海岸線へ
結論から言って、新しい荷台を使っての進軍は大変だったらしい。荷台の中にいれば良かったこれまでとは違って、他の兵士と同じように歩かねばならない。魔人の身体能力は高いので、歩き続けるくらいは造作もないのだが……流石に非戦闘員の幼い魔人達には厳しいものだった。
そこでティガル達は荷台にある荷物の中で背負えるものは全て自分達で背負ってスペースを空け、そこに子供者達を乗せたのである。そのお陰で体調を崩す子供はいなかったが、代わりにティガル達は疲れが溜まっている。ずっと荷台にいる私は、正直に言って申し訳ない気持ちで一杯だった。
ちなみにこの行軍にカレルヴォは着いてきていなかった。帝都に残ってオルヴォの研究を我が物にするために必死なのだろう。それからは魔人の作成に専念するに違いない。
「よしよし、いい子だ」
そんな行軍を縁の下で支えているのはミカであった。ずっと荷台にいたせいで牛と馬の扱い方を知らないティガル達と違って、オルヴォとカレルヴォの従者だったミカは動物の世話に慣れている。牛と馬も懐いていて、行軍の足を引っ張って厄介事になることはなかった。
行軍を初めてそろそろ一ヶ月ほど経過したが、ティガル達とミカはまだ馴染んではいない。ティガル達はミカのことを嫌っている訳ではないのだが、ミカの方がどこか距離を取ろうとしていたのだ。
常に慇懃な態度は崩さず、眠る時も他の魔人達とは少し放れた場所に天幕を広げている。嫌われてはいないが、何故か常に一歩退いた場所にいるのだ。それ故に自然と仲良くなることはなかった。
ミカが孤立しているのは決して良いことではないだろう。まあ、一ヶ月かそこらで心の整理はつかなかったと言うことか。闘気や霊術で身体の傷は容易く治せても、心の傷はそう易々と癒せないのだろう。
「かったるいよなぁ。海岸線っつったら、あれだろ?陸側と海側の両方から攻められてるとか言う、一番バチバチやりあってるとこ」
「そうそう。反攻作戦でも一番デカい砦が攻撃目標で一番戦力を注ぎ込んだけど、一番戦死者が出たって話だろ?親衛隊が何人か死んだとか」
「死ぬのなんて真っ平だ。落ちこぼれで良かったぜ。前線に行かなくても良いからよ」
「全くだ」
行軍中も私はお約束のように周囲に聞き耳を立てて帝国兵から情報収集を行っている。それによるとこれから向かう海岸線の前線は侵略軍との戦いにおける東の端であり、三つの戦線において最も激しい戦いが繰り広げられる場所だった。
帝国の北方には二つの大きな港がある。それが北東にあるカルネラ港と帝国の北端にあるオルテンスク港と言うらしい。現在はその両方が占領されていて、侵略軍はその南に位置する海岸に大きな砦を築いたそうだ。
帝国兵によれば、その砦は他の砦の五倍近い大きさだったとか。流石に盛りすぎでは、と思うのだがそれは置いておこう。その砦攻めに動員された兵数は凄まじく、攻略には成功したものの、夥しい数の戦死者を出したようだ。
その中には皇帝の親衛隊も含まれている。あの時に皇帝の近くに控えていた連中の誰かか、それともいなかった誰かか。死んだのが誰かは知らないが、あのレムルスだったら……いや、全く悲しくないな。嫌な奴だったし。
「クンクン……これは海の匂いだ!」
「えっ、ホント!?」
ミカのことを考えていると、荷台に乗っている子供達が鼻をヒクヒクと動かして大きな声を出す。海の匂い……?そんなものがあるのか。嗅覚を強化してみようか。
嗅覚を強化した途端、遠くから微かにではあるが嗅いだことのない特徴的な匂いを感じ取った。水に何かが混ざった特徴的な匂いである。他の魔人や帝国兵がどう思っているのかは知らないが、私はこの匂いが嫌いではなかった。
子供達は半分が臭いと言い、もう半分は良い匂いだと言い合っている。無邪気なことだ。ちなみにルガル隊とカダハ隊の子供達は元から仲が良かったが、今では最初から一つのグループだったかのような一体感である。そしてそのリーダー的存在として最も年長のレオが君臨していた。
「アニキは海って知ってるか?俺はもっと小さい時に一度だけ見たことがあるぜ!」
そのレオはどこか自慢気に胸を張ってそう言った。他の子供達は誰も海を見たことがないからか、レオにキラキラとした視線を向ける。私も興味があるが、子供達の方は今すぐにでも話を聞かせて欲しそうにしていた。
「レオ兄ちゃん、海ってどんなだったの?」
子供の一人がレオの腕をクイクイと引いて話をせがむ。その子供はケルフと言い、カダハ隊の子供の一人だ。おっとりした性格でレオの次に年長の子供であり、百角鹿という生物と合成された魔人である。
百角鹿は私が捕まえた中でもかなり面倒な生物だった。百角鹿という名前だが、実際に生えている角は二本だけ。名前の由来は普段の姿ではなく、何度折っても一瞬で新しい角を生やす再生力なのだ。
角が折れることを前提にした戦い方をする上に、角を生やす度に形状を変化させたのはよく覚えている。折る度に別の戦い方をしなければならず、とても鬱陶しかった。
「海はな、とにかくでっかい水溜まりだ!キラキラして綺麗なんだぜ?まあ、水はしょっぱくて飲めたもんじゃないけど」
「何でしょっぱいの?」
「わかんねぇ!父ちゃんも知らねぇって言ってた!」
子供達の他愛ない会話を聞いている間に、我々は目的地である海岸線の前線にまでたどり着いた。ここまで来ると海を匂い……帝国兵は潮の香りと言っていたが、とにかくそれが辺りに漂っている。
ザァザァという波の音は耳に心地よい。海とは想像していたよりも良い場所なのかもしれない。早く荷台の外に出て、海をこの複眼で拝みたいものだ。
「うげぇ……酷ぇな、ありゃあ……」
「帝国兵の言っていたことは本当だったのか……馬鹿でかい砦が完全に廃墟になっているぞ」
外からティガルとザルドが小声で話す声が聞こえてくる。二人も私と同じように帝国兵の噂話に耳を傾けていたから知っているようだが、侵略軍が作った通常の五倍ほどだと言う巨大な砦はもう存在しない。それは何故か?答えは簡単だ。帝国軍によって完膚なきまでに破壊されたからである。
他の砦は奪取する余裕が帝国軍にはあったものの、ここの砦だけはそんな余裕がなかったからだ。帝国軍強大な力を持つ霊術士を大量に投入し、力によって強引に捩じ伏せたのである。
帝国軍の狙いが徹底的な殲滅であったこともあり、一切の加減を行わずに砦を破壊し尽くした。その結果、侵略軍が作り出した最も堅固な砦は廃墟になってしまったのだ。荷台にいるせいで外は見えないが、ティガルとザルドの反応からして完全な瓦礫の山になっていることだろう。
(瓦礫の山、か。そう言えばハーラシア王国はどうなったのだろう?何かの陰謀で王都がグチャグチャになっていたが、今はどうなっているのだろうか?復興したのか、それとも未だに争いが続いているのか……それに対して自分でも驚くほど興味はないがな)
私が孵化した国、ハーラシア王国。幾つかの例外を除いて、あの国での記憶に良いものはない。そしてその例外の一つはあの騒動よりも遥かに前に去り、もう一つは鮮やかに闘技場から逃走し、最後の一つは片腕を残して死んでしまった。あの国がどうなろうとハッキリと言って今の私にはどうでも良かった。
仮に何か情報が入ったとしても『ああ、そうか』くらいにしか思わないだろう。王国が滅亡した、とまで聞かされれば流石に驚くだろうがな。
廃墟となった砦の側を通り抜けた我々は、そこから少し北にある帝国軍が新たに建造中の砦へと進む。これからの東方戦線における最も厳しい戦いを支える砦に仕上げるべく、帝国の土木技術を結集させて急ピッチで造り上げているようだ。
まだ砦までは距離があると言うのに、ここまで工事の音が聞こえてくる。大陸最強最大の国家の力、その一端とでも言ったところか。そんなことを考えていると、砦の方向から数騎の騎兵がこちらに近付いてきた。
「私は帝国軍第一師団、第八連隊の者だ。この中に例の魔人部隊がいると聞いた。どこか教えて欲しい」
「はっ!こちらです!」
騎兵のお目当ては我々らしい。大きな声で要求を伝えると、補給部隊の者を伴ってこちらに近付いてくる。パカパカと蹄を鳴らしながら進み、荷台の横で整列した。
馬上に乗っている帝国兵は、全員がそれなりに強い気配を放っている。特に大きな声を出したであろう先頭にいる者は、魔人化したティガルやザルドに匹敵する強さだろう。帝国兵の中でも相当に強い方だと思われる。それこそ親衛隊に匹敵するほどの。
「君達が元贖罪兵、現在は世界で唯一の魔人部隊だな?私は帝国軍第一師団、第八連隊のマルケルスだ。今日から君達は第八連隊の指揮下に入る。私の所属する部隊が直接指揮を執ることになるから、そのつもりでいてくれ」
最も強い帝国兵は堂々とそう告げた。マルケルス……それが私達の新たな上司ということか。この雄が少しでもまともな性格ならば良いのだが。囚われたままで何も出来ない私は、ただ願うことしか出来なかった。




