潜入任務 その十一
カルネラ港の外へ出た我々だったが、それで一安心とはいかなかった。我々が暴れ始めると同時に閉められたのであろう城壁の重厚な扉が内側から開かれ、無数の火吹戦車が追い掛けて来たからである。
それだけではない。前後に一つずつ、二つの車輪を回転させて進む、鉄の馬とも言うべき乗り物まで現れたのだ。全体を黒く塗られたそれに二人一組で跨がっており、片方が操縦し、もう片方が筒状兵器をこちらに向けて炎弾を発射していた。
その火力は火吹戦車には劣るものの、数が多いので輝く雨のように降り注ぐ。追跡してくる火吹戦車の攻撃もあるので、このまま攻撃され続ければ我々が奪取した火吹戦車は壊れてしまうことだろう。
外れた炎弾が荒れ地で炸裂し、少しだけ生えていた短い草木に引火した炎が明るく照らす。我々が走っている場所の周囲だけが、夜の闇の中に浮かんでいるかのようだった。
「兵器を盗まれた上に侵入者を取り逃がすくらいなら、いっそのこと侵入者ごと破壊するつもりでしょう。ここから全力で逃げなければ、これまでの努力が水泡に帰してしまいますね」
そんな不味い状況だとわかっているはずなのに、ミカはとても落ち着いた様子で淡々とそう言った。まるで逃げ切れるとわかっているかのようだ。何か秘策でもあるのだろうか?
追撃を振り切る必要があることはマルケルスも理解していたのだろう。全力で南に駆けながら、筒を後ろに向けて炎弾や鉄の礫を撃ちまくる。私も霊術で砂の壁をそこら中に作り出して、火吹戦車の走行を徹底的に妨害していた。
地面から急にせり上がる砂の壁に突っ込んだ火吹戦車は速度が落ちるし、中にはそのせいで横転してしまうのもいる。このまま嫌がらせに徹しておけば、案外容易く逃げられるのではないだろうか?
「っ!危ない!」
私が少しだけ油断した直後、追撃してくる火吹戦車の後方でそれなりに強い霊力を感じる。その直後、真っ直ぐに光線が放たれた。
この光線には見覚えがある。アレクサンドル達と砦攻めをした私の初陣で、砦の壁の上から放たれたものだ。確かあれは強力な霊術と空中で激突し、相殺していたはず。それが直撃したらこの火吹戦車は破壊されてしまうだろう。
暗闇の向こう側から飛来する光線を防ごうと私が動いた時、既にミカが飛翔していた。彼は円盾を両手でしっかりと握り、闘気で身体能力を向上させ、円盾に霊力を籠めて強化する。その盾に光線は直撃して……激しく爆発した。
「かはっ……!」
空中に小さな太陽が現れたかのような目映い光を伴った爆発地点から、こっちに向かってミカは吹き飛ばされている。私は今度こそ彼の身体を受け止めようと尻尾を伸ばした。
尻尾だけならば長さが足りなかっただろうが、今の私は尻尾で戦斧を保持している。ミカの身体を刃の平らな部分で受け止め、火吹戦車の上に横たえた。
私は後方を警戒しつつ、足元にいるミカの容態を確かめる。複眼のお陰で視界が広いからこそ可能なことだった。
まだ着ていた機鎧兵の鎧の大部分が砕けており、全身に酷い火傷を負っている。蝙蝠の魔人らしく身体中に生えていた短い体毛の大部分は焦げてチリチリになっており、それが肉が焼ける臭いと混ざって思わず顔を顰めたくなるような臭いを放っていた。
「ヒュー……ヒュー……」
そんな状態でもミカはまだ生きている。それどころか闘気によって治癒力を高め、少しずつではあるが火傷は治りつつあった。
私もそうだが、魔人の生命力とは凄まじいものだ。二つの生物が合成されていることで、生命力も二倍になっているのかも知れない。いや、単純にオルヴォがそうデザインしたと言うだけな気がする。どちらにせよ、私の使命を考えれば死ににくいことは良いことだ。
「ぐっ!ががががが……が?」
私が一安心したところで、再び霊力の高まりを感じる。私は咄嗟に尻尾の戦斧と左手の大剣を交差させ、右手の槍でそれを支えつつ霊力を込めた。直後、真っ直ぐに飛んできた光線が戦斧に直撃した。
光線が直撃した瞬間、私の腕にはかなりの重さが伝わってきた。しかしながら、それはすぐに消えてしまう。どういうことかと疑問に思っていると、私達の真上でミカに大怪我をさせた小さな太陽が発生した。
これはひょっとすると真っ直ぐに受け止めるのではなく、弾くことで被害を減らせるのではないか?私が閃いた時、三度目の光線が放たれる。今度は光線を弾くべく、戦斧と大剣を重ね合わせるようにしてから横に振った。
私の予想は正しく、しかし同時に間違っていた。光線は戦斧と大剣で弾くことが出来た。ただ、弾くだけのつもりが予想外に遠くまで飛んでいったのだ。そして追撃する火吹戦車に直撃し……大爆発を起こしたのである。
このせいで光線はむしろ追撃の邪魔になると思ったのか、それから光線が飛んでくることはなかった。だがその代わりに、火吹戦車の後方から高速でこっちに向かってくる鉄の馬がいる。その色は他とは異なる白色で、跨がっているのは一人の白機兵だった。
カルネラ港に四人いた白機兵の内、二人は討ち取ったし一人は腕を斬り落とした。つまり、ここにいるのは最後の一人ということになる。あれの鎧は戦斧で壊したはずだが、その部分を取り外して背中と肩に新しい兵器を取り付けていた。
それは白機兵の胴回りよりも太い円筒であり、そこから延びる管は左肩に乗せてあった長大な筒状兵器に繋がっている。これを使って操縦しながら光線を撃っていたのだろう。
まさかこの距離で光線を撃つつもりなのか?私は先手必勝とばかりに砂で大剣を十本ほど作り出し、それを白機兵に向かって放った。それを撃ち落とすと思っていたのだが、奴の乗る鉄の馬は急に真上へと跳躍して回避してみせる。そんなこともできるのか。
「が?」
跳躍した白機兵は、空中で思いもよらぬ動きを見せる。奴が乗っていた鉄の馬がその半ば辺りで二つに分裂し、ガシャガシャと音を立てて変形してからその両脚に装着されたのだ。
その状態で落下した白機兵は、両足の部分にある車輪を回転させて追走を続けている。変形と合体だって?そんなこともできるのか!?
脚が太く長くなった白機兵は、長剣を抜き放ちつつ肩から光線を放つ。また弾けば良いと思ったのだが、今回の光線は一味違った。これまでのように一本ではなく、細くなった五本の光線が飛んできたのである。マルケルス達が乗る火吹戦車を守るため、私は光線に身体を曝すしかなかった。
「がぐごごぉ……!」
私は戦斧と大剣で二本の光線を弾いたものの、二本は胸の中央と右膝に直撃してしまう。爆発の衝撃で外骨格に亀裂が入り、高温の熱で肉が焼ける激痛が走った。
だが五本に分かれたせいで一本一本の威力は大したことがないのか、外骨格を完全に破壊することは出来ない。それに痛みなど消してから治癒すれば問題はない。これからの戦いに影響はなかった。
それよりも私を焦らせているのは、私をすり抜けて飛んでいった一本の光線だった。マルケルス達の乗る火吹戦車頑丈だと思うが、当たっても無事だという保証はない。霊術は、間に合わん!
「ぐうぅっ……!」
しかし、その光線の間に割り込んだのはミカであった。彼はまだまだ完治はしていないものの、動けるようになったらしい。円盾を重そうに構え、最後の一本をどうにか弾いてみせた。
光線から火吹戦車を守るべく身を呈して飛び出した私は、元の位置に戻ることが出来ずに地面に転がり落ちる。受け身を取って立ち上がると、すぐに全力疾走して火吹戦車を追い掛けた。あのままではミカ一人で守らねばならない。
それは流石に不可能だ。一刻も早く合流しなければならないのだが、背後から鉄の馬に乗った機鎧兵が追い付いてしまう。そして私に向かって炎弾を雨のように浴びせて来たのだ。
「■■■!■■■■!」
「■■■■■!」
「ぎゃがごぐぐがぁぁぁっ!」
私は怒りのままに咆哮しつつ、両手と尻尾の武器を振り回す。その範囲に入った機鎧兵を鉄の馬ごと両断してやると、連中は安全な位置まで距離を取ってから炎弾を撃つことを徹底し始める。ええい、本当に鬱陶しい……!
ガァン!ガラガラガラ!
私が苛立っていた時、前方では重量のある金属同士が激しくぶつかる音が聞こえてくる。何があったのかを私はこの複眼でハッキリと見ていた。何とミカが円盾を構えたまま背中の翼を広げると、白機兵に向かって高速で体当たりしたのである。
捨て身の攻撃は想定外だったのか、白機兵は咄嗟に判断することが出来なかったらしい。ミカの体当たりは直撃した。地面に触れている場所が車輪だと言うこともあってバランスが取れず、白機兵は転倒、ミカを巻き込んでゴロゴロと転がって行った。
「止まって!止まってよ!二人を見捨てるの!?」
マルケルス達の乗る火吹戦車はそこで止まらず、炎弾を撃ちながら南へ走っていく。扉からリンネが頭を出しながら、止まるようにマルケルスに向かって叫んでいる。
しかし、火吹戦車が止まることはなかった。そして、任務のことを考えれば判断は正しい。占領地とカルネラ港の情報に加え、そこから奪取したほぼ無傷の火吹戦車を持ち帰ること。その方が間違いなく重要であるからだ。
ただし、残された我々からすればたまったものではない。ここで可能な限り足止めをして、華々しく討ち死にでもしろと?冗談ではない!私は何があっても生き延びる!
複眼でミカの様子を窺うと、彼は円盾を使って白機兵を押さえ付けるべく格闘していた。先ほど別の白機兵を仕留めた技を使わないのか、と思ったが利き腕が折れていて使えないらしい。このままでは殺されてしまうだろう。
私は何よりも自分の命を優先するつもりだが、可能な限り恩人であるミカは助けたい。そしてマルケルス達にも逃げて欲しい。その我が儘を叶えようとするのならば……命懸けで全力を出すしかない!
私はあの奴隷が死んだ時のように全力で霊力を高めていく。私と接している地面が徐々に砂へと変わっていき、同時に私の霊力が染み渡って行くのを感じる。よし、行けるな。
「がああああああああああああああっ!!!」
私は腹の底から雄叫びを上げながら、広範囲へと霊力を解き放った。すると私の視界に入っている全ての追撃部隊がいる範囲の大地が砂界へと変貌する。その砂を霊力任せに動かして……私を中心とした、城よりも巨大な砂の球体にしてやった。
さらにそれをギュッと圧縮する。これで大体の敵は死んだだろう。私はミカを守る霊術を使っていたが、万が一にも巻き込んでいたなら許してくれ。そんなことを考えながら、私の意識は遠くなっていくのだった。




