監視任務の裏側で
新たな魔人部隊が結成されたという知らせを聞いた後、マルケルスと我々三人の魔人はデキウスが率いるティガル達と合流するために野営地を後にした。子供達はまたいなくなることを悲しんでいるようだったが、それには慣れているからか我が儘を言う子は誰一人いなかった。
潜入任務の時とは違って帝国軍の鎧を装備したマルケルスは、乗っている馬を走らせて先導する。魔人である我々はその後ろを走って追い掛けた。身体を動かすのが苦手なリンネは少し辛そうだったが、マルケルスが全力を出している訳ではなかったので十分についていくことが出来た。
そうしてデキウスに合流した後、我々は人工林の中を監視し続けることになった。人工林のすぐ側に築かれた野営地があって、そこを拠点に警戒を行うのだ。
ただし、魔人部隊はそこに入ることが出来なかった。理由は単純明快。魔人部隊の全員が帝国の階級を持っていないからだ。階級も持たないヒト以下の存在と寝床を同じくすることを、帝国兵を多くが嫌がったのである。
マルケルスは義憤に燃えていたが、当の我々は全く気にしていなかった。ティガル達はそのような扱いには慣れているし、むしろ帝国兵と同じ場所に居続ける方が疲れると言うものだ。私も好奇や侮蔑の視線にさらされるのは不愉快である。そう言う訳で魔人部隊は人工林の中で野宿をしていた。
私達三人が合流する前から野宿していたティガル達は既にそのノウハウを蓄積しつつあり、そこへミカの知識が加わることで、野宿でありながらそれなりに快適に過ごすことが出来た。協力し合って過ごしたことで、部隊全体の結束力が増している。部外者だった私とミカだが、今ではすっかり馴染んでいた。
こうして人工林を見張っている間に季節は秋の終わりから冬になった。その間、人工林の各所で戦闘が起こることが何回かあった。かく言う我々も遭遇している。ただ、連中は見付かるや否や即座に全力で逃げ出すので、討ち取ったのはたったの一人だけ。それは他の部隊も同じであり、全体で十人に届かないようだ。
マルケルスからの情報によると、我々が寒空の下で警戒している間に建造中だった砦は完成しつつあるらしい。砦が完成し次第、帝国軍はカルネラ港攻略に向けて本気で動き出すことだろう。
「ガアアアアッ!」
「グルルルルッ!」
「……」
雪がしんしんと降り始め、薄く地面の上を雪が覆う夜の人工林。その中で獣の雄叫びと共に金属同士が激突する音が響き渡った。吼えているのは魔人部隊の者達であり、彼らが立ち向かっている相手は……私だった。
「グオオッ!?」
「グウゥッ!?」
右から来たティガルの大剣を白い剣で受け流し、ザルドの長剣を黒い剣で真っ向から撃ち返す。バランスを崩したティガルの足を払いつつ、力負けしたザルドの腹に肩で体当たりをした。
ティガルは前のめりに、ザルドは仰向けに倒れるが即座に受け身を取って立ち上がる。その二人が起き上がった時には、既に次の者達が襲い掛かって来た。
「ウゴオオオオオオッ!」
「シャアアアッ!」
大斧を大上段に振り上げたゴーラが樹上から飛び掛かり、背後に回っていたリナルドの鋭い槍の突きが迫る。私はその場で回転して両手の剣で槍を弾きつつ、回し蹴りで大斧の刃を横から蹴って軌道を反らした。
間髪入れずにその場で屈んで右手の白い剣を頬の鋏で挟むと、空いた右手でリナルドの足首を掴む。そしてリナルドをゴーラに向かって投げつけた。
「うげっ!?嘘だろぉぉぉ!?」
「マジですかい!?ぐえぇ!?」
リナルドを受け止めたゴーラだったが、私はリナルドごと二人を蹴り飛ばす。二人は一緒になって人工林の木に激突してから地面に落ちた。
そこで先ほど受け身を取っていたティガルとザルドが他に二人の仲間を連れて突撃してくる。四人を複眼で見据えながら、私は鋏で挟んでいた剣を右手で持ち直す。その二人の仲間とは、ルガル隊のトゥルとカダハ隊のソフィーだった。
ソフィーはカダハ隊のリーダーであるザルドの右腕的な立ち位置にいる女性で、宝晶蛇という生物と合成された魔人である。魔人化するとキラキラと輝く鱗に全身が包まれ、特に両足は融合して一本の蛇体になるのだ。
子供達、特にラピのような女の子は美しい鱗に羨望の視線を送っていた。しかしながら、本人は蛇体になってしまうこの身体があまり好きではないらしい。ヒト種から離れた身体を受け入れるには時間が必要なようだ。
「えぇ~い!」
「ハッ!」
トゥルは大きな盾を前に構えて突進し、その脇からヌルリと音もなく現れたソフィーの細剣が私の喉元へと突き出される。むっ、剣での対処は間に合わないか。良い連係だ。
だが、まだ届かないぞ。私は頬の鋏で細剣を掴んで止める。ソフィーが驚愕したように縦に長細い瞳孔の目を見開いた。トゥルの盾を前蹴りでとめつつ、首を振ってソフィーを引き寄せてからその頭部を剣の柄で殴る。彼女は悔しそうに呻きながら倒れ伏した。
トゥルはウンウン言いながら盾を押してくるが、私の脚力で充分に押さえ込めている。魔人としての力を使っているのに、である。これは私が強いと言うよりも、トゥルが自分の剛力を使いこなせていないからだろう。腕力が強すぎてそれに頼っているのである。もったいないな、と思いつつ私は盾をもう片方の足で思い切り蹴ってやった。
「わわわっ!?」
「今だ!仕掛けるぞ!」
「わかっている!」
トゥルの盾を蹴り飛ばしつつソフィーを投げたかと思えば、ティガルとザルドの二人が襲い掛かる。私はティガルの大剣を黒い剣で、ザルドの長剣を白い剣で受け止めた。
二人が全力で撃ち込んだ剣はとても重い。左右から潰されてしまいそうだ。しかし、私は全身の力を使って二人の剣を押し返すと、素早く踏み込んでティガルの腹に蹴りを入れる。ティガルは苦しそうにしながらも、両腕で私の足を掴んで押さえ付けた。
身動きがとれなくなったの背後からザルドの長剣の切っ先が迫る。しかし、私は背後が見えているので問題はない。私は分厚い黒い剣でその刺突を受け止めつつ、右手でティガルを殴り飛ばした。
顎を正確に捉えた拳によってふらついたのか、ティガルは私の足を放してしまう。ティガルが手を放した足を地面に着くと、その足を軸にして逆の足によって踏むようにしてザルドを蹴った。彼が振り下ろす前に鳩尾に私の踵が突き刺さる。ザルドは片膝を着きながら地面に倒れた。
殴られたティガルは体勢を立て直して果敢に立ち向かう。ここに来ても闘志を失わないのは良いことだ。敵を必ず倒すという気概は、生き残るためには必要であるならだ。
「……」
「グガアアアア……ッ!」
しかし、そう易々と私も負けてやるつもりはない。正面から振り下ろされた大剣を双剣で弾きつつ、ティガルの顎を下から蹴り上げた。私の蹴りによって宙を浮いたティガルの首を、今度は逆の足で蹴り下ろす。ティガルは苦悶の声と共に地面に倒れた。
私はティガルを倒した後も周囲を警戒しつつ双剣を構える。どうやらこれ以上向かってくる者はいないらしい。私は剣を鞘に納めると、地面に付しているティガルの肩を叩いた。
「痛てて……お前、ちょっとは加減しろよなぁ。まあ、良い訓練にはなるけどよ」
ティガルは首を擦りながら身体を起こす。それとほぼ同時にザルドやトゥル達も身体を起こしている。これで今日の訓練は終了だ。この訓練をするようになったのは、私たちが合流した直後からだった。
ティガル達に合流する前、私は大きな戦いが間近に迫っていると知った。その時、私は自分と部隊の全員が死なないようにどうするべきか考える。自惚れでも何でもなく、魔人部隊の中で私は最強だ。きっと私にしか出来ないことがあるはず。そこで私はミカに相談することにした。
「戦いで全体の生存率を上げるために何か出来ないか、ですか?そうですね……ああ、一つ思い付きました」
『何だ?』
「単純なことですよ。一人一人が今よりも強くなれば良いのです。我々には任務の選り好みする自由がありませんから、きっと厳しい戦いを強いられます。そこを切り抜けるには……」
『個々人の技量を上げるのが手っ取り早い、と』
「ご明察です」
ミカと筆談した後、私は任務が終わってから魔人部隊に稽古を付けることにした。私は話せないのでミカに事情を説明してもらう。無理矢理参加させるのは気が引けるので、希望者のみを募ったのだが……何と全員が参加することとなった。
彼らは戦いの中で自己流の戦い方を磨いて来たのであって、訓練と言えるものを受けたことは一度もない。それ故に訓練を受けることに興味があったらしいのだ。
そこで私は戦士達を、ミカは感覚の鋭い者達を訓練することになった。ミカは音を聞き取るコツや忍び足の方法などを理論立てて説明している一方、私は自分が知る訓練方法……すなわちアレクサンドルに仕込まれた実戦形式で戦っていたのだ。
最初、ティガル達は私と戦うことに難色を示した。だが、初日に闘気や霊術なしで私が全員を叩きのめしてからはやる気が爆発した。今では全員で私を倒すために色々と作戦を練っている。最近は危うい場面も多くなったので、彼らの技量は確実に上昇しているようだ。
「ゴホッ、ゴホッ……相変わらず剣術も体術も冴えているな。だが、また一つ参考になった。明日こそ、勝たせてもらうぞ」
「タイマンじゃ無理だろうがな!」
訓練を終えてから、ティガル達は反省会を始める。それには私も参加して、彼らの『はい』か『いいえ』で答えられる質問に答えていた。
こうして日中は監視の任務、夜間は訓練というある意味充実した生活は唐突に終わりを告げる。監視の任務を行っていた部隊は、幾つかを残して砦へ帰還するように命令されたのだ。
その理由は監視任務の人員を交代するためだと言う。とりあえず、寒空の下での任務はこれで終わりだと言うことだ。それにもうすぐ子供達にも会える。そのことを楽しみにしながら帰還の途につくのだった。




