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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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潜入任務 その一

 神に祈っていたミカは、夜明けの直前に自分の天幕へと戻って行った。入れ替わるようにして野営地に近付いてくる者達がいる。馬の上に乗った十人組で、その内の二人はマルケルスとデキウスであった。


 そして残りの帝国兵が誰なのか私は知らない。普通に考えれば二人と同じ部隊の者なのだろう。マルケルスは前から二番目にいることから、先頭を歩くのは隊長だと思われる。身に付けている甲冑の豪華さからもそれは明らかだった。


 しかし、その気配はとても貧弱である。背丈はマルケルスよりも高いものの、とても身体付きはまるで枯れ木のように細い。顔色は病的なほどに青白く、蛇を彷彿とさせる細長い目をしていた。


 マルケルスを筆頭にデキウスも他の者達も中々の強者だ。それなのに最も偉そうな者が群を抜いて弱そうに見える。私が見抜けないほど力を隠すのが上手なのかとも勘繰ったが、そうではないらしい。本当に弱いのだ。


 ヒト種の社会は強さが偉さに直結するとは限らないことを私は知っている。実際にこの複眼で見た皇帝は威厳こそあれど強さはさほどではなかったし、控える親衛隊の方が強かった。だからそれが軍隊にも適応されることには驚いただけで、不思議に思うほどではなかった。


「全員、起床!」


 騎兵達が野営地にたどり着いた時、マルケルスが声を張り上げて命令する。ほとんどの魔人達は音で彼らの存在に気付いており、天幕の中で既に目を覚ましていた。それ故に命令されると同時に素早く天幕から飛び出して整列する。


 その動きはとても洗練されていて、出遅れた私は混ざることは出来なかった。荷台の上から降りた私は、仕方なく最前列に並ぶ。その横には同じく出遅れたらしいミカが立っていた。


「全員、傾聴。こちらは帝国軍第一師団、第八連……」

「能書きは良い」


 例の隊長らしき痩身の雄は心底面倒臭そうに、マルケルスの口上を切り捨てる。目を閉じて一礼するマルケルスを侮蔑するように鼻を鳴らしてから、その雄はハッキリとこう言った。必ず成果を上げろ、と。


「貴様らのような得体の知れない化物を受け入れてやったのだ。キビキビ働いて成果を上げろ。さもなくば死ね。死んだら死体は残さず、骨まで燃やせ。以上だ」


 一方的に言い捨てると、隊長らしき雄は馬首を反して帝国軍の方へ帰っていく。十人中五人はそれに追従して去っていき、残ったのはマルケルスとデキウスを合わせた四人だけだった。


 マルケルスは一度大きく深呼吸をしてから馬からヒラリと降りる。同じように他の三人も下馬してマルケルスの背後に整列した。


「これより潜入任務及び周辺の警戒任務を開始する。潜入任務はこの私が、警戒任務はデキウスが指揮を執る。質問がある者はいるか?」


 そんな者はいないと知っているだろうに、マルケルスは我々に問いかける。やはり誰も質問をすることはなく、マルケルスは真面目そうな顔付きで頷いた。


「よろしい。早速だが、潜入任務に向かう。三人は己の装備を取ってから私の元へ戻って来るように」


 マルケルスの命令に従って、私達三人は荷台へと自分の武器を取りに行く。私はハタケヤマが作った二本の剣、ミカは大振りの短剣と数本の投げナイフ、そしてリンネは霊術に使うのだろう短めの杖を手に取った。


 私達がマルケルスの元へ集まると彼はガチャガチャとやかましい鎧を脱ぎ、簡素な革鎧に着替えていた。指揮を執ると言っていたからもしかしてとは思っていたが、マルケルスも自ら潜入すると言うことらしい。


 危険度は高い任務だが、帝国兵が同行するのは当然だ。何故なら、我々には入手した情報を持ち帰っても報告する方法がないからである。


「着たか。では早速、占領地へ行くぞ」

「かしこまりました」

「うん」

「……」


 ミカは丁寧に、リンネは抑揚のない声で、私は無言で頷く。三者三様の返しにマルケルスは気を悪くするどころか楽しそうに笑ってみせた。


 他の魔人達に何か指示をしているデキウス達を残し、我々は野営地の北へ向かって出立する。街道の上を徒歩で移動している間にマルケルスは様々が語った話によると、北には底が深くて幅も広い川が流れていて、その向こう側は完全に侵略軍が支配しているそうだ。


 川の両岸は領主の一族が植樹した広大な人工林になっていて、侵略される前は林業が盛んでこの地域の特産品だったとか。良質な材木や高級な木工細工は、帝国の高い階級の臣民に人気だった。


 だが、そんな特産品は帝国から消えつつある。その理由は、林業に従事していた労働者も木工職人も、その多くが侵略軍に虐殺されたからだ。領主の一族もまた侵略軍との戦いでほとんど戦死しており、生き残ったのはまだ幼い子供が一人だけ。復興するのに何年かかるのか、想像もつかないとマルケルスは嘆いていた。


 閑話休題。今私達が歩いている街道を進んだ先には、少し前まで川の上に掛かった大きな橋があったそうだ。最初は帝国軍が撤退するときに破壊したのだが、侵略軍が瞬く間に再建した後、砦の攻防戦で侵略軍が撤退したときに再び徹底的に破壊されたのだとか。


 今は前線基地となる砦の建設中なので、橋の再建についての目処は立っていない。それ故に必然的に帝国軍も侵略軍も偵察するためには川を渡り、その岸にある林を越えなければならなくなったのだ。


 デキウス達の任務は川を渡ってこの林に潜伏している侵略軍の兵士がいるのかを警戒しつつ、もしも発見したら即座に撃破することである。そして逆に我々は侵略軍が警戒しているであろう向こう岸に渡らなければならない。川を渡りきる前に見付かれば、あの筒状兵器でボカスカ撃たれる気がするのは私だけだろうか?


 早朝に出発して幾度か小休止を挟みながら北へと進み、人工林が見えてきたのは陽が沈みつつある夕暮れ時だった。このまま夜の闇に紛れて川を渡るつもりか、と思ったがマルケルスは別の方法で向こう岸に行く方法を知っていると言い出した。


「実は戦線がここまで下がる前、父親がこの地域で林業に従事していた戦友がいたんだ。彼は戦いで死んでしまったが……その時に聞いたのさ。河口の近くに向こう岸に続く地下洞窟があるってな」


 地下洞窟……そんなものがあるのか。何でも橋が崩れた時に、どうしても向こう岸に行かねばならない者達が使う非常口であるらしい。地元の者達でも知らない者が多いそうだ。


 これはマルケルス本人の知識ではなく、あくまでも伝聞でしかない。それ故に正確な場所を彼も知らず、明日はその捜索から始めるそうだ。


 何とも大雑把と言うか、行き当たりばったりと言うか。計画と言うのも烏滸がましい計画である。私は少しだけ飽きれつつ、マルケルスに従って街道から外れた林の近くの草原で一晩を過ごすべく野営の準備を始めた。


 こう言う仕事は誰よりもミカが得意であった。彼は一人でテキパキと準備を整えていく。短剣で雑草を刈り取り、林から拾ってきた薪で火を熾し、投げナイフで空を飛ぶ鳥と草原を駆ける野兎を仕留めてあっという間に処理をして火に当てる。この焼いた肉と持ってきた携帯食糧が今日の夕食であった。


「……手を出す隙がなかった。意外と言っては失礼かもしれないが、随分と手慣れているじゃないか」

「恐縮です」

「それに、ムグムグ……うん、旨い!絶妙な火加減だ!料理も上手なんだな!」


 マルケルスはミカの手際に称賛の言葉を送る。ミカは言葉短く返した。マルケルスが食事は全員で食べれば良いと言ったので、我々は焚き火を囲んで夕食を食べ始める。カリカリに焼けた皮とジューシーな肉が美味だと味の感想を述べつつ、マルケルスは野鳥を夢中で食べていた。


 私はミカに渡された野兎を食べる。肉を骨ごとバリバリと顎で噛み砕いてから飲み込むと、他の三人は信じられないものを見る目を向けて来た。何か変なことをしたのだろうかと思ったが、よく見れば三人は骨は食べていない。ああ、骨は残すものなのか。もったいないから私は食べるのをやめないが。


「す、すごい顎の力だな……彼は昔からそうなのか?」

「申し訳ありませんが、詳しくは存じ上げません」

「と言うと?」

「この二人、贖罪兵じゃない」

「……何だって?」


 リンネが小さな口で野鳥の肉を齧りながらそう言うと、マルケルスは驚いたように目を見開いた。どうやら私とミカが魔人になった経緯を知らないらしい。それはそうか。私はともかく、ミカの方は事実を教えられないだろう。なにせ帝国とカレルヴォが結託してオルヴォの研究を奪った事実を知っている生き証人なのだから。


 証人となり得るのに、カレルヴォは何故ミカを殺さなかったのか。情があったから……ではなかろう。弟への嫉妬に駆られて殺した挙げ句にその研究を奪うような見下げ果てた奴だ。逆恨みして苦しませようと思ったのかもしれない。何にせよ、本当の所はカレルヴォにしかわからないがな。


 事情を知らないマルケルスは片手で口を覆って何かを考えてから疲れたようにこう言った。事情を聞いても良いものか、と。


「あの後、君達について渡された資料は全て読んだ。そこには全員が贖罪兵だったと記載されていたよ。君達の言うことが真実だとすれば、何者かが意図的に隠蔽した何かがあると言うこと。深く踏み込むと文字通りの意味で私の首が危ない」

「……」

「しかし!私の中の好奇心が告げている!気になるのなら聞いてしまえ、と!」


 ……この雄、実は馬鹿なんじゃないか?好奇心のままに危険だと知った上で首を突っ込むなんて、私には理解出来ない行動だ。


 しかも自分の命を危険にさらすかもしれないと分かった上で、昨日のラピ達と同じ純粋な好奇心をその瞳に浮かべている。本気で知りたがっているようだ。


「で、どうなんだ?」

「答えられません。口にすることは主人より禁じられていますので」


 それについてミカは朗らかな笑みを浮かべつつ、丁寧な口調でバッサリと拒否した。そりゃそうだ。ベラベラ話されたら困るから、制限の一つや二つは設けているに決まっている。


 では私が知っていることを暴露するか?そんなことをする訳がない。教えることにメリットはないし、何より自ら面倒ごとを起こしたいとは思えないからだ。


 それからは自然と会話は少なくなり、火の番を決めてから就寝する。最初の火の番となった私は、定期的に薪を放り込みながらパチパチと燃える焚き火を見て癒されるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マルケルスは良い奴だけど早死にしそうだなぁ... [気になる点] 主人公はカレルヴォに隷属させられてるけど従軍中の命令権は誰に与えられてんだろ?カレルヴォはついてきてないし。 妖狐娘もいつ…
[一言] マルケルスなー、早死しそうなんだよなあこういう知りたがりは
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