊術による契約によって。今、貴方達への命令権を持つのは魔人部隊の管理と運用を命じられた副隊長だけです。作成者だろうと何だろうと、命令されることはありませんよ」
どうやら命令系統が複数あると後々面倒だと言うことで、奴は我々に何も強要することが出来なくなっているらしい。それにしても運用ねぇ……帝国軍の中じゃ相変わらずヒト扱いしてくれないようだ。
ただし、マルケルスは我々が従順である限りは何かを強制するつもりはないらしい。運用が任された相手が彼で本当に良かった。
とりあえず安心した私は、後ろの複眼でミカ様子を窺う。こう言っては何だが、私と元贖罪兵の魔人はオルヴォによって魔人にされた者である。私はともかく、カレルヴォとの因縁はほとんどないと言っても過言ではない。
一方でミカは元々、オルヴォとカレルヴォに仕えていた身だ。しかもオルヴォを殺され、カレルヴォに裏切られて魔人にされている。恨んでいて当然だろう。馬鹿なことを仕出かさないか、心配だったのだ。
「……?」
しかし、予想に反してミカの表情に動きはなかった。表情も身体動きも、いつもと変わらない。実は怒りを圧し殺しているのではないかと思ったものの、聴覚を鋭くしてミカの心拍や呼吸音を聞いても普段と変わりはなかった。
どうやら本当に全く動揺していないようだ。そのことを意外に思いながらも、我々は行軍の列の後ろの方にいるシユウとアパオの荷車の元へ戻る。そして再び進軍を開始した。
「カレルヴォのことでしたらお気になさらずとも良いですよ。アレはもう私の主人でも何でもありませんから」
むっ、どうやら探っていたのがバレていたらしい。私は頭を動かさずに頭の後ろにある複眼で見ていた上に、闘気も霊術も使わずに耳を澄ましていた。どうしてわかったのだろうか?
「私は視線を感じとることが得意なのですよ。どうやってかはわかりませんが、主様が私を見ているのは感じておりました」
バレた原因は視線を向けたことそのものだったらしい。私も好奇や嫌悪、侮蔑のような負の視線には敏感だ。だから注意深く視線を向けたのだが……私の隠蔽技術は通用しなかったようだ。
彼の感覚の鋭さはきっと経験の為せる技だと思う。私は戦闘を仲間達に教えているが、こう言う類いの技術をミカから学んだ方が良いのだろうか?
「主様は既に鋭い感覚をお持ちですし、必要とあらばお教えしますが……主様が何でも出来る必要はないと愚考いたします」
必要ない、だと?それは何故だ?私はここに来て初めてミカの方に顔を向ける。するとミカは堂々と自分の意見を述べた。
「主様は現時点で最強の魔人であり、皆様にリーダーとして認められておられます。それ故に全てを御自身で行われるのではなく、仲間に任せる姿勢でいた方がよろしいでしょう。皆様も頼られたいと思っておりますよ」
ふぅむ、そう言うものか。生まれてから魔人となるまで、私は生き延びるためだけに己を鍛え、死にたくないから戦って敵を殺してきた。そのためならばどんな技術も貪欲に吸収している。様々な闘獣が本能的に用いる技や、聖騎士やアレクサンドルの武術を再現しようとするのもその一環だった。
しかし、今は共に死線を潜り抜けた仲間達がいる。私自身は相応しいと思っていないが、彼らは私をリーダーだと仰いでいるらしいのだ。彼らのためにも強くならねばと思うのだが、彼らのことを思えばこそ任せることも大事だとミカは言いたいのだろう。
ヒト種の感情の動きなどはまだわからないことも多い。だが、ここはミカの助言に従うべきだと思う。私はゆっくりと頷いた。しかし、それにしても……
「……」
「どうして何をお考えかわかるのか、不思議でございますか?私の信仰する神の恩寵にございます。己の光である主人を支えるため、主人とその客人、あるいは敵の考えをほんのりと読み取ることが出来るのです。まあ、意識して隠そうと思っておられることは何も感じ取れませんが」
神の恩寵……私の知識にもある言葉だ。確か格式の高い神が信徒に授ける力である。ミカに与えられたのは限定的な読心術と言ったところか。主人と客人の望みを読み取れば細やかな配慮が可能だし、敵の考えが読めれば主人を守りやすくなる。色々な面で役立ちそうな力であった。
私も何らかの神から恩寵を授けられれば強くなるのかもしれない。だが、私はどの神の教義も知らない。それ故に信仰心と言うものを持っていない。恩寵のために信仰する、と言うのも違う気がするし……大人しく自分を鍛えるとしよう。
一悶着あった後も進軍は続く。川の向こう側にあった麦畑は完全に刈り尽くされており、街道の左右は何もない荒野となっていた。もう季節は春であり、川の南側は地面を青々とした雑草が繁っている。いくら直前まで麦を育てていたとしても、ここまで何も生えていない状態になるものだろうか?
「これは……酷いな」
「どうしました?何が酷いのです?」
私が疑問を抱きながら街道を歩いていると、馬に乗っているマルケルスの部下の一人が呟いた。思わず呟いたという感じだったのだが、それを聞いたデキウスが同僚に訪ねる。すると呟いたその帝国兵は頬をポリポリと掻きながら言った。
「デキウスさんはご存知でしょうが、ウチの実家って元々あんまり階級が高くないでしょう?」
「ええ、以前に貴方の口から聞きましたね。確かお爺様が大量発生した危険な生物を討伐した功績が評価され、階級を上げる許可が下りたと」
「その通りです。けど爺さんは変わり者でして、階級が上がった後もわざわざ近所の畑を耕すのを手伝ってたんですよ。階級が上がろうと自分は土いじりしか知らない、って言って」
困ったものです、と言いながら兵士は苦笑していた。その笑みは苦笑ではあるものの、苦々しいという雰囲気ではない。困ってはいたが、嫌な記憶ではないと言うことだろう。
「私も幼い時には畑に連れていかれたので、少しは土の良し悪しがわかるんですが……ここの土は本当に酷いですね」
「土が酷い……?つまり、農業に適さないと?ですが、この辺りは帝国領だった時から農業に向かないと言われていたはず。今さらなのでは?」
ここが農業に適さないという話はマルケルスから潜入任務の時に私も聞いている。デキウスの言う通り、元から適していなかったのだから別に気にするようなことではないと私も思っていた。だが、その兵士はゆっくりと首を横に振った。
「そういう酷さじゃないんですよ。作物ってのは大地の力と陽の光、それに空気と水で育つのは知ってるでしょう?ですが、この土には力が何も残ってない。完全な出がらしになってるんですよ」
「私は農業に詳しくありませんが、作物が大地の力で育つのなら消耗していてもおかしくないのでは?収穫した後なら尚更でしょう」
「確かに、収穫後は一番大地の力が落ちている時期です。ですが、普通の作物だと大地の力を半分も消費しないはずなんですよ」
「半分以下、ですか」
「はい。だから同じ農地で次の年も作物を植えられるんです。毎年肥料やら何やらを巻いて回復させますし、数年に一回は休ませないといけないんですが……それでもこんなに消耗した土を見たのは初めてです」
つまり、共和国軍は数年かけてもなくならない大地の力を一年とかからず使い果たしてしまったと言うこと。ひょっとして我々の身体を隠してくれた背の高い麦はとんでもない植物だったのではないか?私は同じく会話を盗み聞きしていたらしいミカと共に、刈り取られた後の麦を凝視するのだった。




