束の間の休息
前線に向かう時とは違って、帝都へと戻る荷台の中の雰囲気は良好なものだった。何と言っても、ルガル隊の者達が私を仲間として受け入れたことが大きい。共に戦場を駆け抜けたことで、信頼してもらえるようになったのだ。
最も便利になったのが食事事情だった。これまでは決められた当番の者が恐る恐る私の口元に差し出されていたのだが、今では誰も恐れずに持ってきてくれる。この方がお互いに楽で良いな。
「アニキ、飯だぜ!」
特に率先して私の世話をしてくれるのはティガルの息子、レオだった。戦場から戻ったその日、ルガル隊のリーダーであったティガルは荷台に残っていた子供達に私はもう仲間の一人だと宣言した。その結果、約束を守ったことを知ったレオは私のことを『アニキ』と呼んで慕うようになったのである。
今も檻の向こう側から腕を精一杯に伸ばして私の口へと近付ける。私は頬の鋏を伸ばし、パンを受け取るとそれを咀嚼する。味気はない上に固いが、全く問題はなかった。
「ったく、俺の息子が三下みてぇになってやがる」
「フフッ、昔の貴方だって似たようなものだったじゃない」
レオが私に懐いているのを見た両親の反応は真逆と言っても良かった。ティガルは嘆くように頭を抱え、シャルは微笑ましいものを見るように息子を見つめている。似たようなものとは、ティガルはどんな子供だったのだろうか?少し気になった。
私は目蓋を開けたまま、荷台の中を見回してみる。私に気を使う必要がなくなったからか、ルガル隊の日常を見ることが出来た。
「痛っ!?もうちっと優しくやってくんねぇか?」
「あはは!痛かった?ゴメンね?」
顔に大きな傷がある大男にゴーラは、一人の雌を肩に乗せてその頭を剃ってもらっていた。ただ、剃り方が悪かったからかその禿頭には赤い線が入っている。闘気を高めて治癒力を向上させることで傷はすぐに塞がっているが、大きな手で傷のあった部分を痛そうにスリスリと擦っていた。
ゴーラは大牙猿という生物と合成された魔人だ。ティガルの右腕的な存在で、ルガル隊では一番の力自慢である。ティガルの大剣よりも更に大きな斧を使っていて、単純な攻撃力は部隊で最高だとか。門を破壊するのに最も貢献したという話だった。
その肩に乗っているのはファルという雌だ。フワフワとした白髪の彼女は、ゴーラとは真逆で戦えるルガル隊の中では最も背が低い。しかも顔付きが幼いので、ゴーラと比べれば大人と子供どころか親子にすら見える。しかし、この二人の関係は番い……ヒト種風の言い方ならば夫婦であった。
ファルは嵐鷹という生物と合成された、ルガル隊とカダハ隊を合わせても五人しかいない空を飛べる魔人の一人である。片手剣と弓の名手でもあり、背中の翼で飛び上がって矢を射るもよし、上空から奇襲を仕掛けるもよし。前衛でも後衛でも戦えるオールラウンダーだった。
意外と言っては失礼だが、夫婦になるように迫ったのはファルの方からだったらしい。夫婦仲は良好で、ファルは一刻も早く子供が欲しいようだ。まあ、仲が良くなければ髪の毛を剃ってあげることはないか。
「さてさて、結果は……悪ぃな。またオイラの勝ちだ」
「またリナルドの勝ちかよ!?」
「このままじゃ今日の飯は水だけだぞ、畜生!」
荷台の別の場所で騒いでいるのはルガル隊でも若い雄達だった。今日の食料を賭けてサイコロの出目で勝負をしているらしい。この勝負で毎日のように勝利しているのがリナルドという長い黒髪を後ろでまとめた雄だった。
焔蜥蜴という生物の魔人であり、優れた槍の使い手だ。この前の砦攻めの際、追撃戦においてルガル隊ではティガルの次に侵略軍の兵士を突き殺している。無論、全体で一番殺したのは私だったが。
閑話休題。槍術だけでなく炎の霊術も達者らしい。火山の火口に生息する焔蜥蜴と合成されたことでその威力は随分と上昇したと言う。戦うことを好む傾向があり、魔人になった時もヒト種でなくなったことを嘆くよりも強くなったことを喜んだそうだ。
「ふんふんふ~ん。はぁい、出来ましたぁ」
荷台の端で繕い物を終わらせてニコニコと笑っているのは、トゥルという雌である。ファルの妹であり、髪の色同じく真っ白だ。しかし、姉とは違ってゴーラと同じくらいに背が高く、使う武器も大型の戦鎚と円盾という武闘派の戦士である。合成されたのは雪熊という真っ白で腕が大きな熊で、トゥルの戦い方に相応しい力強い生物だった。
トゥルは合成獣となる直前の戦いで片腕を失っていた。そして合成獣となったことで、失った腕を取り戻した者の一人である。ヒト種でなくなったことに不安は覚えたようだが、それ以上に五体満足となった喜びを噛み締めていた。
ゴーラ、ファル、リナルド、トゥル。この四人がルガル隊におけるティガルに次ぐ実力者だった。一応ティガルの妻であるシャルも霊術士としては優れているが、総合的な戦闘力をこの五人と比べれば一段落ちるだろう。
(それにしても、オルヴォは素材の相性を考えて合成しているようだ。意外……でもないか。私の霊術の素質に合ったチンピラを探し出して拉致してきたくらいだしな)
パンを咀嚼しつつ、私はそんなことを考えていた。オルヴォは素材となった者の戦い方と、合成された生物の相性を合わせている節がある。そんなことがどうして分かるのかと言うと、使われている素材の半分近くが私が捕獲した生物だったからだ。
しなやかな動きと強い力を両立した天雷虎は、大剣を縦横無尽に振り回すティガルと合成された。圧倒的な腕力で敵を叩き潰すゴーラと合成された大牙猿は、私が捕まえた中では最も腕力に優れていた。遠くから霊術で風の刃を射出する嵐鷹、鋭い爪牙と尻尾の針に口から炎を吐いていた焔蜥蜴、氷で全身を強化して防御を固めた……どれも合成された戦士と似た戦いぶりだった。
オルヴォは私だけではなく、ちゃんと一人一人のことを調べているらしい。実験対象として隅々まで観察しているようだ。いや、ひょっとしたら合わせていないと戦闘力が下がったり失敗して狂気に犯されたりするのかもしれない。技術的なことはわからないが、オルヴォは無駄なことをしないのは知っている。私の推測は大きく外れてはいない気がした。
こうして彼らの話を聞きながら、我々を乗せた馬車は帝都を目指して進んでいく。帝国の領内でトラブルに巻き込まれることもなく、行きと同じ日数を経て帝都にたどり着いた。
それからは出発の日の巻き戻しのようであった。我々は荷台から降ろされ、牛と馬と共にオルヴォに与えられた屋敷の地下へと連れていかれる。そして地下にある牢屋の中へと押し込まれた。
「次の戦場まではこのジメジメした薄暗い場所にいろってか?」
「そう言うな、ティガル。雨漏りと隙間風に悩まされる荷台よりはマシだろう?」
監視のいない牢屋で、魔人部隊はワイワイと話をしていた。魔人となって鋭くなった聴覚と嗅覚によって、声が届く範囲に監視の帝国兵がいないことは確認済みだ。彼らは随分とくつろいだ様子であった。
閉じ込められている彼らには、会話か賭け事くらいしか楽しみがないのだろう。ティガルとザルドだけでなく、多くの魔人達は牢屋の鉄格子越しに会話を楽しんでいた。
「ブモ~ブモ~!」
「ブルルル~!」
「牛さんと馬さん、楽しそう!」
「ぶも~!ぶるる~!」
久々に私と同じ檻に入れられた牛と馬は、魔人形態になって楽しそうに歌っている。最初、魔人部隊の全員がどうして牛と馬も地下に入れられているのかわからなかった。だが、檻に入った瞬間に魔人形態となって干し草を食み始めたことで全てを理解している。私と同じように自分達とは別に魔人となった存在なのだ、と。
相変わらず上手とは思えない歌だが、魔人部隊の子供達にはウケていた。子供達の中には一緒に歌い始める者までいる。牛と馬の機嫌は良くなって、より大きな声で歌うようになる。その様子を見て、私は何故か胸の奥が温まるような感覚を覚えた。
「……?」
次の戦場に行くまでこんな時間が続いて欲しい。そんなことを考えながら闘気と霊力の制御訓練を続けていると、私の感知圏内に二十ほどの気配が侵入してきた。その中には私でも勝てるかどうかわからないほど強い気配が四つも混ざっていた。
有象無象は知らないが、強い方の気配には覚えがある。確か、皇帝のすぐ側に控えていた連中だ。レムルスの同僚と言えば分かりやすいだろう。
気配を上手に隠しているものの、全員がレムルスよりも強いのは間違いない。そんな連中がまとまってこの屋敷に近付いている。これが楽しく歓談するために来ているのだと思える訳がない。
厄介なことになるのは確実だろうが、場合によっては戦いになるかもしれない。オルヴォがどうなろうが構わないが、私を仲間と呼ぶ魔人部隊の者達に被害が出ないようにしなければならないだろう。
(ミカは手練れのようだが、一人で全員を相手にすることは出来まい。戦いにならないのが一番だが、私の願いは大体が叶わないからなぁ……そら来た)
強い気配のいる集団は、屋敷の敷地に入るや否や仕掛けて来た。上の階からは怒号と剣戟の音が響き、強力な霊術が発動したのを感じる。しかし戦闘はすぐに終わったらしく、屋敷の地上部分はもう静かになっていた。
戦闘の音が聞こえてきた瞬間に、魔人達は牛と馬も含めて口を閉じて静まりかえった。そのまま警戒しながら沈黙を保っていると、地下に降りてくる足音が聞こえてくる。数は三で、その内二つは強い気配だ。残りの一つは……おいおい、何故お前がここにいる?
「これが我が愚弟の失敗作達か」
階段を降りてきた最後の人物。それはオルヴォの兄にして、我が魔人となったその日に殴ってから餌を台無しにしたカレルヴォだった。相変わらずフードを被っているから顔はよくわからない。しかし、その口元にはニヤニヤとした嫌らしい笑みが浮かべている。それは私の複眼にはひどく醜悪に見えていた。
カレルヴォは牢屋の中をしげしげと眺めながら廊下を歩く。そして強い二人を連れて一番奥にいる私達の牢屋へと入って来た。私は目蓋を開けたまま、複眼で奴を睨み付ける。カレルヴォは少し怯んだが、それを振り払うように鼻を鳴らした。
「久し振りだな、失敗作一号。あの愚弟が私の研究を盗んで生まれた忌々しい存在!死ぬまでコキ使ってやろう……ありがたく思え」
意味がわからないことを言いながら、オルヴォは懐から一本の黒い杭を取り出した。そしてそれを私の胸の中央に突き刺す。そこから全身に不快な感覚が根のように広がっていく。私は歯を食い縛ってその感覚に耐えるのだった。




