魔人VS魔人
怒りによって飛び出した私であったが、頭の中は至って冷静であった。頭の中が沸騰しそうな程の怒りは未だに感じているものの、戦闘において怒りに呑まれることの危険性は十分に承知している。あくまでも怒りは戦う理由であり、戦う時には戦いに集中するべきなのだ。
真っ先に目を付けたのは、私から最も近い位置にいた魔人である。恐らくは蛙の魔人なのだろうが、今はそんなことはどうだって良い。私は殺気に怯えて動けないその魔人の喉元を目掛けて手刀を突き刺そうとした。
「殺してはなりません!」
指先が刺さる直前、耳にミカの叫び声が届く。私は舌打ちしながら指を曲げて拳にすると、軌道を変えて下から顎を殴り上げる。拳に蛙の魔人の顎の骨が砕ける感触が伝わって来た。
頭から地面に落ちて痙攣している蛙の魔人を無視しつつ、私はレオの腕を掴んでぶら下げながらその顔を殴っているクソ野郎の膝を踏み抜く。山羊か何かの魔人は汚い悲鳴を上げたので、黙らせるために頭を尻尾で殴って気絶させた。
「あ……アニキぃ……」
「……」
レオは腫れ上がった顔を涙と血と鼻水塗れにして泣いている。私はその場に座らせると、頭を軽くポンポンと叩いてから次の敵に襲い掛かった。
次に選んだ標的は、女衆を犯そうとしているクズ共だ。下着を下ろしてこちらに尻を向けている奴等は、私の殺気にも気付けないほどの色ボケである。その首筋に強力な麻痺毒を滴らせる毒針を深く突き刺した。
ガクガク震えながら、連中は間抜けな姿勢で動けなくなる。組み敷かれていた女達はそこから抜け出すと、全員が示し合わせたかのように犯そうとした魔人の股間を踏み潰した。助けたはずの私の股間も軽く竦み上がってしまったのは何故だろうか?
「ゴアアアアアアッ!」
「!」
股間を潰されるというショッキングな場面を見てしまって硬直していた私に、背後から忍び寄っていた鰐の魔人が噛み付いて来た。
奇襲したつもりなのだろうが、私は背後が見えているので奇襲など通用しない。私は振り向くことすらせずに、大きく開かれた口に尻尾の先端を突っ込んだ。
「ゴゲゲッ!?ゴガガガガッ!?」
尻尾の先端は鰐の魔人の喉の奥にまで入り込んでいる。そこで私は逃がさないために尻尾の先端から毒を分泌せずに毒針を露出させた。
毒針は喉に針が深々と突き刺さり、鰐の魔人は苦し気に呻きつつ尻尾を抜こうと躍起になっている。だが、私は身体の形状を操作することで針の先をかえし状にして抜けなくしてやった。少し形状を変えるだけならば、指を外骨格からヒト種の肌に変えるより遥かに楽なのだ。
「ゴガッ!?」
鰐の魔人を固定したところで、私は尻尾をグイと持ち上げる。宙吊りになった鰐の魔人は、落ちないように必死に尻尾を掴んでいた。空中で足をバタバタと動かす魔人を、私は武器として利用することにした。
鰐の魔人をブンブンと振り回し、有象無象の魔人達を薙ぎ払っていく。すると毛皮も鱗もなく、表皮がテラテラとした粘液に包まれている気味の悪い……謎の魔人が私の前に現れる。そいつはラピの髪の毛を掴んで引き摺りながら、人質にするようにして私に見せ付けて来た。
「動クナ!コノガキガドウナッテモ良イノカ!?」
その魔人は聞き取り難い声で私を脅す。痛さと怖さで泣きじゃくるラピを見て、私は目の前が真っ赤になるほどの怒りを覚えたが、あの子を救うためには冷静さを失ってはならない。私は再び理性で怒りを押さえ付けた。
それと同時に頬の鋏を大きく広げる。謎の魔人は私の動作に何の意味があるのかわからず、警戒はしているものの動く気配はない。それは好都合だ。
ミシミシッ……バキッ!
私は左頬の鋏を口に持っていくと、その刃の部分を歯で無理矢理噛み折った。外骨格の硬さ故に歯が割れそうなくらいに力を入れなければならなかったが、何とかなるものだな。それを一度口に含むと、大きく息を吸い込んでから勢い良くそれを吹き出した。
共和国軍が使う筒状兵器……いや、あの捕虜は銃と呼んでいたか?それを参考にした、私のオリジナル技であった。
単純に鋏を吹き出すだけなのだが、私の背筋と腹筋、それに肺活量を甘く見てもらっては困る。鋏の刃は鉄の礫のように高速で飛んで行き、ラピの髪を握る謎の魔人の手を貫通した。
「ギャアアア、グビャッ!?」
「ゴギガッ!?」
手に風穴を空けられた痛みで手を離した謎の魔人に向かって、上から鰐の魔人を振り下ろすとお互いの頭が激突する。謎の魔人は額と手から緑色の血を流しながら、気を失って地面に叩き付けられた。
自由になったラピは、顔をグチャグチャにしながら言葉にならない声を出しつつこちらに駆けてくる。震えながら抱き着いて泣き続けるラピを落ち着かせるべく、私はラピを持ち上げるとなるべく優しく背中を撫でてやった。
それを好機と捉えたのか、私が立っている地面の中から何かが飛び出した。何かがいることは足の裏から伝わる振動で察知していたので、私は余裕をもって腕を掲げて自分自身とラピを守る。すると地面から飛び出した何かは、驚いたことに私の外骨格の表面を削っていった。
外骨格を傷付けたのは、地面から現れた魔人の爪であった。闘気で強化していなかったとは言え、私の外骨格を傷付けるほど鋭い爪を有しているらしい。私は即座に傷を修復しながら、その魔人を睨み付けた。
「今のが効かねぇだと!?」
見た目からして土竜と合成されたのだと思われる魔人にとって、自分の爪が私の外骨格に通用しなかったことは想定外だったらしい。短くて太い爪が伸びる、身体の大きさの割りにかなり大きな手を開いたまま驚きで固まっている。なので私は一気に踏み込むと、その腹部に前蹴りを叩き込んだ。
土竜の魔人は吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛んでいく。そしてその背中に腕を叩き付けたのは、鰐の魔人の足から解放されたティガルだった。
「テメェら!ボスのご帰還だ!礼儀知らずの後輩共を半殺しにしてやれ!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
……ボスだと?そんな立場になった記憶はない。だが、ティガルが大声で鼓舞したことで仲間達は勢いを盛り返し、魔人達は狼狽えている。たった一言で戦いの流れを変えてしまった。嘘だろうと策としては一級だったようだ。
その間も私は尻尾の先にいる鰐の魔人を鈍器にして敵を殴り倒し続けている。本当は拳も使った方が早いのだが、今はラピを抱えているのでそれは出来ない。それにティガルのお陰で士気が上がった仲間達の勢いは凄まじく、これ以上私が張り切る必要はないだろう。
その後、仲間達の奮闘によって全ての魔人達は沈黙した。外傷が全くない魔人が数人いるが、それらはミカが背後から首を締めて落としたり、後頭部などを強く打ち据えて気絶させたりした個体らしい。実に見事な手際であった。
私は毒針の形状を戻すと、鰐の魔人を放り投げる。地面の上に転がった鰐の魔人は、虫の息と言う体でビクビクと痙攣していた。どういう経緯で戦いになったのかはわからないが、とにかく我々の勝利である。
「何の騒ぎだ!?」
全てが終わった段になって、完全武装した帝国兵がゾロゾロとやって来た。彼らの鎧の腕の部分には『憲兵隊』と彫られている。憲兵とは軍隊における秩序を保つための組織だ、と私の知識にあった。来るならもっと早く来て事件を収拾して欲しいものだ。
憲兵隊は倒れている魔人達を拘束しながら、未だに立っている我々にも刃を向けている。立場が弱い我々がここで抵抗する意味はない。私は大人しく降参意思を示すべく尻尾を地面に下ろしつつ、左腕でラピを抱き上げたままを右手を挙げた。
私の意図を汲んだからか、ティガルやザルドを初めとした仲間達も両手を挙げて降伏のポーズを取る。抵抗しなかったことが功を奏したようで、憲兵は槍を向けることはあっても不必要な暴力を振るうことはなかった。
「事情聴取は後回した!問題を起こした全員を監獄に叩き込め!女も子供も区別するなよ!」
憲兵は持っている槍で我々を小突いて一ヶ所に集めてから、周囲を囲みつつ連行していく。それに対して我々は逆らったり逃げようとしたりせず、大人しく憲兵に連れられて監獄へと連れていかれた。
マルケルスの付き添いとして訪れた監獄に、今度は投獄される囚人としてトンボ返りする羽目になるとは思わなかった。現に監獄で門番をしていた者は、連行されてきた私とミカを見て目を丸くしている。悪いな、今度は別の意味で世話になるぞ。
我々は監獄の二階の牢屋に放り込まれた。一つの牢屋につき三人から四人が入れられており、私と同じ牢屋には他にラピとミカがいた。当然のように私と同じ牢屋にいるんだな、お前は。
「大事になってしまいました。ここから無事に出られるかどうか……マルケルス様の手腕に期待するしかありません」
「……」
ミカの言う通り、我々が何事もなく釈放してもらうためには外で尽力してくれる人物が必要だ。魔人という得体の知れない化物であり、元贖罪兵という差別の対象でもあった者達のために奔走してくれる者……その心当たりなどマルケルスくらいしかいなかった。
何にせよ、今ここで出来ることは何もない。私は泣き疲れて寝てしまったラピのボサボサになった髪を整えてやりつつ、監獄の天井を見上げるのだった。




