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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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任務の前の一時

 全ての戒めから解放された私だったが、だからと言って明日になるまでやることはない。帝国兵の天幕から離れたこの場所で朝になるまで待機するようにマルケルスから指示されたからだ。


 ティガル達は既に手慣れた様子で野営の準備を行っている。私も手伝おうかとも思ったのだが、これまでの行軍の間に彼らだけで役割分担が出来ているらしい。私が割り込む隙はなかった。


 やることもなかったので、私は荷台の後ろの車輪に背中を預けて地面に座ってから目的もなくぼうっと空を眺める。するとその辺で草を食んでいた牛と馬……いや、シユウとアパオだったか。とにかく二頭は私の方に寄って来て、すぐ隣に腹這いになると頭を擦り付けて来た。


「ブモブモ!」

「ヒヒィン!」

「……ががぁ」


 何故かはわからないが懐かれているのは間違いないし、それを私は嫌だとは思っていない。仕方がないのでミカの見様見真似で二頭の頭をワシワシと撫でてやった。


 すると嬉しそうに尻尾をブンブンと振り始める。そんなに嬉しいものなのだろうか?喜んでくれるのならこのまま撫でてやろう。


「……?」

「「「じぃー……」」」


 私がシユウとアパオを撫でていると、背後の荷台から私達を見る者達がいる。こっそりと見ているつもりかもしれないが、ヒト種と違って後ろにも複眼がある私には全てが見えていた。


 視線の主はレオやケルフなどの子供達である。どうしてこっちを見ているのかはわからないが、どこか羨ましそうな表情をしていた。


「わあっ!?」

「ケルフ!?」


 身を乗り出して私達を見ていたからか、子供達の一人であるケルフが足を滑らして落ちてしまう。レオは慌てて手を伸ばすが、惜しいところですり抜けてしまった。このままでは頭から落ちてしまうだろう。


「ぐえっ!?あれ?浮いてる?」


 それを見ていた私は反射的に動いていた。荷台の下に通していた尻尾を伸ばし、ケルフの腹に優しく巻き付けて落下を防いだのである。ゆっくりと地面に下ろしてやると、ケルフはすぐに立ち上がって……荷台に戻らずに私の前まで走って来た。


「アニキ、ありがと」

「……」


 私は気にする必要はないと軽く首を振ってやる。それで荷台に戻るかと思われたケルフだったが、その場で立ったままじっと私を見つめている。何だ?まだ何か用があるのか?


 そんな風に立ち続けるケルフに興味を持ったのは牛のシユウだった。シユウはケルフに鼻を近付けてからクンクンと臭いを嗅ぎ始める。ケルフは恐る恐る手を伸ばして、その鼻面を優しく撫でてみた。


「ブモォ~」

「あったかいね!」


 シユウが気持ち良さそうな声で鳴くと、ケルフは笑顔になって首筋に抱き着いた。それを見ていた子供達は我慢できないとばかりに荷台から降り、シユウとアパオにくっつき始めた。


 どうやら行軍の最中は基本的にずっと荷台にいたが、本当はこうして二頭と触れ合いたかったらしい。牢屋にいた時も一緒に歌っていたし、二頭は子供達の人気者のようだ。


 二頭とも嫌がる素振りを見せず、それどころかレオが調子に乗って背中によじ登っても振り落とすどころかもっと乗れとばかりに鳴いてみせる。子供達は大喜びで我先にと背中へ登っていった。


「あんまり騒ぎ過ぎんなよ、ガキ共」

「あらあら、元気ねぇ」


 シユウとアパオと共に遊ぶ子供達を見て、ティガルは苦笑しながら注意してシャルは楽しそうに笑っている。行軍中と違って他の帝国軍から離れた場所で野営しているので、少し騒いでも見咎められない。その解放感から子供達がはしゃぐのを大目に見ているようだ。


 子供達と戯れる二頭の間に挟まれる形になった私は、邪魔にならないように黙って座っていた。すると子供達の中で最も幼い雌が二頭の間をすり抜けて私の前にやって来た。


 カダハ隊の名前は……そう、ラピだったか。一体何の用だろうか?もしかして小さくてシユウとアパオに登れないから、乗せて欲しいのかもしれない。もしそうならさっさと乗せてやろう。


「あにき~」

「?」

「むふ~」


 しかし、ラピは思いも寄らない行動に出た。何と私の太腿の上にちょこんと座ったのである。そして私の身体に寄り掛かると、無垢な瞳で見上げながら私の顔に手を伸ばして来た。


 ラピは臆することなく私の下顎をペタペタと触る。その感触が気に入ったのか、触っているだけなのにキャッキャと喜んだ。次に頬の鋏にも手を伸ばすが、幼いが故に届くことはなかった。


「む~!」


 手が届かなかったことに機嫌を悪くしたラピは向かい合うように座り直すと、太腿の上で膝立ちになって鋏をむんずと掴んでからグイグイと引っ張った。こらこら、痛くはないが危ないぞ?鋏で手を切らないように、私は鋏を開かないように意識した。


 ラピは鋏を引っ張ったり戻したりを繰り返し、最後には鋏の根本を両手で掴んでぶら下がっている。体重がもろにのし掛かるが、ラピは軽い上に私の鋏は頑丈だ。そのくらいで千切れることはない。むしろ鋏を揺らしてやるとラピは大喜びしていた。


「むふふ~!」

「コラッ!アニキに失礼だろ、ラピ!」


 ラピが私の鋏で遊んでいることに気付いたレオが叱りつける。だがラピは鋏からは手を放したものの、私の太腿から降りることはなかった。レオが続けて何か言おうとしたものの、今度は別の子供達が私の方に寄ってきた。


「尻尾、固ーい!」

「尻尾、長ーい!」


 子供と言うものはかくも物怖じしないものなのか。私の尻尾をツンツンとつついたり、ペチペチと叩いたりしている。私はゆっくりと尻尾を揺らしてやると、子供達は楽しそうにしながら尻尾にしがみついていた。


 レオは困ったように私を見るが、私は気にしていないことをアピールするようにして首を振る。すると悪いけどアニキに任せるよと言って自分よりも幼い子供の面倒を見るのに忙しくしていた。


 こうやって身振り手振りで意思を伝えることは可能であるが、言葉を話せればもっと良いのだがな。最近はずっと周囲に子供達がいるせいで発声練習が出来ていない。どうやって時間を取ったものか。


 夕方になった頃、子供達は遊び疲れたらしい。シユウとアパオの背中の上や私の尻尾の上で小さな寝息を立て始めた。私は太腿の上で丸まって寝ているラピを抱えつつ、尻尾の上の子供達を起こさないように注意しながら立ち上がる。そして子供達を荷台の中へ一人ずつ横たえていった。


 シユウとアパオの背中にいる子供達も同じように荷台に運んでいく。荷台から降りると、そこではティガルとザルドが待ち構えていた。もしかして何か悪いことをしてしまったのか思ったが、二人は私に向かって言った。ありがとう、と。


「ガキ共の相手をしてくれて助かったぜ」

「子供達に我慢ばかりさせているからな。良い息抜きになったと思う」


 それなら良かった。私は一度頷いてから、再び荷台の側に座ろうとする。しかしそれにティガルとザルドが待ったを掛けた。二人が私を誘導した先は、野営地の中央にある焚き火の側だった。そこには魔人部隊のほぼ全員が集まっていた。


 促されるままに地面に敷かれた布の上に座り、パチパチと燃える焚き火を見つめる。揺れる炎と薪が弾けて舞う火の粉は、いつまでも見ていたいと思える不思議な魅力があった。


 戦場で何度となく炎は見ているが、あそこにあるのは無慈悲に命を奪っていく業火だけ。あれとは違う火の一面に私は何故か癒されていた。


 そうして焚き火を見ていると、ミカが複数の食材と幾つかの調理器具を持ってきた。あんなものをどこから手に入れたんだ?ひょっとしてどこかから盗んだとか?


「マルケルスって野郎が持ってきたんだよ。『作戦の前に温かい飯を食べとけ』ってな」

「食材だけじゃなくて鍋も下さったのよ。助かるわ……まあ、私達も使ったことはないのだけど」

「使い方を知ってる奴にやってもらおうってことで、アイツに任せることになったんだ。アンタもやることになるかも知れねぇし、一応は覚えといてくれよ」


 そう言う事情だったのか。私はティガルの頼みにコクリと頷いた。私達の会話を聞こえているのであろうミカは、手慣れた様子で食材をナイフで切り分ける。幾つかの食材を火に掛けた鍋に入れてしばらく焼いてから、霊術を使って水で満たしていく。その後、残りの食材を鍋に入れていった。


 そうして出来上がった汁物からは良い香りが漂ってくる。ミカは杓子で汁を掬い、椀に入れてはパンと共に皆に配っていった。すると匂いで起き出した子供達が荷台から降りてきて、椀を受け取ると匙を使って猛然と食べ始める。元気なことだ。


「どうぞ」

「……」


 私は最後に椀とパンを受け取った。そして生まれて初めて自分の手で食器を持って食事をとることになった。固いパンを指で引きちぎり、自分の手で直接口に放り込む。うん、いつも通りのパンだな。


 次は匙を使っての汁物だ。ティガル達の使い方を真似して食べる。味云々はやはりあまりわからないが、腹の底から身体が温まっていく。それと同時に胸の辺りもポカポカと温まる気がした。


 こうしてこの世に生を受けて初めて鋏を一切使わない食事を終えた後、見張りを引き受けた私は荷台の上にいた。ここは周辺で最も高い場所であり、全方位が見える私にとって最適な場所と言えた。


 静かな野営地からは、天幕の中から聞こえる寝息だけが聞こえている。何事もなく夜は過ぎていくかと思ったが、天幕の一つから誰かが外に出ていく。私が背を向けているから気付かれていないと思っているのかもしれないが、私は複眼によって後ろも見えている。だからそれが誰なのか、わざわざ感覚を研ぎ澄ませずとも見えていた。


(ミカか。こんな時間に何をしている?)


 天幕から抜け出したのはミカであった。彼は音を立てることもなく野営地から少し離れた場所へ行く。そしてそこで何かを呟いていた。気になった私は身動きせずに、しかし常に視界に収めた状態を維持しつつ聴覚を強化して何を言っているのか盗み聞きした。


「我が主よ、『影の神』よ。私は愚かにも主人であるオルヴォ様を助けられず、同じく主人であったカレルヴォ様に裏切られました。私はこれから、どうすれば良いのですか?私に……この無能者に生きる価値はあるのでしょうか?」


 どうやらミカは信仰している神に祈りを捧げているようだった。ただ祈っているだけならば、私はきっと興味を失っていただろう。だが、最後の言葉から滲み出るような悲壮感が気になった。


 ひょっとしてミカは死に場所を求めているのではないか?私の脳裏にそんな考えが浮かぶ。もしそうなら明日の……いや、もう今日だろうか?時間はわからないが、ともかく危険な潜入任務に志願したのは遠回しの自殺かもしれない。私は漠然とした不安を抱えながら見張りを続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神への祈り……直接かは別ですが届くかもしれませんね この世界の神は主人公に注目しているらしいですし まあ、祈りが届いたからと何かしてくれるってもんでもないんでしょうが ミカにはこれまでお世…
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