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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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皇帝

 砦を出発してから、もうすぐ二ヶ月になる。帝国まではあと少しだ。戦場は徐々に近付いている。馬車に揺られてゆっくりと移動する時間は終わりつつあるようだ。


 行軍を始めた頃に比べ、傭兵の人数は一割ほど減っている。どうやら略奪厳禁という条件に嫌気が差した者達が、一つの集団を作って脱走したからだ。


 ただし、連中は連合軍から与えられた物資には手を出していない。本当は盗みたかったのだろうが、物資の近くにはあのジュードがいたので断念したようだ。


 今ごろはどこぞの村などを襲っていることだろう。中央戦線が落ち着いた今、その近くで暴れていたらアレクサンドルの『竜血騎士団』のような連合軍の猛者に鎮圧されそうなものだが……まあ、無法者がどうなろうが、私には関係がないか。


「ふんふんふーん。ここをこうしてー、こっちと繋げてー、そうしたらあっちにこれを伸ばしてー……うへへへへ!」


 ハタケヤマと別れてから今まで、オルヴォはずっとこの調子だった。霊術によって針金を操り、複雑で立体的な網目のようなものを作っている。それは立体的な霊術回路の設計図であった。


 立体的な霊術回路の作成という最高の暇潰しを得たオルヴォは、文句を言う時間すら惜しんで回路の設計を行っている。グダグダと文句を垂れることがなくなったものの、食事中すら回路の設計を続けようとするのでミカは結局苦労していた。大変そうだな、本当に。


 私はと言うと、ひたすらに闘気と霊術の制御訓練に明け暮れていた。それしかやることがないし、出発から数日もすれば傭兵達から聞ける話にも新鮮味がなくなってしまったからだ。そして、その成果は確実に出ていた。


(精神の制御が可能だから、肉体の制御も可能なのではないかと言う推測は正しかったらしい……精神の制御に比べて何度があまりにも高いことは問題であるが)


 私は制御力は訓練によってゆっくりであるが向上している。そして遂に自分の肉体をも制御することに成功したのだ。と言っても劇的な変化はさせられない。今の私に可能なのは一本の指の爪先を、外骨格から柔らかいヒト種のものに変えることだけである。


 しかし、これが可能であることの方が重要だ。両手足と下顎をヒト種のものに変え、尻尾を可能な限り短く出来るなら、ヒト種に紛れ込めるようになるかもしれない。そうすれば何時か逃亡した時、見付からずに生きられそうだからだ。


 逆に手足の外骨格をより攻撃的な形状にしたり、尻尾を伸ばしたり出来るようになれば戦闘力も向上するに違いない。そこまで習熟するまでどれだけ時間がかかるかわからないが、訓練は続けるとしよう。


「よし!出来た!じっちゃんに送ろうっと!」


 オルヴォは荷台で霊術を発動させる。すると虚空に薄く、真っ黒な円盤が浮かんだ。オルヴォは針金で出来た立体的な霊術回路の設計図を円盤の上に落とす。すると下に落ちることはなく、設計図は消えてしまった。


 今オルヴォが使ったのは、恐らくは空間を操る霊術である。それを使ってハタケヤマに設計図を送っているのだ。この二ヶ月でオルヴォは設計図を私が知っているだけでも六つ送っている。


 それにしても、立体的な霊術回路の設計図とはこんなにポンポンと作り出せるものなのだろうか?私には知識が全くないものの、そんなに簡単な作業ではない気がする。オルヴォが特別優秀なのだろう。流石は世界で初めてヒト種を用いた合成獣を作り出した霊術士だ。


「オルヴォ様、帝国軍が近付いております」

「え?あ、そう?じゃあ外に出とくね」


 ミカに呼ばれたオルヴォは、急いで荷台から馭者席に移る。しばらくすると馬車は停止し、外で何か話し合う声が聞こえてきた。盗み聞きしたところによると、ここからはオルヴォの馬車の護衛は中央戦線の連合軍の兵士から帝国軍の兵士に引き継がれるらしい。


 帝国軍の兵士は確認すると言って荷台に乗り込んで来た。そして檻に入った私を見て驚きつつも、私がいること自体は知っていたようだ。これが例のアレか、と呟いている。その兵士は問題はない言いながら荷台の外へ出ていった。


 それからも行軍は続く訳だが、我々は傭兵達とは異なる街道を行くことになった。どうやら私の性能を見たいと帝国の皇帝が宣ったらしい。すぐに戦場に駆り出されないのは嬉しいが、また好奇の視線にさらされるのかと思うと憂鬱ではあった。


 傭兵達と別れた後、馬車が進む速度は明らかに上がった。これまでは徒歩で行軍する傭兵に合わせねばならなかったのだが、今は全員が騎兵である護衛と一緒だ。単純に速度を出せるようになったのもあるが、帝国に入ってからしっかりと整備された街道を走っていることも大きい。速度を出しているのに、馬車の揺れはずいぶんと小さくなっていた。


 村や街を経由しながら進んだ我々は、更に一ヶ月ほどかけて帝国の皇帝がいる帝都にたどり着いた。流石は大陸最大の国の都と言うべきか、その広さと活気は王都とは比較にならない。私の感覚が正しいのなら、王都の五倍近い広さがあった。


「やっぱり帝国は凄いねぇ。久し振りに来たけど、活気が違うよ」

「これでも侵略軍が来る前よりは静かですよ」

「そうなの?他の最前線の国は葬式みたいになってるって聞いたけど……国としての自力が違うんだろうね」


 オルヴォが感心するように呟いている。すると幌の外で護衛をしていた帝国兵の数人が自慢気に鼻を鳴らしていた。どうやら祖国への愛が強いようだ。


 帝都を進む間も私は盗み聞きをし続ける。ほとんどは店の呼び込みであるが、時折戦争についての話が混ざっている。しかし、苦戦しているらしいとか、反攻作戦があるらしいとかの既に知っている情報しかなかった。


「少々お待ちください」

「はいはい」


 街の喧騒が徐々に静かになり、それが遠くなった辺りで馬車は停止する。きっと貴族街のような場所に来たのだろう。護衛の一人が離れて誰かと所属を確かめる短いやり取りをすると、すぐに戻ってきて馬車は再び進み始めた。


 貴族街のような場所にいるはずなのだが……いつまで進むんだろう?街道を走っていた時よりは遅いのは確かだが、それにしたってかなり長い時間が経っている。貴族街の広さも王都の数倍ということか。


「こちらになります」

「はぁ~、やっと到着したねぇ」


 馬車はようやく停止して、オルヴォは地面に飛び降りてから身体を伸ばしている。対してミカは護衛の兵士と共に荷台に入ると、私の檻を持って外へ運び出していった。


 馬車の外に出た私は、複眼によって周囲を観察する。建物の雰囲気は王都に近いが、その大きさと華麗さは比べものにならない。建物の背は低いものの、それを補って余りある広さと重厚感のある佇まいからは威厳を感じるほどだ。


 残念なことに観察出来るのはそこまでだった。私の檻には布が被せられ、外から中身が見えないようにされてから運ばれていく。しばらく運ばれた後、私の檻は床へと慎重に置かれた。


 布越しにわかることは幾つかある。ここが室内であること、広い空間であること、周囲に数多くのヒト種の気配がすること、そしてその中にはアレクサンドルと同等の戦士が五人ほど、そしてそれに次ぐ実力者が十人以上いるということだ。


 砦に行く前と同じく、私のことを紹介するのだろう。ただ、戦士達は前回のように私のことを警戒している様子はない。中央戦線で従順に戦った実績から、暴走することはないと判断されているのかもしれない。


「面をあげよ。発言を許す」


 静まり返っていた部屋に雄の低い声が響く。声を発したのはほんの一瞬であるのに、部屋の空気がピリッと張りつめるのを感じる。オルヴォですら少し緊張しているようだ。


 声の主が何者かは知らないが、状況から考えてこの場で最も高い地位にいる者なのは間違いない。雄の声は知的ではあったものの、どこか冷酷さを感じるものだった。


「はい、皇帝陛下。この度は私のような卑賤の者……」

「能書きは良い。汝の作品なるものを疾く見せよ」

「かしこまりました」


 オルヴォは丁寧な挨拶をしようとしていたが、声の主……皇帝はそれを遮って作品を見せろと命令する。オルヴォは素直に従って、私の檻を覆う布を剥ぎ取った。私を見た瞬間、部屋にいた者達はやはり驚きを露にしてどよめいた。


 しかし、その中にあってピクリとも表情を動かさない雄がいた。その雄は私がいる床から数段高い位置にある豪奢な椅子に座る老人だった。


 背丈は平均ほどでゲオルグと同じくらいに痩せ細っており、真っ白な髪と髭を伸ばしている。艶やかな純白の布を肩から掛けるだけというシンプルな服装であるが、その分きらびやかな装飾品を身に付けている。頭には植物の蔓を編んだものを模した黄金の冠を被っていた。間違いない。あれが皇帝その人だ。


「ふむ……よろしい。次は実力を見せよ。誰かそれと朕の前でそれと戦え」

「俺がやるぜ!」


 皇帝は私の力を見るために、誰かと戦えと命じている。その望みにいち早く名乗りを上げたのは、皇帝よりも一段下の位置に立っていた者の一人だった。逆立てた金髪にアレクサンドルに勝るとも劣らない立派な体躯の若い雄である。


 隠す素振りすら見せない闘気は力強く、感じ取れる霊力も多い。ただし、アレクサンドルどころか恐らくは私よりも弱いと思う。この部屋にいる強者の中でも下から数えた方が早そうだ。だが、決して侮って良い相手ではないだろう。


「レムルスか……良かろう。互いに殺すつもりで戦え。霊術士もそれで良いな?」

「かしこまりました」


 オルヴォは檻の鍵を外してから、四肢と尻尾を拘束する枷も外す。それを確認した私は目蓋を開けながら立ち上がって檻の外に出る。レムルスと言うらしい若者は、自信満々な顔付きで堂々と段から降りて私と同じ高さにまでやって来た。


 こうして向かい合うと、その大きさがよくわかる。レムルスは私を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべている。自分が負ける姿を想像もしたことがないようだ。


「よう、ゲテモノ!少しは楽しませろよ?」

「……」


 ゲテモノ、ね。確かに私は自然な生物ではない。ゲテモノという表現も間違ってはいないだろう。しかしながら、間違っていないからと言って侮辱されて不愉快に感じない訳ではないのだ。


 適当にあしらって終わらせようと思っていたが、今の言葉を聞いて気が変わった。皇帝も言っていたではないか。殺すつもりやれ、と。ならばお言葉に甘えて死なない寸前までボコボコにしてから、その高慢な鼻っ柱を叩き折ってやろう……物理的にな!

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― 新着の感想 ―
[一言] 売り込む前に向こうからアピールタイムをくれましたねー 相手は皇帝の近くにいましたし近衛かなにかですかね? その実力は如何ほどなのやら
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