帝国での日々
帝国にやって来てから一ヶ月が経過した。帝国の屋敷での優雅な生活が始まるかに思えたが、悲しいことにそんなことはなかった。と言うのも、私はミカとオルヴォに連れられて毎日のように屋敷の外へと連れていかれたからである。
オルヴォは帝国の各地を自ら移動して、強い生物を探しては私に生け捕りにするように命じた。何時でも出発しても良いように私は常に馬車の荷台で日々を過ごしている。その結果、私は屋敷の中に入ることすら出来なかった。
ではオルヴォは優雅な生活を送っているのかと問われれば、それは違う。常に楽しそうだったオルヴォの雰囲気が、この一ヶ月は一転して不満そうなものになっていたからだ。
その理由はただ一つ。ヒト種を素材とした合成獣……魔人と呼ぶようになったらしいそれの部隊を編成するまで自由を制限されるからだ。自由に、気の赴くままに研究をしてきたオルヴォにとっては非常にストレスが溜まる環境であるようだった。自由を奪われることの辛さをこれで思い知ると良い。
同時にこれを機に帝国に仕官しないかと熱烈に勧誘されている。だが、先に述べたようにオルヴォは自由に研究するのが好きな自由人だ。帝国に雇われ、命令された研究をするのは嫌だ断っている。しかし、何度断っても諦めずに勧誘は続いているようだ。
生物を捕まえに行くのは、それを口実にして外に出掛けつつ勧誘からも逃げるためだ。その時も腕が立つ護衛が監視を兼ねて動向するので、完全に自由とは言えない。護衛の中には皇帝の側で控えていた強者が必ず一人は混ざっていた。
素手で殴り倒したレムルスと同格と言えば弱く感じるが、それが本気の武装をしていると考えると一気に脅威度が上昇する。連中の武具は帝国でも最高の職人が作ったものらしいし、そもそもレムルスを一方的に殴り倒せたのは向こうが油断していたからだ。今では私を常に警戒しているので、もしも戦いになったら負ける可能性も十分にあった。
何はともあれ、オルヴォは外に出ても自由とは決して言えない状態だ。しかし、屋敷にいるよりはずっと良いらしい。強い生物を求めているのも事実なので、積極的に出掛けるようになったのである。
このようにオルヴォは現状を不満に思っているようだが、それ以上にミカの方は気を張り続けている。どうやら帝国は勧誘する裏で、魔人作成の技術をオルヴォから盗もうとしているのだとか。ミカはそれをどうにか防いでいるからだ。馬車でそんな話をしていたので私も知っていた。
オルヴォは空間を操る霊術によって研究資料を隠しているので、まとめたメモ書きや資料を盗み見られることはない。しかし、帝国はあの手この手で盗み出そうと試している。使用人に扮して忍び込もうとするものまでおり、屋敷の中も気が抜けないようだ。
屋敷に侵入する者達はミカが内密に処理していると言っていたが、屋敷以外は完璧とは程遠い。オルヴォを優先するあまりに、私のいる荷台にまで目が届かないのである。時折荷台に入って私のことを観察したり、霊術回路が刻まれた道具を私に翳したりする者がいるのだ。
私は寝たふりをしているので気付かれていないと思っているようだが、気配を覚えているので誰かと問われたらすぐに答えられる。オルヴォは私がまだ言葉を扱えないと思っているようなので聞かれることはないし、聞かれたとしても素直に答えるつもりはないが。
「ガルルルルルル!!!」
今も私はオルヴォの指示によって獰猛な生物と戦っている。名前は天雷虎というらしく、帝国にある高い山の上に暮らしている猛獣である。白と黒の縞模様の体毛と爪牙からバチバチと白く放電しながら、私に飛び掛かって来た。
私は全身を外骨格で包むと同時に闘気で強化し、右腕を天雷虎の口に突っ込んだ。天雷虎は強靭な顎で噛み付き、牙が前腕の外骨格をギシギシと軋ませる。牙から流し込まれた電撃が全身を駆け巡るが、痛覚を制御することでそれを無視して耐えた。
その直後、天雷虎が振り上げていた前足を左腕で受け止める。鋭い爪が外骨格を切り裂かんと押し付けられ、こちらからも強い電撃が身体に流れてきた。身体の動きが悪くなる感覚があるが、それよりも大事なことは……天雷虎の動きも止まったことだ。
「グォ……ォォ!?」
そうして動きが止まった天雷虎の首筋に尻尾の毒針を突き刺す。注入するのは今の私が作り出せる中で最も強力な麻痺毒だ。天雷虎はプルプルと痙攣し始め、四肢を硬直させてドサリと横に倒れた。
天雷虎の力は強く、動きが俊敏で闘気と霊力も使いこなす強敵だ。もしも高速で移動しつつ遠くから電撃の霊術を撃ち続ける戦法をとられていたら、きっと苦戦は必至だっただろう。だが、この山で最も強い生物としての驕りが私に飛び掛かるという選択を取らせた。判断を誤ったのだと諦めてくれ。
口の中から腕を抜いた私は、天雷虎が生きていることを確認してから身体を担いで山を駆け降りる。オルヴォは山の麓までは来るが、流石に山奥までは着いてこない。こんな場所に馬車で入るような道はないし、万が一のことを考慮した護衛が許さないからだ。
今頃、馬車の荷台でゴロゴロしながら霊術回路を作っているのだろう。どんな効果の霊術回路なのかは全くわからないが、どうせ合成獣作成に使われるに違いない。余計なものをポンポンと作りおって……本当に厄介な天才だ。
(すまん。私も気乗りはしないのだが、断る権利がないのでな)
山を駆け降りながら、私は心の中で天雷虎に謝っておく。私は自分が魔人にされたことを決して喜んでいない。これから同じような目に会う者の気持ちを考えると、謝りたくなるというものだった。
山に生える名も知らぬ大樹の枝を足場として跳び移ることで、私は時間を掛けずに馬車のいる麓にまでたどり着いた。ほぼ無傷で気絶する天雷虎を見て、護衛の帝国兵は呆れたような顔をしている。最初に強い生物を捕獲した時には顔を青くされたものだが、兵士達ももう慣れたようだ。
私は回収用の馬車の荷台にある檻に天雷虎をゆっくりと横たえる。オルヴォは自分の手で触って健康状態を確かめると、良い素材だと少しだけ機嫌を直しながら『隷属の首輪』を装着した。
『隷属の首輪』が装着される瞬間を見るのもこれで五十回目ほどだが、何度見ても一向に慣れないし胸糞が悪くなる。私は生まれた時から求めてきた自由が奪われる瞬間なのだから当然だ。ああ、この手が自由に動くのならこんな首輪は引きちぎってやるのに!
「これで帝国にいる目ぼしい生物は集まったね。これで実験の下準備は終わり。明日から実験を始められるよ。素材が届くのって何時だっけ?」
「犯罪者の方は何時でも受け取れる状態だと聞いております。中央戦線の諸国からも犯罪者を詰め込んだ馬車が近日中に届くとのこと。戦士と言える者達は前線から帰還するまで待たねばなりません」
「ふーん、ちょうどいいね。連中を使って簡易化と新しい実験を繰り返そう」
馬車で帰還しながら、オルヴォとミカはそんな話をしていた。魔人の実験に必要なのは何も様々な生物だけではない。同じ数のヒト種も必要となるのだ。
オルヴォや皇帝にとって、ヒト種は同種の生物である。それを『素材』として利用することに、何の躊躇も覚えないらしい。それは皇帝だけではなく、中央戦線の諸国も同じこと。私にはそのことが酷く恐ろしく、おぞましいことのように思えた。
屋敷に戻ったオルヴォは、早速実験を開始したらしい。帰ってからすぐに私は馬車から運び出され、屋敷の地下にある一室に入れられていた。驚いたことに屋敷の地下は牢屋になっていて、その一つに檻ごと入れられたのである。地下に牢屋があるなんて、この屋敷は何なのだろう?あまり想像したくないなぁ。
「ふんふんふーん。ミカ、ここに入れといて」
「かしこまりました」
やることもないので地下の牢屋で制御の訓練を行っていると、数日後にミカを連れたオルヴォがやって来た。ミカは手綱を二本握っていて、その先には牛と馬が一頭ずつ繋がれていた。
オルヴォはミカに二頭を私と同じ牢屋に入れる。二頭はノシノシと歩いて牢屋に入ると、私の檻に近付いてから鼻を動かして臭いを嗅ぎ始めた。しばらくすると満足したのか、檻に身を寄せるようにして座り込んだ。
「へぇ?何かもう懐いてるね。どっちが格上なのか、本能でわかるのかな?まあいいや。仲良くしてね」
オルヴォは興味深そうにそう言ってから、ミカと共に去っていった。これって懐いているのだろうか?二頭が放つ獣特有の臭いが気になるものの、害にはならないようなのでとりあえず私は見守ることにした。
牛と馬は座り込んだまま寝息を立てて眠り始める。気楽なものだ、と思っていると二頭の身体に変化が起きた。ゴキゴキ音を鳴らしながら骨格が変形してヒト種に近付き、手足の形状もヒト種のそれに変わっていく。
数秒で終えた変化の後、そこにいたのは牛と馬の頭を持つ二人の巨漢だった。身体の大きさは牛と馬だった時と同じであり、手足は伸びてヒト種同じ形状の指には蹄と同じ色の爪がついている。全身は毛皮に包まれていて、腰の根本から生えた尻尾をブンブンと振っていた。
この二頭は私と同じ魔人らしい。体格からして両方雄のようだ。うつ伏せになって筋肉質な尻を上に向けて寝ている姿は、間抜けではあるが何とも言えない愛嬌がある。あ、手で尻を掻いた。痒かったのだろうか?
微笑ましいと言っても良い光景であるが、ついに私の他にも魔人が作られたのかと思うと憂鬱な気分になる。生物としての在り方を歪められ、戦うための兵器として使役されるのだ。
そんな魔人はこれからどんどん増えていき、侵略軍との戦いに駆り出されるのだろう。戦争が終わるまでに何人の魔人が使い潰されることになるのだろうか?その犠牲者の中には私も含まれることになるかもしれない。私は左右から聞こえるイビキを聞きながら、特大のため息を吐くのだった。




