潜入任務 その四
翌朝、ミカは仕掛けた籠一杯に入っていた海の魚を手早く解体してから我々に振る舞う。調理法は昨日と同じく焼くだけというシンプルなものだった。
ただし、昨日違ってここは敵地だ。煙が目立たないように、焼いた時に出る煙はミカが霊術で風を操って散らしている。思っていたよりも器用なことが出来るようだ。
私は魚を頭から尻尾の先まで、骨ごとバリバリと完食した。昨日と同じく骨まで食べる私に向かって三人は微妙な視線を送ってくる。そんな目で見られても……骨だって食べられるし、大体骨だけを避けて食べる方が面倒だろう?どれだけ非難されようが、骨ごと食べることを止めるつもりはなかった。
ミカは呆れた顔をしながら、解体した魚に対して何かの霊術を使っている。どうやら水分を奪って乾燥させる術らしく、魚はカチカチになっていた。昨日の夜に食糧がどうのと言っていたから、その足しにするのだろう。長く活動するためには現地で補給することも大切らしいな。
「さて、今日はあの施設を密かに調べたい。何か策はあるか?」
その間にマルケルスは例の道具を取り出して、その内側に塀に囲まれた幾つもの塔が建ち並ぶ施設を映し出してそう言った。メチャクチャに破壊するのならともかく、密かに調査するのは難しい。何故なら、私には太くて長い尻尾があるからだ。
幾ら気配を消すのが得意と言っても、私はカタバミのように姿を消す霊術は使えない。物理的に身体が大きな私は、どうあっても見付かってしまうだろう。
「私が行く。幻術は得意だから」
そこで手を挙げたのはリンネだった。彼女は元々幻術が得意だった上に、幻夢羊と合成されたことでその力はより高まっている。姿を消すことくらいなんと言うことはないのだろう。
「私が……って、一人で行くつもりか?」
「四人の姿を同時に消すくらいなら簡単。でも消した状態を維持しつつ動き回るのは制御の難易度が跳ね上がる。私にはもう一人が限界」
なるほど、彼女の言い分はよくわかる。霊術とはただ威力の高い術よりも、繊細なコントロールを求められる術の方が難しい。毎日のように身体の中で闘気と霊力の制御訓練を行っている私はそれを十分に承知していた。
では誰が着いていくべきか。そこですぐに手を挙げたのはミカであった。
「なら、私が同行しましょう。気配を消すのは得意ですし、仮に見付かったとしても逃走も容易ですから」
「自信があるみたいだな?わかった、任せる。これを持っていけ。使い方はわかるな?」
マルケルスは映像を撮るための道具をミカに手渡した。ミカが頷きながら受け取ると、リンネの方を向く。その意図を汲み取ったリンネは、自分とミカに幻術を掛けた。
「おおっ!?とっ、透明になった!?」
「……」
幻術が発動すると同時にミカとリンネに姿がスッと消えていく。完全に周囲に溶け込んでおり、輪郭すら見ることが出来なくなっていた。マルケルスは驚きを露にして、キョロキョロと視線を迷わせていた。
しかし、霊力に敏感な私からすれば幻術の霊力を感じてしまうので何処にいるのかは一目瞭然だ。その分、接触するまで私に存在を覚らせなかったカタバミの器用さが際立つな。
「なるほど、過信は禁物ですね」
「……ちょっとショック」
私に気付かれていると知ったミカは完璧ではないと知って自らを戒め、リンネは悔しげに呟いた。私も注意していなければ見逃し兼ねないほどに気配は小さいが、探知してみせる者がいると思った方が油断せずに済むと言うものだ。
二人は足音を立てずに施設へ歩いていく。万が一にも戦闘状態になったとき、私とマルケルスは施設に攻撃をして二人が逃げる時間を稼ぐことになるだろう。我々は麦畑の中で身を伏せつつ、外から施設を監視するのだった。
◆◇◆◇◆◇
姿を隠した状態のミカとリンネは、施設を囲む塀に空いた唯一の出入口から内部に侵入する。そこには門こそないものの、当然のように警備の兵士がいたので二人は慎重になってそこを通った。
幸いにも機鎧兵は冥王蠍の魔人ほど鋭い感覚は持ち合わせておらず、また鎧にもそのような性能はないらしい。二人は見咎められることもなく簡単に侵入すると、施設を囲む塀の内側を探索し始めた。
二人は余計な会話を交わさず、ハンドサインで意志疎通を図る。と言っても複雑な内容を伝える訓練は行っていないので、先行するミカが停止と前進を指示するくらいだった。
壁の内側を一周しながら、ミカは建物や巡回する兵士、それに火吹戦車とは趣を異にする荷車のようなものを映像に収める。一周し終わった時点で二人は次に施設の内部にも侵入しようと試みた。
そのためには扉が開くタイミングでその横をすり抜けるようにして入る必要がある。二人は施設の壁に身体を密着させつつ、好機を待っていた。
「それにしても、術が掛かっているお互いは姿を見ることが可能とは……便利な霊術ですね」
「魔人になる前は無理だった。魔人にされたことには思うところはあるけど、一人の霊術士としては喜ばしい……この力で仲間を救えるかもしれないから」
不意に生まれた暇な時間に、ミカはリンネを素直に称賛した。抑揚のない口調なのは今まで通りだが、彼女はどこか誇らしげに答えた。するとミカはほんの少しだけ悲しげな顔を見せた後、取り繕うように微笑みを浮かべてそうでしたかと言った。
その時、リンネはミカの中にある危うさとでも言うべき何かを感じ取った。彼女は思わず彼の服の裾を指で摘まんでしまう。ミカは驚いたようにその手をじっと見つめ、今度はリンネが取り繕うように言った。
「そっ……そう言えば昨日のご飯は焼いただけだったのに美味しかった。今度、料理を教えて」
「ええ、構いませんよ。おっと……!」
その時、二人が見張っていた扉が大きく開かれた。中から現れたのは十人ほどの機鎧兵で、二人は顔を見合わせて頷くとその隙間からスルリと施設内に忍び込んだ。
二人が入ったのは高い塔の一つだった。金属製の廊下を音を立てずに歩きつつ、内部を調査する。一階は兵士の詰所であるらしく、中には機鎧を脱いだ侵略軍の兵士が何人もいた。
鎧の内側にいる侵略軍の顔を見たのはミカもリンネも初めてだった。彼らの身体の大まかな形状はフル族と同じである。レカ族のように額に第三の瞳はないし、エル族のように耳が長くて尖っている訳ではない。
ならばフル族なのかとも思ったものの、どうやらそうではないらしい。黒い髪はともかくとして、その青色をした肌を見れば異なる種族なのは確実であろう。ミカはその姿をしっかりと映像に残した。
階段を見付けた二人はそこを登ったところ、その出口は二階になかった。折り返される階段をひたすら登り続け、ようやく見付けた出口は天井のほぼ近くであった。
「鍵が掛かっていますね。少々お待ちを……」
ミカは鍵穴に親指の腹をくっつける。その状態で彼が何らかの霊術を使うと、カチャリと音を立てて鍵が開いてしまった。
リンネは驚きと共に鍵穴に目をやったが、鍵穴にはこれと言った変化は見てとれない。ミカの手口が全く理解できない彼女は、扉の向こう側よりも鍵穴に夢中になっていた。ミカは苦笑しつつ、リンネの肩をポンと叩いた。
「霊術のことは後でお教えします。今は任務に集中しましょう」
「わかった。約束だよ」
リンネは後ろ髪引かれる思いで鍵穴から視線を外して扉の向こう側に行く。扉の先は張り出した足場になっており、二人の足場の近くにまで詰め込まれた大量の鉄の箱であった。
二人は映像を撮ってから、足場の柵を乗り越えて箱の上に降り立つ。そして箱の蓋を開けてみる。やはり全ての箱には鍵が掛かっていたが、ミカはこれも容易く解錠してみせた。
「これは袋ですか。中身は……小麦粉?」
「ひょっとして、ここにある箱の中身って全部が小麦粉なの?」
箱の中には麻布の袋が隙間なく詰め込まれている。二人が普通のヒト種であれば、無地の袋の中身が何であるかはわからなかっただろう。しかし魔人の鋭敏な嗅覚によって、その中身を臭いだけで特定していた。
試しに他の箱も開いてみると、その中身もやはり小麦粉だった。外の信じられないほどの規模の農場の収穫をこうして保管しているらしい。もちろん二人は箱の中身も映像に納めた。
二人が引き上げようかと思った時、塔の下から何か大きな音がする。二人は気を付けて隠れつつ上からその様子を盗み見ていると、塔の下にあったらしい観音開きの大きな扉が開かれた。
外から入ってきたのは塀の内側にもあった荷車のような鉄の箱だった。それと共に塔に入ってきた機鎧兵は小麦粉がギッシリと詰め込まれた箱を運び出し、その荷台に載せていく。その様子も二人はバッチリ撮影しておいた。
「ここは侵略軍の食糧生産と保管する施設と考えて良いでしょう。それだけわかれば十分です。脱出しましょう」
「うん」
二人は小麦粉の入った箱の鍵と入ってきた扉の鍵を閉め、音を立てないように注意しながら階段を降り、外へ出る機鎧兵の背後から施設の外へと出る。侵入した手順を巻き戻すようにしただけだが、それだけに簡単であった。
二人が出入口に向かうと、そこでは何台もの荷車のような鉄の箱が施設の内部に入ってくる最中だった。ミカはこの光景も映像に残しておく。塀の内側に入った三十台以上の鉄の箱が何をするのか。それが気になった二人は脱出を中断して再び塀の内側を見て回ることにした。
鉄の箱は二人が侵入した塔を初めとした何本もの塔の前に並んでおり、一台ずつ中に入ってしばらくしたら出て行くのを繰り返している。きっと二人が塔の中で見たように鉄の箱を載せているのだろう。その様子もミカは映像に残しておいた。
これでもう映すべきものは何もないだろう。そう判断した二人は、姿を消したままで出入口から出ていく鉄の箱の一台に掴まって脱出する。その後、マルケルス達が待つ場所を目指して麦畑の中をかき分けながら進むのだった。




