尋問 その二
前話では同時翻訳をしていると表現するためにルビを振っていましたが、今回からは読みやすさ重視で普通に話しているように記述しております。
「まず最初に聞いておきたいのは、君達が侵攻する理由だ。何故、こんな侵攻をするんだ?」
「私も最初に言っておきたい。私個人は侵攻に反対だったんだ。今でもそうだし、他にも反対する者達は多くいる。だが、止められなかった……主戦派には同胞を救うためという大義名分があったからだ」
それから白機兵は彼らが侵攻してきた理由を語り始めた。それは千年ほど前、彼女らの先祖のやったことに起因しているのだと言う。
その昔、彼女の先祖はシーシャ大陸という北方の大陸を征服した。他のヒト種を含む平地に住む他の知的生物のほぼ全てを絶滅させ、一つの巨大な国によって支配されることになったのである。そして増長した彼らは平地の外をも我が物とするべく、その大陸にかつてあったとされる大森林へと侵略を開始したのである。
今では名前も忘れられたその大森林には、幾柱もの神々が住んでいた。それを承知の上で侵略したのは、大陸を統一する過程で青い肌のヒト種……カン族というらしいのだが、兎に角そのヒト種にも幾柱もの神が誕生していたからだ。その神々はその大国を直々に支配し、戦争へと人々を駆り立てたのである。
大森林の神々とカン族の戦いは、終始カン族優勢であったと言う。大森林に住む神々は自分達の住み処である大森林を傷付けないために全力を振るえず、カン族の神々に敗れ続けた。
その眷族達も同様に敗北を重ねている。捕食者としての狩猟することや縄張り争いで力をぶつけ合うことはあっても、ヒト種のように効率良く敵を撃滅する方法を知らなかったからだ。
しかもカン族は容赦なく大森林の木々を伐採し、開拓し、生物達の生存圏を奪い、邪魔な生物は根絶やしにして、都合のよい生物は家畜として飼い始めた。カン族の生存圏はさらに拡大し、大森林はもうその中央にあったという霊峰しか残っておらず、未だに残っていた神々とその眷族はそこに立て籠ることになった。
そうして最後の戦いが始まる。カン族を率いて神々は霊峰を完全に包囲して、殲滅すべく進軍を開始したのだ。霊峰の木々を焼き払いながら進むカン族だったが、彼らにとって予想外の出来事が起こった。徹底抗戦を行うと思われていた大森林の神々が、一団となって南に向かって一点突破を図ったのである。
しかもこれまで力を抑えていた神々が、包囲を突破するために霊峰の被害などを完全に無視して力を使ったのである。彼らは南にいたカン族とそれらを率いていたカン族の神を討ち取ると、そのまま南下して海を渡って大陸から脱出していった。
南方でそのようなことになっているとは知らないカン族の軍団は、ついに霊峰の頂上にまで辿り着く。そこには一本の大樹が生えていた。その大樹こそ大森林の主、『霊峰の神樹』であった。
神樹は問うた。どんな理由があってこのような蛮行を行ったのか、と。どんな事情があって平和に暮らしていた生物を無為に殺したのか、と。カン族の神々は答えた。自分達が繁栄するためだ、と。それを邪魔する害獣を殺して何が悪い、と。
彼らの言い分を聞いた神樹は言った。ならばお前達の流儀でお返しをしよう。大森林を焼き払って滅ぼした害獣を未来永劫に呪ってやろう、と。
そう言い遺して神樹は自ら枯れていった。大森林の主とは思えぬ至極あっさりとした幕切れに、カン族の神々は拍子抜けしたらしい。そして神樹を根本から引っこ抜くと、完全に燃やして灰にその辺に打ち捨てたと言う。
「だが、それは誤りだった。大森林の主、大陸最大にして最古の神が遺した呪詛。増長し、傲慢となっていた神々は、それを甘く見たのだ」
それから約百年の間、大森林を奪い取ったカン族は益々繁栄した。カン族の数はどんどん増え、人口は億を超えるようになったのだと言う。
ただ、繁栄の影で奇妙な出来事が起きていた。産まれてくる子供の生来の闘気と霊力が弱々しくなり、農地の生産量が少しずつ減少していたのである。人々は誤差だと思っていたし、生産量の減少も大地の力を霊術で強化してやれば問題はない。それ故に神々も楽観視していたのだ。
それが間違いであったことを彼らが知ることになる事件は唐突に発生した。幾柱もいたカン族の神々の全員がほぼ同時に死亡したのである。その死に方はどれも同じで、木の枝や根が身体の内側から肌を突き破って出てくるという悲惨な死に様だったと言う。
神々の死という大事件でカン族が悲しみに浸る時間すらなく、次の事件が起きる。大陸の至るところで植物が枯れていったのだ。人々はその対処に必死になったものの、原因が不明である以上は防ぎようがない。大陸全土を飢饉が襲った。
飢饉によって人々は食糧を巡って争い、多くの血が流れ、それ以上に多くの生命が餓死という最悪の苦しみに苛まれながら死んでいった。大陸に生きるカン族の実に八割がこの混乱によって死亡したと言われている。
この事件の原因は、間違いなく神樹の呪いだと言われている。神々を殺し、大陸全体に効果を及ぼす力などそれしか考えられないからだ。神々の傲慢と征服欲がこの事態を招いたのである。
飢餓と神々の死亡による混乱によって大国は分裂し、群雄割拠の時代に突入した。その最大の理由は支配者であった神々は滅んだことである。どんな社会にも自分がトップに立ちたいと思っている者はおり、その欲望が混乱に乗じて爆発した者が何人もいたのだ。
「まだ僅かに残った土地を所有した者が王となって各地に君臨した。だが、その土地で採れる作物だけ自分の国の人々を飢えさせない国はほぼなかった。その結果、始まったのは王同士が土地と食糧を奪い合う戦乱の時代だ」
大陸は戦国時代に突入し、それによって再び多くの血が流れた。ただ、その間にもカン族の新生児が生まれ持つ闘気と霊力はどんどん弱まっていく。両方とも鍛練を積めば鍛えられるものなのだが、ついにはその成長に耐えられないほど肉体が脆弱になってしまったのだ。ごく稀に生まれる先祖返り的な天才以外は、闘気や霊力を駆使して戦うことはほぼ出来なくなったのである。
ただし、彼らは戦いによって大陸を征服したこともあるカン族だ。闘気と霊力が使えなくなったのなら、それ頼らない方法を模索すれば良い。闘気に頼らない武器を作り出し、霊力に頼らない技術を確立させるのだ。その過程で様々な技術革新があったと言う。
「闘気や霊術に頼らない技術、科学の確立。ごく僅かな霊力でも起動する霊術回路の発明。この二つが合わさって誕生したのが、銃……最も効率良くヒト種を殺すことが出来る携行武器だ」
我々が筒状兵器と読んでいた銃。これを真っ先に発明した軍事国家、ノナリス共和国はその圧倒的な軍事力を背景に大陸を再び統一した。荒廃しきったシーシャ大陸に、ようやく平和が訪れたのである。これが二十年前の話だ。
ただ、再統一されたからと言って問題が解決された訳ではない。相変わらず作物は育ちにくく、農地は徐々に狭くなり続け、餓死者も未だに多く出ている。そこで目を向けたのが、他の大陸である。軍事力にモノを言わせてその大陸を侵略して、食糧を調達するのだ。
しかし、その方法には問題点があった。シーシャ大陸の周辺海域はとても荒れていて、出港することすら難しい。南側の海が比較的安定しているのだが、海底に海に棲む竜の巣があって沖には出られない。そのせいでシーシャ大陸では造船技術も航海技術も育っていなかったのである。
そんな彼らがどうして他の大陸について知っているのかと言うと、昔からシーシャ大陸に難破船が流れ着くことがあったからだ。恐らくは南に他の大陸があることは、教養のある者ならば誰でも知っているくらいには有名だったのだ。
閑話休題。ノナリス共和国の指導者は、無茶を承知の上で大陸間航行が可能な戦艦の開発を急がせた。これまでの歴史で、土壌改善や品種改良など打てる手は全て打っている。なのに危機を乗り越えるどころか、状況は悪くなるばかり。もう他の大陸から食糧を得ると言う方法しか残されていなかったからだ。
彼らの生き残りを賭けた開発事業は実を結び、戦艦の開発に成功した。同時に海中の竜を牽制する方法も編み出され、安全に航海することが可能になった。侵略の準備は、ついに整ったのである。
「共和国議員の中には侵略ではなく、平和的な交渉と交易によって食糧を得るべきだという声もあった。だが、その声は封殺された。それでは国民全体に行き渡る量の食糧を得るには時間が掛かりすぎると言うもっともらしい理由で却下されたのだが……戦争を仕掛けて略奪し、支配することはカン族の本能なのかもしれないな」
業の深いことだ、と白機兵の女は力なく笑った。準備が整ったところで共和国議会は侵略を命じる。南方へと船団を向かわせ、発見したエンゾ大陸の都市を宣戦布告もなく攻撃して略奪し、住人は無慈悲に皆殺しにしていった。
住人を皆殺しにするのは、カン族が残虐であるからではなく、神樹の呪いによって肉体が脆弱になっているからだ。彼らの技術の結晶である機鎧と優れた武器である銃がなければ、ヒト種の子供にすら殴り負ける。カン族はヒト種とは思えないほどに脆弱になっていたのだ。
街を焼き、村を潰して奪った広大な土地を、共和国軍は農地へと変えた。そこで品種改良された作物を生産し、本国へと送り届けるのである。我々が見た麦畑は、飢餓に苦しむシーシャ大陸の人々を救うために作られていたのだ。
「十分な農地を確保したところで、侵略に反対だった議員はこの辺りで戦争を終わらせようと言った。後は防衛しつつ、軍事力を背景に強気の外交をすれば良いと。だが、ここでもカン族の悪い癖が……征服欲が出てきた。この勢いのまま大陸を完全な支配下に置けば、シーシャ大陸は救われると……いや、それどころかこの未来のない大陸を捨てて豊かな土地に移住出来ると煽動したんだ。そして国民は愚かにも戦争の継続を支持したのさ」
神々の死を発端とする災厄の後、シーシャ大陸に住むカン族にとって戦いとは同族から奪い合うものだった。だからこそ、他種族を力で捩じ伏せて領土を拡げる侵略戦争に熱中したのだ。まるで神々がいた頃の、強かったカン族に戻ったような気がしたから。
これが侵略軍……いや、共和国軍がエンゾ大陸に侵攻し、占領し続けている理由だった。一つの大陸に住む人々の命が懸かっていると言えば聞こえは良いが、この大陸の人々にとってはとてつもなく身勝手な理由である。
先祖の罪のせいで苦しまねばならないのは可哀想と思わないでもないが、十分以上の土地を求めるのは連中の欲望のせいだ。それにこいつらのせいで私は死地に赴かねばならないのだ。同情の余地はない。
逃げる時に麦畑へ炎弾が飛んで来なかったのは、麦を傷付けたくなかったからだろう。どうして攻撃されなかったのか、その理由がわかって良かった。そんなことを考えながら、私はマルケルスと女の会話を聞き続けるのだった。




