侵略軍の技術
傭兵団と行軍を開始した最初の夜、早速問題が起こった。連合軍から支給された物資の中には酒があり、傭兵達はそれを湯水のように飲んでいた。そして酔っ払った傭兵同士で喧嘩を始めたのである。
馬車の荷台から聞こえる喧騒から考えて、喧嘩はかなり激しいものだ。その勢いは死人が出るのではと私が心配になるほどで、同行している兵士も馬車に飛び火しないかと警戒していた。
「うるせぇぞ!」
そんなとき、野営地に怒鳴り声が響き渡った。怒りによって膨れ上がった闘気がビリビリと空気を震わせ、暴走した霊力によって真冬の夜のように気温を下げていく。騒いでいた傭兵達は一気に静まり返り、夜の静けさが戻っていた。
これほどの力を持つ者は傭兵の中ではただ一人。例の強い傭兵だろう。私は気配を消してことの行く末を見守っていた。
「俺は行ったよな?夜は寝るから騒ぐなってよぉ……ガキでもわかることすら出来ねぇのか?その程度のことも守れねぇ阿呆共なら、ここで死んでも構わねぇよな?なぁ!?」
背筋が凍るような殺気が私にまで伝わってくる。これですら余波なのだから、直接ぶつけられた者達の恐怖と言ったら比べるべくもないだろう。傭兵達は誰一人口を開くことすら出来ていなかった。
怯える傭兵達を見て溜飲が下がったのか、周囲に放たれていた闘気と霊力は弱まっていく。そして二度目はねぇぞ、と吐き捨てるように言ってあの傭兵の殺気は完全に消えた。
直前まで騒いでいた傭兵達だったが、流石に再び騒ぎ出すことはなかった。騒がしかった夜はたった一人の一喝と怒気によって静寂を取り戻し、私は集中して制御訓練に打ち込むことが出来るようになるのだった。
ちなみに、オルヴォとミカは馬車のすぐ横にある天幕にいる。どうも霊術で防御を固めているらしく、オルヴォの方は闘気にも霊力にも全く反応を見せずに寝ていた。流石にミカは動いているようだったが、天幕から出る必要はないと判断したのか姿を現すことはなかった。
初日にあんなことがあったので、それからの行軍では酒盛りが行われることはなかった。いくら傭兵が命知らずな者達の集まりだとしても、わざわざ竜の尾を踏みに行くほど愚かではなかったようだ。その分、不満は溜まってきているが。
行軍の途中でも私は情報収集を欠かさない。奴等の間の話題の大半は、初日に激怒した傭兵のことばかりであった。傭兵の噂によれば、あの傭兵の名前はジュードと言うらしい。優れた槍の使い手であり、強力な氷の霊術をも使いこなすそうだ。
所属するのは『暁の牙』という傭兵団だが、団長ではないらしい。それはわかる気がする。苛立ちから一応は味方である他の傭兵を殺しかけるほど短気な者が、一つの群れを長として引っ張るのは難しいだろうから。
「うがー!暇だー!」
ミカのとなりに座っているオルヴォは、やることがないからか文句を言っている。移動が始まってまだ二日目だと言うのに……この調子だと帝国に到着する前に発狂してしまうのではないか?
ミカは言葉で宥めすかしているものの、これを二ヶ月続けるのは無理だと思う。何かオルヴォの意識を反らす何かがあれば良いのだが。
そうこうしている内に、昼食を兼ねた小休憩をとることになった。人々が行き交うことで踏み固められた街道から外れ、傭兵達は散会して煮炊きし始める。同じようにミカも昼食を作り始めた。
限られた食材であっても美味なる食事を作って見せたらしい。オルヴォは昼食を食べている間は文句を言っていない。うるさくなくて助かるよ。
オルヴォと護衛の兵士はミカの料理に舌鼓を打っている。相当に美味しいのか、オルヴォも兵士も椀の中身に集中していた。その間を狙ったように、こちらに近付いてくる気配がする。私はその気配を知っていた。
「……悪戯が過ぎますよ、ハタケヤマ様」
「ほっほ、流石はミカじゃな」
馬車の幌が持ち上げられているので、私も外の様子がよく見える。近くで鍋を回していたミカだったが、その背後から姿を消して近付く気配に向かって振り返ることもなく小声で注意した。すると、何もない場所から楽しげな老人の声が聞こえてきた。
声の主は私の武器を作った老人だった。ハタケヤマと言うのか。あまり聞き覚えのない響きの名前である。どこか遠い場所の出身なのかもしれない。
姿を消すのはどうやっているのだろうか?二年ほど前に出会ったカタバミのように霊術を使っているのか?数多くの対戦相手が使ってきた技を模倣してきた私であるが、カタバミの姿を消す術は再現出来ていない。どうにかしてその術を盗めないものだろうか?
「姿を隠して近付くとは……何か内密なご用件でもあるのでしょうか?」
「む?オルヴォが呼んだのであろう?」
「そうなのですか?申し訳ございません、主人からそのような話を聞いておりませんでした」
「良い良い。どうせ忘れておったのじゃろ」
老人は姿を隠したまま鷹揚に笑っている。随分と器の大きい人物であるようだ。騒いだだけで同僚を殺すと脅した傭兵とは大違いだった。
「まあ、悪いと思うておるのなら儂にも椀を一つくれんか?腹が減って仕方がないのじゃよ」
「勿論です」
何もない場所に向かってミカが椀を差し出すと、気配がする場所から現れた手がそれを受け取った。その手は引っ込むと同時に再び消えるが、私はその気配をしっかりと捉えている。ハタケヤマの気配は私のいる馬車の荷台に向かっていた。
「ここで食べさせてもらうぞ。儂の打った剣の調子も見たいのでな」
「かしこまりました。主には伝えておきます」
その気配は馬車に乗り込むと、私の檻に近付いてくる。再び何もない場所から手が現れると、足元に置かれていた二振りの剣を掴む。そして直剣の方の柄をにぎると、一息に鞘から抜いて刀身を露にした。
ハタケヤマは直剣をあらゆる方向から観察してから鞘に収めると、今度は私の鋏を使った剣を抜く。そして同じように剣を観察してから鞘に収めた。
「むぅ。剣に刃こぼれも歪みもないが……お主、手入れをしておらんな?」
ハタケヤマは私に向かって話し掛けているらしい。手入れと言われても、私はやり方を知らないのだからやりようがないだろう。それに戦いの時を除いて剣を抜くことは禁じられている。手入れなんて出来るわけがなかった。
それを理解しているのか、ハタケヤマはそれ以上は何も言わずに幾つかの道具を取り出して武器の手入れをしていた。何かの液体で濡らした布で私の鋏を使った刀身を磨き、直剣には金属の粉を満遍なく掛けてからブラシでそれを払っていた。
ほほう、ああやって手入れをするのか。手入れの時には霊力を使うようで、両方ともの剣の霊術回路が起動している。ただし、やり方は見せてもらったものの、使っている液体と粉の正体はわからないのでどちらにしても手入れは出来ない。すまないな、ハタケヤマよ。
「あっ、じっちゃん?来てくれたんだ」
ハタケヤマが手入れを終えて道具を片付けていると、オルヴォが馬車に乗り込んできた。どうやらそろそろ行軍を再開するようだ。ミカも料理に使っていた調理器具などを馬車の荷台に積み込んでいる。
行軍の準備が整い、実際に馬車が進み始めるとハタケヤマはようやく姿を表した。何も見えない場所が揺らいだかと思うと、ハタケヤマの姿が急に見えるようになった。その時に私は見た。カタバミのように霊術を使っていたのではなく、透明になる外套か何かを脱いだところを。
「その……隠れ蓑、だっけ?便利だよねぇ。もう一着作れない?」
「無理じゃよ。素材がないのでな……それより、どうして儂を呼び出したのか教えてくれるかの?」
「うん。ほいっと」
荷台に入ったオルヴォが指をピッと振ると、霊術が発動して荷台の内側に張り付くように展開された。その途端に外から入ってくる音が全く聞こえなくなる。どうやら、音を遮断する霊術だったようだ。
これから密談でもするつもりなのだろうか?私はいつも通りに黙って目蓋を閉じつつ複眼で観察していると、オルヴォはローブの袖と裾からガランガランと音を立てながら何かを出す。それは侵略軍の一般兵士が装備していた武器と黒い甲冑であった。
「はい、じっちゃん。欲しがってたでしょ?幾つかくすねて来たから、自由に使ってよ」
「おお!おおおおお!でかしたぞ、オルヴォ!」
私の複眼には壊れた中古の武具にしか見えないものだが、ハタケヤマにとっては最高の宝に見えるらしい。瞳を輝かせながら床に転がった筒状武器を拾い上げると、あっという間にバラバラに解体してしまった。
部品を慎重に持ち上げて観察し、馬車の床に戻す。そんな作業を繰り返しながら、ハタケヤマは笑みを浮かべたり難しい顔になったりと表情を目まぐるしく変化させ続けていた。
「どう?何かわかった?」
「ふむ、武器の方は単純じゃの。こっちは霊術によって加速された礫を射出する仕組みじゃ。もう片方は爆発する高温の炎を凝縮して発射する……単純じゃが、防ぐ術を持たぬ者達には絶大な威力じゃろう。しかし鎧の方は……しばし待て」
オルヴォの問い掛けに明確な返事をすることなく、ハタケヤマは次に甲冑の分解に取り掛かった。こちらも瞬く間に分解すると、腕に仕込まれた刃などの仕掛けを動かしていた。
そちらにも興味はあるようだったが、それ以上にハタケヤマは肩や胸部の装甲に注目しているらしい。素人である私にとっては仕込み武器を動かすカラクリの方が大切だと思うのだが、ハタケヤマにとっては違うようだった。
「ふむ……オルヴォよ、連合軍でこれを複製した者はおったか?」
「ん?いなかったと思うよ。鍛冶とかの方面はちんぷんかんぷんだからね。あ、でも壊れてない部分を組み合わせれば使えるみたいだよ」
「そうじゃろうな。これは量産品のようじゃからの……ただし、この大陸では再現が難しい高度な技術がふんだんに用いられた量産品よ」
それから始まったハタケヤマの説明は私には難しすぎて完全にはわからなかったが、重要なことは理解出来ている。この侵略軍の武具は、高度な霊術回路の技術の結晶とでも言うべき存在だということを。
霊術回路とは何か。それは霊術の効果を発揮する図形を特殊な塗料で描いたり刻印を施したりすることで、霊力を増幅させたり制御が難しい術の補助をさせたりするためのもの。それは私の知識にもあった。
ただ、その特性上、基本的に平面にしか描くことが出来ない。私を合成獣にした時のように壁と天井を使って部屋全体を霊術回路にすることも可能だが、結局は六つの平面に描かれた霊術回路を使っただけに過ぎないのだ。
「じゃが、これは違う。如何なる方法によってかはわからぬが……鎧の表面ではなく内側に立体的な霊術回路を刻んでおる。その効果はお主にも想像が出来よう?」
「うん。立体的に描いて良いなら、霊術回路はもっと小さくなるし効果も上がるよね。その分、考えなきゃならないことも増えるけど」
立体的な霊術回路にそれほどの価値があるとは。それほどの技術が、ただの雑兵が身に付けている武具に使われている。すなわち、侵略軍にとっては量産出来るほどに当たり前の技術ということだ。
「この装甲を参考にすれば、儂ならもっと強力な武具が作れるじゃろう。しかし、それを量産するのは無理じゃ。本当に、どうやって作っておるんじゃろう?」
「さあね。それよりさ、じっちゃんなら立体的な霊術回路を作れるって本当!?なら、作ってほしいものがあるんだ!」
「ふむ……良かろう。練習もかねて作ってやるわい。図面が出来たら寄越せ」
「うん!わかった!」
「では、儂は帰るぞ。幾つか貰っていくが、構わんな?」
「いいよ!好きなのを持っていって!」
二人の密談はこれで終わったらしい。ハタケヤマは幾つかの部品と武器を一つ回収すると、透明になる外套を羽織って姿を消す。そして風で幌が捲れた瞬間に荷台から飛び降りていくのだった。




