強奪
時間は少し巻き戻り、魔人部隊が帝都に帰還してオルヴォが屋敷に戻った直後。オルヴォは屋敷の風呂に入って行軍の汚れを落とし、ミカの作った夕食を食べていた。久々に食べるミカの料理はとても美味しく、オルヴォは終始機嫌が良かった。
「あー、美味しかった。ミカもついてきてくれたら良かったのに」
「申し訳ありません」
「ま、本邸の掃除とかも大事だから仕方ないか。それにしても……何だか気持ち悪いよねぇ」
「気持ち悪い……?まさか夕食に何か不備がございましたか!?」
「ん?違う違う!そっちじゃなくて、カレルヴォのことだよ」
慌てたミカをオルヴォは急いで窘める。彼が違和感を感じているのは食事についてではなく、自分の兄のカレルヴォについてであった。
オルヴォはカレルヴォのことを自分の兄だとは思っていない。生物学上は兄弟だが、物心ついた時から兄だと思ったことはなかった。その理由は色々あるが、最も大きな理由は研究者としての姿勢が自分とは決して合わないからだった。
オルヴォにとって研究による真理の追究こそが目的であり、他の全ては研究のために注ぎ込むべきコストだと思っている。しかし、カレルヴォにとって研究は名誉や栄光を掴み取るための手段でしかなかった。
秘密結社である『第七の御柱』に加わった切っ掛けは同じである。二人の両親がメンバーであった縁で結社の存在を知り、優秀さを示したことで二人はメンバーとして認められたからだ。
しかし、加入後にやっていることは異なる。結社に加わったオルヴォは、結社の力を己の研究のためにだけ使っている。しかし、カレルヴォは研究よりも結社のコネを使って裏の人脈を広げることにのみ執着した。この違いは大きく、ただでさえ二人の間にあった知識と技量の差はさらに大きくなってしまった。
元々カレルヴォの嫉妬のせいで悪かった兄弟仲は、これ以上ないほどに悪化した。オルヴォは心の底から軽蔑するようになり、カレルヴォの嫉妬心はより強くなる。今では互いを他人どころか敵と思っているほどであった。
「だってあのカレルヴォだよ?嫉妬するばっかりで、自分の知識を深めたり研究したりしないあの屑だよ?それが長期間、ミカを連れ出すのをアッサリ受け入れるなんて変じゃない?」
「カレルヴォ様が改心なさったのでは?」
「ハハッ!あり得ないって思ってることを口に出しちゃダメでしょ。何を企んでいるんだか……頭が悪い癖に悪巧みだけは一人前だから質が悪いよ」
食後のデザートに舌鼓を打ちながら、オルヴォはやれやれと首を振る。カレルヴォが何処で何をしようがどうでも良いが、自分に迷惑を掛けるのだけは止めて欲しい。オルヴォは深くため息を吐いていた。
食事を終えたオルヴォが早めに床に就いた後、食器の片付けなどを行っていたミカは屋敷に近付いている集団に気が付いた。彼が気付けたのは冥王蠍の魔人のように感知したからではなく、屋敷の周囲に密かにばら撒いていた探知用の道具に反応があったからだ。
ミカは作業を中断してオルヴォの元へ向かうが、その前に屋敷の窓を突き破って何者かが侵入して来る。何も知らされていなかったらしい他の使用人はパニックになって悲鳴を上げる中、ミカは袖に隠していた投げナイフを素早く投擲した。
風を切って飛んだナイフが侵入者の脳天に深々と突き刺さり、死んだことを自覚させる間もなく絶命させる。ミカは間髪入れず次のナイフを投擲するが、それを素手で掴み取ってみせる者がいた。
「ほう?ただの使用人ではなかったか。面白い……遊んでやろう」
侵入者はゆっくりと腰の剣を抜き放つ。黄金の刀身にはビッシリと霊術回路が刻まれており、その付け根には深紅の宝珠が埋め込まれている。尋常の剣でないのは明白だ。
身体からは濃密な闘気が立ち上ぼり、霊力を纏った剣は激しく輝く。剣だけでなく、その持ち主も並々ならぬ技量の持ち主だ。それを知っていてなお、ミカは微塵も躊躇せずに右手で腰から大振りのナイフを抜きながら左手で小さなナイフを投擲した。
飛来するナイフに向かって、侵入者は適当に剣を振る。するとナイフは空中でジュワッと音を立てて蒸発してしまった。
「なっ!?」
「無駄だ。この剣は皇帝陛下から下賜されしもの。ちゃちな短剣など何の役にも立たぬ」
ミカは驚きながらも諦めたりはしなかった。正面から戦っても決して勝てないと確信した彼は、懐から取り出した白い玉を床に投げ付ける。すると割れた玉から廊下中を満たすほどの白い煙が広がっていった。
侵入者が鬱陶しそうに剣を振るうと、白い煙は一瞬で晴れてしまう。だが、さっきまでミカがいた場所には誰もいなくなっていた。目を見開く侵入者の脇腹にミカのナイフが迫る。気配を消して足音もたてずに接近した彼の必殺の刃は服を切り裂き……その下にあった鎖帷子に防がれた。
「がっ……!」
「惜しかったが、見事な動きだったぞ。その腕前に敬意を表し、一撃で眠らせてやろう」
侵入者は剣を持っていない方の手でミカの首を鷲掴みにする。ナイフで抵抗しようとしたミカだったが、その前に侵入者は彼の頭を床に叩き付けた。
床にめり込むほどの力で叩き付けられたものの、ミカは歯を食い縛って耐えていた。脳震盪を起こして視界は歪み、手足に力が入らない。それでも息子のように想っている主人を守るという意思の力だけで意識を保っていた。
「ほう、耐えるか。二度も驚かせてくれるとはな。だが、もう眠れ」
「オ……ルヴォ…………さ……ま………」
しかし、侵入者はミカを無慈悲に再び床に叩き付けた。二度の衝撃には流石に耐えられず、ミカはその意識を手放してしまう。気を失う直前まで、彼はオルヴォのことを心配し続けていた。
心配されている側のオルヴォは、屋敷の騒ぎを聞き付けて流石に目を覚ましていた。欠伸をしながらベッドから降り、立ち上がりながらいつも着ているローブを羽織った。
「ふあぁ……何の騒ぎ?ミカ~、どうなってるの~?」
「居たぞ!」
「拘束しろ!」
オルヴォは大きな声でミカを呼ぶが、代わりにやって来たのは黒い服を着た数人の侵入者だった。剣を抜いた侵入者達はオルヴォに向かって駆け出して……その直後に透明な壁に激突した。
オルヴォが使ったのは闘技場で使われていた透明な障壁を作り出す霊術だった。単純で基本的な術だが、だからこそ霊力を注ぎ込めば注ぎ込むほど強度を増すことが可能である。
ただし、オルヴォがそこまで霊力を注ぎ込んでいなかったこともあって侵入者はあっさりと障壁を破壊してみせた。油断なく構える侵入者を、オルヴォは頭をガリガリと掻きながら睨み付けた。
「何なの、君達?寝ようとするのを邪魔してくれちゃって……割りと本気でブチギレそうなんだけど?」
「構うな!拘束せよ」
「いや、させないけど」
オルヴォは霊力を高めつつ、無造作に手を振るった。すると侵入者達はピタリと動かなくなってしまう。オルヴォは両手を大きく広げてからパンと手を打ち合わせる。その直後、侵入者達はグシャリと潰されてしまった。
オルヴォは研究者であって自分で戦うことを面倒だと思っているものの、実際はそれなりに高い戦闘力を有していた。それはクーデターの時に一人で闘技場を制圧したことからもそれは明らかである。闘気はほとんど使えないものの、空間を操る霊術によって攻撃も防御も自由自在なのだ。
「流石は我が愚弟……見事なものだな」
侵入者を皆殺しにしたオルヴォだったが、それを称えるようにパチパチと手を叩く音が部屋に響き渡る。手を叩いていたのは他でもない、オルヴォの兄であるカレルヴォであった。
「カレルヴォ?どうしてここに……ああ、また嘘とハッタリで何とかしたんだな。相変わらず小狡いことで」
「……本当に腹が立つ奴だな、お前は。まあ、良い。私から盗んだ研究資料を返してもらおうか」
「は?お前から盗む?そんなこと、するわけないじゃん。お前みたいな馬鹿の資料に、見るべきものなんてないのに」
勝ち誇ったようにそう言うカレルヴォに対して、オルヴォは困惑も露に辛辣な言葉の刃で彼を抉る。口許にニヤニヤと嫌らしい笑みをうかべていたカレルヴォだったが、一転して屈辱と怒りによって醜く歪めた。
カレルヴォはしばらくギリギリと拳を握り締めたが、大きく息を吐いて怒りを鎮める。その後、落ち着きを取り戻した彼はオルヴォに向かって手を差し出した。
「盗んだだろうが。私が編み出した魔人作成についての資料を。それを返せと言っている」
「何を訳のわからないことを……返すも何も……」
「返さないんだな?なら、仕方がない。後は親衛隊の方々おまかせしよう……じゃあな、愚弟よ」
自分の手で積み上げた研究成果を『返せ』と言われても理解出来ないオルヴォは否定するが、最後まで言い切る前に被せるようにして交渉を打ち切った。カレルヴォが一歩後ろに下がると、彼の背後から三人の人物が前に出た。
オルヴォはその三人の顔に見覚えがあった。彼らは皇帝と謁見した時にその近くにいた親衛隊と呼ばれる者達だ。皇帝を守護する近衛兵の中から選りすぐられた猛者が任命される親衛隊は、名実ともに帝国最強の部隊であった。
オルヴォもそれなりに戦えるとは言え、三人の親衛隊を相手に勝てると考えるほど思い上がってはいない。彼はすぐに空間転移による逃走を図った。
「させると思うか?」
「……っ!」
だが、オルヴォの考えなどお見通しだったカレルヴォによって先手を打たれていた。兄弟であるカレルヴォもまた、空間を操る霊術が使える。その熟練度はオルヴォに劣るものの、妨害するだけならば十分可能であった。
逃走に失敗したオルヴォだったが、次の瞬間には鋭く踏み込んだ二人の親衛隊が目の前に来ていた。急いで霊術を構築するが、発動する前に彼の両腕は斬り落とされて床にボトリと落ちる。オルヴォは絶叫しながら膝を着いた。
「ぐあああああっ!?な、何を……!?」
「ククッ!クハハハハ!良い眺めだな、愚弟よ!どうせ研究資料はお前の管理する空間に保存しているんだろう?その中身はお前を殺せばこの場に現れる……だからここで死ね」
血を流しながら床に横たわるオルヴォの頭をグリグリと踏みつけながら、カレルヴォは口をオルヴォの耳に近付けてそう言った。カレルヴォはオルヴォの命乞いを聞いてやろうと思っていたのだが、返ってきたのは不敵な笑い声だった。
「うぐ……くくっ、あはっ!あはははははは!本当にお前は馬鹿だよね、カレルヴォ」
「何だと?」
「僕は……もうすぐ死ぬんだろう。自分でも、そのくらいはわかる。けどね、お前のじゃ僕の研究は引き継げない。身の丈に合わない野心のせいで滅びるよ。確実にね」
「この期に及んで、減らず口を……私を見下すなぁぁぁぁ!」
オルヴォの予言めいた遺言に激昂したカレルヴォは、気が触れたかのようにオルヴォの頭を何度も何度も踏みつける。床が真っ赤に染まるまで頭部を踏みつけてようやく落ち着いたカレルヴォは、血塗れになった靴の裏を床に擦り付けて汚れを落とした。
「フゥー、フゥー……危なかった。今殺してしまえば地下の魔人共が自由になってしまうところだった。あと少しだけ、お前には生きていてもらうぞ」
カレルヴォは息を整えながら、霊術で応急措置をしてオルヴォを延命させる。その状態で彼を部屋に放置しつつ、近衛兵を連れて地下へと向かった。
地下での用事を終わらせたカレルヴォがオルヴォの部屋に戻ってくると、彼のローブの袖や裾から流れ出た様々な資料が床に散乱している。それが意味することは、オルヴォが死んだということだ。
弟が死んだ……殺したと言うのに、カレルヴォには一切の後悔や罪悪感はない。それどころか彼はニヤリと笑うと、オルヴォの死体を足蹴にして資料を全て回収した。これで魔人を作成する技術と世界で初めてその理論を構築したという功績は自分のもの。カレルヴォはしばらくの間、狂ったように笑い続けるのだった。




