尋問 その一
マルケルスやデキウスと共に砦方面に引き返した我々が最初に見たのは、完成している立派な砦であった。侵略軍のそれとは違って石材で築かれた砦は、巨大で重厚な印象を受ける。だが、侵略軍の城壁よりは頼りなく感じてしまうのは仕方がないだろう。
城壁の上が大きく張り出していて、恐らくは我々が持ち帰った火吹戦車対策だと思われる。あの形状なら簡単に侵入されることはない……破壊さえされなければ。
更によく見れば城壁の上には大型の弩砲や投石機、侵略軍から鹵獲したのだろう筒状兵器が設置されていて、物々しい雰囲気である。反攻作戦に出る前に攻め込まれても、ある程度は持ちこたえることが出来そうだ。
観察しながら近付いた砦へとマルケルスを先頭にして入っていく。どうやら我々もこの中に入ることを許されているらしい。子供達とあの二頭もここにいるのだろうか?私は感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。
(……いた。あそこか)
子供達と二頭の気配は確かに砦の中にあった。その周囲にはヒト種ではなく、幾つもの馬やそれに準ずる生物がいる。あれは恐らく厩舎なのだろう。我々は厩舎の隣で反攻作戦までの時間を過ごすことになりそうだ。
マルケルス達は手続きを済ませると、魔人である私達とは分かれて砦の中央部へ向かっていく。そして私達は別の帝国兵によって思っていた通りに厩舎へと連れてこられた。帝国兵は命令があるまでここで待機するようにとだけ言い残し、さっさと自分の持ち場へと帰っていった。
「おかえり、父ちゃん!母ちゃん!」
「おかえりなさい!」
帝国兵が去ったところで、荷台に隠れていた子供達が飛び出していく。子供達は我慢に慣れていているようだったが、寂しいものは寂しいのだろう。子供達は大人に飛び付いて甘えていた。
大人達が無事に帰ってきたことをしばらく喜び合った後、我々は住空間の整備を始めた。厩舎の中は荷馬車などにつかう馬のものであり、我々は使うことが出来ない。その近くでかつ帝国軍の邪魔にならない場所に天幕を張り、そこで雨風を凌ぐのだ。
我々はテキパキと天幕を建てていく。監視任務で天幕は幾度となく使ったので、私ももう慣れたものだ。我々はあっという間に天幕を設置し終えたのだった。
「ちょいと臭いが、悪くねぇ。帝国兵もあんまり来ねぇ場所らしいからな」
「何時また出陣の命令が下るかはわからない。支給された食糧を食べたら今のうちにしっかり休んでおけ」
天幕を張った後、ティガルとザルドはそれぞれの部下に指示を飛ばす。その後、ミカが数人の魔人と共に作った料理を振る舞った。私を含めた全員がそれに舌鼓を打った後、魔人達は天幕の中に入って休息をとるのだった。
食事を摂った後、魔人達は自分の天幕に入って眠りに就き始める。私は定位置となりつつある荷台の横で座っていた。その横にはミカが直立不動で控えており、私は軽くため息を吐きながらミカの方を見た。
「そう邪険にしないでください。私に生きることを決心させたのは貴方です。そして『影の神』の信徒である私には仕えるべき光が必要。ならば責任をとっていただかなければならないでしょう、我が主よ?」
我々が死地から帰還した後、ミカは私に仕えると言い出したのだ。私に従者など不要だと言ったのだが、ミカは責任を取れと言って聞かない。私は根負けして勝手にしろと言い、では勝手にしますと言って私の近くに常に侍るようになったのだ。
ミカは小間使いが出来たと思えば良いと言っていたが、私にはそんなものは必要ない。ただ、別に迷惑とまでは思っていないので、ミカの好きなようにさせているのである。
それに死を望まなくなったミカは魔人部隊全体に良い影響を及ぼした。積極的に会話をするようになって、魔人の多くと仲良くなっている。最も仲が良いのはリンネで、その次はミカから様々な技術を教わっている者達だ。
シユウとアパオの扱い方を教えることで子供達からの人気もあるし、料理を教わりたい者達とその料理を食べている戦士達からも評判が良い。ミカは瞬く間に魔人部隊のほぼ全員からの信頼を得ることに成功していた。
そつのない奴だと私が思っていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえて来た。数は一つで徒歩だと思われる。私が気づいていると言うことは、ミカも気づいていると言うこと。案の定、ミカも足音のする方向を見ていた。
「おお!起きていたか!ちょうどいい、これから一緒に来てもらいたい場所があるんだ。着いてきてくれ」
「かしこまりました」
「……」
やって来たのはマルケルスだった。私もミカも、断る理由がないので了承して彼についていく。すると彼は砦の中央に向かって歩き始めた。
すれ違う帝国兵がジロジロと私を見る視線を無視していると、我々がやって来たのは砦の中央部にある背の低い頑丈そうな建物だった。建物には窓がなく、代わりに鉄格子が嵌まっている。私は直感した。ここは監獄である、と。
マルケルスが金属で補強された大きな扉の前にいる門番に一言声を掛けると、門番はマルケルスに何かを渡してから重そうな扉を大きく開く。私とミカはマルケルスと共にその建物の中へと入っていった。
建物は思った通りの監獄であった。オルヴォに与えられていた屋敷の地下に比べれば綺麗だし、すえた臭いもしない。だが、陰鬱な雰囲気とどこか冷たい空気は監獄特有のものだった。
私は監獄の中にいる気配を探ってみる。すると意外にも多くの気配が存在していた。歩き回っているのは監視の兵士で、動かないのが牢屋に放り込まれている者だろう。一人を除いてその全員が帝国兵の平均から逸脱してはいない実力しかない者達だった。
その唯一の例外は地下にいる、私が知っている気配であった。私がそのことを感じ取ったと知ってか知らずか、マルケルスは地下に続く螺旋階段を降りていく。私とミカも彼に続いて地下へと降りていった。
監獄の地下はとても静かである。私達は地下の通路を進み、最も奥にある独房の前にたどり着く。そこには青い肌をした女……私とミカで捕まえた白機兵であった。
私達が捕まえた時と同じ服装の女は、独房の壁から伸びる鎖で四肢を固定されている。しかし、鎖はそれなりに長いようで独房の中を歩き回ることは可能であった。それに我々のように『隷属の首輪』やそれに類する何かで縛られている様子はない。捕虜の方が自由とは……やるせない気持ちになるなぁ。
「二人に来てもらったのは他でもない。今からあの捕虜を尋問するんだけど、その時に何かあったら私を守ってもらうためだ」
「……■■?■■■■!■■■■、■■■■■……」
マルケルスがここに連れてきた理由を種明かししたのだが、その声で我々が来たことに気が付いたらしい。独房にある粗末なベッド上に座っていた女は、鎖を引き千切りそうなほど勢い良く立ち上がって檻をガンガンと揺らす。そして猛然と我々に向かって怒鳴り始めた。
何を怒っているのかは知らないが、唐突過ぎて我々は思わず身構えてしまう。その時に私が尻尾の毒針を向けると、女の声は小さくなっていった。ああ、そうか。何度も尻尾を刺しているから、毒針が軽くトラウマになっているのかもしれない。
私が尻尾の先端を左右に振ると、額に汗を浮かべている女の視線もそれを追い掛けるように動いている。やはり毒針を恐れているようだな。
「あれ?話と違って大人しいな……まあ、その方が都合が良いか」
マルケルスは大きな鍵を取り出すと独房の中に入っていく。そして黒い道具を自分の耳に取り付けると、同じ道具を捕虜の女に渡そうとする。しかし、女はそれよりも私の尻尾を目で追うの必死で、道具を受け取るどころか独房にマルケルスが入ったことすら気付いていないようだった。
仕方がないのでマルケルスはひょいと女の耳にその道具を取り付ける。そこでようやく気付いたようで、女は中々の素早さで後方へ飛び退き、耳に付けられた道具を取り外そうとした。
「■■■■!■■■■■■!」
「!?」
「ほほう、翻訳機ですか。取り付けた者の思念を対象に聞き取れる言語に自動で変換する……理論上は可能だとオルヴォ様がおっしゃっていましたが、まさか実用段階に入っていたとは知りませんでした」
慌てたように制止したマルケルスの声は、私の耳には二重に聞こえていた。片方は普段から使っている大陸公用語であるディト語、もう片方は侵略軍が使っている謎言語の二つだ。それを可能にする翻訳機……便利な道具が作られているものだ。
捕虜の女もそのことに気付いたからか、外すのを止めて道具から手を離した。それを見たマルケルスは安堵したように胸を撫で下ろした。
「■■■■■■■■。■■……」
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■。サソリ君、尻尾を下げてくれ」
マルケルスは道具を取り外して私に頼んだので、私は言われた通りに尻尾を下げる。すると女は露骨に安心していた。そこまでトラウマにしていたとは……少しだけだが申し訳ない気持ちになる。
私が尻尾を下げたことで話を聞く気になったのか、女はベッドに腰かけて腕と脚を組んだ。捕虜の癖に偉そうな態度である。また尻尾を振りかざしてやろうかとも思ったが、それをやると私がマルケルスを舐めていると捉えられかねない。私は腕を組んで見守っていた。
「■■■■■■■■■■■?■■マルケルス■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「……■■■■■」
「■■■?■■■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■」
「……は?」
「■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■」
「■、■■■■。■■■■■■■■■」
「■■■■■■。■■■、■■■■■■?」
交渉の条件が飯を増やすことだと聞いて、マルケルスだけでなく私とミカも驚いてしまう。そんなもので良いのか、と。
だが、女の顔は本気であった。なのでマルケルスはまるで難しいことを叶えてやるかのような声色で条件に応じる。こうして我々が立ち会ったまま、捕虜に対する尋問が始まるのだった。




