潜入任務 その七
突発的な遭遇戦によって三人の機鎧兵を殺した後、我々の行動は速かった。なるべく音を立てないように注意しながら鎧を全て外し、鎧を隅々まで調べて付着した血液を拭い、死体は私の霊術によって水路の壁が崩れた部分を掘ってそこに埋めた。
しかし、このままだと土の表面が新しくなってしまう。そこで表面を少し風化させてそれっぽい状態に戻しておいた。これですぐにバレることはないだろう。
「へぇ?意外と軽いんだな」
「どこをどう動かすとギミックが起動するのか、把握しておきましょう」
「うぅ、胸が苦しい……」
私が死体の処理を行っている間に、三人は奪った鎧を装着していた。マルケルスは肩を回して感心し、ミカは両手足を動かしてカシャカシャと色んな部分から刃を出し、リンネは苦しそうに胸部を押さえている。機鎧兵は兜と仮面まで着けているので、三人は完全に機鎧兵と化していた。
これで侵入の手筈は整った。私だけは姿を消したまま、我々はカルネラ港を目指して水路を進んだ。その際、例の光る筒はしまっている。あくまでもこの鎧は隠れられない時に誤魔化すためのもの。隠れられるのならそのままで良いのだ。
「凄い。着てるだけで霊術が使いやすい。今なら四人に幻術を掛けるのも簡単」
鎧を着てすぐにリンネはこれまでと同じ抑揚のない、しかし少し弾んだ声音でそう言った。この鎧は霊術全般の効果を高める性能もあるらしい。杖だけでは二人が限界だった移動しながらの透明化も、今なら四人全員に掛けても余裕があるらしい。流石はとても脆い中身を一流の戦士に伍するほど戦闘力を高める鎧である。
増幅するのは霊力だけではない。同じように闘気をも効率的に高めることが可能なのだ。マルケルスもミカも身体が軽くなったようで、明らかに足取りが軽くなっている。想像以上に性能が高いらしい。私も興味が湧いてきたが、尻尾が邪魔で装備は難しいのが残念でならなかった。
「ここがこれだから、あの曲がり角はこれ。ってことは……喜べ。ここから先はもうカルネラ港だぞ」
姿を消しつつ地図に従って半日ほど進んだところで、地図を読んでいたマルケルスはそう言った。機鎧兵の格好をしているせいで顔はわからないが、得意気な声だった気がする。作戦が成功しそうなことにご満悦なのだろう。
カルネラ港までたどり着いたのは良いとして、次に問題となるのはどこから出るかである。侵略軍の兵士が地下水路に来たと言うことは、奴等が使っている出入口があると言うことになる。そこを使うのは危ないので、しばらく使われた形跡のない安全な場所から出るとマルケルスは決めていた。
そうして再び地図とにらめっこをしながら水路を進んでいく。ミカの探知によって気配がなるべく少ない場所を選び、地面に嵌め込まれた格子状になっている蓋を私が外してついに水路から地上へと上がった。
「ここはカルネラ港の繁華街……だった場所だ。どの店もやっていないみたいだがな」
そこは占領される前は繁華街だった場所のようだ。繁華街だったとは思えないほど静まり返っており、生物の気配すらほとんどしない。その代わり……にはならないが、繁華街全体にうっすらと血の臭いが漂っていた。
侵略軍の魔の手は繁華街にも及んだのだろう。逃げ遅れた者達は虐殺されたに違いない。地面にも黒くなった血の染みが幾つも残っている。大きくて派手な装飾の建物が建ち並んでいるからこそ、その不気味さに拍車が掛かっていた。
「侵略軍め……ふぅ、今は我慢だな。まずは繁華街を見回って、その後に高いところから街全体の様子を映写玉に納める。その後は侵略軍の懐に入るぞ」
犠牲者のことを想ったのか、マルケルスはギリッと強く拳を握る。しかし任務を優先するべく怒りを追い払うべく深呼吸をしてから、彼はこれからの方針を決めた。我々は黙ってそれに従うのみである。
複雑な構造の繁華街を歩き回りながら、マルケルスは様々な場所で映写玉を使う。鉄の礫がめり込んで穴だらけになった壁、爆風の煤で汚れた地面、鋭い刃物で切断されたと思しき扉に飛び散った血痕……その全てが繁華街で行われた凄惨な虐殺を物語っていた。
繁華街の様子を十分に保存した後、我々は繁華街の中央にある一際高い建物の中に入った。マルケルス曰く、ここはカルネラ港を牛耳っていた者の経営する高級な娼館だったそうだ。建物の中は荒らされていたが、血の臭いは全くしない。きっと占領される前に逃げ出したのだろう。
最上階に上がった我々は、窓から外に出て屋根の上に立つ。その後、マルケルスは映写玉によってカルネラ港の全容を観察しながら映像に残した。
「ミカ、気配が集中しているのはどこだ?」
「三ヶ所ほどあります。海に近い倉庫街、妙に新しい建物ばかりの南側、そして三重の城壁に近い一角ですね」
「なるほど。じゃあ最初に南側、次に倉庫街、最後に城壁を目指す。その前にこの建物の中で休憩するぞ。調査するにしても、少しでも見付かり難い夜に行いたいからな。ベッドを使ってゆっくり休め」
どこかに忍び込むにせよ、夜の方が都合が良いのは同意見だ。それに繁華街で休憩するのも良い。この建物を含めて我々以外の気配が全くないので、何かが接近すればすぐにわかるからだ。
しかもここには私は一度も使ったことのないベッド……寝るために使う家具があるらしい。少しだけ使うのが楽しみになっている。どんな感触なのだろうか?
これまで通り私が最初の見張りとして最上階で警戒し続け、何事もなく次の順番であるミカがやって来た。入れ替わった私は下の階にある適当な部屋に入る。部屋の中は荒らされていたものの、ベッドは使うことが出来たのでその上にうつ伏せになってみた。
(お……?おお……何と言うか、これは良いな。柔らかいものの中に横たわるというのは)
ベッドは柔らかく私を受け止めてくれる。尻尾が邪魔で仰向けになることは出来ないものの、うつ伏せでも十分に心地良い。無駄な力が抜けていき、深い眠りに就いてしまいそうになる。その睡魔に耐えつつ、私は闘気と霊力の制御訓練を続けた。
別に今は熟睡しても良いのかも知れないが、何時でも動けるようにしておきたいと考えてしまうのはもう習慣としか言えない。熟睡と言う無防備な状態でいたくないのである。
何にしてもベッドに横たわっただけで驚くほど疲れが取れた。私以外の三人もきっと同じことだろう。夕陽が完全に沈んで夜になった後、我々は一階で集合してから南側へと向かった。
「ここは元々、スラム街だったはずだ。それを崩してこの建物を建てたんだろう。兵舎、のようなものだろうな」
「素材は波状になった金属の板ですか」
南側は兵舎として使われているらしい。スラム街を崩してから、金属の板を組み合わせた建物を建てたようだ。新築であるからこそ、妙に新しく見えたのだろう。
金属製の建物は一つ辺り数人の侵略軍の一般兵が寝泊まりしているらしい。そんな建物がぎっしりと建っており、街全体にある気配の五割近くが集まっている。ここを火事にでもしてやれば、侵略軍に大打撃を与えられそうだ。
それ以上に何か注目すべきものはないと言うことで、マルケルスは映写玉を数回起動させた後に次の目的地である倉庫街へと向かう。移動する時、我々は大通りから一つ路地に入った場所を進む。そうして見付かるリスクを最小限にしつつ、大通りの様子も観察するのだ。
帝都の大通りは両側に様々な店があって繁盛していた記憶があるが、こちらはそのほとんどが破壊されて廃墟と化している。廃墟に挟まれた大通りを走るのは馬車やヒト種ではなく、ここに来るまでの間に乗っていた鉄の箱だった。
「あの荷車、この時間にも行き来しているんだな。中身はやっぱり穀物なのか?」
「ここからではわかりませんね。幸いにも倉庫街を目指しているようですし、そこでハッキリするのではないでしょうか?」
そんな話をしながら大通りの光景を映写玉に収めていると、我々は倉庫街にまでたどり着いた。ほとんどの倉庫は扉が開いていて、中には小麦粉が詰め込まれた鉄の箱が積み上げられている。
しかし、よく見ると側面に書かれている絵……いや、文字だろうか?とにかく、その文字が倉庫によって異なっている。あれはナカミの違いを意味しているのかもしれない。麦以外にも何かを作って保管しているのだろう。
「港を見ておきたいから、倉庫街を抜けるぞ。サソリ君は万が一に備えてここの屋根の上で待機。透明化を解除して、敵に紛れ込む。敵とすれ違う時に侵略軍式の敬礼を忘れるなよ」
「……本気ですか?」
「ああ。こそこそするよりも、堂々としてた方が怪しまれないって相場は決まっているからな!」
我々は倉庫街の近くにある民家から様子を窺っていたのだが、マルケルスはその奥にある港を調査するべきだと判断したらしい。私をここに残し、姿を堂々と曝した状態で倉庫街を通り抜けようと言い出した。
ミカは言外に止めようとしていたものの、マルケルスはやる気満々である。仕方なくリンネは霊術を解除して姿が見えるようにしてから、三人で倉庫街へと歩いていった。
民家の屋根の上で待機していた私は、見下ろすようにして三人を見張っておく。正直に言って、最初はすぐにボロを出して大騒ぎになると思っていたのだが、意外なことに全く見咎められなかった。
その理由は三人がちゃんと侵略軍式の敬礼を行っていたからだ。顔がわからない装備で同じポーズをすればバレにくいのだろう。すれ違い様に他の部隊に話し掛けられても、適当に笑って誤魔化している。三人とも演技は上手なのかもしれないな。
それからすぐに三人の姿は私の位置からは見えなくなってしまう。問題が起きた時に即座に動けるように警戒しつつ私は屋上で待機し続けていたのだが……三人は平然と戻って来た。おいおい、本当に成功したのか?
「待たせたな。重要な情報を幾つも入手したぞ。次は最後の目的地、城壁の方に行こう」
戻ってきたマルケルスは、真剣な声色でそう言った。てっきり作戦が成功したことを得意気に自慢すると思ったのだが……どこか暗さすら感じてしまう。それはミカとリンネも同じであった。
一体、三人は何を見たのだろうか?聞きたいような聞きたくないような、複雑な気分になってしまう。私の疑問を解消する間もなく、我々は最後の目的地を目指すのだった。




