潜入任務 その十
白機兵を背後から撃った、四本の脚で立つ奇妙な火吹戦車。その上にミカが乗っていることから、あれは味方だと考えて良いだろう。そうと分かれば話は早い。私は念を入れて白機兵の頭を踏み潰してから、剣を鞘に収めると奴が使っていた槍と盾を奪ってから火吹戦車に飛び乗った。
「ご無事で何よりです。この火吹戦車はマルケルス様が操縦していて、リンネも中におります。このまま脱出しましょう」
「……」
そっちこそ、無事で良かった。私はそんなことを考えながら一度頷き、その後に円盾をミカに差し出す。ミカは私が何を考えているのかを一瞬で理解してくれたらしく、その円盾を受け取った。
私とミカの短いやり取りが終わるが早いか、四本脚の火吹戦車は城壁に向かって走り出した。走りながら太い筒から白機兵を不意打ちした爆発する炎弾を放ち、細い筒からは城壁に設置してあるものと同じくらいの威力の鉄の礫をバラ撒く。近くに集まっていた機鎧兵は反撃すら許されず、ただ蹂躙されていった。
時折、車庫など建物の上によじ登ってこちらに攻撃を仕掛けてくる敵がいた。火吹戦車が対応出来ない敵の対処は我々の役割である。私は爆発する炎弾を槍で斬り裂き、ミカは頑丈な円盾で防いでいた。
そうして城壁の目の前にまでたどり着いた時、火吹戦車は大きく跳躍した。全力で跳んだようだが、高い城壁を一気に越えるほどの高度は出せなかったらしい。壁の半ばほどの高さが限界だ。と言うか、このままだとそのまま落下するのでは……?
「おっと!?」
「……!」
しかし、私の懸念は杞憂に終わった。火吹戦車は驚いたことにその四本の脚で垂直な壁に張り付いたのである。どうやら脚の先端にある爪に何らかの霊術回路が刻まれているようだ。
私とミカは車体に掴まっていたから落ちることはなかったが、マルケルスには一言声を掛けろと言いたい気分だった。姿勢が大きく変わってしまうのだから。
四本脚の火吹戦車は壁の上を地上を走るのと同じ速さで登っていく。そしてそのまま地上を走っている時にも思ったが、脚はシャカシャカ動いているのに車体はほとんど揺れていない。中の乗り心地は以外と良いのかもしれないな。
火吹戦車は城壁を上りきり、防衛兵器が並ぶ通路にまでやって来る。その時、物陰から何かが飛び出して来た。それは不意打ちするためにギリギリまで気配を消して潜伏していた白機兵であった。クソッ、気付かなかった!
「■■■■■!」
「うおおおっ!」
火吹戦車の脚を狙って振り下ろされたゴーラが使うような戦斧を、ミカは身を呈して円盾で受け止める。頑丈な円盾は戦斧を受けても凹まず、薄く傷付くだけだった。
しかし、あまり膂力が強くないミカは戦斧によって吹き飛ばされてしまう。そしてそのまま城壁から放り出されてしまった。私は尻尾を伸ばしてミカの拾おうとしたものの、彼はすり抜けて……そのまま落下して行った。
「ごごがごぐ!」
私は怒りのまま、槍を力任せに振り下ろす。白機兵はそれを戦斧で受け止めた。そこで押し合いなどはせずに、私は素早く槍を再び振り上げて何度も何度も連続で振り下ろす。私の猛攻によって白機兵は防戦一方となっていた。
槍を振るいながら、私はミカの気配を探す。しかし、彼の気配を感じとることは出来なかった。まさか落下して死んでしまったのか?いや、彼は気配を消すのが得意だった。きっと生きているはずだ!
「■■■■!」
「ががっ!?」
防戦一方だった白機兵だが、槍を受けるのを覚悟で斧を横振りに薙いできた。重量のある戦斧が私の脇腹に直撃し、外骨格を砕いて刃が肉を斬り裂く。熱くなりすぎたか。
外骨格のお陰で傷は浅いし、今は痛覚を遮断しているので私に動揺はない。腹部にめり込んだ冷たい刃の異物感は強いが、むしろこれを利用してやろう。私は左手で戦斧の刃を掴むと、一度槍を引いてから仮面の目の部分を狙って突き刺した。
「■■■■■!?」
「ちっ……?」
しかし、私の槍による刺突を白機兵は首を捻って回避する。槍と穂先は白機兵の頬の肉を掠めつつ、仮面と兜の端を傷付けるだけに終わった。仕留め損なった私は舌打ちしつつ、もう一度槍で突こうと思ったのだが、その前に白機兵は急に身動きを止めた。
それまでは戦斧を戻そうとしていた白機兵の力がフッと抜け、膝から崩れ落ちるようにして倒れてしまう。その背後に立っていたのは、掌底を突き出した姿勢で立っているミカ……だと思われる魔人だった。
左手に分厚い円盾を持ったその魔人は、侵略軍の鎧を装着している。兜と仮面は脱げていて、頭頂部からは三角形の耳が伸び、口からは長い牙が覗いており、背中からは羽毛のない大きな皮膜の翼が鎧を内側から突き破って四枚も生えていた。
「四翼蝙蝠……それが私と合成された生物です」
私の聞きたいことを察したのか、ミカは自分が何と合成されたのかを教えてくれた。そうか、蝙蝠の一種だったのか。それなら私よりも遥かに優れた探知能力にも納得が行く。と言うのも、私は蝙蝠と戦ったことがあるからだ。
闘技場で戦ったことがある別種の蝙蝠の聴覚は異常なほど優れていた。地面の中に潜っても正確に場所を特定して、上空から風の霊術を飛ばしてくるのだ。その時は隠れても無駄だとわかった時点で地上に飛び出し、霊術で砂嵐を起こして墜落させ、落ちた所に毒針を刺して勝利した。
閑話休題。城壁から落ちたミカだったが、飛べるタイプの魔人だった彼は落下せずに戻ってこれたのだろう。助けに行く必要はなかったようだな。それどころか、白機兵を背後から仕留めてみせた。どうやったのかは見当もつかないが心強いことだ。
マルケルスが操縦する火吹戦車は、ミカが生還したことを確認してから再び跳躍した。今度は斜めに跳んだので、最も奥の城壁から真ん中の城壁に跳び移ることに成功している。もう一回跳べば最も外側の城壁に届くだろう……目の前にいる二人が通してくれるのなら、であるが。
「■■■■■」
「■■■、■■■」
真ん中の城壁には既に白機兵が火吹戦車を挟む形で陣取っていた。マルケルスはどうするのだろうか?強引に突破するのか、それともある程度打撃を与えて安全を確保してから跳躍するのか。
そこでマルケルスが選んだのは安全を確保する方だった。筒の部分をグリンと右側に向けると、炎弾をそちらにいる白機兵……ではなく、その目の前の城壁通路に向かって発射した。炎弾によって城壁が抉れ、爆風が奴等に襲い掛かり、破砕した城壁の破片が飛び散って火吹戦車の表面で弾かれる。
それと同時にこちらに向かって駆け出したのは、左側にいた白機兵だった。右側に筒を向けたと言うことは、左側に無防備な背後を向けたことになるからだ。
「ががあっ!」
「■■■■!」
左側から襲い掛かる白機兵を迎え撃ったのは私だった。振り下ろされるティガルが使っていた大剣よりも一回り幅があって分厚い剣に向かって、私は右手に持った槍と左手に持った黒い剣を正面からぶつける。硬質なもの同士が激突して、耳をつんざくような轟音が響き渡った。
単純な腕力ならば互角だったものの、武器の重さで私は大きく負けていた。拮抗することもなく、私の剣と槍は弾かれた。だが、それで良い。それこそが私の狙いなのだから。
「■■■■……■■!?」
勝利を確信したのか、白機兵は体勢を崩した私に向かって大きく踏み込んだ。そして奴が大剣を上段に振りかぶった時、その両腕が肘の部分から斬り飛ばされる。それをやったのはもちろん私であった。
ついさっきミカが倒した白機兵が使っていた戦斧がある。実は私はあれを尻尾の先を巻き付けて回収しており、それを尻尾の力で強引に振るったのである。長い上に太い尻尾は四肢よりも力が強いので、巨大な戦斧であろうと楽に振るうことが出来た。
ただし、狙った場所に当てることは出来なかった。本当は首を狙ったのだが、戦斧は両肘を斬り飛ばすだけで仕留めるには至らなかったのである。まあ今の目的はここから脱出するだけであって、必ずしも殺す必要はないので失敗と言うほどのことでなかった。
「ごがっ!」
「■■■……!」
私は両腕を失って後退る白機兵の胸に前蹴りを食らわせ、城壁の下へと突き落とした。私は左手に持つ黒い剣を鞘に収めると、まだ白機兵の両腕が握ったままの大剣を左手で持ち上げた。
大きさに見合ったズシッとした重さが伝わってくるが、戦斧ほど重くはない。ギリギリ片手で使える重さであった。私は柄に残った腕を捨てると急いで火吹戦車の方に合流した。
「■■■■■!」
「ぬぐうううううっ!」
火吹戦車の攻撃を耐えていたらしい白機兵は、空を飛びつつ火吹戦車を翻弄していた。背中から炎を噴射して空を小刻みに飛びつつ、火吹戦車を破壊せんと金属の鞭を振るっている。鞭が何かに当たる度に紫電が弾けているので、電撃を纏っているのだろう。厄介なことだ。
ミカは自分も飛びながら、円盾によって鞭による変幻自在の攻撃から火吹戦車を守っていた。しかし、彼は重たい円盾を抱えたまま飛ぶだけで精一杯であるらしい。緩慢な動きでどうにか防いでいるという様子であった。
守られている火吹戦車はと言えば、ミカに攻撃を当ててしまうことを恐れてか筒の先を右往左往させるばかり。このままでは火吹戦車の前にミカが殺されかねない。そう思った時にはもう身体が勝手に動き出していた。
「■■■!?」
「ふぅ!助かりました!」
私は火吹戦車を足場にして跳躍すると、敵の鞭が絡むように槍を差し込む。槍を通じて私の身体に電撃が流れるが、それを無視して槍を思い切り引っ張りながら左手の大剣を振り上げた。
白機兵は危険を察知したのか、下から迫る大剣が直撃する前に鞭から手を離す。その瞬間、電撃も止まったので手に持っていないと力を使えない類いの武器であるようだ。
手を離したことで大剣は鎧の胸部で火花を散らすだけだった。そこへ私は間髪入れずに尻尾で持っている戦斧を叩き込む。白機兵はこちらも回避しようとしたようだが、その刃は背部にある飛行するための仕掛けを傷付けたらしい。背中から噴射されていた炎の勢いが急速に弱まり、白機兵は落下していった。
これで我々を阻む者はもういない。私とミカはほぼ同時に火吹戦車の上に乗ると、マルケルスは即座にこれをジャンプさせる。そして最も外側の城壁に着地して、すぐさま再び外へ向かってジャンプする。こうして我々はどうにかカルネラ港から脱出することに成功したのだった。




