カルネラ港奪還作戦 その二
雄叫びと共に現れた鰐の魔人達に、マルケルス達も当然気が付いている。予想外の援軍ではあるのだが、それを素直に喜べない。連中は信頼に足る相手ではないからだ。
鰐の魔人や蛙の魔人など、水中に適応した魔人達が先頭にいて、そいつらが腰に巻いた縄に他の魔人が掴まっていたらしい。犬の魔人や鼠の魔人などは川から出るや否や身体を震わせて水気を切っていた。
既に魔人形態になっている魔人達は帝国軍が使っているのと同じ、しかしそれでいて錆びと刃こぼれだらけの武器を持っている。そして血に餓えた獣のように無人偵察機へとその刃を振り下ろした。
「ゴルルルル!玩具をぶっ壊せぇぇ!」
「「「ガオオオオオオオッ!!!」」」
鰐の魔人は両手に一本ずつ持った剣と尻尾で無人偵察機を破壊していく。二本の剣と尻尾と言う、私と似ている戦い方をするらしい。その動きは洗練されているとは言い難く、完全に力任せであった。参考にはならないな。
魔人達は獲物を追い求めるように人工林へと飛び込んでいく。その直後から人工林の中でも銃声と何かが壊れる音、歓喜の咆哮に断末魔の悲鳴が聞こえて来た。
咆哮はともかくとして、悲鳴が聞こえると言うことは銃弾で貫かれて死んだのではないか?躊躇せずに視界の悪い人工林に飛び込んだので、何らかの策があるのだと思っていたが……買い被りすぎだったようだ。やはり、この魔人達を当てにしていては命が幾つあっても足りなさそうだ。
「副隊長!」
「来たか!」
そうこうしている内にミカ達が第三陣を連れてきた。やはり、こちらの方は頼りになる。マルケルスの部下も仲間達も危なげない戦いぶりで無人偵察機を破壊していった。
ミカ達がなるべく急いだこともあって、魔人部隊の全員が渡河するのにさほど時間は掛からなかった。だが、その間に最初は遠くにいた共和国軍の気配がこちらに接近している。十台の自走砲と百近い鉄の馬……駆動二輪に乗った機鎧兵が、ここからも見える位置にまでやって来たのである。
それと同時に無人偵察機が灯していた明かりが点滅し始め、銃撃を止めて突撃してきた。私とミカが逃げた時と同じように自爆するつもりにちがいない。そのことを知っている我々は、慌てることなく防御を固めてその爆風を防いだ。
「ぎゃああああああああ!?」
「熱いぃ!熱いよおぉぉぉぉ!」
人工林の中でも爆発は起こったようで、左右からも苦悶の呻きや悲鳴が聞こえてくる。爆発で生じた炎が人工林に燃え移ったのか、生木が燃える臭いが私の鼻にまで届いて来た。
だが、それよりも問題なのは爆風の直後に聞こえた砲撃の音だった。砲口をこちらに向けていた自走砲は、爆風を防ぐために動きを止めていた我々に向かって容赦なく砲撃を開始したのである。むしろ無人偵察機を一斉に自爆させたのは、この砲撃を確実に当てるために違いない。やってくれるな!
「全力で防御を固めろっ!」
叫ぶように命令するマルケルスだったが、彼らの装備は帝国軍の軽装歩兵の装備である。重装歩兵のそれとは比べ物にならず、咄嗟に高めた防御力程度では一発ならともかく十発もの砲撃を食らって無事でいられるとは思えない。そしてそれは仲間の魔人部隊にも言えることだった。
だからこそ、私は前へ飛び出す。外骨格を硬化しつつ闘気を高め、霊術でなるべく多くの砂を作り出し、飛来した砲弾を受け止めた。砲弾の爆発によって外骨格がギシギシと軋み、爆風で砂が撒き散らされて辺りは一瞬だけ砂嵐に包まれたようになった。
だが、私の身体と砂の壁によって威力が減衰したのは確かであった。背後にいたマルケルス達と仲間達は余波を防ぐだけで済んだので、誰一人として傷を負った者はいない……砂が口に入って悶絶するマルケルスを除けば、であるが。
不意打ち気味に放たれた一発目は防いだ。次からはそれに備えられるので大丈夫だろう。私はそう考えていたのだが、二発目は確かに放たれたものの、我々の方に飛んで来ることはなかった。
「……馬鹿なのか、あいつらは?」
マルケルスが思わず呟いたのは、人工林から自走砲に向かって駆け出す者達がいたからだ。それは当然、鰐の魔人をはじめとする新たな魔人達である。隠れていれば良いものを、連中は無謀にも自走砲に向かって突撃を敢行したのだ。
勝算があるのならそれでも良い。実際、私ならば直撃に耐えられるし、ティガルやザルドなら砲弾を回避したり斬り払ったりしながら距離を詰めることも可能だと思う。それと同じことが出来るなら問題はないはずだ。
「ギャアアァァァ……」
「グオオオォォォ……」
だが、連中にそんな技術はなかったらしい。ただ愚直に、真っ直ぐに自走砲に向かって走っているのだ。それ故に砲弾の直撃こそ避けているが、爆風で宙を舞う者や手足が千切れ飛ぶ者が何人もいる。濃密な血の臭いが風に乗ってここまで届いていた。
それに敵は自走砲だけではない。その周囲には百人近い機鎧兵がいるのだ。奴等は自分が持っている携行火器を魔人達に向け、銃弾や砲弾を放ったのである。
自走砲の砲弾にばかり気をとられていた魔人達は、銃弾の雨にさらされることになる。鰐の魔人のように銃弾が通用しない肌の魔人も何人かいるが、その大半はそうではない。銃弾に貫かれて動きを止めたところに砲撃が直撃し、何人もの魔人が肉片に変えられていた。
「このままだとあっちは全滅するぞ……?指揮官はいないのか?仕方がない。サソリ君、君は救援に向かってくれ。他の者達はここを死守する」
マルケルスは申し訳なさそうにそう命令した。ここを離れる訳には行かず、かと言って一応は味方であるあの魔人達を見殺しにも出来ない。その苦悩の末に出した指示なのだろう。私は一度頷くと、自走砲に向かって駆け出した。
接近する私に気付いたのか、自走砲の砲口の一つがこちらを向く。その砲口は狙いを定めてから砲弾を発射した。だが、砲撃くらいで私は止まらない。すぐ側で爆ぜた砲弾の爆風を外骨格で防ぎつつ、私はその歩みを止めなかった。
何発撃たれようと止まらない私の脅威度が高いと判断されたのか、五つもの砲口がこちらに向けられた。そうだ、それで良い。私を狙え。それがこちらの狙いなのだから。
「……!…………!」
五つの砲口からの集中砲火は回避など不可能であり、四方から爆風と飛び散る破片が私の外骨格を激しく叩く。それに加えて爆発によって巻き起こされた砂塵の向こう側から飛んできた一発は私の顔面に直撃した。
胴体ならばともかく、顔面に当たったのは流石に効いた。外骨格そのものには歪みもなければ焦げるようなこともない。だが、爆発の衝撃によって脳が揺れ、首がビキビキと軋んで折れそうになる。
痛みは抑えられるが、首が軋む感覚はとても不愉快だ。何であんな嫌な奴等のためにこんな思いをしなければならなのだろう?命令だからだとわかっていても、不満が湧き出て来ることは止められなかった。
「■■■■■!」
「■■■!■■■■■!」
怒りを前進する意思に変えて全速力で駆け出す私であったが、機鎧兵は私を指差して何かを言っている。すると急に攻撃を止めてしまう。そして牽制と思われる砲撃を繰り返しながら、何故か後退し始めたのだ。
何事かと思いながらも、そのまま逃がすのも癪だったので霊術によってありったけの砂の槍を作り出し、それを自走砲目掛けて発射した。しかし、あまりにも距離が離れていたために槍が当たる前に奴等は逃げてしまった。その際、有毒な煙幕を張ることも忘れてはいなかった。
沸き上がる不満を存分にぶつけてやろうと思っていたのに逃げられるとは……感情の持っていく場所を失った私は、深いため息を吐きながら二本の剣を鞘に納める。そして魔人達の方に意識を向けた。
「逃げんじゃねぇ!ビビってんのか!?」
「血ぃ!血を見せろ!殺させろよォォォォォ!」
銃弾と爆風に耐えていた魔人達は、今もギャーギャーと何かを言いながら自走砲を追い掛けようとしている。ただし、全力で後退する自走砲に追い付けるほど足は速くないらしい。途中で諦めてから口汚く罵るばかりであった。
それに、多くの魔人達が殺生することそのものを求めているような言動が目立つ。それに無策で人工林に飛び込んだり、攻撃を防げないのに自走砲へ突撃したり……あまりにも好戦的過ぎる。こんな無謀な戦い方を繰り返せば、待っているのは戦死だけだ。こいつらを制御する指揮官がいないのだろうか?私は心底疑問に思った。
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
「ひぃ……ひぃぃ……!」
一方で敵の攻撃に耐えられなかった魔人達は、血を流しながら苦し気に呻いている。特に運悪く爆風を近くで受けて四肢を欠損した者達は、子供のように泣きじゃくっていた。
傷口の激痛、迫り来る死の恐怖、あるべき自らの一部を失った喪失感。それら全てに飲み込まれているのだろう。仮に命が助かって欠損部位の再生に成功したとしても、彼らがもう一度戦場に立てるかどうかはわからない。しかし魔人である以上、戦場からは逃げられないだろう。難儀なことだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!もう我慢出来ねぇ!何か殺してぇ!」
「良いこと思い付いたぜ!そこらに転がってる死に損ないを殺っちまおう!」
「名案じゃねぇか!どうせもう使い物にならねぇんだからな!」
「…………!?」
大怪我をした魔人達の行く末を案じていると、まだ立っている魔人達がとんでもないことを言い出したではないか。そしてそれは冗談でも何でもなく、彼らは同胞である魔人に向かって持っていた武器を躊躇なく振り下ろした。
白刃で貫かれた魔人の断末魔の絶叫と、顔に喜悦を浮かべることを隠そうともせず殺し回る魔人の歓声が私の耳を震わせる。どうやら生命を奪うことそのものに愉悦を感じているらしい。仲間意識が薄いとは思っていたが、まさか自分の欲求を満たすためなら殺すことも厭わないとは思わなかった。
何にせよ、私は一方的な虐殺を止めるべく駆け出した。それは正義感などから来る義憤ではなく、魔人が魔人を殺す狂気の光景を見たくないという個人的な感情が理由である。暴れている魔人達を拘束し、まだ生きている者達をマルケルス達の下へと届ける……面倒な仕事になりそうだ。




