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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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新たな戦場へ

 うぅん……明るい……?朝か?いつの間に寝ていたのだろうか?それに、こんなに熟睡するなんて私らしくない。いつもは闘気と霊力の制御訓練を行い、それから周囲を警戒しつつ浅い眠りに就く。それもせずに寝るなんて、とてもではないが信じられない。


ぎがっ(痛っ)!?」


 意識が覚醒してからも混乱していた私だったが、頭に走った鈍い痛みには思わず声を出してしまった。ズキズキとした痛みはこれまで感じたことのない感覚である。集中力が痛みで乱れるのを我慢して、必死に頭へと闘気を集めて治療していく。痛みは少しずつだが、確実に収まっていった。


 痛みが完全に治ったところで、どうしてこうなったのかを推察する。ええと、昨日は戦に出てからアレクサンドルと話して……そうだ、酒を飲んだんだった。あれが原因か。


 一口しか飲んでいないのに、この私が一瞬で気を失った。酒とは恐ろしいものであるらしい。二度と飲まないと誓ったが、ではその酒をグビグビと飲んでいたアレクサンドルはどうなっているのか?


「おっ、目が覚めたか」


 そう言って私に話し掛けたのは、餌をくれる兵士だった。その手には陶器の瓶が握られていて、それを私に差し出してくる。一瞬だけ酒かと思って身構えたが、漂って来る臭いは酒のそれではない。むしろ以前にもらったドライフルーツを思わせる甘さを含んだ爽やかな香りがしていた。


 私は恐る恐る瓶を頬の鋏で受けとると、瓶の中身を口に含んでみる。するとちょうど良い酸味と仄かな甘味が口全体に広がった。美味い。酒などよりもずっと美味い!


 私は夢中になって瓶の中身を飲んでいく。瓶は決して大きくないので、一瞬で中身を飲み干した。名残惜しい気持ちはあるが、それ以上の満足感に包まれていた。


「昨日はビックリしたぜ?強い酒だからって、一口で酔い潰れるとはなぁ。お前さん、下戸なんだな」


 下戸……酒に弱い者を指す言葉だ。そうか、私は下戸だったのか!納得が行った。あまり美味しいと感じなかったし、二度と飲みたくない。飲むのなら今の水の方がずっといい。今度アレクサンドルに酒を渡されても返すようにしよう。


 ケラケラと笑いながら兵士は瓶を回収すると、檻の鍵を閉めて去っていった。あの瓶の水のお陰で私は完全に回復している。ありがとう、名も知らぬ兵士よ。戦場で見かけたら絶対に助けてやるからな。


 私が兵士に深く感謝していると、良く知っている気配が近付いてきた。私の主人であるオルヴォである。奴は軽やかな足取りでスキップしながら……数人の兵士を連れて私の檻の前にやって来た。


「突然だけど、移動するよ!早速運んでね!」


 オルヴォが言うが早いか、兵士達は私の檻を持ち上げる。そしてそのままオルヴォの後ろについて進み出した。移動するとはどういうことだろうか?


 その答えはすぐに判明する。私の檻は砦の門の前で待機していたオルヴォの馬車に乗せられたのだ。砦の別の場所に移されるのではなく、砦の外に行くという意味だったのだ。


「この砦を奪って拡張工事してるでしょ?昨日はそれを邪魔して、あわよくば奪い返そうって連中を撃退したんだよね。そしたら分が悪いと思ったのか、侵略軍が前線を下げたんだ。連合軍は追撃せずに、ここをもっと充実させて堅牢な要塞にするみたい。つまり、この戦線は小康状態になるってこと」


 それじゃあ武功を立てられないでしょ、とオルヴォはこともなげに言ってのけた。こ、こいつ!自分の実験の素材を確保するために、別の戦線に私を放り込んで武功を上げさせるつもりだな!?何て奴だ!


 実際に戦う私の安全など考慮してくれないらしい。普段の辛さはゲオルグの方が酷かったが、戦いの内容はこちらの方が酷い。それで、どんな戦線に投入されるのだろうか?ああ、死にたくない。しかし抵抗することも不可能なので、私は大人しく檻ごと荷台に積み込まれた。


 すなんな、世話をしてくれた兵士よ。この戦線から離れるから助けてやることは出来ない。どうにか生き延びて天寿を全うしてくれ。それを願うことしか出来ない私の無力さを私は呪った。


「術士殿!この砦を発つと言うのは……真実のようだな!」


 馬車の荷台で私が憂鬱な気分になっていると、アレクサンドルが何時もの大声で近付いて来る。私は馬車の荷台にいるのでその姿は見えないが、その大声は薄い布越しに良く聞こえていた。


「ごめんね?東方戦線の人に頼まれたんだ。中央には余裕が出来たなら、東方に来てくれってさ」

「東方戦線……帝国ですな!」

「そう言うこと」


 やはり二人は何故か馬が合うようで、楽しげに会話をしている。その会話を盗み聞きしたところ、私が向かうのは東方戦線と呼ばれるここから東側の戦場らしい。そこで侵略軍と戦っているのがラキル帝国という大国だそうだ。


 ヒト種の国家のことは全くわからないが、アレクサンドルの口振りから察するに相当な強国らしい。何と東方戦線は帝国だけで支えているようだ。それでも劣勢なのは確かなようで、だから余裕の生まれた中央戦線から援軍を募ったのだ。


「寂しくなりますが、帝国から呼ばれたとなれば断る訳には参りますまい!また肩を並べて戦いたいものですな!ガハハハハ!」

「ははっ、そうだと良いね。じゃあそろそろ出発するよ。機会があればまた会おうよ」

「はっ!我が弟子も生きてまた会おうぞ!」


 最後の一言は私に向けての言葉であった。次に会うときは戦場ではなく、私も自由になっていると言うことはない。そんなあり得ないことを望みながら、私は砦から離れて行った。


 馬車での移動は私が思っていたよりも騒がしいものとなった。馬車の護衛として十人ほどの兵士が同行しているのだが、それは騒がしい原因ではない。どうにも中央戦線で戦っていた戦力の中には傭兵団という金で雇われて戦う者達がいたようで、その者達と共に移動しているからである。


 戦いがなければ金にならない傭兵達にとって、小康状態になってしまった戦場にはもう旨味がない。金にならない場所にいても意味がないので、傭兵達は東西の戦線に移動している。その約半数である東方戦線に向かった者達とオルヴォは同行しているのだ。


 傭兵達は侵略軍との戦いで生き残る程度には強いらしい。アレクサンドルと同等の力量がありそうな者が一人いるし、他にもそれなりの使い手が揃っているようだ。


 突出して強い者は、きっと私を警戒していた三人の内の最後の一人である。気配が同じだ。確か長い髪を後ろで束ねた痩身の雄だったか。あの雄が率いている傭兵団はさぞ強いだろう。敵になりたくはないものだ。


「この調子だと、東方戦線に着くには一ヶ月くらいかかるかな?」

「いえ、二ヶ月は必要でしょう」

「うげぇ……」


 退屈そうに呟いたオルヴォに答えたのは、いつの間にかいたミカであった。砦では一度も見掛けなかったのだが、馬車の馭者として出発するときにはいたらしい。私の警戒網を抜けるなんて……絶対にただの使用人ではないぞ。


 ミカの答えを聞いて、オルヴォは心底嫌そうな声を出す。そんなに嫌なら空間の霊術を使えば良いのに。そうすれば一瞬で移動出来るのだから。


 待てよ、そんな単純なことにオルヴォが気付かない訳がない。では使いたくない理由があるのか、それとも今は使えないのか。便利な霊術ではあるが、何らかの制約があってもおかしくはないからな。


「二ヶ月も暇なのは辛いなぁ……」

「そうおっしゃらないで下さい。それでは傭兵の方々と交流を深めてはいかがですか?」

「冗談言わないでよ。得るものなんてあるわけないでしょ」


 文句を言ってばかりのオルヴォは放っておくとして、私は傭兵達の会話に耳を傾ける。その目的は情報収集だ。複数の傭兵団が集まっているからか、奴等は情報交換のために会話が多い。それを盗み聞きするのである。


 話題の多くは中央戦線で自分が上げた首級の自慢やこれまで戦った戦場、雌の好みについての話が多い。そんなものに興味はないが、中には聞く価値がある会話が二つあった。それはこの集団についてのことと、東方戦線についての噂だった。


 先ずこの集団だが、五つの傭兵団で構成されているらしい。傭兵団の名前を覚える気はなかったので無視。それよりも重要なのは、この移動に際して連合軍からは報酬とは別に移動に必要な金銭や食糧などが十分に提供されていることだった。


 その代わり、移動の最中に通った国での略奪を禁止している。一応、傭兵達は物資の提供には感謝しているらしい。だが、略奪の禁止については不満に思う傭兵がかなりの数に及んでいた。


 傭兵にとって戦場を渡る間にある集落は()()()()()の場であるらしい。それに略奪そのものを楽しみにしている者達も多いようだ。それを禁じられて不満なのだ。


 中にはどうせ誰も見ていないのだから、適当な集落を焼いて略奪しようと言い出す者もいる。そしてその提案に乗り気な者達が多いから救いようがない。


 おいおい、何だこいつらは?それでは侵略軍と似たようなものじゃないか。それが傭兵と兵士の違いと言うことか。オルヴォが交流を拒否した気持ちもわかる。私もなるべく関わらないようにしたい。


 そして東方戦線についてだが、劣勢なのは既に聞いている。ただ、その状況に帝国の統治者である皇帝は激怒しているらしい。一刻も早く皇帝の怒りを鎮めるため、近々大規模な反攻作戦を実行するようだ。


 作戦を成功させるために、帝国の軍は一人でも多くの戦力を欲している。故に帝国は高い報酬を提示していて、ここの傭兵達はそれにつられて向かっているようだ……その作戦が終わった後に生きている傭兵は何人いるのだろうか?報酬の高さは即ち危険の大きさであろうに。


 侵略軍と戦って渡り合えるのだから、腕前には相当な自信があるに決まっている。それはわかるのだが、自分から危険に飛び込もうという考え方そのものが私には理解出来なかった。


 それとは逆に私は危険だとわかっていても、自由がないから戦わずに逃げ出すという選択肢はない。全く戦いを望まない私が、嬉々として戦いに向かう者達と共に行軍している。不思議な行軍はまだ始まったばかりであった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  下戸の設定に思わず笑いました。それは元々の人がそうだったのか、サソリだったからか、合成された人によるのか、合成されたからなのか、などとあれこれ考えました。  今回も世話係の人に恵まれて感謝…
[一言] まぁ元々オルヴァに拾われなければ死んでた身だし、そういう意味では命の恩人だから多少はね? 職業軍人だって基本は上官の都合で前線に送られて命かけてるんだからあんまり変わらない気はする 今後は…
[一言] あら、ここでアレクサンドルさんとはお別れですか 彼の下でもう少し戦闘技術を学べたら良かったんですがねー
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