潜入任務 その九
冥王蠍の魔人に見張りを任せたマルケルス一行は、侵略軍に紛れて城壁の付近を調査していた。ただし、三人の足取りは決して軽くない。それは疲れていることもあるが、それ以上に倉庫街で見てしまったモノが原因だった。
(私も兵士になってからそれなりに長いし、悲惨な死体は何度も見てきた。しかし、あれはなぁ……)
倉庫街の倉庫の中身はほとんどが占領地で栽培した食材が詰まった鉄の箱、すなわちコンテナばかりであった。しかし、その中に一つだけミカが「妙な臭いがする」と言う場所があった。そこは調べねばなるまいとマルケルスは息巻いて忍び込んだのだが、すぐにそのことを後悔することになった。
その建物からは鼻の奥を突き刺すようなキツい薬品の臭いが漂っており、その異臭は嗅覚が鋭敏になっている魔人二人だけでなくマルケルスも顔を歪めるほど酷かった。その臭いに耐えながら建物に侵入した三人が見たのは……透明なガラス瓶に入れられたヒト種の一部であった。
ガラス瓶はどれも薄黄色の液体に満たされていて、その中に腑分けされたヒト種の筋肉や臓器が漬け込まれている。侵略軍は殺した帝国の民を標本にして保存していたのだ。そんな標本入りのガラス瓶が、倉庫にある棚に無数に置かれていた。
異様としか言えない空間に言い様のない恐怖と嫌悪感を抱いた三人は、急いで映写玉で撮影すると倉庫街から逃げるように去っていく。合流した時に冥王蠍の魔人は三人の様子を訝しんでいたものの、誰も事情を語る気にはなれなかった。
それからほぼ無言で城壁に近付いた三人は、またもや冥王蠍の魔人に見張りを任せて城壁の周囲に侵入する。無数にいる機鎧兵に紛れ込みつつ、火吹戦車の車庫や下から見上げるようにして城壁の上の防衛兵器を撮影していた。
「下からだけじゃ不十分だな。城壁の上に行くぞ」
「あっ、お待ち下さ……ッ!」
マルケルスはそう言って自ら先頭に立って城壁の内側に侵入する。先頭をミカに任せず、そのまま侵入したのは油断としか言い様がない。その代償はかなり重たいものだった。
金属の城壁には内側に入るための扉があって、マルケルスはそこを開けて内部に足を踏み入れた。その瞬間、彼は何か薄い膜を破ったような気がした。気のせいかと思った彼だったが、そのミカは肩を掴んで後ろに引き寄せた。
「何だ?」
「侵入を感知する結界です。私達が侵入したことが明るみに出たかと」
「強い霊力の持ち主がこっちに来てる。かなり強いよ」
マルケルスは仮面の下で数秒前の己を殴ってやりたい思いだった。ミカを先頭にしていれば防げたことだったからだ。しかし、バレてしまったことは仕方がない。次に考えるべきは、ここからどう逃げるかである。
今すぐにここから撤退して市街地に逃げ込もう。マルケルスがそう言う前に、彼らから離れた場所で莫大な闘気と霊力が膨れ上がる。そしてそれを撒き散らしながら、とある建物に侵入し……その直後、建物は内側から激しく炎上した。
「サソリ君か!」
「掛けていた幻術が弾け飛んだ……凄い霊力」
「わざと目立つような振る舞い……囮になってくれたようです。今の内に撤退しましょう」
「待て。サソリ君は見捨てるのか?」
「それ以外にどうしろとおっしゃるのですか?」
マルケルスの質問に対してミカは敢えて質問で返した。感情を全く感じさせない声色にマルケルスは威圧されたように息を飲む。それを見たミカは失礼しました、と前置きをしてから続けた。
「彼が急襲したお陰で、こちらに向かっていた強敵……白機兵でしたか?それが彼の方に向かいました。我々が逃げなければ、彼は白機兵と戦い続けなければなりません」
「あの人、私達よりもずっと強いし頭も悪くない。私達が逃げればさっさと逃げると思う。今の私達ができる最大の援護は逃げること」
「そうかもしれないが……うん?」
二人に説得されても決断を迷ったマルケルスだったが、ふと彼の視界に入ってきたものがあった。それは火吹戦車が停められている車庫だった。
ただし、もしそれが他の車庫と同じであれば気にならなかっただろう。彼が目を付けたのは、幾つも並んでいる車庫の端にある一つだけ妙に一回り大きな車庫だった。撮影していた時は車庫ではない建物だと思っていたのだが、今は火吹戦車を出し入れするための扉が開かれていたのである。
他とは異なる車庫に導かれるようにマルケルスは入っていく。ミカとリンネは顔を見合わせてから仕方なく彼の後ろに着いていった。
「これは火吹戦車か?しかし……」
「鋼の虫かな?」
車庫に入った三人が見たものは、大型の火吹戦車であった。これまで前線に見たことがある火吹戦車よりも大口径で長い筒状兵器が主砲として搭載されており、その両脇には小型の筒状兵器が四門も副砲として搭載されていた。
そして最大の特徴は車輪の代わりに地面に接している四本の脚部だった。先端に三つの爪が着いた脚は折り畳まれており、車庫の大きさの割りに小さく見えていた。
「……これだ」
「は?」
「これを盗み出す。そしてサソリ君を連れてここから逃げ出すぞ」
マルケルスの提案を聞いたミカとリンネは一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。だが、すぐに我に返ると慌てて思い直すように頼み込んだ。
「そんな無茶な!そもそも動かせるのですか!?」
「ああ、動かせるぞ。帝国軍である程度以上の階級にいる者は、鹵獲した兵器の使い方を学んでいる。その中には火吹戦車の動かし方もあった」
「……それはこれと同じ火吹戦車なのですか?」
「違う。だが、こんなもんは大体一緒だ」
自信満々に言い切ったマルケルスは、脚をよじ登ってから砲塔の付け根辺りを探る。すると上に開く扉があり、そこを持ち上げてから車内に入っていった。
どうせ動かせずに出てくるだろうと思っていたミカだったが、予想に反して火吹戦車はゴウゴウと駆動音を立てながら動き出した。折り畳んでいた四本の脚を広げ、車体が少し高い位置に持ち上がる。今すぐにでも動かせる状態になっていた。
「動いちゃった……どうする?」
「仕方がないでしょう。リンネはマルケルス様と共に車内へ。私は外を少し掃除しておきます」
「うん……気を付けて」
「ええ、もちろんです」
リンネはピョンと火吹戦車に飛び乗ると、一度チラリと振り返って外へ出ていくミカを見てから戦車の中に入る。戦車の中はリンネが思っていたよりも狭く、色々なものがあってゴチャゴチャしていた。
ただ背もたれ付きの座席は三つほどあるので、そこに座れば良いことはわかる。リンネは座席に座ると、中央の座席に座って二本のレバーを握っているマルケルスにミカの意見を伝えた。
「……だって。それで良い?」
「良いも何も、もう外に行ったんだろ?だったら……うおっと!時間は無駄に出来ないか。それじゃあ、行くぞ!」
マルケルスはミカにも車内に入っておいて欲しかったのだが、外で激しい爆発音が轟いた。一刻も早く動くことが先決だと判断した彼はわかったと頷きつつ、火吹戦車の扉を閉めてから鍵を掛けてからレバーの先端にある突起を押した。
ドゴンと言う音と共に筒状兵器から白く輝く球体が発射され、車庫の扉に直撃する。人が通れるくらいの隙間しか開いていなかった扉は、主砲の一撃で破壊されてバラバラに飛び散ってしまった。
「……凄まじい威力ですね。筒が大きい分、威力も増加していると考えて良いのでしょうか」
車庫の外に一足先に出ていたミカは、車庫の周囲にいた敵兵を片っ端から始末していた。味方のフリをして近付き、背後から急所を刺して物陰に引きずり込む。これを繰り返して既に十人ほど仕留めていた。
彼は静かに、それでいて速やかに車庫の周囲から敵を排除していたのだが、マルケルスの派手な登場によって敵の注意を集めてしまった。ミカはため息と共に抱えていた敵兵を放り投げると、聴力を研ぎ澄まして冥王蠍の魔人がいる正確な場所を掴んだ。
「マルケルス様、聞こえておりますでしょうか?彼がいるのはここから九時方向で……っ!?」
ミカは四本の脚を器用に動かして車庫から現れた火吹戦車の車体に飛び乗ると、冥王蠍の魔人の居場所に今から誘導すると言おうとした。しかし、マルケルスはミカが指差した方向に向かって直進し始めたではないか。
直進する火吹戦車と目的地の間には、他の車庫が幾つも建っている。このままでは壁に激突する、とミカが車体に掴む手に力を入れた時、驚いたことに火吹戦車はその場で上に向かってジャンプしてみせた。
急上昇することで一種の圧迫感がミカを襲い、彼は振り落とされないように車体に必死にしがみついた。それを知ってか知らずかマルケルスは火吹戦車を操作して再びジャンプさせ、車庫の屋根から屋根へと跳び移らせた。
「あれは、白機兵?戦っているのか」
屋根を跳び移ることで一気に距離を縮めたことで、ミカはすぐに冥王蠍の魔人の姿が見えるようになった。彼は既に白機兵と対峙しており、互いに武器を構えてジリジリと近付いている所だった。
ミカは気配を消し、足音も消して車体から降りて背後から襲い掛かろうとした。しかしながら、またもやマルケルスの動きの方が早かった。彼は火吹戦車を再び跳躍させ、二人の近くに着地する。火吹戦車は相当な重量があるはずなのに、驚くほど音がしない。そしてマルケルスは容赦なく主砲を発射したではないか。
主砲の威力は相当なもので、直撃した白機兵の背部の装甲は砕けて本人は前のめりに倒れてしまった。そんな威力の主砲が放たれたにもかかわらず、車体はほとんど揺れなかったことにミカは内心で驚いていた。
彼の目の前で冥王蠍の魔人は白機兵にトドメを差し、それが装備していた武器を奪い取る。そしてマルケルスが操縦する火吹戦車の上へと飛び乗るのだった。




