反攻作戦 その三
白刃に斬り裂かれながら、私の頭にあったのは『こうして戦いで血を流すのは何時以来だろうか』という暢気な疑問であった。斬られた痛みを遮断しているからこそまるで他人事のように考える余裕を持てるし、視界も広く保てるのだ。
斬られた私だったが、倒れることなく踏ん張っていた。そんな私に向かって追撃は来ない。何故なら、私は甘んじて斬られる代わりに一つの手を打っていたからだ。
「■■■■■!?」
宙に舞ったのは何も私の血と外骨格だけではない。白く塗装された金属の腕とそれが握っていた剣、そして焦げ茶色の臭い油も同様に千切れ飛んでいた。
防御に使わなかった砂の鋏は、何も遊ばせていた訳ではない。敵の援護が間に合った瞬間、私は斬られる覚悟を決めた。そして砂の鋏を防御に使わずに敵の背後に移動させ、斬られると同時に背中から生える腕を両方とも根本から切断したのである。
外骨格と肉を斬らせながら、腕を二本もぎ取ったのだ。この攻防に関しては引き分けか、若干ながら私の勝利と言っても良いと思う。ここからは私の方が有利に戦えるのだから。
闘気を高めて止血と傷口の治癒を行いながら、私は二本の剣を構えて猛然と飛び掛かった。白い剣と黒い剣、そして尻尾と鋏、その全てを使って上下左右から同時に攻め立てたのだ。
「がああああっ!」
「■■■■■■!」
流石は精鋭と言うべきか、私は全力で攻めていると言うのにたった二本の剣と体捌きだけで凌ぎきっている。剣も尻尾も鋏も当たっているが、有効的な打撃を与えることは未だに出来ていない。傷付けているのは鎧だけであった。
しかし、通用しないからと言ってここで攻め手を緩める訳にはいかない。体勢を整えさせるだけであるし、場合によっては前のように逃げられるかもしれないからだ。強い敵は殺せる時に殺しておかないと、必ず後悔することになる。それは前の戦いで学んだ教訓の一つだった。それに……来たか。
「ガルルルルル!」
「ウオオオオン!」
「■■■■■……!」
私に集中していたせいで背後への注意が疎かになっていたらしい。砂の壁を突破しようとしていた敵を片付けたティガルとザルドは、後ろから密かに近付いて襲い掛かったのである。
ティガルの金色の雷撃を迸らせる幅広の大剣が鎧ごと背中を斬り裂き、ザルドの銀色の風を纏った長細い長剣が鎧の隙間から身体を穿つ。白い鎧の敵は声にならない悲鳴を上げた。
「おおおおおおっ!」
「■■……!」
重傷を負った敵にも躊躇せず、私はトドメとして両手の剣を振るう。左右から挟み込むように振るわれた二色の剣は、吸い込まれるように首へと向かい……正確に断ち切って頭部と胴体を分割した。
断面から鮮血を撒き散らしながら、白い兜を被った頭部がゴロリと地面に落ちる。純白の鎧は持ち主の血で真っ赤に染め直され、生気を失った身体はグラリと揺れてからうつ伏せに倒れた。
ガッシャアアアアアアン!!!
私達がトドメを差した直後、背後に聳える砂の壁の向こう側で砦の門が破壊される音が聞こえてきた。ようやく破壊に成功したらしい。むしろ魔人部隊約三十人でこれだけ時間がかかった門を、たった一撃で破壊してみせた我が師は私以上の化物であると実感するよ。
もう必要もない上に帝国軍の邪魔になるので、私は砂の壁を崩してから散らしていく。門が破壊されたのを見た帝国軍は、歓声を上げながら進軍する速度を上げる。外壁の上から慌てて侵略軍の兵士が降りてくるが、完全に破壊されているので修復は不可能だろう。
「よう!凄ぇな、お前!」
「まさか白機兵と互角に渡り合うとは……この目で見たのに信じられん」
ティガルは私の肩をペシペシと叩き、ザルドは信じられないと連呼している。あの白い鎧の兵士は白機兵と呼ばれているのか。知らなかった。
これで我々に課せられた任務は終了だ。ただし、だからと言って門の外へ出て帰ることは許されないだろう。このまま砦を制圧するまで内部で戦わねばなるまい。なら、私は向かいたい場所があった。
「おい、一人でどこに行こうってんだ?」
「我々も共に行こう。露払いくらいはさせてくれ」
一人で向かおうとした私だったが、ティガルとザルドを初めとする魔人部隊は私と共に来るつもりのようだった。手伝ってくれると言うのなら、お言葉に甘えるとしよう。私はコクリと一度頷き、砦の内側へ入って行った。
私が目指す場所は二つ。一つは火吹戦車をなど、逃走に使う鉄の箱を見付けて破壊すること。そしてもう一つは砦の中から私達で討ち取った白機兵が現れた地点の捜索だった。前者は面倒な追撃をなるべく行いたくないからで、後者は純粋な興味である。どうやって白機兵がここに来たのかを知りたかったのだ。
「■■■■■!」
「敵だ!ブチ殺せ!」
「斬り捨てろ!」
砦の建物からワラワラと湧いて出てくる敵兵を、魔人部隊は巧みな連係によって討ち取って行った。霊術と矢によって牽制しつつ、盾や大型の武器を持つ者達が鉄の礫を防ぎながら突撃する。その背後に着いていった者達が斬り込んで蹂躙し、傷を負っていたなら闘気を高めるか治癒の霊術で傷を治すのだ。
一連の動きは誰かが細かく指揮することもなく行われていた。二つの部隊はそれぞれがまるで一つの生き物であるかのように動いている。個人の武勇もそうだが、彼らの真の価値はこの連係にあるような気がしてならない。ヒト種であった時からこの練度だったのだから、これからはもっと強くなるのではないだろうか?
「ここに来たかったのかよ?」
「火吹戦車の車庫か。これを破壊したいのだな?」
ティガル達の邪魔にならないように気を付けつつ私も戦いながら砦を捜索していると、第一の目的地である火吹戦車の車庫にたどり着いた。私の考えを察したザルドに向かって肯定の意を示すべく頷きながら、私は尻尾を叩き付けて火吹戦車を早速一台破壊した。
魔人部隊も私に続いて火吹戦車を破壊し始める。大剣が、長剣が、槍が、斧が、鎚が、霊術が敵の兵器をただの鉄屑へと変えていく。一通り破壊したところで敵兵が異常を察してやって来たが、白機兵はいなかったので我々の障害にすらならなかった。
発見した火吹戦車と筒状兵器のついていない鉄の箱を全て破壊した私達は次の目的地へと向かった。そこは砦の中央にある高い塔で、四方に扉があるだけで窓が全くない。装飾も一切なく、ただ無機質で何故か不気味な印象を受けた。
「こりゃ何だ……?デカい管か?」
「繭のような形の金属の箱が入っているな。中身は……全て空だが、腰掛けがある。まさか、これで兵士を送っていたのか?」
扉を破壊して中に入ると、塔の中央には束になった巨大な金属の管が立っていた。管は二十本ほどの束になっていて、表面には扉がついている。その中にはザルド言う通り繭のような形の金属の箱が入っていた。
中はあまり広くない。腰掛けもあるが、同時に運べるのは二人が限界だろう。しかし、一人でも白機兵を運べるのなら十分である。きっとあの白機兵はこれに乗って砦に来たに違いない。
侵略軍はこんな装置を使って兵士を後方から送っていたのか。この中に入る大きさなら物資を送ることも出来そうだ。何故か戦力が補給されるのはこんな秘密があったらしい。私はただただ感心していた。
『やあやあ、魔人の皆聞こえてる?砦の中で暴れている頃だろうけど、北方の門から連中が逃げ始めてる。追い掛けて殺しちゃって。ああ、無理しなくても良いよ。騎兵隊が回り込むから』
そんな時、我々全員にオルヴォからの念話が届いた。ティガル達は念話が届いた瞬間から、露骨に嫌そうな顔をしている。私も聞いていて嬉しい声とは言えない。ひょっとしたら私も嫌そうな顔になっているのかもしれない。
嫌だとしても無視する訳にはいかないのが我々の悲しいところだ。私は取りあえず尻尾を振って管を破壊し、その隙間へとありったけの砂を入れておいた。これで万が一次の援軍が来ていたとしても、砂に邪魔されて上がってくることは出来ないだろう。
私は入ってきたのと同じ扉から外に出る。塔の外はもう戦場と化していて、魔人部隊が破壊した門から今も続々と侵入しているらしい。門の上にいた白機兵も戦っているようだが、そこそこ強い者達によって上手く足止めされているようだ。
最高の戦力を封じ込められたことで押し返すことはもう不可能となってしまった。それ故に砦を放棄して逃走することになったのだろう。判断が早いなぁ。
「何をボーッとしてんだ?さっさと北門に行こうぜ」
感心している私の肩をティガルはペシッと叩いて促した。確かに今は任務に集中するべきだ。私は頷いてから北門へ向かった。
北門では二台の火吹戦車が並んで炎弾と鉄の礫をばら蒔きながら、兵士達が脱出する時間を稼いでいる。突入した帝国軍は距離を詰めることが出来ず、その隙間から逃げていた。
逃走する兵士を追い掛けるにはあの火吹戦車を破壊せねばなるまい。一度引き返して魔人部隊が破壊した門から出ても良いが、そこはきっと戦いになっているだろうから面倒だ。なら火吹戦車を破壊した方が手っ取り早い。
「おっ、おい!?」
背後からティガルの声が聞こえてくるが、私は気にすることなく前に出る。火吹戦車は私に気が付いて鉄の礫と炎弾を私目掛けて集中させるが、私は無視して突撃した。
鉄の礫は外骨格によって防ぎつつ、炎弾は姿勢を低くして走って回避する。私はジグザグに走っているので炎弾が当たることはない。火吹戦車の目の前にまでたどり着いたと同時に私は跳躍すると、空中で一回転しながら尻尾を叩き付けて一台を破壊した。
更に今度は二本の剣を抜き放つと、破壊した火吹戦車を足場にしてもう一台に向かって飛び掛かる。勢いを乗せて装甲を斬り裂くと、斬った隙間からドロリと赤い血液が流れてきた。運良く中に乗っている兵士を斬ったらしい。動きが止まった火吹戦車を尻尾でひっくり返し、逃げている最中の敵兵の集団にぶつけてやった。
侵略軍の兵士達は悲鳴を上げながら後退り、逆に帝国軍は歓声を上げながら襲い掛かる。北門の前はすぐに乱戦状態になってしまった。
「はぁ~!すげぇ力だな、その尻尾は」
「危なっかしい戦い方だったが、道は開けた。ここは帝国軍に任せて、我々は任務のために追撃に行こう」
様子を窺っていたティガル達が私に合流する。我々は邪魔な敵兵を薙ぎ払いながら、北門の外へと走り出すのだった。




