司令部にて
「……以上が白機兵ことアスミ・イシャクラムから聴取した内容になります。翻訳機から異音が聞こえることはありませんでしたので、全て真実で……いえ、彼女にとっての真実であると思われます」
冥王蠍の魔人とミカの二人と別れた後、マルケルスは参謀長の元で尋問で聞き出した内容を報告していた。同じ部屋にいるのは参謀長だけではない。その直属の部下が数名、この戦線を率いる第一、第三、第四師団の師団長、そしてその全てを率いる将軍までいるのである。
この戦線の司令部を担う者達が、自分の前に勢揃いしているのだ。マルケルスは第一師団第八連隊、その第六大隊の副隊長に過ぎない。決して下っ端ではないものの、この部屋にいる者達に比べれば遥かに低い地位でしかない。入室してからこれまで、彼はずっと緊張し続けていた。
「ふむ……北方の大陸の存在に、その歴史と事情か。実に興味深い話だ」
「確かに興味深いですが、直接的な戦略や戦術を立てるのには役に立たないのでは?」
「いや、交渉が可能になっただけでも十分な成果でしょう。有益な情報はこれから引き出せば良いのですから。良くやってくれたな、オーロクス君。引き続き、君には尋問の任務が与えられることになるだろう」
「はっ!」
部屋にいる者達の内、将軍と参謀長を含めた多くの者達がマルケルスの功績を評価していた。得られた情報の中に、直接的に作戦の役に立つ情報はほぼなかった。だが、これまで交渉すら出来なかった相手との会話が成り立つようになっただけでも十分な成果だと言う声が多かったのである。
自分よりも遥かに帝国軍での地位が高い者達に評価されたことになるのだが、マルケルスにはそれを誇る余裕はなかった。緊張のせいで返答するだけで精一杯だったのだ。
「それにしても、交渉の条件として引き合いに出されたのが食事を豪華にすることとは……食糧難に苦しんでいたとしても、余りにも対価が安すぎる。虚実を織り混ぜて話をするに違いない」
「いやいや、案外その捕虜は自国への忠誠心が薄いだけかも知れんぞ?」
「どちらにせよ、翻訳機に嘘を見破る機能が付いているのはありがたい。開発部も良い仕事をしてくれたものだ……さっぱり分からん技術的な説明を長々と話したがるのは勘弁して欲しいが」
「開発部と言えば、オーロクス君達が鹵獲したほぼ無傷の火吹戦車を見て感涙していたそうだぞ。破損がない分、仕組みを完全に理解することが出来たと報告が上がっている。じきに帝国軍が独自に製造した火吹戦車も製造されることだろう」
「帝国軍の歴史を変えた、と言っても過言ではありませんな。小官などは器が小さいので、羨ましくて嫉妬してしまいそうですよ」
そう言って将軍や参謀長達は快活に笑っている。嫉妬云々はジョークだったのだが、それでマルケルスの緊張が解けると言うことはなかった。司令部の老人達は暖かい目を恐縮する若者に向けていた。
「冗談はこの辺にして……当然だがこのことは本国にも報告する。これは推測だが、他国にも情報を共有させることだろう。この捕虜の話が真実であるなら、共和国軍の内部には戦争することに疑問を抱いている者達がいることは使えるだろう」
「内部分裂を狙うのですね?将軍、帝国ならば可能でしょうが……他の戦線では国を滅ぼされた者達が多くいるので、難しいと思われます」
「ふむ……そこで帝国だけが和平を結べば大陸で孤立してしまうか。どうするのかは皇帝陛下の御心次第であるが……国土を荒らした侵略者と和平を結ぶことなど断じて許さぬであろう。烈しい御方であるからな」
マルケルスは目の前で交わされている会話を聞きながら、どうして自分のような者が機密に当たりそうな話を聞いているのだろうかと疑問に思っていた。しかしまだ退出を命じられていないので、彼は直立したまま命令を待っていた。
すると部屋の扉がコンコンとノックされる。将軍が入室を促すと、やって来たのは憲兵隊の隊長であった。彼はキビキビとした動きで敬礼すると、マルケルスをチラリと見てから報告し始めた。
「お騒がせして申し訳ありません、将軍閣下。早急に報告するべき事案がございます」
「ふむ、続けよ」
「はっ!先ほど要塞内にて乱闘が発生、憲兵隊はこれを速やかに鎮圧致しました。問題は乱闘を起こしたのが、例の客員霊術士殿が連れてきた魔人と元贖罪兵の魔人部隊だと言うことです」
「なっ……!?」
憲兵隊長の報告を聞いて、マルケルスは目を丸くする。彼にはどうしてそんなことになったのか全くわからない。気になることは沢山あったが、咄嗟に口から飛び出した言葉は一つだった。
「魔人部隊の皆は無事なんですか!?」
「なっ、何だ貴様は!?」
「オーロクス君。部下のことが気になる気持ちはわかるが、落ち着きたまえ」
「もっ、申し訳ありませんでした……」
マルケルスは憲兵隊長に詰め寄って問いただすが、参謀長はそれを宥める。冷静になった彼は一歩下がって憲兵隊長に謝罪した。憲兵隊長はフンと鼻を鳴らしつつマルケルスを一度睨んでから報告を続けた。
「幸いにも死者は出ておりませんが、双方に怪我人が多数出ております。とりあえずどちらも監獄に送っておきましたが、霊術士殿が抗議して来ております。自分の魔人を解放し、魔人部隊を処刑しろと。如何いたしましょう?」
冥王蠍の魔人が現れて大暴れし始めた段階で、危険を感じたカレルヴォは安全な場所に逃げていた。それでも自分の作品が勝つと思っていたのだが、結果は完膚なきまでに敗北であった。
そのことに逆上したカレルヴォは、一方的に魔人部隊が悪いとして処刑するように憲兵隊長に抗議したのである。カレルヴォは皇帝が招いた客員霊術士という立場なので、そのことを配慮して一応報告しておいたのである。
「事の経緯は判明しておるのか?」
「はい。休息中の魔人部隊に霊術士殿の方が一方的に攻撃するようけしかけた後、返り討ちにあったのが実情のようです。目撃した複数の兵士から同一の証言を得ております。口裏合わせをする時間もなかったのでこれが事実だと考えて良いでしょう」
ただし、憲兵隊長がカレルヴォに対して行う配慮はそこまでだった。高慢なところがある憲兵隊長であるが、彼と彼が率いる憲兵隊は職務に忠実である。それは憲兵隊が優秀で頑迷なまでに忠実で公正な者だけが選ばれるからだ。彼らは迅速に捜査を行っており、既に事実を把握していた。
将軍は顎に手を当てつつ、マルケルスと参謀長に視線を送る。彼は参謀長の新たに合成された魔人部隊の有用性について疑問視する意見を聞いていた。図らずもマルケルスの部下である魔人部隊とカレルヴォが作った新たな魔人、そのどちらの方が強いのかがハッキリしてしまったのである。
「なるほど……客員霊術士殿が連れてきた魔人は傷が治り次第、解放してやれ。彼の面子を立てて差し上げなければな。だが、魔人部隊の処刑は却下だ。あれほどの戦力を無為に失う訳にはいかん。彼らはカルネラ港の奪還作戦だけでなく、これからの戦争に必要な戦力だからな」
「では、そちらも解放するのでしょうか?」
「いや、監獄に入れたままにせよ。また同じような乱闘騒ぎを起こされては敵わんからな。それに規律のためにも、どちらかには監獄に入っておいてもらわねばならん」
そこで将軍が出した答えは、カレルヴォの申し立てを一部だけ叶えてやるというものだった。彼の作った魔人は解放する。しかし、戦力となる魔人部隊の処刑は許可しない。彼らを処刑しても帝国軍にメリットは何一つないし、それどころか貴重な戦力を失うデメリットしかないからだ。
ただし、魔人部隊を監獄から出すこともない。そうすることでカレルヴォの溜飲を下げさせつつ、乱闘騒ぎを起こせなくし、他の兵士に対して規律は保たれているとのポーズを見せるのだ。魔人部隊が割りを食った形になるが、立場が弱い彼らがその役割に回されるのは仕方がないことだった。
「将軍閣下、一つだけ意見を具申してもよろしいでしょうか?」
それに対して、これまで緊張していたはずのマルケルスが口を開いた。まさか彼が将軍の決定に異を唱えるとは思っておらず、全員の視線がマルケルスに集中する。
その中には憲兵隊長のように明確な敵意を含む視線もあった。しかし、今のマルケルスは決して怯むことはない。その様子が面白かったのか、将軍はマルケルスに発言を許可することにした。何を言い出すのかが知りたかったからである。
「ふむ、言ってみなさい」
「はっ!魔人部隊を監獄に閉じ込めておくことは正しい判断であると小官も同意するところであります。しかし、彼らの内三名はカルネラ港に潜入する危険な任務を果たし、他の者達も人工林の監視任務に従事しておりました。そのことを考慮して、監獄内での待遇を良くしていただけないかと……」
マルケルスが求めたのは将軍の裁定を覆すことではなかった。本来ならば監獄から出してやりたい。しかし、監獄に閉じ込めておくこと以上のメリットを将軍達に提示することは出来ない。ならばせめて少しでも魔人達の環境を良くしてやろうと考えたのだ。
彼の意見を聞いた将軍は、表情こそ動かさなかったものの内心では好感を抱いていた。自分の裁定を感情論で否定するのではなく、魔人達の功績を引き合いに出しつつ環境の改善を求める。部下想いの良い指揮官ではないか、と。
「……良かろう。捕虜の尋問には魔人の圧力が不可欠であるようだしな。憲兵隊長、彼らは何階に投獄されているのだ?」
「二階であります、将軍閣下」
「ならば二階に限り行動の自由を認める。それと、食事は捕虜と同じものを出してやれ。これで良いかな?」
「寛大な処遇に感謝いたします、将軍閣下!」
「その分、カルネラ港の奪還作戦ではしっかりと働いてもらうぞ。では下がりなさい」
「はっ!失礼します!」
マルケルスは望外の厚遇に喜びつつ、将軍に深々と頭を下げる。そして心の中でガッツポーズを取りながら、司令部を後にするのだった。




