前線へ
「お頭。あの霊術士の言ってた反攻作戦って、噂になってたアレですよね?」
「だろうな。全部の砦に一斉に攻勢を仕掛けるってヤツだろ。成功しねぇだろうけどな」
檻の中にいる私はティガルとゴーラの会話に聞き耳を立てていた。ティガルは私に話し掛けた幼い雄の父親であり、『お頭』と呼ばれているリーダーらしき金髪で目付きが悪い雄だ。
もう一人のゴーラは厳つい顔に大きな向う傷のある禿頭の大男である。ここにいる魔人達……元贖罪兵のルガル隊の隊員で一番背が高い。背の高さならあのアレクサンドルよりも大きいかもしれなかった。
二人は今、帝国軍が行おうとしている反攻作戦についての話していた。贖罪兵という特殊な立場であるから、あまり情報を自分から得られる立場にない。だが、噂話をする兵士の声を聞くことはある。
中でも反攻作戦についてはよく噂に上っていたのだろう。それについて思っていたよりも二人は多くの情報を持っていた。
作戦の大まかな概要は、侵略軍が前線に作った全ての砦に攻撃をしかけるというもの。個人的には戦力を分散させるのではなく、その兵力によって砦を一つ一つ確実に潰して行けば良いと思うのだが……それが通用しない理由があるそうだ。
「何でですかい?俺達は厳しい戦場に行くからキツいのは確定でしょうが、後方からの援軍がバラけるから戦い自体は勝てるんじゃ?」
その理由は侵略軍の補給能力にあった。何でも侵略軍には高速で多くの人員と物資を後方から送り込む手段があり、何処かを攻めたとしても攻めきる前にいつの間にか砦の中に援軍が届いているのだとか。それがどんな方法なのかティガル達は知らないが、そのことだけは広く知られているようだった。
その方法に私は心当たりがあった。それは以前に砦を攻撃した時、門から逃げ出した馬のいない車輪のついた鉄の箱だ。あれはかなり速かったし、色んなモノを運ぶことが出来るだろう。いつの間にか砦に入る仕組みはわからないが……何か方法があるのだろう。
「砦が幾つあるのかわかってんのか?五つもあるんだぞ。帝国軍の数は多いけどよ、砦一つ攻略するのにも手間取ってるのにそれを五つに分けたら援軍もクソもねぇだろ」
「帝国も後方の部隊を全部出すって話でしょう?」
「この戦争で最初に呼ばれなかった時点で雑兵だろ。最低でもパンパカ撃つアレが防げねぇと、何人いたって肉の壁にすらなりゃしねぇよ」
ティガルはゴーラの意見を一笑に付す。ティガルの言う通り、侵略軍と戦うのならあの鉄の礫くらいは防げないと戦いにすらならない。それが出来ない兵をどれだけ連れてきたところで役に立たないのだ。ティガルの知らない秘策か何かがない限り、大規模な反攻作戦に帝国軍が失敗する可能性は高いだろう。
戦う前から不安になる話を聞かされつつ、夏が終わって涼しくなった辺りで私達は前線に到着する。牛と馬に引かれてたどり着いた最前線の陣地は、濃厚な血の臭いに満たされていた。
私や魔人の嗅覚でなかったとしても感じられるほどに濃い血の臭いが陣地の外にまで漂っている。私は無表情を貫くことが得意であるから平気だったが、ルガル隊の魔人達は全員が顔をくしゃりと歪めている。戦場になれているルガル隊の面々ですら不快な表情になるほどであった。
我々の乗る馬車は一旦停止する。外にいる監視の兵は陣地に入るための手続きを手早く済ませると、再び動き出して陣地の中へと入っていった。血の臭いはどんどん濃くなり、同時に苦悶の呻き声が聞こえるようになってくる。間違いない。この陣地には大勢の怪我人がいるぞ。
荷台には小さな鉄格子しかないので陣地の様子はよく見えない。しかし、異様な雰囲気が漂っているのか監視の帝国兵は不安そうに小声で会話をしている。普段は威勢が良かったのに、戦場に来た途端に縮こまるとは……本当に質が悪い兵だったようだ。
監視の部隊の隊長と別の馬車にいたオルヴォは、二人で陣地の中央にある天幕へと促されている。私は集中して話の内容を聞いてみる。すると、この陣地の現状を知ることが出来た。
どうやら哨戒中に侵略軍の部隊と遭遇し、突発的な戦闘になったらしい。侵略軍の数は多く、帝国兵は即座に撤退した。侵略軍はこれを追撃したのだが、帝国軍からの援軍が間に合ってこれを撃退した。
そこまでは良かったのだが、この陣地を指揮していた将軍はこれを好機と捉えた。逃げる侵略軍に一撃加えてやると息巻いて、周囲の反対を押しきって自ら精鋭を率いて追撃し……返り討ちにあって大打撃を受けたそうだ。
殉職した将軍は皇族で、実戦経験のないお飾りだったそうな。しかし戦場の空気に当てられたのか妙に張り切っており、しかも素人なのに自分で指揮を執りたがる悪癖があった。偉そうにふんぞり返っていれば死ぬことはなかったろうに。
相手が皇族であるが故に、精鋭部隊は逆らえなかった。精鋭部隊の半数は戦死、生き残った半数も無傷の者は一人もいない惨状であった。かなりの手練れがいたからこそ全滅しなかったようだが、その手練れも生死を彷徨うほどの重傷を負っている。反攻作戦には参戦出来ないようだ。
将軍は皇帝から反攻作戦まで安易に軍を動かすなと皇帝に言い含められていたようだが、その直前にとんでもないことをやらかしたらしい。もしも生きていたら処刑ものの大失態だが、本人が死んでいるせいで責任を取るべき者がいなくなっていた。
当然のように代わりとなる援軍を要請したのだが、それは叶わなかった。今回の反攻作戦では帝国軍の人員を限界まで動員しているせいで、今さらここに回せる余剰戦力はなかったのである。
そんな状態であるから、我々のような良くわからない者達であっても歓迎されている。予期せずして減った戦力の穴埋めとして期待されているのだ。オルヴォは自分の部隊が精鋭部隊の代わりを果たして見せると宣言していた。おい、安請け合いするなよ?
「母ちゃん、ここ臭いよ」
「そうね……でも、我慢するしかないわ。男の子でしょう?」
「うぅ、わかった。我慢する」
私が天幕の内側で続けられる反攻作戦の詳細について意識を向けている間に、ティガルとシャルの息子、レオは辛そうな顔でそう言った。この臭いの原因は外にあるので、我々にはどうすることも出来ない。母に諭されたレオはしゅんとしながらも頷いた。
その後、レオは私の檻の前にやって来て私をじっと観察し始めた。この移動中、私が大人しくしていたからか観察するだけなら誰も何も言わなくなっている。心を開かれてはいないが、必要以上に警戒もされていないのは間違いなかった。
しばらくすると話を終えた外からオルヴォの気配が近付いてくる。そのことに聴覚や嗅覚で気付いていたルガル隊の全員が荷台の端に座って待機する。数秒後、荷台の扉がバンと勢い良く開かれた。
「皆、反攻作戦の日は明後日だよ。魔人部隊の任務は砦の側面から乗り込んで引っ掻き回して混乱させた後、内側から門を開けること。結構大変だと思うから、それまで身体を休めといてね」
オルヴォは気楽に言うと荷台の扉を開けっ放しにしてカダハ隊の乗る荷台へと向かった。砦の側面から侵入……前に砦を攻撃した時と同じことをしろと言うことだ。
ただし、あの時とは違ってただの陽動ではない。乗り込んでから本気で戦い、内側から門を開けて帝国兵が突入するのを援護するところまでが任務である。それをたった三十人前後で行えと言うのだから、無茶振りも良いところだ。
実際、ルガル隊の顔色も悪くなっている。しかし、無策に突撃して死にに行くつもりはないらしい。ティガルを中心にして作戦を練り始めた。
「攻城戦は何度もやってるが、侵略軍の砦は手強いぞ。梯子を掛ける余裕はねぇし、壁に凹凸がねぇからしがみついて登るのは無理だ」
「長い鉤縄がいりやすね。何本ありやしたっけ?」
「三本あるわ。最初に登るのは貴方とゴーラ、トゥルに任せたい。危険だけど良いかしら?」
「はぁい。がんばりますぅ」
「霊術でも援護するけど、リナルド達がすぐ後ろについて守ってあげて」
「任せな、姐さん」
「弓兵も援護するよ!」
「クソ霊術士の言い方だとカダハ隊と合同だろうし、あいつらと呼吸を合わせるぞ。それから……」
ルガル隊は慣れた様子で作戦を立てていく。砦に乗り込んでからの動きも砦の内部がどんな感じなのかを想定し、幾つかのパターンに分けて作戦を決めていった。
その中に私についての言及は一切なかった。ティガル達は私の実力を知らないし、連携が取れる相手だとも思われていないらしい。それに念話も使えず、まともな言葉も話せない私は連携を乱すだけになりそうだ。
「なぁ、父ちゃん。コイツのことはいいの?」
私を指差したのは、私に興味津々だったレオである。ティガル達は複雑な顔になり、少し考えてから口を開いた。
「あのクソ霊術士が強ぇって言ってたから、実力はあるんだろうよ。でも戦い方どころかどんな奴かすらわからねぇ相手に背中は任せられねぇよ」
「じゃあ今からでもどんな奴か知ればいいじゃん」
「そりゃあ……なぁ」
レオの言うことは正論だろう。しかし、これまで知らない相手を信頼しないことで生き延びてきたティガル達には受け入れ難いのだ。その気持ちは私も理解出来るので、何か言うつもりはなかった。
それからもレオは何とか両親達を説得しようと試みたが、結局聞く耳を持つことはなかった。不必要に警戒することはなくなっても、だからと言って信頼は出来ないのだ。
その日の夜、ルガル隊の全員が寝静まった頃。音を立てないように注意しながら私の檻に近付いてくる気配がする。気配を探らずとも私にわざわざ近付く者など一人しかいない。レオである。
「なぁ、起きてるか?起きてたら目蓋を開けてくれよ」
レオは両親達を起こさないように小さな声で私に囁く。自ら私と関わりを持とうとする者を無視するほど、私は冷たくはない。私はゆっくりと三つの目蓋を開いた。
目蓋の奥にある複眼を見たレオは大きな目をさらに大きく見開いた。恐れられるかと思ったのだが、レオは身を乗り出してじっと私の複眼を見つめている。レオはブンブンと首を大きく振ると意を決したように私へ頼んだ。仲間を助けてくれ、と。
「次の戦いは厳しくなるんだろ?本当は俺が皆の力になりたいんだけど、まだ未熟だから戦場にいけないんだ……だから、俺の代わりに皆を助けて欲しい。頼む!この通りだっ!」
真面目な顔のレオは私の複眼を正面から見ながら、小声で必死に懇願する。これほどに真摯な願いを無碍にすることなど私には出来ない。私はコクリと頷いてみせる。するとレオは輝くような笑みを浮かべながら、小さい声でありがとうと言うのだった。




