新たな戦場へ
カレルヴォによって胸に杭を突き刺されて私の身体に根を張るような感覚を覚えた後、その根は刻まれた刺青へと集まっていく。そして私は直感で理解した。オルヴォの術を上書きする形で、私はカレルヴォに隷属させられていると言うことを。
カレルヴォは杭が正しく機能していることに満足したのか、私の顔をペチペチと馴れ馴れしく叩いてから他の魔人達にも同じように杭を刺していく。私のように痛みに対する強い耐性を持たないからか、魔人達は苦しそうに悲鳴を上げた。
「これでよし。明日からすぐに適当な前線に送り返してやるからな、失敗作共。ククククク!」
カレルヴォは気持ち悪い笑みを残して去っていった。それにしても我々を失敗作と呼ぶとはどういう了見だ?オルヴォはどうした?そもそも、どうして奴がここにいる?檻の中にいる私には何一つわからなかった。
再び魔人達だけに戻った牢屋だが、先ほどまでの楽しい雰囲気は完全に吹き飛んでいる。訳もわからず杭を刺されたのだから当然だ。特に幼い魔人は声を出さずに泣き続けている。牛と馬も痛かったからか不貞腐れて寝てしまったから、下手な歌で場を盛り上げてくれることもない。どうすればいいのだろうか?
「うう、痛ぇ……なぁ父ちゃん。何が起こってんの?」
「さぁな。上で何やら殺し合いでもしてたみてぇだし、霊術士の間で内輪揉めでもしたんじゃねぇか?愚弟がどうのこうのって言ってたしよ」
「確実にわかっていることは、先ほどの霊術士に我々の所有権を奪われたこと。そして明日、また前線へと送られるという予定だ。皆、明日に備えてゆっくりと寝ておけ」
「ザルドの言う通りだ。俺達も寝るぞ」
レオの疑問に答えながらも話を纏めたティガルとザルドに従って、魔人部隊の者達は次々と眠り始める。杭を打たれたことで疲れていたのか、全員が寝息を立て始めるまでにそう時間はかからなかった。
魔人達の寝息に囲まれながら、私はもう日課である制御訓練をしつつ感覚を研ぎ澄まして上の情報を探ってみる。すると、カレルヴォが来るまで存在していたオルヴォの気配が完全に消えていた。
(まさか、死んだのか?いや、殺されたと見るべきだろう。やったのは間違いなくカレルヴォだ。血を分けた兄弟を殺すとは……まあ、生まれた直後に何十、何百と兄弟を殺した私の言えた義理ではないか。それよりも、ミカはどうなった?)
何時か殺してやろうと思っていたオルヴォが、私の知らないところで死んだ。このことは少しだけ悔しくも感じる。だが、死んだ者のことよりも気になるのはミカのことだった。
ミカは色々と世話をしてくれた恩義がある。何よりも初めてまともな食事を与えてくれたヒト種だった。私に危害を加えたこともないし、心配するくらいは良いだろう。
(……いた。だが、かなり弱っている。近くにはカレルヴォと上で戦っていた強い気配、それとミカと同じく弱った気配がある。音は聞き取れるか?)
私は目蓋を閉じて、聴覚を極限まで研ぎ澄ます。耳だけでなく床に着いている両足の外骨格から伝わる振動も使うと、上で交わされている会話をなんとか聞き取ることに成功した。
「何故、何故なのですか!?オルヴォ様は貴方の弟君でありましょう!それを殺してしまうとは……!」
「何故も何もない。この愚弟は私の研究を盗んだ。そして盗んだ資料を素直に返さなかった。だから仕方なく殺した。そう言うことだ。それが、事実になるんだよ」
「……帝国と共謀して事実を捻じ曲げると?オルヴォ様に盗人の汚名を着せてまで?そこまで、そこまでオルヴォ様が憎かったのですか?自分よりも優秀な弟のことが!」
「黙れ!」
激昂したカレルヴォが怒鳴ると、何かが肉を打つ鈍い音と液体が飛び散る音が伝わってきた。どうやらミカが棒か何かで殴られたらしい。何度も何度も、ミカは殴られていた。
ははぁ、なるほど。カレルヴォは帝国と組んでオルヴォの研究成果を奪い取るつもりのようだ。しかも、魔人作成の方法を発見したのはカレルヴォで、オルヴォはそれを盗み出した盗人として扱うのか。何とも卑劣なことで。
その見返りは何だ?帝国のために魔人を量産するのか?もしそうだとして、オルヴォから奪った研究をカレルヴォは正しく引き継げるのか?私にはわからないが、同時に私には何も出来ない。なるようにしかならないさ。
おおよその事情を推測している間も、カレルヴォは飽きもせず殴り続けている。このままだと死ぬぞ、と思っているとベキッという音が響いた。使っていた棒が折れたんだろう。そこでようやく殴るのを止めたカレルヴォは、荒い息を吐きながら棒を放り捨てる。カランカランという音が空虚に響いた。
「調子に乗るなよ、使用人の分際で!まあ良い。お前はもう二度と私に説教を垂れることも出来ないんだからな」
「がはっ……私も、殺すのですか?」
「いいや、違う。お前にはもっと地獄を見てもらう。お前は魔人になるんだ……オルヴォが作った最後の魔人にな!」
カレルヴォがそう言うと、ガチャガチャと何かの金属が擦れ合うような音が聞こえてくる。それからミカではない弱った気配が消え失せてから、何かの霊術が発動した。
会話を聞いていたからわかるが、ミカはカレルヴォによって魔人化させられているのだろう。そしてオルヴォが作った最後の魔人……すなわち我々の同輩として扱われることになる。
オルヴォを殺すほど憎んでいたカレルヴォが、オルヴォの作った魔人をまともな扱いをする訳がない。先程も適当な前線に放り出すと言っていた。ああ、死にたくない。
霊術の力は収まったので、ミカの魔人化は終わったのだろう。するとカレルヴォが部屋の外にいる誰かに大声で運び出せと喚くと、ズルズルと何かを引き摺る音が伝わってくる。気絶しているミカを運んでいるのだ。その音は地下に近付いてきて、この地下にある牢屋に降りてきた。
魔人達も接近する気配に気付いているようで、熟睡している牛と馬以外は目を覚ましている。そして普段の私のように寝たふりをしながら、その気配に対して警戒していた。
「重てぇ……どこに入れるんだ?」
「知るか。一番奥にでも放り込んどけ」
帝国兵が両腕を持って引き摺って来たのは、思っていた通りミカだった。カレルヴォに殴り倒されていたはずだが、オルヴォの魔人化の霊術は傷が治るので顔は綺麗なものだ。
しかし服はボロボロで血に汚れ、顔色はとても悪かった。オルヴォという主人の一人を失い、カレルヴォという主人の一人に裏切られ、そしてヒト種ですらなくなった。たった一日でこれだけのことがあったのだ。目が覚めた時、ミカはいつも通りでいられないだろう。私は心の中で深くため息を吐いた。
「おい、あれって……」
「ああ、俺達に美味い飯を作ってくれた奴だ」
意外なことに魔人達はミカを知っているようだった。彼らがミカに抱いているのは反応は拒絶ではなく、困惑と心配であるようだ。目が覚めた後、無意味に揉めることはないだろう。
魔人部隊はしばらく起きていたが、ミカが気絶している以上は動きなどない。様子を窺うよりも寝た方が良いと判断したようで、魔人達は再び眠りについていった。
「うぅ……ここは……?」
翌朝、ミカは誰よりも早く目を覚ました。ミカは今自分が置かれた状況を確認する。自分が牢屋にいることと周囲に魔人ばかりいること、そして私と同じ檻にいることを把握していた。
「貴方は……そうか、私はカレルヴォ様の手で魔人になったのでしたね。ははは……」
ミカは覇気のない、疲れきったような笑みを浮かべた。そしてうつむいて壁に寄りかかり、ぼうっと天井を見つめている。昨日までの全てを一瞬にして踏みにじられたのだから、無気力になるのも仕方がないというものだ。
そのことは理解している。だが、私にはミカがどれだけ傷付いているのか想像することすら出来ない。慰めるにも何と声を掛ければ良いのかわからないし、それに私は声を出しても嫌がられるだけだろう。私にはどうすることも出来なかった。
しかし、牛と馬は違う。二頭は目を覚ますとミカにゆっくりと近付いてその頬に顔を寄せる。そしてスリスリと肩や腕に頬擦りをした。
「ブモブモ」
「ブルルル」
「君達は……そうか。獣形態になれる魔人の成功体だったね」
柔らかな笑みになったミカは、牛と馬の頭や首筋を優しく撫でる。すると二頭はもっとやってとばかりに頭をグイグイと寄せていった。
二頭が上機嫌になって鳴き声を出すので、魔人達は目を覚まし始める。牢屋の中でミカが牛と馬と戯れていることを不思議に思いつつも、それについて何かを聞く前に上から地下に向かってくる気配を全員が感じ取った。
「朝だぞ、化物共!さっさと出ろ!」
やって来た帝国兵は面倒臭そうに牢屋の鍵を開けると、横柄な態度で我々の背中をせっついて外に出させる。抵抗出来ないからとやりたい放題だった。
帝国兵は最後に私のいる牢屋を開ける。そしてミカに私の檻を持ち上げろと命令する。ミカは素直に従って私の檻を持ち上げると、牛と馬を連れて牢屋の外に出ていった。
魔人達は廊下を歩き、地下の階段を上がって屋敷の外に出る。すると、そこにはこれまで乗っていたものよりも随分と小さい荷台だけが置かれていた。荷台の上にはルがル隊とカダハ隊が使う武器、他には雑貨のようなものが乗せられている。どうなっているんだ?
「お前達が使っていた輸送用の荷台は、別の用途に使われることになった。今日からお前達はこの荷台を使え。寝泊まりは荷台にある天幕でやれ。わかったら出発するぞ。目的地は東方、海岸線の前線だ」
帝国兵は一方的にそう言い放つと、荷台に私の檻を乗せさせ、牛と馬を荷台に繋ぐと早速進軍を開始させる。海岸線と言うと……海があるのだろうか?侵略軍が大きな船に乗って越えた、巨大な水溜まり……海についての知識はそんなものだ。
そんな海を見ることが出来る。生まれて初めて海が見られることに、私は少しだけ高揚するのだった。




