魔人達と戦場へ
オルヴォが今後の方針を決めた翌日、牢屋は少し騒がしくなった。オルヴォとミカ、そして十数人の帝国兵がやって来て、オルヴォが霊術で私と牛と馬以外の魔人を眠らせては魔人を私が入っているような檻に入れる作業を始めたのだ。
使い捨ての兵器としてでも使うのだろうか?狂乱しているとは言え、同じ魔人としては心配であったのでその気配を可能な限り追ってみる。すると、意外なことに近い場所に留め置かれているようだった。
この牢屋の近くに大きな部屋があるようで、そこに集められているらしい。地下から出さないのには何か理由があるのだろう。その理由が何なのかは全くわからないが、一つだけわかることがある。それは間違いなくろくでもないことだと言うことだった。
「ブモモ~!」
「ヒヒ~ン!」
相変わらず呑気な牛と馬は、魔人形態になって上機嫌で干し草を食みながら鳴き声を出している。その鳴き声は一定のリズムを刻んでいた。ひょっとして歌のつもりなのだろうか?
運び出す仕事をしている帝国兵は顔をしかめていたが、オルヴォは面白いと言ってそのまま歌わせていた。牛と馬による合唱は下手だしやかましいが、楽しい気分になるのは確かである。二頭の歌が私は嫌いではなかったので、オルヴォが禁じなかったことに少しだけ感謝した。
運び出す作業そのものは一日で終了した。それから数日間は特に何も起きなかった。牛と馬の差し出す干し草を食べ、遠くからうっすらと届く魔人達の鳴き声を聞きながら闘気と霊力の制御訓練を積むだけで過ぎていった。
だが、ついに変化の時が訪れる。地上で強力な霊術が連続で行使されたのだ。慌てて感覚を鋭くして探りを入れると、オルヴォが何らかの霊術を使っているようだった。オルヴォが室内で強力な霊術を使う……それは今まさに新たな魔人達が作られていることを意味するに違いない。
霊術は合わせて四十五回行使されたので、恐らくは四十五体の新たな魔人が作り出されたのだと思う。私にとって新たな後輩とも言うべき存在であるが、全く嬉しいとは思えなかった。
合成の霊術が終わってから半日ほど経った後、地上から何かの集団がゾロゾロと降りてきた。気配から察するに、一人は間違いなくオルヴォである。残りの内の一人はここに来て魔人を檻に入れる作業をしていた帝国兵で、その他はわからない。しかし、その多くは闘気と霊力から手練れであり……全員を合わせて四十五人だった。
特に強い気配が二つあって、どちらもアレクサンドルには勝てずともレムルスとならば良い勝負が出来そうだ。他の気配もアレクサンドルの部下くらいの強さはあるので、集団としての戦力はかなり高いだろう。
ただ、戦士とは言えない小さな気配も混ざっているのはとても気になった。あれは何なのだろう?私は疑問を抱くと共に、何となく嫌な予感がしていた。
集団は魔人達が連れていかれたのと同じ部屋に入ると、少ししてからそこで激しく戦い始めた。魔人達の雄叫びと悲鳴がここにまで届いて来る。狂乱する魔人達と『竜血騎士団』に匹敵する集団、どちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだ。戦いの音は直ぐに鳴り止み、百を超える魔人達の気配は完全に途絶えた。
死んでしまったのは悲しいが、あの奴隷が死んだ時に比べれば私の衝撃はとても小さい。確かに魔人達は同胞と言えるし、それを殺されたことに思うところはある。しかし、まともに交流すらしていない相手の為に怒るほど私は優しくない。ただただ、あの魔人達が哀れで悲しいのだ。
戦いを終えた一行は、こちらに向かって近付いてくる。オルヴォを先頭にやって来たのは、首に『隷属の首輪』を着けた粗末な格好のヒト種の集団であった。首輪と粗末な服装と言えば、私の中では一つしかない。この集団もまた、奴隷であったのだ。
「紹介しよう!彼らは君達の先輩の魔人だよ!特に椅子で寝ているのは最初の魔人……現時点では最強の魔人だね」
やはり、そうか。ここにいるのはヒト種の魂を用いて作り出された魔人だったのだ。私と違って全員がヒト種にしか見えないのは、私の時の経験を活かして細部の調整をしたからだろう。どんな生物と合成された魔人達なのか、全くわからなかった。
その中には幼い個体もいる。小さな気配はこれであり、オルヴォは幼かろうと容赦なく魔人に変えたようだ。きっとオルヴォは幼い個体を素材にした場合のデータも欲しかったのだろう。研究のためならば何でも試す。オルヴォのそう言うところが、私は本当に大嫌いだった。
新たな魔人達は私達のことをじっと見つめている。牛と馬はやはり図太いらしく、食後の昼寝を続けていた。ある意味羨ましいが……不意打ちされたら間違いなく殺されてしまいそうだ。
「顔合わせも終わったね?二日後には前線に出発するよ。反攻作戦に参戦しないといけないからさ!」
反攻作戦と聞いた魔人達の顔が強張るのを私は見逃さなかった。どんな作戦かは知らないが、彼らが怯える程度には厳しい戦いになると予想されるらしい。死にたくないなぁ。
オルヴォの言う通り、二日後には私の檻と牛と馬は牢屋の中から地上に連れていかれた。そして何時もの馬車の荷台に入れられる……のかと思えば魔人が乗っている大型馬車の荷台に乗せられてしまった。
私の檻を見て、新たな魔人達は少し緊張しているようだった。これから戦場に行こうと言うのに、良くわからない相手が近くにいるのだから緊張もするのも頷ける。私にはどうしようもないので、我慢してくれとしか言えない。
「ブモォー」
「ヒヒィン」
馬車の荷台に乗せられた後、外から牛と馬の鳴き声が聞こえてくる。馬の方は少し遠いが、牛の方はかなり近い。恐らくはこの荷台を引っ張ることになったのだろう。何となくだが、鳴き声も嫌そうな声色であった。
牛と馬も戦場へ向かうのか。馬車を引っ張るだけならば、死ぬ可能性も低かろう。少しだけ安心した私であるが、いつも通りに寝たふりをすることにした。魔人達に迷惑はかけたくなかったからだ。
馬車で移動し始めてしばらくの間、荷台の中では一切の会話がなかった。私は彼らに気を遣っているものの、いないものとして振る舞うことが出来る訳がない。荷台の中は重苦しい雰囲気が漂っていた。
「なぁ、兄ちゃん。なんで兄ちゃんはずっと寝てんだい?」
そんな空気を破ったのは幼い雄だった。サラサラした明るい金色の髪に利発そうな青い瞳のフル族に見えるが、これも私と同じ魔人なのだろう。若様どころかあの奴隷よりも幼いだろうに……オルヴォも残酷なことをするものだ。
そんな幼い雄の頭を隣にいた同じ金髪のフル族が殴り付ける。幼い雄と顔のパーツはほとんど一緒だから恐らくは父親なのだろう。だが、目付きだけが途轍もなく悪いので、とてもではないが親子には見えなかった。
「痛ってぇ~!酷いよ、父ちゃん!」
「馬鹿野郎!不用意に話し掛けるんじゃねぇ!」
やはり警戒されているようだ。この者達がどんな理由で奴隷となったのかはわからないが、奴隷である以上はまともな人生を送ってきた訳がない。それ故に知らない相手を警戒するのは当然と言えた。
「でっ、でもさ!実は良いヤツかも……」
「そうじゃなかったらどうするつもりだ?あのイカれた霊術士の手先かもしれねぇんだぞ」
「うぅ……ごめんなさい」
幼い雄は殴られた頭を擦りながら涙目で父親に謝っている。すると父親はフンと鼻を鳴らして幼い雄から目を反らした。殴ったことを悪いと思っているらしい。厳しさは息子を想ってのものなのだろう。
目付きが似ている雌……恐らくは母親が優しく殴られた場所を撫でている。幼い雄は恥ずかしそうにしながらも、その手の温もりに癒されているようだった。
両親か。生まれる前にゲオルグが卵の状態で飼育していた私は、親の姿など見たこともない。故に親子の情と言うものの存在を理屈の上では理解できても、実際にどのように感じるのかがわからなかった。ただ、少しだけ羨ましいと思う自分がいる。そのことに我ながら驚いていた。
大型馬車……いや、今は引っ張っているのが牛だから牛車と言うべきか?とにかく、その荷台に乗った状態で一ヶ月と半分ほど我々は移動し続けた。晩夏のうだるような暑さはヒト種であれば辛かったのだろうが、魔人達に消耗している様子はない。私と同じく、暑さにも寒さにも強いのかもしれないな。
初日こそとても警戒されていた私であるが、数日経つころには慣れたのか小声で会話するようになっていた。それに大型馬車の周囲を取り囲む帝国兵の会話もバッチリ聞き取っていたので、少しだけ魔人にされた者達の事情が判明してきた。
ここにいる者達は帝国に歯向かった反逆者の末裔だと言う。反逆者の一族は完全に滅びるまで帝国の尖兵として戦うことで罪を償っているのだとか。魔人にされたのはそんな戦う以外に選択肢がない者達だった。戦う以外に選択肢がない……私と同じだな。
向こうは私を警戒しているし、私もまだ会話が成り立つほど聞き取れる声を出すことは出来ない。だが、腹を割って話す機会さえあれば、案外わかり合えるのではないだろうか?私の中に少しだけ希望の光が差した気がする。
「あー、かったるいなぁ。階級もねぇクズの見張りなんてよぉ」
「見たか?ルガル隊の女!すっげぇ巨乳がいるんだ!他も結構上物だったよな?あんな女が目の前にいてお預けなんて生殺しだぜ……隠れてヤっちまおうか?」
「止めとけ。最初に言われただろ、贖罪兵に帝国人の血を混ぜるのはご法度だってよ。バレたら隊長殿にナニを切り落とされちまう。連座されるのはゴメンだ」
「大体、もうあいつらはただのクズじゃなくて、イカれた外国の霊術士が化物にしちまったんだろ?そう考えただけでどんな美女でも萎えちまうわ」
「良い女のフリした化物かぁ……逆に興奮しねぇ?」
「変態かよ!?ギャハハハハ!」
微かな希望を抱いていると、外から新入りらしい帝国兵の会話が聞こえて来た。随分と下卑た会話であるが、これだけでも幾つかの情報が転がっている。階級という何らかの制度、ヒト種の好み、帝国の法律の一部、帝国兵にとってのオルヴォの評価……私にとっては情報の宝庫だった。
私にとって有意義な会話ではあるが、魔人達の雰囲気は最悪になっていた。逃走防止用なのか荷台は頑丈に出来ている上に外からの音は聞こえにくくなっている。しかし、魔人となって五感が鋭敏になったのか全員が外の声を聞こえているようだったからだ。
雄達は不愉快そうに眉根を寄せ、雌達は恥辱に顔を歪ませる。もしも自由だったなら、すぐにでも全員が飛び出して殺しに行きそうな雰囲気だった。頼れる相手がいないが故に一族を大事にするのだろう。そうやってこれまで生き延びて来たのだ。
確かに情報収集としては役立つが、今の会話は聞いていて心地よいものではない。しかしながら、それ以上に私は監視する帝国兵の質があまりにも低いことが気になった。元から強かった者達が魔人になったことで一段強くなっているのに、それを監視するのが頭の中身だけではなく戦闘力も低い者達を使っていることに違和感を覚えたのだ。
ただ単に『隷属の首輪』の性能に頼っているのならまだマシだ。もしもそれが、監視に割ける帝国兵すらいないからだとしたら……戦況は想像以上に悪いのかも知れない。そんな戦場に行くのは死にに行くようなものである。予想が外れてくれることを私は切に願うのだった。




