潜入任務 その十三
追撃してくる侵略軍を包み込むように発動させた霊術によって、私は全ての敵を砂の下に埋めた。ミカは砂で殻を作って守ったので無事だと思う。それだけ強力な霊術を使いながら細かな制御も行うのは非常に難しく、私は霊力の使いすぎで気絶してしまった。
だが、意識を失っていたのは短い時間だけ。私は酷い頭痛と全身にのし掛かる疲労を闘気によって和らげつつ、霊力の回復に勤しんでいた。
そうして少しだけ回復したところで、砂の中に埋まっているものに意識を飛ばす。無数の火吹戦車と鉄の馬が砂の重みで潰れ、中にいた兵士も同じく原形を留めていないようだ。一網打尽、という奴である。
それでミカは……いた。どうやら地表にいるらしい。ならば大丈夫だろう。私は彼を守っている砂の殻を解除しておいた。これで目が覚めたら自由に動くことが出来るはずだ。
解除した直後にミカは目覚めたようで、すぐに立ち上がっていた。そして生き残ってしまったとか言っている。そうか、死にたいと思っていたのか。
私は絶対に抱かない願いだが、全てを失ったミカがそれを願う気持ちは少しだけ理解出来る。理解は出来るのだが……なんだろう?少しモヤモヤするのだ。その気持ちが何なのか、私にはわからなかった。
それと前後して、砂の下の方でも動きがあった。おいおい、まだ生きている奴がいるのか?あの状況で自分の身体を守れるとすれば、それは例の白機兵だけだろう。しぶといものだ。
私はまだ本調子ではないが、そいつを包む部分の砂を操って潰してやろうとした。しかし、その前にそいつは砂の中を泳ぐようにして上へと上っていく。そのせいで私の霊術は不発に終わった。
では地上に出たところで仕留めてやるかと思ったのだが、どうやら地上に届くか届かないかの地点で再び気を失ったらしい。近くにはミカもいるので、さっさと仕留めてくれるだろう。
しかし、私の予想は裏切られることになる。ミカは白機兵を地面から引っ張り出したのだ。音から察するにおもむろに鎧を外し始めたらしい。何を考えているのだろう?
少しして白機兵は再び目を覚まし、ミカに襲い掛かった。こうなると私も向かった方が良いだろう。私は両手に武器を握りしめ、尻尾を戦斧の柄に巻き付けてから砂の中を一気に上昇する。そして地表の近くで一度武器から手を離すと、両足首を掴んで砂の中へ引きずり込んだ。
地中からの攻撃で仕留めなかったのは、まだ私も本調子とは言い難いからだ。もしも一撃で倒せなかった場合、逃げられるかもしれない。強敵は殺せる時に殺す。私が戦場で学んだ一つの真理だ。
こうして拘束しておけば、確実に仕留められる上に逃げられることもないだろう。私は手放していた武器を持って地上に出る。そんな私をミカは苦笑しながら出迎えた。
「相変わらず、気配を消すのが上手ですね。生きておられて何よりです。それと助けていただいてありがとうございました」
「……」
「■■■!■■■■!」
空を飛んでいたミカは私に向かって礼を言いながら頭を下げた。恩を返しただけなので礼は不要だ。私は小さく首を横に振る。それよりも重要なのは、足元で動こうと身を捩っている白機兵のことだった。
おっと、雌だったのは驚きだ。勇猛な戦いぶりだったので、アレクサンドルのような厳つい雄だと思っていた。私は霊術で砂を固めているが、放っておけば抜け出してしまうかもしれない。私は左手に持っている大剣を高く掲げてから、その頭を粉砕するために振り下ろした。
「お待ち下さい!」
「■■……!」
「……?」
ミカらしくない大声に驚いた私は、考える間もなく左腕を止めた。大剣の重みが左腕にズシッとのし掛かるが、今の私の腕力でも止めることは可能だ。大剣の風圧で前髪が揺れた白機兵は、怯えているのか顔を歪めている。
どうして止めたのだろうか?私は全方向が見えているものの、ミカの方に顔を向ける。するとミカは何が面白かったのか、クスリと笑っていた。
「……?」
「申し訳ありません。それで彼女はなるべく生け捕りにするべきかと。私と貴方であれば、生け捕りにしたまま捕虜として連れて帰ることも可能かと思いまして」
「……」
生け捕りか。確かに気配を消すのが得意な我々ならば可能だろう。ここから少し南に行けば麦畑になっているはずだし、そこに紛れて夜に進めば見付かることはまずない思う。マルケルスのように気配を消す訓練を明らかに積んでいない奴はいないのだから。
問題は目の前で安心しているらしい白機兵が素直に大人しくしているとは思えない。だったら……こうしておくか。私は尻尾を巻き付けている戦斧を一度捨てると、毒針を白機兵の首筋に突き刺した。
安心していたらしい白機兵は不意を突かれたようで、ビクッと痙攣してから動かなくなった。ミカは私が殺したと思ったのか、慌ててその雌に駆け寄る。そして息をしていることを確認して胸を撫で下ろした。
「麻痺毒、ですか。器用なものですが……先に一言欲しかったですね」
ミカは恨みがましい視線を私に向ける。そう言われても変な声しか出ないからなぁ……ああ、そうだ。今ならこうすれば良いじゃないか。
私は尻尾の先端を砂の上に走らせると、地面の上に『悪かった』と書いてみせる。すると白機兵を再び引っ張り出していたミカは、驚きからか思わず手を離してしまう。白機兵は顔から地面に落ちてしまった。地味に痛そうだな、あれは。
「もっ、文字を書けるのですか?オルヴォ様がおっしゃっていましたが、貴方は蠍……なのですよね?」
ミカの疑問に対し、私は首を縦に振る。いかにも私は蠍の魂を持ったまま魔人にされた者だ。しかし、ミカは信じられないとか、嘘でしょうとか小さく呟いている。そんなに信じられないものだろうか?
「魔人となってまだ一年と経過していないのに、いつの間に文字を覚えたのですか?教育を受けられる環境ではなかったでしょうに」
ああ、そう言うことか。ミカは蠍であった私が、合成される前から文字を覚えていたとは考えてもいないらしい。まずはそこの勘違いを解決しておくか。
私は尻尾によって砂の上に文字を刻んでいく。取りあえず『文字は闘獣時代に覚えた』と書いておいた。するとミカは狼狽えるどころか呆れているようだった。
「一年以内に文字を覚えることよりも、蠍の時に覚えたと言う方が余程驚きなのですが……今はそれよりも手伝っていただけますか?この女性が逃げられないように縛り上げておく必要がありますから」
私は一度頷くと、両手に持つ武器を放り投げてから鎧を引き剥がしていく。先程は気絶している雌を起こさないようにするために丁寧に外していたようだが、麻痺毒を注入したので起きる心配はない。私は力付くで鎧を壊してから雌を引きずり出した。
白機兵の雌は変わった格好をしている。身体に張り付くような黒い下着を着ているのだ。ツルツルしていて肌触りが良さそうだな。侵略軍は皆あんなものを着ているのだろうか。
私が疑問に思っている間に、ミカは自分の服の袖を引き千切ってから白機兵の手足を縛る。その手付きは妙に手慣れていたので、こういうことに慣れているのかもしれない。
私は再び敵から奪った武器を両手と尻尾で回収すると、ミカと共に南を目指して移動を開始した。ミカは白機兵を小脇に抱えながら、背中には円盾を背負っている。魔人形態からヒト形態になっているが、その方が目立たないからだった。
「我々の速度なら、夜になるまでには麦畑に到達するでしょう。それにしても、私も足の速さには自信があったのですが……かないませんね」
ミカは並走しながらそう言った。私の強さを支えているのは鉄壁の外骨格と俊敏さだと自負している。だからただ真っ直ぐに走るだけなら負ける訳には行かないのだ。
そうしてとにかく南下していると、ミカは急に停止する。それにつられて私も停止すると、彼は私に身を伏せるようにと言った。
「何かが来ます!見付かると面倒ですよ!」
「……」
ミカがそう言ったので、私は大地を操って地表を変形させて地面に穴を開けると、ミカと共にその中に飛び込んだ。即座に飛び込んだ穴を閉じて痕跡を消す。そのすぐ後に私達の上を何かが通過していく音が聞こえてきた。
ミカほど優れた聴覚こそないものの、頭上に何かいることは察知していた。大きさはミカが背負う円盾よりも二回りほど小さく、ブーンと言う独特な音がしている。どのような方法を使っているのかはわからないが空中に浮かんでいるようで、低空を飛びながら我々のいる周囲を飛び回っていた。
「侵略軍の兵器でしょうか?彼らは我々の想像もつかない技術を無数に有しているようですね。オルヴォ様が生きておられれば、きっと研究に役立てようと思われたことでしょう」
ミカはそう言いながらどこか遠くを見詰めている。ミカにとって死んだオルヴォはとても大事な人物だったのだと思う。だから何かにつけて思い出してしまうのだろう。その気持ちは私にも痛いほどに理解出来た。
私もあの奴隷を喪った時、霊力を制御出来なくなるほどに怒り狂った。私と奴隷の触れ合った期間よりもずっと長くミカと付き合ってきたミカにとって、その喪失感は私のそれよりも大きかったことだろう。その怒りと苦しみの一部を理解出来るからこそ、私はミカに掛ける言葉が見付からなかった。
私達がしんみりとしている間にも、頭上を飛ぶ何かは我々が隠れ潜む地点の周囲を飛び回っている。。しばらくこうしてやり過ごそうとミカの囁きに同意するが、一向に去る気配がない。それらが去るまで、狭い地中の空間で少しだけ休息をとるのだった。




