新たな魔人
贖罪兵であるルガル隊とカダハ隊を輸送する二台の大型馬車が帝都に到着したのは、アルテラ歴八百二十五年の夏の終わりであった。二台の馬車は帝都の大通りを抜け、大きな屋敷で停止する。その後、馬車から降りるように命じられた彼らは素直に従って地面に素足で降り立った。
外観こそ平均よりは大きな屋敷にしか見えないものの、その内部は完全に霊術の研究施設であった。霊術回路が刻まれた器具が所狭しと置かれ、無数の瓶は色とりどりの薬品で満たされている。
ただし、屋敷の主であるオルヴォは合成獣の専門家であるが故に多種多様な生物が入れられた檻も存在している。冥王蠍の魔人に捕らえさせた数十匹の生物を含め、その数は優に百を超えていた。
生物の入った檻そのものは二階にあり、しかも薬と霊術で眠らされているので鳴き声がするということはない。しかし二階は隠しようのないほどの獣臭で満たされており、慣れているオルヴォとミカ以外の使用人は可能な限り二階に近付こうとしなかった。
裸足の贖罪兵達は命じられるままにペタペタと磨かれた石の床を進む。その後、連れてこられた大部屋で準備が終わるまで待機するようにと命令された。
「よう、ザルド。また生きて会えて嬉しいぜ」
「ティガルか。私も会えて嬉しいよ」
見張りの帝国兵が部屋から出て行った後、金髪で目付きが悪い男は近くにいた同じくらいの年頃の男に話し掛ける。ザルドと呼ばれた男は贖罪兵であり、短く切り揃えた銀髪と鋭い碧眼の女性と見紛うほどに整った容姿であった。
ザルドは金髪の男、ティガルと固い握手を交わす。ティガルが率いるルガル隊とザルドが率いるカダハ隊は、最初期に結成された贖罪兵の部隊の生き残りである。昔から同じ戦場に放り込まれることが多く、顔馴染みであると同時に部隊の同胞以外の数少ない戦友であった。
「こっちもそうだが、そっちも減っちまったか……何人残ってる?」
「まだ戦えない子供を合わせて二十一人、怪我人を除いた戦闘員は私も入れて十三人だな。そっちは?」
「全部で二十四。でも戦えんのは十一ってとこだ。何人か大怪我しちまってよ。生きてるだけありがたいがな」
そう言ってティガルはチラリと部屋の片隅に目を向ける。そこには片腕や片足を欠損した八人の男女が座っていた。彼らは侵略軍との戦いで重傷を負ってしまったルガル隊の同胞だった。
応急手当とその後の霊術による治療で傷口は塞いだものの、欠損部位を再生させるほど強力な霊術を使える者はほとんどいない。そしてそんな霊術を使える者は、贖罪兵の治療などしてくれないのである。
彼らはもう戦うことは出来ないだろう。しかし、部隊を裏側から支えることは出来る。食事を用意したり武具の手入れをしたり、大人達が戦っている間に子供の世話をすることも大切だ。それ故に不便であっても死にたくなるほどの絶望はしていなかった。
「全くだ。それで……今から何をさせられると思う?」
「さあな。ただシャルが嫌な予感がするって言ってたから、ろくでもないことになるのは確かだろうよ」
「奥方の勘はよく当たるからな……」
ザルドは腕を組んで唸っている。彼らは屋敷の廊下を歩いているだけなので、他の部屋にある薬品や道具の存在は知らない。もし知っていたら悪い予感は確信へと変わっていたことだろう。
二人のように部隊の同胞達は近くにいた者達と談笑していた。同胞以外と普通の会話をする機会が少ない彼らにとって、別の部隊との会話はそれだけでも娯楽と言える。特に子供達は楽しそうにはしゃいでいた。
ただし、その声はかなり小さい。外にいる帝国兵に難癖をつけられると面倒臭いからだ。子供達もそのことを理解していて、大部屋を走り回ったり音が鳴る遊びをすることはなかった。
「隊長、誰か来ます」
「全員、静まれ」
耳が良いカダハ隊の一人がザルドに耳打ちすると、カダハ隊だけでなくルガル隊も談笑するのをピタリと止めて壁際に寄って直立不動になった。隠れて息抜きすることと、急いでそれを取り繕うのは慣れたものであった。
大部屋の扉を開けて入ってきたのは、ミカを引き連れたオルヴォであった。ミカは器具が沢山乗せた台車を押していて、それを見た贖罪兵達の顔色は悪くなってしまう。そんな彼らの反応を見たオルヴォだったが、全く気にすることなくニッコリと微笑んだ。
「やあ、贖罪兵さん達。早速で悪いけど、色々と調べさせてもらうね。あと採血もさせてもらうから、そこんとこよろしく。じゃ、端から順番に行きますか」
オルヴォは一人一人、順番に杖を向けて白い光を照射する。最初に光を浴びたのはティガルであり、彼は緊張していたものの、意外なことに痛かったり苦しくなったりすることはなかった。
オルヴォはその後に何かを紙にメモしてから、次の贖罪兵に光を照射する。その後、ミカは光を照射し終わった贖罪兵の腕を取って「失礼します」と言ってから注射器を差して採血する。それを二人は子供を含めた全員に対して行った。
贖罪兵達は闘気を当然のように使えるので、注射器の傷はすぐに治っていく。しかし、子供達はそうではない。まだ闘気を使いこなせない子供達は大人のようには治せないし、特にまだ戦闘訓練を初めてすらいない幼い子供達は、向けられた鋭い針の先端を見て怯えていた。
「うぅぅ……」
その中にはティガルとシャルの息子もいたのだが、彼は涙を浮かべながらも流すことなく耐えていた。それを見たティガルは息子を心配しながらも、我慢しているのを見て少しだけ誇らしい気持ちになっていた。
全員を合わせて四十五人しかいないので、検査と採血を終えるのにさほど時間はかからなかった。全員分の採血を終えた後、オルヴォとミカは足早に大部屋から去っていった。
贖罪兵達は身構えていた分、思っていたよりも何と言うこともないことに拍子抜けしていた。シャルの勘も珍しく外れたのかとティガルは思っていたものの、彼の妻は難しい顔をしたままであった。
「どうしたよ?何てことなかったろ?」
「全員が浴びた光……あれは霊術の適性を調べる術だったわ。そんなものを調べてどうするの?やっぱり嫌な予感が止まらないわ」
ティガルは心配し過ぎだ言いたかったが、これまで彼女の勘に助けられたことは何度もある。それ故にティガルは気を抜くことなく、警戒をし続けることにした。
ティガルとシャルが以外の贖罪兵達は楽な任務だったと安心していると、今度はミカだけが大部屋にやって来た。彼は再び台車を押しているのだが、その上に乗っていたのは何らかの器具ではなく……大皿乗せられた全員分の料理であった。
「ご自由にお食べ下さい。私は控えておりますので、足りない場合はおっしゃって下さいませ」
贖罪兵に対しても丁寧な言葉遣いを崩さないミカの態度は、彼らにとって奇異に映った。しかしそれよりも今まで食べたこともない美味しそうな料理に彼らの目は向いてしまう。彼らは恐る恐る食事に手を付け、口に運んだ。その瞬間、彼らの口に衝撃が走る。これまで食べてきたどんなものよりも、その料理は美味であったからだ。
ミカは特別な食材や調味料は一切使わず、それどころか贖罪兵に出される予定だった食材だけを用いて料理を作った。にもかかわらず、信じられないほどに美味しかったのである。贖罪兵達は警戒しようと言っていたティガルとシャルでさえも貪るように料理を平らげた。
食べれば食べるほどに幸福感は増していき、しかし満腹になるどころか益々食べたくなるほどだった。ミカはこの時点で足りなくなるだろうと察し、音もなく大部屋から厨房へ移動すると素早く同じ量の食事を作って彼らに振る舞った。
「お下げします」
満腹になった贖罪兵達は腹部がパンパンに膨らむほど食べて大部屋に横たわっていた。ミカは優しげな、それでいて悲しそうな光を瞳に浮かべながら、台車と皿を片付けていった。
その日から数日間は何もなく、快適な大部屋で十分な食事を与えられるだけの日々が続いた。戦いで受けた傷は大体塞がり、十分な栄養を摂ったことで顔色も良くなっている。今、贖罪兵達は人生で最も良いコンディションになっていた。
そうして贖罪兵の警戒心が薄れてきた頃、大部屋にオルヴォが再びその姿を表した。その隣には贖罪兵を管理する帝国兵の一人が立っている。それを見た彼らの顔には緊張が走るが、やはりオルヴォは気にしない。彼は全員の顔をじっくりと観察してから、うんうんと頷いた。
「よしよし、栄養状態は良くなってるね。じゃあ一番の人……そこの金髪の人からだね」
「ついてこい」
命令には逆らえず、ティガルはついに来たかと立ち上がった。彼の背中には他の贖罪兵達の視線が集中しているのを感じる。特に足元から自分を見上げながら不安そうな顔をしている息子に、小さく「大丈夫だ」と言って頭を撫でてから彼はオルヴォの後ろについていった。
彼が連れてこられたのは、屋敷の二階にある小部屋の一つだった。二階に漂う獣の臭いに嫌な予感がどんどん膨らんで行くティガルだったが、部屋に入った瞬間に彼は思わず身構えた。何故なら、その部屋には檻に入れられた状態で眠っている自分の倍以上の大きさの白い虎がいたからである。
その闘気と霊力の強さは、寝ている状態であってもビリビリと伝わってくる。虎の首には首輪があり、それが自分の首にあるものと同じであることにティガルは気付いた。檻もあるので急に襲われることもないと思われるが、ひょっとして自分はこれの餌になるのかも知れないと最悪の想像が頭をよぎる。
「はい、こっち。ここに座らせて」
「座れ」
しかし、その想像は外れであった。オルヴォが杖で指し示したのは檻の隣に設置された椅子である。椅子には複雑な霊術回路が刻まれた突起が装着されており、何らかの霊術に用いるのは確実だった。
取りあえず食べられる訳ではないにせよ、何かしらの霊術を使われるのは確定だ。シャルの勘はやっぱり当たるのかと思いつつ、命令に逆らえないティガルは大人しく椅子に座る。その直後、肘掛けと椅子の足の突起が展開して彼の両手足を固定した。
「それじゃ、これからやることを説明するね?君達にはこれから、ヒト種を止めてもらうよ」
「……は?」
余計な口を開くと暴力を振るわれる可能性があるので、贖罪兵はなるべく口を開かないようにしている。しかし、オルヴォの一言は余りにも理解の範疇を超えていたが故に、ティガルは思わず声を出してしまった。
固まるティガルを見て満足げな顔になったオルヴォは、袖の中からゴツゴツした腕輪と、両端に複雑な形状の金具と杭がそれぞれくっついた太い縄である。腕輪と杭には複雑な霊術回路が刻まれていて、これもまた座っている椅子と同じく霊術に使う道具であった。
オルヴォは上機嫌にその腕輪をティガルの左手首に装着する。そして腕輪の突起の一つに、縄の端にある金具がガチャンと音を立てて綺麗に固定された。
「僕は合成獣の専門家でね、君には今からこの天雷虎と合成してもらう。君の魂を使うから人格も記憶も残るし、生物として強くなることはあっても弱くなることはないから安心してよ」
「やっ、止め……!」
「あらよっと!」
オルヴォは天雷虎のいる檻の中に入ると、腕輪と縄で繋がった杭を大きく振りかぶってから振り下ろした。杭が後頭部に突き刺さると、天雷虎はビクンと大きく痙攣してからグッタリと力が抜けていった。
それと同時に杭、縄、腕輪、そして椅子の霊術回路が輝き始める。腕輪の内側からカチリと鳴り、ティガルの腕に六本もの針が突き刺さった。その針からは何かドロドロとしたものが身体に流れ込んでいく。流石のティガルも恐怖に耐えられず、絶叫を上げた。
「ぐあああああっ!?」
「侵略軍の技術を使って小型にした、魔人作成用の道具……やっぱり便利だなぁ。調整はちゃんとしないといけないけど、最初みたいに大掛かりな準備は必要ないし。じっちゃんには感謝しないとね!」
ティガルの悲鳴など聞こえていないかのように、オルヴォは新たな道具がちゃんと機能していることにご満悦だった。叫び続けるティガルだったが、しばらくすると椅子の背もたれの突起から延びた針に首を刺されて気を失ってしまう。気を失う直前に彼が思い浮かべたのは、自分の妻子と同胞達の顔であった。




