潜入任務 その八
海のすぐ岸にある倉庫街から離れ、我々はカルネラ港の西側にある城壁の近くにまで到達した。一番内側の城壁で、しかも今は夜中であるにもかかわらず多くの兵士が配置されている。占領している重要な港を守護する盾であるだけあって、流石に防御を固めているようだ。
しかも城壁の内側からは強力な気配が四つほど感じられる。例の白機兵とか言う連中だろう。気配は一ヶ所に固まっておらず、三重の城壁の辺りに散らばっている。ひょっとしたらその間にも兵舎があるのかもしれないな。
四つある白機兵の気配の内三つは動いていないので、恐らくは寝ているのだろう。逆に言えば一つは起きて歩き回っているのだ。見破られて戦闘になったら急いで向かってくるに違いない。常に警戒しておこう。
城壁のすぐ近くには南側で見た金属製の建物が幾つか建てられている。半分は火吹戦車の車庫らしく、百台ほどがズラリと並んでいた。残りの建物からはガシャガシャと金属同士がぶつかるような音が聞こえてくる。何をしているのだろうか?
「リンネ、幻術を解いてくれ。サソリ君は今回も高い場所で待機だ」
三人は幻術を解いて姿を曝した状態で城壁に向かっていった。私は指示に従って近くにあった建物の屋根に上って見下ろす形で眺める。倉庫街では大丈夫だったが、こちらでも何事もなく乗り切れるとは限らない。外にいる私が何時でも助けに入ることが可能な状態にいることは重要なのだ。
(重要なのはわかっているが、問題が起きない限りは暇なんだよなぁ……まあ、問題が起きない方が良いんだけども)
私の役目が重要だと理解はしている。しかしながら倉庫街の時もそうだったが、どうしても暇になってしまう。そこで私は屋根の上で感覚を研ぎ澄まし、城壁の周囲の建物の中を詳しく探ってみる。
すると喧しい音が鳴っている建物の一つに奇妙な気配を察知した。侵略軍の一般兵よりも少し強い霊力の持ち主が集まっている場所がある。そこにいる気配であるが、どうにも物理的な身長がとても小さいようだ。この大きさに私は覚えがあった。
(これはポピ族か?気配を消すのが上手なはずの彼らがどうして……まさか、侵略軍はポピ族の力を利用しているのか!?)
私がまだただの冥王蠍だった時に出会い、短い間ではあったが共に過ごした小さな友人。建物から感じ取った気配はポピ族のそれと同じであった。
ポピ族はあらゆるモノの形状を自由自在に変形させられる力を持っている。その力は幾らでも利用価値があるだろう。それを拘束し、利用しているのかもしれない。
私は自然と拳に力が入るが、ポピ族達が自発的に協力している可能性も捨てられない。それに私の役割は万が一に備えて監視すること。勝手に持ち場を離れる訳には行かなかった。
(あ……?強い気配が……白機兵が走り出した?行き先は……不味い!マルケルス達の方じゃないか!)
起きている白機兵は急に走り出してマルケルス達がいる方向に向かっていく。闘気と霊力を高めているので、間違いなく戦う準備を整えている。遂に見付かったのか。
ならば私の出番である。マルケルス達の方から引き離さねばなるまい。そのために何をすれば良いのか?答えは簡単、大騒ぎを起こせば良いのだ。
(マルケルス達を助けるために、我が友の同胞がいる建物を破壊しよう。まさに一石二鳥だ)
私は隠すことなく闘気と霊力を爆発的に高めると、外骨格を硬化してからポピ族がいる建物に向かって跳躍する。そして建物の屋根に着地すると、思い切り踏みつけて穴を開けた。
突き刺さった足を引き抜いてから、手を突っ込んで穴を広げていく。金属が歪む嫌な音をさせつつ、穴を私が通れる程の大きさにすると建物の中に飛び込んだ。
建物の中では見たこともない大きさの金属を使った精巧な道具がたくさんあって、青い肌の者達が何らかの作業をしていた。連中は屋根を破って侵入した私を呆然とした表情で見ている。肌の色が異なっていても、反応は他のヒト種と大差ないようだ。
連中の反応など今はどうでも良い。白機兵の注意を引き寄せるべく、精々派手に暴れるとしよう。私は二本の剣を抜き放つと、近くにあった金属の筒らしきモノを叩き斬る。すると白い煙と刺激臭のする液体が勢いよく吹き出した。
おお、この液体は知っているぞ。強力な酸である。蠍時代、ゲオルグの訓練によって何度もこの中に放り込まれたものだ。最初は外骨格が溶けてしまうので必死に闘気で強化しながら修復していたが、最終的には全く効かなくなったんだよなぁ。
飛び散る酸をものともせず、今度は尻尾をゴウゴウと音がする細長い箱のような道具に叩き付けた。どうやら中では何かを燃やしていたらしく、壊れた瞬間にその箱は爆発してしまう。ポピ族は……良かった。無事だったか。
「■■■■■!?」
「■■■!■■■■!?」
私が暴れ始めたことでようやく我に返ったのか、青い肌の連中は悲鳴を上げながら逃げていく。いいぞ、もっと騒げ。騒ぎを大きくしてこちらに目を向けろ!
手当たり次第に全てを破壊する。細かい部品が飛び散るだけのこともあるが、破壊したモノの半数以上は壊した瞬間に爆発したり酸を始めとした謎の液体を撒き散らしたりした。おっ、いつの間にか火災も起きているようだ。異臭のする煙と共に、激しい炎が建物の外側へ向かって上っていた。
(ポピ族がいるのは、ここか)
建物の中央部には真っ黒な金属の箱があって、ポピ族は全てその中にいるようだ。箱には上部に空気孔が空いているようだが、出入口のようなものはない。十中八九、ポピ族は捕らえられているのだろう。
私は怒りのままに二本の剣で箱を叩き斬る。だが、この箱に使われている金属は驚くほど硬かった。ハタケヤマが打った私の剣でも傷を着けるので精一杯だったのである。誤って中のポピ族を斬らないように霊力を込めなかったとは言え凄まじい硬さだ。
いや、どんなモノも自在に変形させられるポピ族を捕らえておける箱なのだ。尋常な物質でないのは当然のこと。驚くようなことではないか。
それよりも傷がついたと言うことは、私の力で破壊することは可能であると言うこと。十字の傷が入った箱の壁に、今度は尻尾を叩き付ける。すると傷が着いた部分から箱に大きな亀裂が入った。
「ごご?」
亀裂が入った直後、その部分がドロリと溶けるように穴が開く。その穴の空き方には見覚えがある。私の友が壁に穴を開けて去っていった時と同じだったのだ。
開いた穴からポピ族がゾロゾロと現れる。雄と雌を合わせて二十ほどいて、その全員が顔色が悪く痩せこけていた。髪の毛も艶がなくボサボサで、何と誰も服を着ていなかった。
「■■■?」
「■■■■■?」
ポピ族達は私を見上げながら何かを言っている。その言葉は侵略軍の使っていた言葉と同じっぽいので、言葉の内容はわからない。しかし、表情から困惑していることだけは明らかだった。
だが、彼らに事情を説明している時間はない。この建物は今まさに炎上しているからだ。私はポピ族に背を向けてから霊力を高めると、砂で作り出した巨大な斧で建物の壁を叩き壊した。
私は崩れた壁に向かって剣の切っ先を向け、あっちから逃げるように促す。私の意図を察したポピ族達は、皆で顔を見合わせてから脱兎のごとく逃げ出した。おお、やはり逃げ足は滅茶苦茶速いなぁ。
全員が逃げた後、私も壁の穴から外に出る。燃え盛る建物の周囲には何人もの機鎧兵が集まりつつあった。白機兵は……よし、こっちに食い付いたか。ポピ族は本気で隠れたからか気配が全くわからないが、きっと危ない所から離れていることだろう。なら、このまま暴れ続けるだけだ。
「■■■■■!」
「■■■!■■■■!」
私という侵入者を発見した機鎧兵は、筒状兵器を向けて早速鉄の礫を放った。それを全て外骨格で受け止めつつ、私は霊力を高めてから大量の砂を作り出す。そして砂を太くて長い杭にすると、狙いを着けずに四方八方に向かって射出した。
砂の杭のほとんどは周囲の建物や地面に突き刺さる。中には直撃して身体を貫かれた機鎧兵もいたが、狙いは兵士ではないので運が悪かったとしか言えない。まあ、敵だからどうでも良いが。
「がああっ!」
私は気合いを入れて再び霊術を使う。そしてそこら中に刺さっていた全ての杭が爆発させたのだ。その爆発によって建物が致命的な打撃を受けて崩壊し、地面も爆ぜて砂埃が舞う。
建物が崩れたことで混乱している機鎧兵に私は飛び掛かって剣を振るった。連中が体勢を立て直して鉄の礫を放つが、私の外骨格を貫くことは出来ない。この外骨格あるかぎり、侵略軍の一般的な兵士は私の敵にはなり得ないのだ。
(……来たか。私を殺し得る敵が)
しかし、白機兵は別である。奴等は貧弱な普通の機鎧兵とは違って膨大な闘気と霊力を操り、それを活かす武装を持っている。そんな強敵が暴れる私の元へやって来たのだ。マルケルス達から引き離すことに成功したようで何よりである。
白機兵は鎧の背中から炎を吹かして空を飛び、上空から槍を構えて急降下して来た。気配を隠しているつもりかもしれないが、私は真上が見えるので不意打ちにはならない。私は尻尾によって槍の穂先を反らすと、反撃とばかりに両手の剣を振るった。
しかし、流石は精鋭と言うべきか。白機兵は私の剣を盾で受け止めた。金属製の円盾は霊術で強化されているからか非常に硬い。霊力を纏わせた私の剣でもうっすらと傷を付けることしか出来なかった。
「■■?■■■■?」
ただ、白機兵は傷が付いたことに驚いているらしい。円盾を翳して防御を固めながら、ジリジリと少しずつ距離を詰めている。油断して力押しをしては来ないようだ。
そして相対する私もまた動けなかった。なぜなら白機兵には全く隙がなかったからである。どの角度から斬り掛かったとしても盾で防がれつつ槍に貫かれる。そんな予感がするのだ。自分の感覚を信じる私は、剣を構えたまま相手がしびれを切らすのを待つしかなかった。
(チッ!他の白機兵が移動し始めたか!この騒ぎで呑気に寝続ける馬鹿はいないよな!しかも全員がこっちに向かっている……マルケルス達は楽かも知れんが、私は危ういぞ)
ただ、時間は敵の味方である。寝ていたらしい三つの気配は私を目指して移動を開始しており、このままでは白機兵を四人も相手にしなければならない。それは流石の私でも無理であった。
マルケルス達が逃げたと信じて私も逃げ出すべきか?それとも強引に目の前の白機兵を殺して逃げるべきか?私がどうするべきか悩んでいると、白機兵の後方でチカッと何かが光った。その直後、白機兵の背中が大きく爆発したではないか!
爆発の衝撃で白機兵はうつ伏せに倒れ、すかさず飛び掛かった私はその首に刃を突き立てる。ビクンと一度痙攣した後、白機兵は地面を鮮血で赤く染めながら動かなくなった。
私は白機兵を攻撃した何かを見る。爆発によって巻き上げられた砂塵が晴れた先にいたのは……蜘蛛を思わせる金属の節足を持つ、上にミカを乗せた火吹戦車であった。




