閑話 その頃の王都では
オルヴォ達が帝国に到着した頃、ハーラシア王国の王都は包囲されていた。包囲を敷いているのは第二王子であるカールと、彼が率いる諸侯と神殿の私兵を合わせた軍団だった。
王都でクーデターが発生したと聞いたカール王子は、自分の副将に指揮を任せ、副官にして親友ウィリバルトを含んだ数人の供回りと共に本国へ帰還した。そしてクーデターに参加していないであろう諸侯の領地や各地の大きな神殿に直接赴き、クーデター勢力と戦うために王都へ集まるように要請したのである。
約束を取り付けた諸侯や神殿に乗ってきた馬を預け、新たな馬を借り受けて別の地へ向かう。それを繰り返した一行は、後に『カールの神速行』と呼ばれるほどの強行軍によって驚異的な速度で国中を駆け回った。カール王子が自ら檄を飛ばしたことで、要請を受けたほとんどの者はカール王子のために王都を目指して進んだ。
そして最後に南方を統べる大貴族にして血の繋がった祖父でもあるセウェル公爵にも派兵の要請を行った後、誰よりも早く王都近郊にある集合地点へと帰還した。そして各地からやって来た兵団を優れたリーダーシップによって纏め上げたのである。
カール王子は王都の民をなるべく巻き込まないために、王都を包囲して持久戦を挑むことにした。幸いにも国民のほとんどはクーデター勢力による支配を認めておらず、各地から兵だけでなく補給物資もカール王子の方にだけ届いていた。
「国政に関われるかもしれないと匂わせるだけでこんなに釣れるなんてね。領地だけじゃなくて、王都でもふんぞり返りたいとは……貴族ってのは本当に度しがたいよ」
「その頂点に立つであろうお方が何を言いますやら。大体、その餌をチラつかせたのは殿下でしょうに」
「しょうがないでしょ?王都は広いから、包囲するには数が必要だったんだ。その点、神殿は素直で助かるよ」
「我々のためではなく、信徒の危機だからということを忘れてはなりませんよ」
兵団を纏め上げるカール王子とウィリバルトは、軍団の本陣として利用している王都の郊外にある離宮にいた。完全武装の二人は直前まで侵略軍との戦争に従軍していたこともあって落ち着いている。侵略者との戦いは、この優秀な若者たちを更に成長させていたのだ。
椅子に深く座って密偵からの報告書を読みながら、カール王子は朗らかに笑ながらわかっているよと答えた。そんな王子にウィリバルトは冗談めかして言う。殿下は良い意味で悪い方になられた、と。
「諸侯の私兵程度では機鎧兵に歯が立たないことをご存知でしょうに、独断専行を許すとは……いやはや、お人が悪いですね」
「おいおい。共犯者が言って良い台詞じゃないよ、それは」
実は諸侯の連合軍は一度王都を攻め、そして敗北していた。その指揮を執ったのはカール王子ではなく、血気盛んな貴族である。彼らはクーデター勢力を自分達で駆逐してみせると息巻いていたが、カール王子はその出撃を制止した。
その理由は二つ。第一の理由は、この戦いの前提が包囲しての持久戦であるからだ。こうして包囲しておけば、内部で生産力のない王都の食糧はすぐに尽きる。そうなれば嫌でも士気が落ちるし、万が一にも民から徴発するようなことをすれば王都にいる民は全てこちらの味方になるのだ。
敵の援軍が来るかもしれないが、王都に繋がる街道は全て封鎖済み。しかも王国最強との呼び声も高いセウェル公爵が誇る重装騎兵が待ち構えている。援軍が来たとしても、王都に到着する前に踏み潰されることだろう。
そして第二の理由は、彼らでは決して勝てる相手ではないからだ。王都に侵入させた密偵によれば、クーデター勢力には侵略軍が使っている機鎧兵の装備を身に付けている部隊がいるらしい。それを知ったからこそ、カール王子は無理攻めせずに包囲することを選んだのだ。
その機鎧兵の装備はカール王子達が鹵獲して、分析するために本国へ送ったものに違いない。それの使える部分を組み合わせて使えるようにしたのだ。
自分達が血を流して鹵獲した兵器を利用されたことは腹立たしいが、その強さを最も知っているのは前線で戦っていたカール王子達だ。数は少ないものの、生半可な戦力では返り討ちにされるのは必然である。慎重になるのも当然の判断であった。
にもかかわらず、一部の貴族がカール王子の制止を振り切って独断専行で王都を攻めたのである。戦功を上げることで他の貴族よりも優位な立場を得ようとしたのだろう。カール王子の命令を無視する形になるものの、戦功を上げてしまえば有耶無耶に出来る。彼らはそんな甘い考えを持っていた。
その結果、王都を囲む外壁の上から放たれる鉄の礫や爆発する炎弾によって手痛い反撃を受ける。突出していた指揮官の貴族が何人か討ち死にし、残りはこの離宮に這う這うの体で逃げ帰っていた。
「言うことを聞かない跳ねっ返りのバカ共の半分は死んで、もう半分は独断専行の罪で兵士を取り上げた。残ったのは慎重な者か従順な者か、あるいは独断専行に加わる度胸がなかった者……何れにせよ、手っ取り早く指揮系統を統一出来て良かったよ」
「味方同士の主導権争いほど恐ろしいものはありませんからね」
「その通りさ。連合軍に加わって学んだことの一つだよ。どんな集団であれ、頭は一つじゃないとね」
カール王子はニヤリと笑う。包囲するばかりでカール王子を臆病者と陰口を叩く者達もいたのだが、機鎧兵の恐ろしさを見せ付けられた彼らの声はすぐに小さくなった。結果としてカール王子の判断が正しかったことが証明され、内心はどうあれ彼の指示を聞くようになったのである。
カール王子は初戦に負けた形になるが、失ったのは元から作戦の邪魔になりかねない者達だけ。指揮系統が統一されたことで兵団は一枚岩の集団となり、むしろ強くなったと言っても過言ではなかった。
逆にクーデター勢力は撃退に成功したが、包囲は続いているし消耗品の鉄の礫を使ってしまった。どうやってかはわからないが全く同じ大きさの鉄の礫を数えきれないほど用意している侵略軍と違って、クーデター勢力は職人に作らせているので補給が追い付かない。ほんの少しではあるが、こちらは出血を強いられた形になっていた。
今は包囲を続けながら、こまめに放った密偵に王都の状況を探らせている最中であった。それによるとクーデター勢力は当初に比べて相当に弱体化しているらしい。その原因は『マリウス聖騎士団』が壊滅したことだった。
「まさかクーデターの戦力の半分が、その日の内に壊滅しているとはね。あの蠍君、生きていたら救国の英雄として王家で養ってあげたいくらいだよ」
『マリウス聖騎士団』という大きな戦力を失ったクーデター勢力は、王都を掌握するのに想像以上に時間が掛かった。特に神殿勢力との関係は最悪と言って良い。大義名分として宗教改革を掲げていた上に、幾つかの神殿の関係者が殺されているのだから当然だ。
『マリウス聖騎士団』がいた状態ならば神殿同士をぶつければクーデター勢力が恨まれ難かった。しかし今はその矛先がダイレクトにクーデター勢力に向いている状態になっている。神殿に嫌われるとその信徒にも嫌われる。まともに統治など出来る訳がなかった。
ダルバレン公爵は周辺地域の制圧をする前に神殿勢力を説得せねばならなくなり、そうして生まれた時間のお陰でカール王子は兵団を組織することが出来た。今の状況を作り出したのは冥王蠍のお陰と言っても過言ではなく、故に感謝してもしきれないほどの恩を感じているのだ。
「いやいや、無理でしょう。話が通じるとは思えませんし、何より相当な深傷を負ったようです。どこかで野垂れ死んでいると思われます。それに聖騎士団と戦ったことでヒト種を敵視していると予想されますし、仮に生きていても養うのは不可能かと」
「残念だなぁ……おっと、誰か来たみたいだ。入れ」
カール王子が本当に残念だと思っていると、彼らのいる部屋の扉がコンコンとノックされた。入室を促すと入ってきたのは王都に侵入していた密偵の一人であった。
彼は略式の礼をすると、集めた情報を書き記した二冊の冊子を手渡す。最初の一冊を読んだカール王子は少しだけ目を見開き、安心したように息を吐いた。
「ウィル、これを」
「これは……!ああ、良かった……っ!」
ウィリバルトは渡された冊子を読むと、その場に座り込んで涙を流した。そこには両親である宰相夫妻は虜囚になってはいるが生きており、妹のアーデルハイトは『守護の女神』の神殿が匿ってくれていると書かれていたのだ。
彼は家族のことはもう半ばほど諦めていたのだが、生きていると知って安堵していた。だが、今は嬉し泣きをしている場合ではない。彼はグッと涙を拭い、表情を引き締めて立ち上がった。
「ふぅ……お見苦しい姿を曝してしまい、申し訳ございません」
「家族のこと何だから当然さ。それで二冊目だけど……これでようやく動けるね」
もう一冊の冊子に記されていたのは、王都の内部にいる者達からの内応の約束である。約束しているのは戦神を祀るほぼ全ての教会と一部の教会の私兵、そして狩人をはじめとした戦いの心得がある民だった。
彼らは外から本格的な攻撃が始まると同時に王都の内側で蜂起し、外壁の上で妨害しながら城門を開く。そこから精鋭部隊が雪崩れ込み、一気に王都を解放するのがカール王子の立てた作戦だ。包囲を続けたのはこの作戦に協力してくれる者達と約束を取り付けるのを待つためでもあった。
「準備も整ったってことで王都攻めを始めようか。全軍に通達して、明日の未明から攻勢に出るよ。英気を養うために、食事は少し豪華にしてあげて。基本的に全て事前の予定通りで進めるけど、一応は主だった者達を集めて情報を共有しようか」
「かしこまりました。それでは、軍議を開くと言うことで集めて参ります」
「ああ、任せるよ」
恭しく一礼してからウィリバルトと密偵は部屋から退出していった。カール王子は国を乱した愚か者達を決して許すつもりはない。どうやって責任を取らせてやろうか、と部屋に一人となった彼は獰猛な笑みを浮かべるのだった。




