成果報告 後編
「アニキ!アニキだ!」
「リンネ姉ちゃんもいる!」
「あのおじちゃんもだー」
「ブモォ~!」
「ヒヒィン!」
私達が使っている荷車に近付くと、荷台の中からレオやケルフなどの子供達が飛び出して来た。シユウとアパオも興奮したように鳴いている。私は私が生還したことを喜んでくれる者がいることが少し嬉しかった。
彼らの相手をしてやりたいのも山々であるが、それよりも完治していないミカを安静な場所に連れていくのが先決だ。私は首を横に振り、リンネは今は無理と切り捨てていた。
屋根のある荷台の床にミカを横たえると、彼はリンネに任せて私は外に出た。子供達はシユウとアパオと共に遊んでいる。私は安心しつつ、子供達の輪に交ざってみた。
「アニキ、お疲れ様!」
「クンクン……あれ?何か美味そうな臭いがするぞ?」
私の方に寄ってきた子供達だったが、レオは私の周囲に漂う臭いを嗅ぎ取って首を捻る。美味そう……?ああ、ひょっとしてこれか?
私はまだ残っているミカが作った乾燥させた魚を取り出す。すると子供達は瞳を輝かせて魚を凝視していた。特に肉食の生物と合成されたレオなんかはその反応が顕著であった。
魚を右に動かせばレオ達の視線が右に動き、左に動かせば視線も左に動く。そんなに欲しいのなら余っているしあげよう。私はレオに向かって魚を投げてやった。
「アニキ、くれるのか!?」
「良いな、良いな~!」
「私も欲しい!」
私は持っている分の魚を寄ってきた子供達に一尾ずつ配ってやる。だが私は三枚しか持っていなかったので、近くにいたレオとケルフ、そしてラピに渡したら尽きてしまった。
それでは不公平なので、私は持っていそうな者がいる荷台に乗り込んだ。そこではミカがゆっくりと眠っていて、リンネがその額に浮かぶ汗を甲斐甲斐しく拭っていた。
私が来た理由がわからずに困惑するリンネだったが、臭いを頼りにミカの懐から魚を取り出したことで大体の事情を察したらしい。彼女も胸に入れていた魚を出して私にくれる。私はそれを受け取ると、一度頷いて感謝の意思を伝えてから荷台を降りた。
子供達の全員に魚を配り、余った魚は適当に指で千切って子供達に分け与えた。私は一度食べているし、今は腹が減っていない。小さい子供が満腹になることの方が大切だ。
「けぷっ。美味しかった」
「魚なんて初めて食ったよ!ありがと、アニキ!」
子供達は夢中で魚を食べ終えるとまた遊び始める。ほとんどがシユウとアパオと遊んでいる中で、ラピだけは特等席とでも言うかのように地面に座る私の膝の上に座った。
膝は外骨格に包まれているので硬いだろうに、何故好き好んでこんな所に座るのだろうか?理由は全くわからないが、本人がそれで良いと思っているのならばそれで良い。私は追い払いはせず、好きなようにさせていた。
それから次の日の朝までは何事もなく過ぎて行った。子供達は荷台で眠るのだが、ミカが横になっているのでかなり狭そうだった。レオを始めとした年長者が外で天幕を張って眠ろうとしたが、体調が悪くなっるかもしれない。なので狭いのを我慢して荷台に入ってもらった。
荷台の外で私はいつものように制御訓練を行いながら、誰も見ていないところで剣を振る。闘気と霊力の扱いに比べて、私の剣術はまだまだ拙い。せっかく檻に入れられていないのだから、少しでも研鑽を積んで死ににくくなる努力をするべきだ。
(思い出せ、強敵の……聖騎士と白機兵の動きを。師匠であるアレクサンドルの教えとその剛剣を。それを身に付けた時、私はより強くなれる!強くなれば、死ぬ可能性は低くなる!必ず、必ず使命を果たすまでは死なない!死んでたまるか!)
私は自分を鼓舞しながら二本の剣を振り続ける。軽くて鋭い白い剣は素早く、正確に。重くて頑丈な黒い剣は力強く、威力を重視して。夜の闇の中に、私が剣を振る鋭い音だけが響いていた。
私はあまり汗をかかない体質のようだが、闘気と霊力を制御しつつ身体を動かし続けると流石に汗が滲んで来る。私の動きに合わせて汗が飛び散り、野営地の地面に落ちて濡らしていた。
そうして夜が明けて朝がやって来る。それと同時に寝ていたレオ達が起き始めたらしい。私は二本の剣を納刀すると、身体を震わせて全身の汗を払った。
「ふわぁぁ~……おはよう、アニキ」
最も早く荷台から降りてきたのはレオだった。彼は目を擦りながら欠伸をしている。私は声を出したくないので大きく頷いておいた。
その後、子供達に交ざってミカも荷台から降りてくる。どうやら傷はずいぶんと良くなっているようで、フラフラせずに歩くことが出来ていた。
「ご迷惑をお掛けしました」
「……」
私は気にするな、と首を横に振る。元気になっているミカを見て、シユウとアパオは嬉しそうに身体を擦り付けた。二頭はミカに懐いている。昨日はそれどころではなかったが、元気になったとみるや甘えに行ったのだ。
ミカは少しの間だけ二頭と戯れていたが、すぐに立ち上がって帝国軍方に顔を向ける。気になったので私も聴力に集中すると、遠くからこちらに向かってくる馬蹄の音が聞こえてきた。やはり聴力に関してはミカに勝てなさそうだ。
他の子供達も何者かの接近に気付いたので、急いで荷台に戻っていく。その代わり、私を含めた三人だけいる大人はシユウとアパオを落ち着かせた後に荷台の前で整列しておいた。
「三人とも、起きているな」
馬に乗ってやって来たのはマルケルスだった。予想はしていたので我々に驚きはない。ただ、マルケルスがどこか疲れているというか、窶れているのが気になった。よく見れば目も充血していて、目の下にはくまも出来ている。
ひょっとして寝ていないのだろうか?どうして寝ていないのか、私が不思議に思っているとマルケルスは馬からヒラリと降りる。その時、少しだけバランスを崩したのはきっと寝不足のせいだろう。
「まずは昨日までの潜入任務、ご苦労だった。君達のお陰で有益な情報が幾つも得られたし、敵の兵器……それも最新型の火吹戦車をほぼ無傷奪うことに成功した。これ以上ない成果と言っても良いだろう。君達と共に任務に当たれたこと、光栄に思う」
「こちらこそ」
「うん」
「……」
マルケルスは誇らしそうな表情でそう言った。ミカは慇懃に一礼し、リンネは短く応え、私は黙って頷いた。それぞれの個性が出た反応を聞いて、マルケルスは力が抜けたように笑った。
しかし、そこから任務の苦労話に移ることはない。彼は表情を引き締めると一度だけ咳払いしてから言った。次の反攻計画が決まった、と。
「我々が持ち帰った情報から、次の大規模な反攻計画……我々が潜入したカルネラ港を奪還する計画を立て始めた。まだ立案段階で何も決まっていないがね。潜入した私は昨日、報告した後に何故かそのまま作戦会議に参加させられてな……寝ていないんだ」
ああ、そう言う理由があったのか。疲れて帰還したのに、眠ることを許されないとは……運が悪かったようだな。
それにしてもカルネラ港を奪還することの重要性は私にも理解出来ている。だが、重要だと言うことと可能かどうかは別問題だ。実際にカルネラ港とその周辺を見た私は断言する。ここにいる戦力では不可能だ、と。
カルネラ港は三重の城壁に守られ、その上部には大型の筒状兵器がズラリと並んでいる。あれが上から撃って来る状況で、城門を三回も壊さなければ港に入ることすら出来ない。それだけでも港の奪取が困難を極めるのは明白だ。
問題はそれだけではない。海に浮いていた金属製の船にも筒状兵器が搭載されていた。城門を攻撃する時、間違いなく船からも炎弾かそれに類する何かが放たれるのは想像に難くない。それどころか、進軍中にボコボコにされる可能性まであるだろう。それで勝てるとは到底思えないのだ。
「わかる、わかるぞ。三人も無理だと思っているんだろう?だが、参謀長閣下は作戦を練れば攻略は可能だと予想しておられるし……何よりも皇帝陛下は一刻も早く侵略軍を撃滅することをお望みだ。光明が見えた時点で帝国軍としては戦わねばならないのさ」
はぁ~、とマルケルスは大きなため息を吐く。我々の自由は多くの面で制限されているが、マルケルスのような隷属させられている訳ではないヒト種も自由とは言い辛いようだ。
何にせよ、我々が何を思ったところで我々に戦わないと言う選択肢はない。また命を掛けて戦うことになるのか……ああ、死にたくない。
「これから我々はデキウス達と合流し、カルネラ港攻略の作戦が固まるまでは人工林の警戒任務を行う。潜入よりは楽な任務だが、決して気を抜くなよ。それでは、出発の準備を……ああ、そうだ」
話は終わったのかと思って武器を取りに行こうとする我々だったが、マルケルスが何かを思い出したらしい。動こうとした我々は、再びマルケルスの方を向く。そして彼の口から発された言葉は私達を驚かせるのに十分なインパクトを与えた。
「何でも帝都で新たな魔人部隊が結成されたらしい。君達の後輩に当たる訳だ。先ずは他の戦線に行くようだが、カルネラ港攻略戦までにはこちらに来ることになるだろう。楽しみだな?」
新たな魔人部隊。それは間違いなく、カレルヴォが作り出した魔人達であろう。事情を知らないリンネは特に思うことはないようだが、ミカは表情を変えずに拳に力を入れていた。内心、穏やかとは言えないのだろうな。
魔人が増えた、つまり合成されてしまった哀れな者達が増えたということ。それは確かに悲しい。しかし、同時に私は気になることがある。それはカレルヴォ製の魔人の性能に関してであった。
オルヴォよりも見劣りするカレルヴォが、オルヴォから奪った技術で作った魔人。それが我々に互するとは思えない。足手まといにならなければ良いが、と私は懸念を抱くのだった。




