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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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成果報告 前編

 マルケルスは火吹戦車を操縦しつつ、上官に従って野営地の奥にある建設中の砦へと入っていった。帝国軍の中枢である司令部と最上級の将校の宿舎は優先して作られている。故に報告を待っている相手は砦の内側いるのだ。


 実は砦の中に入る時、少しだけ騒ぎになった。砦は複数の城壁に囲まれ、同時に幾つかの門が築かれる予定なのだが、彼らが通ろうとした場所は偶然にも城門の設置作業中だったのである。上官はそれを中断させようとしたのだが、マルケルスはその必要はないと言って火吹戦車を操縦した。


 それを見た者達は驚いただろう。四本の脚を器用に使ってほぼ垂直な壁を歩いて登り始めたのだから。城門の設置作業をしていた者も城壁の上で下を見ていた者も、誰もが口をあんぐりと開いたままその姿を見ていることしか出来なかった。


「迷惑をかけてすまなかった。建築作業も辛いだろうが、頑張ってくれ」


 火吹戦車の扉を開けて身体を出して、マルケルスは作業をしていた兵士達に一言謝ってから下へと降りる。脱出したときのように飛び降りても大丈夫なのだが、彼はあえてそうしなかった。


 下で作業をしている者達が危ないし、せっかく整地した地面が凹んでしまうと後で何を言われるかわかったものではない。マルケルスは壁も地面も傷付けることなく、城壁を越えて地面に着地した。


「きっ……きさっ……」

「どうされました、大隊長?早く報告へ向かいましょう」

「あ、ああ。そうだな、うむ」


 あまりのことに絶句している上官に向かって、マルケルスは早く行こうと促す。何時もは何かにつけて嫌味を言う上官だったが、火吹戦車の性能に圧倒されていて適当な返事をしつつマルケルスに同意するしかなかった。


 先頭に立つ上官が司令部に到着したと報告すると、すぐに入るように命令された。司令部は大きな建物であるが、流石に火吹戦車を乗り入れることは出来ない。それ故にマルケルスは車外へと出た……捕虜の女を肩に担いで。


「おい!何だ、それは!?」

「部下が捕らえた捕虜です」

「きっ、聞いていないぞ!」


 上官はそう言うが、彼は報告を聞くどころか彼らの成果すら疑ってかかった。マルケルスは報告しようとしたのだが、聞こうとしなかったのだ。


 しかし、そのことを指摘しても良いことはないと知っている。現に今も恨みがましい視線をマルケルスに向けていた。きっと自分に恥をかかせたとか思っているんだろうな、とマルケルスは内心でため息を吐いていた。


「何をしている。入室せよ」

「は、はっ!ただいま参ります!行くぞ!」


 上官がマルケルスを叱ろうとした直前、司令部の中から落ち着いた男性の声が聞こえてくる。その声は穏やかで優しげですらあったが、何故か有無を言わせぬ力があった。上官はすぐに姿勢を正すと、無駄にキビキビとした動きで司令部に入っていった。


 マルケルスはそんな上官に呆れながら、自分も司令部の建物に入る。司令部言っても急拵えなので内装は何もなく、床と壁の石材と柱の木材が丸見えだ。昨日まで潜入していた侵略軍の建物とは色々な意味で大違いだと言うのがマルケルスの正直な感想だった。


 司令部の入り口で待っていたのは、白髪混じり黒髪をオールバックに撫で付けた初老の男性だった。マルケルスと上官は声の時点でそれが誰かを知っていたので、自然と敬礼をしていた。


「参謀長閣下!第一師団……」

「ああ、挨拶は良い。彼が潜入任務から帰還した兵士だね?では、少し借りていくよ。君は自分の職務に戻るように」

「え……?はっ!そっ、それでは失礼いたします……」


 上官はマルケルスと共に行くと思い込んでいたのだが、参謀長にはさっさと出ていけと言われてしまった。少しだけ呆然としていた上官だったが、参謀長の命令に逆らう訳にもいかない。不服そうな顔付きで踵を返すと、足早に司令部から出ていった。


 そんな上官の背中を見送った後、参謀長は疲れたような顔付きで深いため息を吐く。マルケルスは参謀長の心中を察して同情していた。


「オーロクス君、だったね?君も大変だな」

「は、ははは」

「将軍閣下の覚えを良くしたいという考えが透けて見えるよ。あの手の連中は無駄に階級が高いだけの無能に多いのだが、あれはその典型例だな。まあ、それは良いとして……着いて来なさい。その捕虜は……君達、運んでくれるかな?」

「「はっ!」」


 参謀長は近くにいた二人の司令部付きの守衛兵士に捕虜を運ぶように命じる。精悍そうな守衛は覇気のある返事をすると、マルケルスは肩に乗った彼女を受け渡した。


 ただし、彼はこの捕虜がただの兵士ではないと知っている。帰りの火吹戦車の中で、ミカからそれが何者なのかを聞いていたからだ。それ故に注意するように言うのを忘れなかった。


「ちょっと待ってくれ。この捕虜は白機兵だ。絶対に油断しないで欲しい」


 マルケルスが真剣な顔付きでそう言った瞬間、守衛の動きが凍ったかのように固まってしまう。聞こえていた他の者達もギョッとした表情で彼女を見ている。口に出した本人も、自分がそれを聞かされたら同じ反応をするだろうな、と苦笑いしていた。


 ただ一人、参謀長だけは違った。その瞳にハッキリと喜悦を浮かべながら、口角を吊り上げていたのだ。常に紳士的な表情の参謀長だが、彼に親しい者は知っている。この顔となった時の参謀長は決まって鬼謀を巡らしているのだ、と。


 だが、参謀長は理性によって表情を引き締める。そしてマルケルスにその真偽を問うた。それは事実であるのか、と。


「オーロクス君。それは確かなのかね?」

「はっ!捕縛した現場に小官はおりませんでしたが、捕縛した者の実力から言って可能かと」

「白機兵を捕縛するのに十分な実力者………ああ、反攻作戦で活躍した魔人か。潜入任務に連れていったと聞いているよ。役に立ったのかね?」

「はっ!彼らがいなければ、私は占領地で死んでいたでしょう」


 それはマルケルスの偽らざる本心だった。リンネの幻術がなければ、さっさと捕まっていただろう。ミカの索敵能力がなければ、危険を察知出来なかっただろう。そして冥王蠍の魔人がいなければ、追撃の時に討ち取られていただろう。あの中の誰が一人でも欠けていれば、彼はここにはいなかったのだ。


 マルケルスの心情を察したからか、参謀長はゆっくりと頷いた。それから守衛に精鋭部隊から数人を連れてくるように命じる。守衛は不必要なほど大きな声で返事をすると、早歩きで司令部から出ていった。


「魔人、か。眉唾物だと思っていたが、現場の兵士が評価しているとなれば話は別だな」

「……参謀長閣下、魔人に関して小官の私見を申し上げてもよろしいでしょうか?」

「構わないよ。さっきも言ったが、現場の意見は重要だからね」


 参謀長は自分の目で見たものと現場の声を大事にする男だった。それ故に戦場で戦っている姿を見ていない魔人に対して、使えるのかどうか疑問を抱いていた。同時に親衛隊と互角に戦う白機兵の討伐記録についても懐疑的であった。


 だが、現場の兵士が高く評価しているのならば話は別である。マルケルスの話を聞いて、自分の認識を改めるべきだと考えて始めていた。


 しかしそんな参謀長に待ったを掛けたのは、誰よりも魔人のことを評価しているだろうマルケルスである。そんな彼の話を聞かない訳には行かない。参謀長は話すように促した。


「では申し上げます。魔人部隊ですが、その実力は彼らの元々の技量が優れていたからこそ。ただの犯罪者や低階級の臣民を魔人に変えただけでは、通常のヒト種よりも頑丈なだけの兵士にしかならないでしょう」

「なるほど。それこそ、まさに私が危惧したことだ。素材になった人材を調査しなければ、戦力としては不安が残ると言うことか」


 魔人はヒト種と他の生物を合成しているので、一つの生物としての強度は確実に上がっている。しかし、その優秀な肉体も活かせなければ意味がない。今の魔人部隊が即戦力として戦えているのは、元々戦いに関する技術を有しているからだ。


 ミカの指摘については参謀長も既に推測していた。その予想が正しかったことは共に肩を並べて戦ったマルケルスの口から聞き、正しかったことを確信した。


「それと……魔人部隊について我々が受け取った資料の一部が意図的に改竄されています。どうも贖罪兵ではなかった者達がいるようなのです」

「ふむ……オーロクス君。確かにそれは怪しい。だが、だからこそ先達として君に忠告しておこう。それ以上は深く追わない方が良い。魔人を量産して戦力とする計画は、陛下が許可して推し進めているのだからな」


 マルケルスは参謀長にしか聞こえないような小声で資料と魔人達から聞いた話に齟齬があることを指摘した。その違いに彼は何者かの意思を感じ取ったからである。


 しかし、それに対して参謀長は関わるべきではないとハッキリ助言をした。明らかに何かを隠しているとしても、皇帝が後押ししているとなれば話が別だ。何故なら完全なる階級社会である帝国において、その頂点に君臨する皇帝の決定は絶対であり、何よりも優先されるからだ。


 それを否定するようなことを口にすればどうなるのか、帝国の臣民であれば誰でも知っている。それ故にマルケルスは自分や周囲の者達の命が惜しいのならば、口を閉ざす以外に選択肢はないのだ。マルケルスは拳を固く握りながらうつむくことしか出来なかった。


 参謀長は意気消沈するマルケルスの肩にポンと手を置く。帝国で優秀な者は、必ずと言って良いほどマルケルスと似たような思いをすることになる。参謀長も過去に苦悩した者の内の一人であり、彼の気持ちはよくわかった。


「そう暗い顔をするな。このことは私の方から将軍閣下に伝えておこう。何、あの方ならば悪いようにはしないさ。おっと、待ち人が来たようだね」


 二人の話が一段落した時、守衛は十人もの帝国兵を連れてきた。その全員はマルケルス以上の実力者であり、捕虜を監視するのに十分な実力と言える。彼らの内の二人が両腕を抱え、残りが周囲を固めて逃げられない体制を整えた。


 参謀長は行こうかと言って将軍の待つ司令室へと歩き始める。マルケルスは様々な思いが混じったため息を一つ吐くと、姿勢を正して表情を引き締めつつその後ろからついていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 参謀長閣下! マルケルスの上司はあんなでしたが参謀長がかなりキレ者でしたねー 今の所は良い感じですが成果報告の後編ではどうなるのか 待ち遠しいなあ
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