反攻作戦 その四
魔人である我々はヒト形態でも平均的なヒト種よりも身体能力は高い。更に魔人形態だと普通のヒト種に比べて身体能力が大きく上昇する。それに加えて我々は全員が闘気を使って身体能力を強化することが可能だ。するとどうなるか?答えは簡単、騎兵に引けを取らない速度で駆けることが出来るのだ。
「殺せ!殺せ!追い立てろ!ぶっ殺せ!んで、さっさと帰るぞ!」
「先回りするのは味方の騎兵隊に任せるぞ。我々は最後尾を走る敵兵を着実に排除するんだ」
ティガルは雄々しく、ザルドは冷静に味方を指揮をして敵兵を殺して行く。敵兵の中には時折振り返って鉄の礫を撃ってくる者がいるが、追撃する魔人部隊の先頭を駆けるのは私である。鉄の礫で私を傷付けることは出来ず、むしろ足を止めた者は真っ先に斬られていった。
それがわかったからか、途中から敵兵は振り返ることもせずに一心不乱に走っていた。相変わらず何を言っているのかはわからないが、前から聞こえるその声には怯えが色濃く滲んでいる。死ぬのが怖いのはあらゆる生物にとって同じこと。その気持ちは痛いほどわかる。
だが、侵略してきたのは連中だ。この戦争を仕掛けて来たのはこいつらなのだ。だから私は躊躇しない。こんなことになっているのは、戦争を仕掛けて来たこいつら自身の責任なのだから。
こうして私達が逃げる敵兵を背後から襲っていると、前方からも悲鳴と怒号が聞こえてきた。大きく迂回して先回りしていた騎兵隊が、前方から突撃してきたらしい。流石は精鋭部隊と言うべきか、かなり強い闘気と霊力がこちらまで届いている。
ただでさえ士気が崩壊しているところを挟撃された侵略軍はたまったものではないだろう。敵兵はしばらく立ち止まって応戦していたが、すぐに諦めて散り散りに壊走していった。騎兵隊は散会してそれらを追撃していく。
我々も追撃に加わらねばならないのだろうか?そう思った矢先にオルヴォから再び念話が届く。奴は開口一番にこう言った。帰還しろ、と。
『ここからは騎兵隊の仕事だからね。手柄を上げすぎると嫉妬されちゃうし、もう十分でしょ』
「……だとよ。帰るぞ」
「帰還する。警戒は怠るな」
ここまでで良いらしい。ティガル達は命令に従って撤退し始める。武器を鞘に納めたり刃の部分に布を巻いたりしながら、魔人形態からヒト形態へと身体を変化させていた。
私も同じように剣に付着した血を払ってから鞘に納め、全身の外骨格を軟化させてヒト種の皮膚に戻す。そして魔人部隊の者達と共に帰還の途についた。
「悪かったな。俺達ゃお前のことを誤解みてぇだ」
「身体を張って仲間を助けてくれたことは忘れない。ありがとう」
帰還の途中、ティガルとザルドは一度立ち止まると私に向かって頭を下げた。すると他の魔人部隊の者達も次々に礼を述べる。それに対して私は首を横に振った。確かに礼を言われるのは嬉しいが、私はただレオとの約束を守っただけに過ぎないからだ。
それに彼らが生き残っているのは私の力ではなく、彼ら自身が強かったからである。だから首を振ったのだが、意図が上手く伝わっていなかったらしい。彼らは謙虚なのだな、と感心していた。
やはり言葉を発した方が良いのだろうか?しかし、私の声は自分でも聞き取れないほどの濁声だ。せっかく信頼関係を結びつつある相手をガッカリさせたくない。ううむ、どうするべきか……。
思い悩んでいる間に私達は荷台にたどり着いた。ルガル隊とカダハ隊に分かれてそれぞれの荷台に入り、私も荷台に乗せたままの檻の中に入って尻尾と四肢を固定した。
「はい、お疲れ~。反攻作戦は大成功!五つの砦は全部取り戻したってさ。帝国兵はバタバタ死んだみたいだけど……うん、誰も死んでないね」
しばらくした後、荷台にやって来たオルヴォは反攻作戦の結果について語った。五ヶ所の砦を同時に攻略することで、敵の援軍を一ヶ所に集中させない作戦は功を奏したらしい。侵略軍がどれほど強大だとしても、同時に五ヶ所を攻められれば対処することが出来なかったのだろう。
ただし、作戦のために払った犠牲もまた大きかった。五ヶ所の砦によって被害の数は違ったようだが、最も被害が出た場所では動員した兵士の半数以上を失ったとオルヴォは語った。その戦場に行かされなくて良かった、と私は心の底から思った。
ちなみに、この砦の被害は下から二番目だと言う。もしも本来は騎兵隊を率いていたはずの者が動けていれば、我々はこんなに苦労をしなかったかもしれない。私は名前も顔も知らぬ皇族の司令官を心の中で罵倒した。
「それじゃあ今から帝都に戻るよ。ちょっと皇帝陛下にお呼ばれしちゃってね。どんな用事かは知らないけど、スポンサーの意向には逆らえないさ」
このまま次の前線へ送られる訳ではないらしい。それを聞いた私は少し驚いた。短い間とは言え、中央戦線ではずっと前線にいたからこのまま前線に居続けるものだと思い込んでいたからだ。
私達の乗せた馬車はゆっくりと進み始める。帝都で何をやらされるのかはわからないが、しばらくは平和で穏やかな時間が得られるに違いない。私は目蓋を閉じたまま胸を撫で下ろすのだった。
◆◇◆◇◆◇
帝国軍による反攻作戦が成功した。その報せは霊術によってその日の内に帝都にまで届いている。帝国軍には皇帝直属の軍監部隊がいて、最新の情報を逐一報告しているのだ。
この情報に皇帝は大いに喜び、満足した様子であった。だが、廷臣達の反応は少し異なる。彼らは心の底から安堵していたのだ。
普段の皇帝は理性的で冷静沈着だが、一度怒ると激しく暴れるので手に負えない。その怒りに巻き込まれれば、最悪の場合は処刑されることもあり得る。その可能性がなくなったことで、安心せずにはいられなかったのだ。
「ふむ……例の魔人部隊、想像以上の働きを見せたようだな」
帝国の宮廷には重臣が執務室として使っている部屋が幾つもある。その中でも特に広く、豪華な調度品が所狭しと並んでいるのが宰相の部屋であった。
宰相は軍監から上がってきた報告書を読み、反攻作戦での魔人部隊の活躍を知った。魔人についてそれなりに期待はしていた。中央戦線では単独で目覚ましい戦果を上げたと聞いていたからだ。だから使い捨てにしても良く、それでいて手練れでもある贖罪兵を素材にするように皇帝に提案して魔人の部隊を作らせたのである。
するとどうだろう?魔人部隊は身一つで侵略軍の砦へと侵入し、内側から門を破壊し、しばらく内部で暴れた後、敵兵を背後から百以上も葬った。元が手練れの兵士だったことを考慮しても想定以上の戦果であった。
魔人を量産して軍団規模の大きさにすれば、大きな戦力となるだろう。彼らは大国の宰相にそんな確信を抱かせるほどの活躍をしていたのである。皇帝も報告書を読んでいるので、その有用性を認めるはずだ。
「地位や名誉のために研究しているのではなく、研究そのものが目的。所謂『研究バカ』という種類の男だな。こちらの指示通りに動くことは決してあるまい」
ただし、その計画の前には一つの大きな障害があった。それは魔人を作り出した張本人にして、その方法を知る唯一の人物であるオルヴォのことだった。彼は戦争の勝敗になど全く興味はない。彼が興味を持っているのは、ただ自分の研究だけなのだ。
連合軍や帝国軍に力を貸しているのは、偏に研究の素材であるヒト種を確保するために過ぎない。今は彼の研究のために帝国は利用する価値があるが、それを失えばすぐに帝国から去って行くだろう。
この類いの人物は強引に拘束しようとすればするほど逃げようとする。優秀だがコントロールすることが出来ない、為政者にとっては非常に扱いづらく、取り込むのが難しい人物だった。
「さて、どうすれば良いものか。この活躍を既に陛下はご存知であろう。きっと魔人を増やすことをお望みになる。しかし、あの霊術士の技術に関しては帝国の霊術士もどうやっているのかさっぱり解らぬと申しておる。本人にそれとなく量産が可能かは尋ねた時は、入念な下準備をしなければ性能が落ちる上に不測の事態が起きると言われたし……やれやれ、陛下の機嫌がまた悪くなるわ」
宰相は軽くため息を吐くと、執務室で普段の職務をこなしていく。皇帝の補佐である宰相は実質的な文官の頂点に君臨しており、その仕事はとても多い。その激務を毎日こなせるからこそ、帝国の宰相としてやっていけるのだ。
そうして一日が終わり、宮廷から自身の屋敷に戻ろうと思った頃。激務を終えて椅子の背もたれに寄りかかる彼の元を訪れる者がいた。誰かと会う予定はなかったはずだが、応対をした文官は訪れたのは一人の供を連れた由緒ある貴族の当主だと言った。
このような時間に、アポイントメントも取らずに貴族の当主が宰相の元を訪れる。その意味がわからない宰相ではない。彼は疲労を押して貴族と、霊術士らしき供の者を執務室に通した。
「お久し振りですな、カルネリオス卿。皇帝陛下の誕生祭以来でしたか?」
「ええ、そうなりますな。このような時間に、しかも事前に予定も入れずに参ったご無礼をお許しくだされ」
「頭をお上げください、カルネリオス卿。それに無礼を承知でいらっしゃったのなら、よほどの重大事なのでしょう?」
執務室に貴族を迎え入れた時は人当たりの良い表情をしていた宰相だったが、表情はそのままに目付きだけを鋭くして貴族を見据える。カルネリオス卿と呼ばれた貴族もまた、真剣な顔付きになって応えた。
「その通りなのです。その前に一つ、一応確認したいことがありまする。宰相閣下は例の魔人部隊が前線で活躍した話をご存知でありましょうか?」
「ええ、もちろん。これでも宰相を務めさせていただいている身なれば」
「では、これはご存知ですかな?それを成したとされる霊術士は、その技術を他者から奪った盗人だと言うことを」
「……何ですと?」
宰相は最初、カルネリオス卿が言っていることの意味がわからなかった。これまで不可能とされてきた、ヒト種を用いた合成獣作成の技術を持つ霊術士。彼はその成功例を持参し、しかも帝国にて四十を超える個体で合成を成功させてみせた。その実績は疑いようもない。
だが、それが実は盗用だったと聞いてすぐに信じる者はいないだろう。少なくとも宰相は信じられなかった。
「それは真実なのですか?」
「真実かどうかは盗まれたと主張する本人の口からお聞きするのがよろしいでしょう」
そう言ってカルネリオス卿は自分の後ろに控えていた供の者に視線を向ける。するとその者は一歩前に出てから帝国式の礼をして見せてから口を開いた。
「お目にかかれて光栄です、宰相閣下。私はカレルヴォ。魔人作成の技術を盗まれた、オルヴォの実兄にございます」
フードの下でカレルヴォが浮かべている下卑た笑みは、彼が頭を垂れているせいで二人からは見えない。戦場からは遠い帝都の地で、一つの悪意が動き出した瞬間であった。




