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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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獄中生活 その二

 監獄での生活が始まってから、あっと言う間に二週間が経過した。監獄という薄暗い空間にいながらも、我々は実に充実した毎日を送っている。元が贖罪兵だと知っているからか看守から侮蔑するような視線を時折感じるものの、二階にいる限り何か注意されることはなかった。


 それに毎日出てくる食事は量も多い上に皆の反応も上々だ。私はあまり食べ物に頓着しないので、何でも良いのだが、必ず一つは甘味が付いてくるのは素直に嬉しい。デザートも付けろと要求した捕虜の女……アスミに感謝である。


 ただし、食べてばかりで動かないのは身体が鈍ってしまう。そこで食後は必ず運動を兼ねて組手を行うようにしていた。ティガル達のような戦闘員は全員が参加しているのだが、意外な者達も加わっていた。


「ていっ!」

「やあっ!」


 膝立ちになった私の掌に、小さな拳が打ち込まれる。パシッという小気味良い音を立てる拳の主はレオとケルフであった。二人はまだ子供なのだが、魔人達に一方的にしてやられたことが契機になったのか、自発的に訓練がしたいと言い出したのである。自分がもっと強ければあんなに怖い思いをしなくて良かったのに、と考えたのだろう。


 二人はやる気に満ち溢れており、メキメキと実力を付けている。最初こそへっぴり腰だったものの、今では腰の入った良い打撃を繰り出せるようになっていた。贖罪兵として生き長らえた者の末裔としての天賦の才に、魔人としての身体能力が加わった結果に違いない。きっと強い戦士になるぞ。


「えい!えい!えい!」


 また、訓練にはラピも参加している。私は早すぎると思ったのだが、涙目になってお願いされたので断り切れなかった。ただし、格闘術に関する才能はレオとケルフよりも上である。今も私の尻尾に流れるように連続で打撃を繰り出していた。


 私はラピの才能に驚いたし、その溢れんばかりの才能にレオとケルフは嫉妬していた。だが、今はそうではない。レオは剣術の、ケルフは槍術の才能があったからだ。格闘術は全ての基本として続けているが、もう少ししたら武器術の訓練に移る予定である。


 他の子供達はと言うと、大人達の意向とミカのアドバイスもあって自由に遊ばせている。意思が固かった三人はともかく、子供の内はなるべく好きにさせたいと大人達は考えていた。ミカも無理やりさせても身に付かないし、遊びを通じて基礎体力が付くからと推奨したのである。


 私も強制するつもりなど一切なかったので、そのようになった。それに三人も鍛練を終えた後は他の子供達に混ざって遊んでいる。三人は遊びも鍛練も全力だった。


「ええっと、『私の名前はティガルです』と。これで合ってるよな?」

「ええ、正解です。誤字も脱字もありませんし、字体も丁寧でよろしいかと」


 子供達の鍛練を私が見ている間、大人達はミカを教師として学問を教わっている。エンゾ大陸の公用語であるディト語の読み書きが出来れば便利であるし、算術も身に付けておいて損はないからだ。


 この授業は大人達だけでなく、子供達も同じことを行っている。子供達が鍛練を終えた後、入れ替りでミカの授業が始まるのだ。ミカは教えるのが非常に上手く、子供達は乾いた地面が水を吸い込むように覚えていった。


 このことに焦ったのは大人達である。元々やる気は十分だったのだが、子供達の覚える速度に危機感を抱いたのだ。このままでは子供達に馬鹿にされてしまうかもしれない、と。


 どうやらヒト種にとって子供達からの敬意を失いたくないという気持ちは強い動機となるらしい。今では戦闘狂の()()()があるリナルドでさえ、真面目に授業に取り組んでいた。


「ふむ……算術とは奥深いものだな」

「はぁ、ザルド様……学問に集中されているお姿も素敵だわ……」


 特に成績が良いのがザルドとソフィーの二人であった。ザルドはディト語の読み書きはほぼマスターしていて、算術も四則演算を使いこなしている。冷静沈着なだけでなく、地頭も相当良かったようだ。


 そんなザルドの右腕であるソフィーはザルドの横顔を見て頬を朱に染めながら、自分も難しい算術を解いている。たまにザルドに関して妙なことを口走っているが、優秀な頭脳の持ち主であることは間違いない。


 ミカも学者ではないので、二人には教えられることはもう存在しない。そこで今では他の大人に教える立場になっている。ミカの負担が減ったのは私としては喜ばしいことだった。


「えいっ……?あにき、下からあのオジサン達が来てる」


 私の尻尾を黙々と殴っていたラピだったが、動きをピタリと止めてそう言った。鍛練を積むようになってから、ラピは動きが機敏になっただけでなく聴覚もミカ並みに鋭くなっている。鍛練を積んでいる三人の子供達の中ではラピが一番強いかもしれない。


 下から上ってくる足音のことは私も気付いている。他にも耳の良い大人達、特にミカとミカから様々な技術を教わっている者達は察知しているのだろう。学問に用いている木の板から視線を外して階段の方を見ていた。


「よう!今日も精が出るな!あと、今日も頼むぞ」

「かしこまりました。皆さん、それでは今日はここまでとしましょう。今やっている課題を片付けたら自由にしてください。では、参りましょう」

「アニキ、オジサンに迷惑掛けんなよ!」

「お仕事頑張ってね、アニキ」

「オジサン……俺はまだ二十代だ!お兄さんと呼べ!」

「「わあっ!オジサンが怒った!」」

「副隊長、大人げないですよ」


 階下から上がってきたのはマルケルスとデキウスだった。彼がここに来る理由はただ一つ。捕虜の尋問を行う時に同席させる私とミカを呼びに来るためである。ミカは授業の終了を告げ、私も三人の相手を中断して立ち上がった。


 当のマルケルスはレオとケルフに『オジサン』と呼ばれて落ち込んでいる。自分の年齢よりも年上に見られることはヒト種にとって苦痛なのか?私には理解出来ない感情だった。


 マルケルスがオジサンかお兄さんかは私にはどうでも良い。私とミカは仕事に向かうべく牢屋から廊下に出る。未だに落ち込んでいるマルケルスと呆れた様子のデキウスと共に、我々は階段を下りて地下へと向かった。


「ハッハッハ!オジサン呼ばわりされて落ち込むとはな!」


 地下にいるアスミはマルケルスが落ち込んでいる原因を聞いて大笑いしていた。笑われているマルケルスは、独房に用意された椅子に腰掛けた状態で重いため息を吐いた。


「そう笑うなよ……と言うか、カン族もオジサンとかオバサンとか呼ばれると傷付いたりしないのか?」

「特にないな。シーシャ大陸は長生きすることが難しい土地柄だから、老人は尊敬の対象だ。まあ、それをいいことに無茶を言う老人も多いのも事実だが」

「どこの大陸でも似たようなことはあるんだなぁ」


 二人はどこか共感したようにしみじみとそう言った。二人ともお互いではなくどこか遠くを眺めているので、それぞれに無茶を言った老人を思い出しているのだろう。


 無茶を言う老人……それを聞いた私の脳裏に真っ先に浮かんだのはゲオルグである。あの老人の訓練という言葉を借りた拷問は、それはもう無茶苦茶だった。ああ、思い出したら腹が立ってきたぞ。


「……おい、どうしてアイツは急に殺気立ってるんだ」

「さあ?おーい、サソリ君。抑えてくれ」

「…………」


 あ、しまった。この手で殺しておいてなお忘れてはいない恨みの念を抑えきれなかったようだ。しかもそれを他の者に察知されてしまうなど、あまりにも無様である。もっと鍛練せねばなるまい。


 私の殺気が急速に鎮まったからか、マルケルスとアスミは同時に胸を撫で下ろした。毎日尋問のために顔を付き合わせているからか、二人はすっかり打ち解けている。まるで昔からの友人であるかのようだ。


 ただ、ミカとデキウスはそんな二人の関係に何か思うところがあるらしい。それが何なのか、じきに教えてくれるだろう。


「コホン。副隊長、そろそろ……」

「ん?ああ、そうだな」


 敵同士である二人はしばらく談笑していたものの、デキウスが本題である尋問に移るように促した。するとアスミは不機嫌そうな顔付きになってデキウスを睨み付ける。だがすぐに彼女が姿勢を正すと、緊張感のある張り詰めた空気が流れ始めた。


「今日の質問だが……これでカルネラ港についての質問は最後になる。港に浮かんでいた金属の船について教えてくれ」

「戦艦と輸送船のことだな?いいだろう。ただし、前にも言ったが私は戦士であって兵器の開発者ではない。正確な性能については知らない。それでも良いな?」

「こちらも前に言ったと思うけど、君から聞いた話を専門家が分析するから問題ないよ。話してくれ」

「わかった。まず……」


 捕虜となったアスミは、隷属させられていないにもかかわらずとても素直に情報を話している。あまりにも素直なので、私とミカは嘘を言っているのではないかと疑ったほどだ。マルケルスがその理由を聞いた所、どうやら彼女の忠誠心が薄いかららしかった。


 神の呪いによってヒト種としては最弱レベルの闘気と霊力しか持たないカン族だが、アスミのような先祖返りが生まれることがある。その先祖返りは強制的に徴兵されるのが共和国の法律で定められているらしい。これはシーシャ大陸が再統一される以前の時代からの名残であるそうだ。


 そうして徴兵された先祖返りは白機兵と帝国が呼ぶ白い鎧に身を包むようになる。この鎧は特別製ではあるものの、それを扱う白機兵の地位は決して高くない。一般兵に比べて遥かに強靭な肉体を持つことから危険な任務ばかり割り振られ、それでいて権限と言えるものはほとんどない。あるとしたら自分専用の武器が与えられるくらいだそうだ。


 自分達にしか出来ない任務をこなしているのに、相応の報酬を受け取っていない。アスミは常々そうおもっていたらしい。そんな環境で忠誠心など育つはずもない。それでも捕虜となった直後は何も話してやるつもりなどなかった。それどころか麻痺毒が切れたら逃げ出してやろうと思っていたようだ。


 しかし、共和国軍が逃げている彼女ごと私とミカを葬ろうとしたことで気が変わった。徴兵されて戦うことを強制され、命懸けで危険な任務に従事したのに、救出するどころか敵と共に殺されそうになったのだ。愛想が尽きても仕方がないだろう。


 情報をベラベラ話す代償が少し豪華な食事程度なのは、彼女の根底にある怒りが原因なのである。アスミの語る情報はカルネラ港の奪還だけでなく、共和国軍との戦いそのものに役立つものが多い。今も潜入任務中に海上に浮かんでいるのを見た長大な大砲を載せた金属の船……戦艦について語っていた。


「……と、そんな所だ」

「まるで海に浮かぶ砦じゃないか。どうにかして乗り込んで内側から破壊する。それ以外に戦艦を沈める方法はなさそうだ」

「それが現実的だろう。ただし、まともな方法で近付くのはほぼ不可能だぞ。甲板にあるのは支援砲撃用の大砲だけじゃない。十分な数の機銃もあるのだからな」

「わかった。話してくれてありがとう。デキウス、書き終えたか?」

「はい。提出するには十分な情報かと思われます」

「そうか……それじゃあ、また明日」

「……ああ。またな」


 これで今日の尋問の時間は終わりである。マルケルスは名残惜しそうに、デキウスはすまし顔で座っていた椅子から立ち上がった。二人はこれから今日の尋問の成果を報告しに行くのだ。


 私とミカは二人の後に続いて地下を後にする。独房に一人取り残されたアスミは、どこか寂しそうな表情でマルケルスを見送っている。その様子を私は毎日、複眼で見ているのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 損な性格やな
[一言] いる場所こそ監獄ですが穏やかな生活ですねー 捕虜のアスミにも無理な拷問が行われること無く様々な共和国軍の情報も入手できてますし
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