潜入任務 その二
昨日は投稿したと思い込んでいました。申し訳ありません。
深夜まで見張りをした後、交代するべく起きてきたミカに任せて私も目蓋を閉じる。そしていつも通りに浅く眠りながら闘気と霊力の制御訓練を行った。
夜の間は特に問題が起こることなく、そのまま朝日が上った。それと同時に私達は起床して、ミカは早速朝食の準備を開始する。それは昨日彼が仕留めた獲物の残りを持ってきたパンに挟んだだけのシンプルなものだった。
肉から流れる汁のお陰でふやけたパンは柔らかくなっていて、簡単かつ素早く食べられる。そこまで考えながら料理出来るミカは本当に凄いと思う。私なら昨日の夕食よろしく焼くだけ……いや、面倒だから生で食らうか。調理された方が食べやすいが、別に生でも大丈夫だからな。
「準備は出来たな?さあ、出発だ」
マルケルスの命令によって、我々はこのまま街道に戻らずに林の中へと向かう。最近は手入れされていなかったはずだが、人工林と言うこともあってそこまで荒れていない。歩くのに苦労はなかった。
林を東進して河口側へ向かうと、潮の香りが強くなっていく。海が近くなっているのだから当然だ。四人でひたすら東進し続け、遂に我々は林を抜けて河口へとたどり着いた。
河口部の岸は大きな岩から拳大の石まで、様々な大きさの岩石がゴロゴロと転がる河原なっている。広い川の中には中洲があってそれなりに背が高い草が繁っていた。
「さてと、じゃあ洞窟の入り口を探すぞ。存在することは知っていても、正確な場所は知らないからな。何、ヒト種が潜れるくらいに大きな洞窟という話だから、すぐに見付かるさ」
洞窟をこれから探すんかい。そこは調べておけよと言いたかったが、それは難しかったのだろう。大人数でこの辺りを調査していたら侵略軍に見付かる可能性は高いからだ。
私は河原で膝を着くと、右手の指を揃えた状態にして地面に突き刺した。その時に発生した音と振動を右手と両足で捉えることで、どこかに大きな空洞がないかどうかを調べようと思ったのだ。
だが、私の五感が鋭いと言っても流石に限界がある。石だらけという不安定な足場のせいもあり、地面の状態を掴むのは難しかった。それでも何度か繰り返せばわかるようなる気がする。私は手を河原から引っこ抜いた。
「……あそこか」
その時、ミカは一点を見つめながら歩いていく。まさか今ので場所の目安がついたのか?もしそうなら、私よりも遥かに優れた聴覚の持ち主ということになる。一体、何と合成された魔人なのだろうか?
ミカが向かったのは人工林と河原の境目にある大きな岩の近くだった。ペタペタと岩を触り、膝を着いて何かを調べてから立ち上がった。
「マルケルス様、恐らくはこちらかと」
「おお!もう見付けたのか!案内してくれ!」
ミカは先ほど調べた場所までマルケルスを連れていく。そして岩の下にある石を退けると、そこには錆びた金属製の扉が埋まっているではないか。
マルケルスは闘気を高めて筋力を増強すると、ふんっと気合いを入れて扉を開ける。そこには真っ直ぐに下へ続く梯子がかかっていた。梯子は思っていたよりも長く、底の方は私の視力でもうっすらとしか見えなかった。
「ここのようだな。先頭は……」
「私が参りましょう」
「わかった。一列になって進むぞ」
梯子を降りた後、マルケルスの指示に従って我々は一列になって狭い洞窟を進む。先頭はミカ、その後ろにマルケルスとリンネが続き、最後尾は私である。
梯子を降りてすぐの場所は人工的に掘られた道のようで、木材によって補強されていた。横歩きにならなければ進めないほど道幅は狭く、高さは平均的なヒト種の雄の身長ほどしかない。
洞窟を移動している間、リンネは胸が苦しそうにしていて、それ以外の三人は頭を下げながら進むしかなかった。流石は非常口、普段使いすることを想定していない不便さである。
洞窟は真っ暗だったが、先頭のミカが掲げるランタンによって明るく照らされている。これはマルケルスが持ってきたもので、霊力によって光を放つ便利な道具だった。
「人工の洞窟はここで終わりか……あー、狭かった!」
そうやってしばらく進むと、人工の洞窟から広い洞窟に出た。マルケルスは解放感から大きな声を出しながら身体を伸ばしている。リンネは痛そうに胸を触り、ミカと私は平気だったので棒立ちしていた。
その間に洞窟の中を見渡してみる。細くて尖っている岩が垂れ下がる天井は高く、幅も五人ほどが並んで歩けるほどに広い。少し温度は低く、チョロチョロとどこかで水が流れる音が聞こえてくる。地面はほとんどがむき出しの岩肌であるが、所々に苔や茸が生えていた。
生物の気配はするが、どれも非常に小さくて弱々しい。恐らくは苔や茸を食べて生きている虫や小動物なのだろう。危険な感じは全くしなかった。
「ふぅ!ちょっと貸してくれ。次は……おっ、話に聞いた通りだな」
身体を伸ばし終わったマルケルスは、ミカからランタンを受けとると人工の洞窟の出口辺りを照らして何かを探す。すると、苔がびっしりと生えた何かの看板を見付けた。
彼は看板の文字が見えるようになるまで苔を払う。そうして現れた看板には右向きの矢印の上に『向こう岸』と、左向きの矢印上に『地底湖』と刻まれていた。なるほど、これでどちらが出口かわかったな。
マルケルスがミカにランタンを返した後、我々は再び一列になってから右側に向かって再び歩き出した。洞窟は緩やかな上り坂になっている。このまま地上に繋がっているのかもしれないな。
ただし、ここは自然の洞窟であるが故にとても歩きにくい。段差になっている場所が多く、地面も整地されていない上にほんのりと濡れている。横穴や分かれ道などがないのは不幸中の幸いと言ったところか。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがと……」
この四人の中でリンネは最も身体能力が低いようで、高い段差があると登れないことがあった。その度にミカが腰を抱いて飛び上がってやる。ミカは普段通りなのだが、その度にリンネは顔を赤く染めていた。
そんな二人をマルケルスはニヤニヤと見ている。私はどうしてマルケルスがそんなことをしているのかがわからず、首を捻るばかりであった。
「マルケルス様、あれを」
「ああ、あれだろうな」
そうしてしばらく洞窟を進んでいると、先頭のミカが何かを見付けて指差した。そこには降りてきたのと同じような横穴が壁にある。洞窟そのものは地上にまで繋がっているのかもしれないが、我々の目指す出口はここで良いようだ。
私達は同じように狭い洞窟をズリズリと音を立てつつ進む。その先にはやはり梯子が掛かっていて、そこを上っていく。先頭のミカが天井の蓋を押し上げ……ようとしたものの、何かが引っ掛かっているのか持ち上がらない。ミカは闘気を使って身体を強化したが、やはり持ち上がらない。仕方なく我々は梯子を一度降りることにした。
「ううむ、どうするべきか……そうだ。えっと……何と言う名前なんだ?」
マルケルスは私の方を見て名前を尋ねる。しかし私には名前と言うものが存在しない。故に私は無言で首を振るしかない。そんな私を見て不思議そうに首を傾げるマルケルスに、ミカはフォローを入れた。
「マルケルス様、彼に名前はないのです」
「名前が、ない?ヒト種だった時には名前があったのだろう?」
「それは……ぐうっ!?」
ミカが何かを話そうとした瞬間、彼は胸を押さえてその場で崩れ落ちた。膝を着いて苦しそうに荒い息を吐くミカにリンネは慌てて駆け寄り、その背中を優しく擦る。その状態はしばらく続いた。
「おい、どうした!?」
「だ、大丈夫です……落ち着きました。申し訳ありません。どうやら話してはならないと命じられた事項に当たるようです。私の口から申し上げることは出来ません」
「そうだったのか!悪かったな。じゃあ……サソリ君と呼ぼう。君は白機兵の装甲を斬り裂いたと聞いている。その力で扉とそれを塞ぐものを破壊してくれるか?」
私はマルケルスの腰の低い命令に頷くと、梯子を素早く上っていく。そして扉を前にして私の鋏を使って作られた黒い剣を抜き、有らん限りの力を籠めて扉に叩き付けた。剣は金属の扉を斬り裂き、その向こう側にあった何かにめり込んでしまう。私が力付くで剣を引っこ抜くと、その刃には細かい木屑がこびりついていた。
恐らくは扉の上に倒木がのし掛かっているのだろう。人工林の木が倒れたのか?とにかく、扉も倒木もこの剣で破壊するしか開ける方法はなさそうだ。
私は何度も何度も剣を扉に叩き付け、扉とその上の倒木を斬り刻んでいく。数十回ほど叩き付けたところで、上からビキッと言う倒木に致命的な亀裂が入った音が聞こえてきた。
後はもう力押しで大丈夫だろう。私は梯子に密着するように身体を寄せると、ボロボロになった扉に向かって尻尾を振るった。
けたたましい轟音と共に扉は吹き飛び、その上にあった倒木は完全に折れて飛び散っていく。扉がなくなった出口からは明るい陽光が射し込み、私は思わず目蓋を細めた。
光が射し込んだことに気付いた三人は梯子を登り始めたらしい。その前に穴の外に出た私は、周囲の安全を確認した。
出口は人工林の真ん中にあるのか、周囲は木に囲まれている。扉は人工林の中にあった小屋か何かの中にあったらしい。どうやら倒木によって小屋ごと扉は塞がれていたのだ。
「おお、派手にやったな。適当に隠蔽してから占領地に向かうぞ」
私が力任せに破壊したせいで、その上にのし掛かっていた全てが飛び散ってしまった。これは確かに目立つだろう。私は率先して扉の残骸と木の破片を集め、地面に穴を掘って埋めた。
そうしている間にミカとリンネは穴への出入口の上に枝を置き、その上に土を掛け、更にその上に葉っぱを被せる。そうしてパッと見ただけでは何の違和感も感じない状態になった。
それから日が傾くまで人工林に潜伏し、時期を見て人工林の北側へと向かった。人工林の木々を抜け、その外側に出た我々は見た。黄金に輝く一面の麦畑を。




