二つの任務
我々が連れていかれたのは帝国が作成中の砦、その北側であった。そこには無数の天幕が張られていたのだが、マルケルスは我々にその外で待機するように命じた。
我々は良くも悪くも他の兵士とは違う。近い場所で寝泊まりをしていれば、厄介なことに巻き込まれるかもしれない。問題を起こさないためにも、我々は命令に素直に従って天幕には近寄らずに待つことにした。
季節は秋の終わりであり、日に日に気温は低くなっていく。しかしながら我々は魔人だ。魔人形態にならずとも、このくらいの寒さなら耐えられる。それは子供達でも同じだった。
「待たせたな。君達が到着したことを報告に伺ったのだが、その時に師団長閣下から任務を仰せつかった。到着早々に悪いが、明日の朝から任務だ。それでは、概要を説明する」
それからマルケルスはティガル達を集めて明日の任務の詳細を説明し始める。それを私は荷台の中から感覚を研ぎ澄まして聞いておく。任務の内容は大きく分けて二つ。一つは敵の斥候の妨害と撃滅、そしてもう一つは占領地に潜入しての情報収集と破壊活動だった。
前者の任務であるが、これは砦を建造中の帝国軍を守るためである。砦の建造には攻略時にいた霊術士を全て動員しているものの、完成するまでまだ時間が必要らしい。無防備にな建造中の期間にも侵略軍は頻繁に偵察しに来ており、それを追い払うか撃滅するのだ。
後者の任務はより危険を伴う。こちらから占領地の奥深くへ侵入し、帝国の領土がどうなっているのかを調査しつつ、可能であれば侵略軍の拠点にちょっかいをかけたり物資を焼却したり強奪したりしろとのことだった。
前者の任務は我々以外にも既に就いている者はいるが、後者は我々だけに命じられた任務である。占領地の状況を調べるくらいやっていそうなものだが、それがとても難しかったらしい。何故なら、侵略軍は占領地の住民を一人残らず殺していたからだ。
普通の諜報活動は一般市民に紛れ込んで情報収集を行うものだが、侵略軍のやり方のせいで紛れ込む一般市民がいなくなっている。ならばどうすれば良いのかと言うと……侵略軍の目から隠れて野宿しながら探るしかないのである。
この冬が近付きつつある晩秋の時期に、野宿に耐えられるヒト種などほぼいないらしい。その点、我々のような魔人は暑さにも寒さにも耐えられる。
それに我々は戦闘力も高いので、戦闘になったとしても情報を持ち帰る可能性が高い。それでも死ぬ可能性は高いものの、新たな主人であるカレルヴォからすれば死んでしまっても構わない人材だ。帝国軍にとって、我々はこの任務にうってつけの人材と言えた。
ただし、実際に死地に赴かねばならない我々からすればふざけるなと言いたくなる任務である。ティガルとザルドを始めとした魔人達の息を飲む声が、荷台の中にまで聞こえてきた。
「任務は二つであるから、部隊も二つに分けるぞ。斥候の対処は他の部隊も動いているので、そこまで必死になる必要はない。だが潜入任務は隠密性を重視しつつ、戦闘になったとしても生き残る手練れが好ましいな」
隠密性か……この中で最も潜入任務に向いている魔人は間違いなくミカである。自然体でも私の感覚をすり抜けそうなほど、ミカは気配を消すのが得意だった。どんな生物と合成されたのかは知らないが、魔人になったところでその技術を失うことはない。潜入任務などお手の物だろうよ。
そのことを他の者達は知らないので何も言うことはなかった。知っている私も荷台にいるので、意見を示すことすら出来ない。また贖罪兵だったティガル達には自分から何かを意見するという習慣がなく、誰も何も口に出すことはなかった。
「ううむ、返事をしてくれないと困るな……他の士官がどう考えているのかは知らないが、私は君達が何者であろうが有益な意見も忠告も受け入れるくらいの度量はあるつもりだ。気にせずに発言してくれ」
「……それでは発言してもよろしいでしょうか?」
その言葉を投げ掛けたのはミカであった。本当に口を開く者がいるとは思っていなかったティガル達は驚き、逆にマルケルスは嬉しそうにどうぞと発言を促した。
「私は隠形術に関してそれなりに自信があります。潜入任務に志願致します」
「そうか!他に志願者はいるか?」
「……なら、私も」
ミカに続いて志願したのは、リンネと言うカダハ隊の一人だった。物静かな性格で、いつもどこか遠くを眺めている不思議な雌である。自己主張の激しいタイプではないのに志願したことに、ルガル隊もカダハ隊も驚いていた。
ただし、言われてみればリンネも潜入任務に向いている気がする。リンネは幻術という幻影を敵に見せたり逆に何もないかのように誤魔化したりするのが得意な霊術士だ。しかもオルヴォは幻夢羊という彼女と全く同じ戦術を用いる生物と合成している。霊術士らしく動き回るのは苦手なようだが、敵を欺く技術は潜入任務で役立つだろう。
「ありがとう!あと一人ほど同行して欲しいのだが……誰かいないか?」
マルケルスは二人目の志願者の登場に喜びつつ、三人目はいないかと問うた。しかし、そこで手を挙げる者はいない。それは好き嫌いではなく、潜入任務など行ったことがない彼らには難しいことがわかっていたからだ。
それ故に三人目の志願者が手を挙げることはない。気まずい雰囲気が流れる中で、マルケルスの隣にいた帝国兵がそう言えばと何かを思い出したように口を開いた。
「副隊長、この魔人部隊には白機兵を斬り殺した者がいると聞きます。その者に同行させるのはいかがでしょう?」
「おお!名案だな、デキウス!それで、その白機兵を斬り殺したと言うのは誰だ?」
マルケルスの問いに対し、声を出す者は一人もいなかった。しかし、空気の流れから全員の視線がティガルとザルドの二人に向かうのを私は感じ取った。ここで誤魔化せないのが隷属系の霊術を受けている者の悲しいところである。
「君達かい?」
「あー……いや、違……います。俺達は隙を突いて背中から斬っただけですよ」
「ほぼ一騎討ちで仕留めたのは、荷台の中で縛られている彼です」
「荷台?」
ティガルは言い辛そうに、ザルドは諦めたように正直にそう言った。確かに白機兵……白い鎧を着た奴と戦ったのはほとんど私だ。マルケルスが求めるのは私になるだろう。
この流れだと私はより危険度の高い潜入任務の方に向かわねばならないらしい。ああ、行きたくない。
マルケルス達は不思議そうに首を捻りながら私の乗る荷台に視線を向ける。そしてマルケルスは立ち上がると、デキウスというらしい部下と共に荷台に入ってきた。
「おぉ!?本当にいるぞ!」
「驚くほど気配がしませんね。これほど完璧な隠形……潜入任務にもってこいの人材なのでは?」
「しかもべらぼうに強いと来た。来てくれるなら心強いな」
荷台に入ってきたことで、マルケルスとデキウスの容貌が明らかになった。マルケルスは堀の深い顔立ちで大きな黒い瞳、クルクルの明るい茶色の縮れ毛で筋肉質な偉丈夫だ。
帝国兵の鎧は着ているが、武器は何一つ持っていない。それは自分の強さに対する自信なのか、それとも我々を警戒していないのか。どちらにせよ、どんな戦い方をするのかは全くわからなかった。
部下であるデキウスだが、こちらは霊術士であるらしい。帝国の霊術兵のローブを着ているから一目瞭然だ。フード被っておらず、顔はよく見える。堀の深い顔立ちと縮れ毛はマルケルスと同じだが、こちらはくすんだ金髪で目も細く、隙間から覗く瞳は薄い緑色であった。
マルケルスとデキウスの接近に気付いたレオを始めとした子供達は、慌てて私の檻の後ろに隠れる。二人は困ったように苦笑しつつ、膝を荷台の床に着けて怖がるなと言った。
「やあ、子供達よ。私はマルケルスでこっちはデキウス。よろしくな」
「デキウスです。よろしくお願いいたします」
朗らかな口調だったが、子供達が心を開くことはなかった。私の檻の後ろから出ることはない。それはおっとりしたケルフでも同じであった。
「やれやれ、嫌われてしまったか。それも悲しいが……どうして彼だけは縛られているんだ?そっちの方が気になるぞ」
「何か理由があるのでは?副隊長が『先ずは会って話してみよう!』とか言って彼らのことをちゃんと聞いていないのでわかりませんが」
「うぐっ!?他人の評価よりも自分の目で見たかったんだよ……あ、ひょっとして慌てて渡された鍵はこのためか?どれどれ……」
マルケルスは立ち上がりながら懐から一つの武骨な鍵を取り出すと、それを私の檻の鍵穴に入れて捻る。鍵はガチャンと音を立てて外れたので、正しい鍵であったらしい。
それでもう一度鍵を掛けるのかと思ったが、マルケルスは何を思ったのか次々と鍵を開けていく。檻だけでなく両手足と尻尾を縛る椅子の枷まで外してしまったではないか。まだ任務が始まる訳でもないのに、どうしてこんなことを?
「枷を外されたのが不思議か?肩を並べて戦うのなら、互いに信頼し合った相手が良い。要するに、縛られた相手に無理矢理ってのは性に合わないんだ」
「霊術で縛られていますから、常に無理矢理言うことを聞かされる状態ですけどね。完全に副隊長の自己満足ですよ」
……変わった奴だな、マルケルスは。私達のような隷属させられている者の信頼を得ようと歩み寄るとは。我々は霊術によって隷属を強いられている立場なので、デキウスの言う通りそれは自己満足に過ぎない。
しかし、歩み寄ろうとする姿勢は嫌いではない。口先だけかも知れないので、すぐに信頼する者はいないだろうがな。
「相変わらずデキウスは手厳しいな……それよりも、外の話は聞いていたか?君の腕前は聞いているぞ。その力量を見込んで、明日から潜入任務に就いてもらいたい。どうだ?」
「……」
私は目蓋を開けて立ち上がる。目蓋に隠されていた私の複眼を見た二人だったが、驚いただけだった。嫌悪や恐怖、好奇すらその瞳にはない。あるのはただ、驚きだけだった。
本当に興味深い。信じる信じないはともかく、少しだけこのマルケルスのことが知りたくなってきた。私は黙ったまま、首を縦に振って潜入任務に参加することを了承するのだった。




