潜入任務 その五
「ただいま戻りました」
「クチャクチャ……うおっ!?」
マルケルスと共に一言も発することなく、しかし乾燥させた魚を齧りながら待機していると、想像よりも早く二人は戻ってきた。私は霊力の気配で察知していたものの、やはりマルケルスにはわからなかったようで驚いている。
リンネはジトッとした目付きで私達を見ている。マルケルスは慌てて口の中に残っていた魚の肉を飲み込むと、非難めいた視線を私に向けてきた。知っていたのなら教えろとでも言いたげである。教えるも何も声を出したくない私が、自分から話し掛ける訳がないだろうが。私は気にすることなく、ボリボリと骨ごと平らげた。
「コホン。見付かったりは……していなさそうだな。映写玉を返してもらえるか?」
「どうぞ。お受け取りください」
あの道具は映写玉と言うのか。ミカが返却した映写玉を受け取ったマルケルスは、保存されていた映像を麦畑の中で見始める。私は複眼で映っている映像を見たが、ほとんどは建物の中身ばかりで良くわからない。しかし、マルケルスは真剣な顔付きで映像を眺めていた。
その中で驚いたのは、侵略軍の兵士の中身が映像として残っていたことである。青色の肌をしたヒト種など見たこともない。驚くのも無理はないだろう。ただし、マルケルスは知っていたようで特に反応することもなく次の映像に変えてしまったが。
「収穫した麦の集積所なのだろうが……何とも凄まじい量だ。ひょっとして全ての塔の中がこうなっているのか?」
「その可能性は高いかと思われます」
「その予想が正しいのなら、ここにある食糧だけで大軍を養っても有り余るほどだぞ。それに加えてまだまだ収穫出来る作物はあるし、な」
そう言ってマルケルスは自分の近くにある麦の茎を掴んで軽く揺らす。とにかく、二人が侵入したことで判明したのは侵略軍は熱心に食糧を生産していることである。それがどれほど重要な情報だったのかは私にはわからなかった。
それからマルケルスはしばし沈黙しつつ何かを考えている。その後、やるしかないかと言いながら考え事を止めて我々を見据えつつ口を開いた。
「リンネ、ほとんど動かない状態ならば四人の姿を消すことは可能か?」
「動かないのなら、余裕。四人全員が激しく動くのなら……出来たとしてもほんの数秒だけ」
「それなら十分だ。聞け、三人とも。これから我々はあの施設から運ばれている物資がどこまで行くのかを調査する。そのために姿を消してあの鉄の箱に飛び乗るぞ」
おいおい、とんでもないことを言い出したな?今もひっきりなしに鉄の箱は行き来しているが、あれに飛び乗るなんて、気付かれる危険性は非常に高い。姿を消していても、物理的な接触による衝撃は伝わるのだから。
しかしマルケルスは勝算はあると考えているらしい。彼はスッと鉄の箱に向かって指を差す。彼が注目していたのは鉄の箱の後ろにある扉、その両脇にある金属の棒であった。
「あそこに掴まればバレにくいだろう。見付かった時には全力で逃げる。これで行こう」
正直に言って勘弁して欲しいのだが、マルケルスは妙案であると自信満々だった。私は複眼で二人の顔を見ると、ミカはいつもの微笑みを浮かべ、リンネは霊術を使うべく霊力を密かに高めていた。これは逃げられないか……腹を括るしかないか。
私達はミカを先頭に麦畑を移動する。そして帝国の街道の側にやって来るとそこ伏せて好機を待った。侵略軍は帝国の都市は破壊しても、街道はそのまま利用しているようだ。
麦畑に伏せながら細かいことをきめた我々は、リンネの霊術によって姿を消す。お互いの姿は見えているので、本当に私の姿が透明になっているのかはよくわからない。ここはリンネの霊術を信じるとしよう。
「そろそろ行くぞ……私に続け」
まずマルケルスが麦畑から飛び出した。目の前を走る鉄の箱、その後ろにある金属の棒を掴んで身体を固定する。マルケルスの策は成功したのである。
「行きますよ」
「……うん!」
それに続いたのはミカとリンネだった。霊術の制御に集中しなければならないリンネは、我々のように走り回るのが難しい。それをミカがサポートするのだ。
ミカはリンネを横抱きに持ち上げると、跳躍してマルケルスが飛び付いた鉄の箱の後ろを走る一台の天井に着地した。その動きは軽やかであり、鉄の箱は全く揺れていない。あの動き、参考にさせてもらおうか。
最後に私も三台目の鉄の箱に向かって低い姿勢から跳躍し、その天井に着地した。ただし、ミカのように二本の脚で柔らかく着地するのは難しいと判断したので四肢の全てを使っている。あれほどの身のこなしを私も出来るようになりたいものだ。
鉄の箱は馬が駆けるほどの速度を保ちながら移動し続ける。全く減速する様子を見せず、舗装された街道を順調に進んでいく。その左右にはやはり背の高い麦畑が広がっており、風を受ける度に柔らかな音と共に穂が揺れていた。
(おや?)
このまま永遠に麦畑が続くのかと思いきや、しばらくすると畑は急に途切れてしまった。その代わりに広がっているのは見渡す限りの荒野だった。いや、地面に残る刈り取られた麦の茎からして、ここは収穫された後の畑なのだろう。その様子もマルケルスは映写玉に納めていた。
荒野のようになった収穫後の農地を夕暮れ時になるまで進んだ頃、何の変化もなかった視界にようやく変化が訪れる。街道の先に大きな港街が見えてきたのだ。
元は帝国の港街だったと思われるその場所は、例外的に破壊されずにそのまま利用されているらしい。今いる街道は港街よりも少し高い位置にあり、上から見下ろす形になっていて港街の全容がよく見えるのだ。
港街は侵略軍が新たに作ったのだろう金属の分厚い三重の外壁に囲まれている。たった一つの外壁を攻略するのにも苦労すると言うのに、三重にされているのだ。当然のように三重の外壁には無数の筒状兵器が設置されていて、その堅牢さは砦の比ではない。あそこを奪い返すのに何人死ぬことになるのやら。
港の海側には黒くて大きな……金属製と思われる船が三隻も停泊していた。漁師小屋の前に打ち上げられていた小舟とは大きさも形状も何もかも異なる。表面だけ金属を張っているのか、それとも全てが金属製なのか。この距離からではどちらかはわからなかった。
しかし、ただ一つ言えることがある。それは全ての船に火吹戦車に搭載されていた大型の筒状兵器、あれを上回る大きさの兵器が幾つも搭載されていることだった。
(正確な威力はわからないが、火吹戦車のそれよりも威力が低い訳がない。あれを海の上から撃たれたら一方的にボコボコにされそうだ)
私は船と壁を見ながら唸っていると、視界の端にいるマルケルスが降りろというハンドサインを送ってきた。マルケルスが最初に飛び降り、次にミカ達、最後に私が飛び降りた。
これまでのように麦畑が広がっておらず、隠れる場所は皆無に等しい。故に我々は街道の横で伏せ、鉄の箱の行き来がなくなるのをじっと待ち続けた。
街道から鉄の箱がいなくなったのは夕陽が完全に沈んでから少し後ことだった。我々は周囲に敵の気配がしないことを確かめると、リンネの霊術を解除して海側へと移動する。ここまでずっと霊術を使いっぱなしだった彼女はかなり疲労しており、ミカはそんな彼女を抱えあげたまま先頭を歩いていた。
海辺にたどり着いた我々だったが、昨日のように都合の良い屋根のある人工物は見付けられなかった。ただこの辺りの海辺は砂浜ではなく岩場になっていたので、我々は大きな岩の陰に身を潜めた。
「聞いてくれ。明日はさっき見えた港……地理的に考えて間違いない。あれはを調査カルネラ港だ」
小さな焚き火を囲みながら、マルケルスはカルネラ港について軽く教えてくれた。まず前提としてカルネラ港は帝国の北東部に位置する帝国でも五指に入るほど大きな港である。近くの海域に豊かな漁場があって多くの帝国屈指の漁獲量を誇ると言う。
陸地のすぐ側の海の水深がとても深く、大型の商船を停泊させられることが可能な貿易港でもある。そして帝国軍が今の勢いに乗じて奪還しようと狙っている目標でもあるのだ。
「明日はあそこを調査するぞ。可能なら潜入して、なるべく多くの情報を入手する。何か質問はあるか?」
マルケルスよ、お前は正気か?ミカ達が侵入した砦よりも遥かに警備が厳重そうな港に潜入するなど、自殺しに行くようなものじゃないか!行きたくないなぁと私が思っていると、ミカはスッと手を挙げた。
「マルケルス様。我々の指揮権が貴方にある以上、侵入せよと命じられれば全力で取り組ませていただきます。しかしながら、あの港街への侵入が困難であることはご存知でしょう?ただ死にに行けと命じられるのは……」
「大丈夫だ。侵入経路には心当たりがあるからな。これを見てくれ」
そう言って自信ありげにマルケルスが懐から取り出して広げたのは、一枚の大きな紙だった。そこには複雑な迷路のようなものが描かれており、左上には『カルネラ港地下排水路経路図』と記されていた。
「カルネラ港は今でこそ大きな港街だが、元々は小さな漁村だった。それが交易の利益によって都市国家を形成した後、当時の大国に併合された。それからこの港街は支配する国々によって少しずつ拡張され、帝国も多額の投資を行って今の大きさになったんだ」
「それがこの地図と関係があるのでしょうか?」
「ああ、大いにあるぞ。カルネラ港の土地は水はけが悪く、そうやって拡張すると同時に排水用の地下水路も整備されて行ったんだ。支配した国々は港を拡張する度に地下水路も拡張したから、水路はまるで迷路みたいになっている。そこを使って忍び込むのさ」
鼠のようにな、とマルケルスはニヤリと笑った。正面突破ではなく、多少は作戦があって安心した。しかし、地下水路を敵が警戒していないとは思えない。そこをすり抜けるのは容易なことではないだろう。
結局はミカの索敵とリンネの幻術に頼ることになりそうだ。私の役割は万が一見付かった時に戦うことだろう。私は覚悟を固めながら、夜の見張りをするのだった。




