真実となる作り話
再生派の聖騎士達との話し合いを終えた後、私達はすぐに王国の砦へと帰還することにした。あの街に長居するつもりは元からなかったし、私達も早く帰りたかったからだ。
街に残っていた大型の荷馬車を譲り受け、そこに食料と医薬品とベルナールを含めた生存した仲間達を乗せて帰還の途に着いている。ここにいる誰にとっても今日は非常に濃い一日になったことだろう。
「やあ、良い夜だね」
「どうも」
激しく戦ったこともあり、何故か目が冴えている私以外の全員は出発して早々に眠りについてしまった。そこで夜間の見張りは起きている私が一人でやることになったのだが、誰もが寝静まった深夜に『悪戯の古神』様は例のごとく唐突に現れた。
この御方とこうして会話するのは幾度目なのだろうか?偉大な古神の一柱だと知ったのは今日だが、様々な姿で私の前に現れていた方だ。実は何気なく会話した誰かがこの御方だった可能性もあるのだから。
「面白いことをやるじゃないの、アンタレス君」
「最初に思い付いたのはレオですよ」
私は再生派の聖騎士達との取り決めを思い出す。レオが思い付いたのは私ではなく、聖騎士達が『正義の神』を討ったと喧伝するというもの。単純に誰がやったのかを入れ替えるだけだった。
私が神殺しという武功……になるのか分からないが、とにかくそれに頓着するつもりがないからやれることだ。私はそれでも良かったのだが、再生派はそれは難しいと言い出した。その理由は武功を奪う罪悪感などではない。ひとえに彼らの実力不足が問題だった。
私の目から見ても、再生派の聖騎士達は弱くない。それどころか、一人一人が油断ならない実力だと思われた。それこそ特殊な状況とは言えレオやリナルドに勝てる猛者までいるのだから。
だが、実際に戦った私は分かる。仮に『悪戯の古神』様が弱体化させていない、素の状態の『正義の神』と戦って全員が生きて勝利するにはまるで実力が足りていないのだ。それどころか傷一つ付けられるかどうかも怪しい。弱体化する前の『正義の神』はそれほどに強かったのである。
実際に戦ったことはないが、彼らも聖騎士だ。『正義の神』についての武勇伝は誰よりも詳しい。詳しいからこそ、こんな人数を残して勝利することなど不可能だと理解していたのだ。
「そんな作り話を喧伝することになったと」
「ええ」
ならばどうするか。私達は話し合った末、一つの結論にたどり着いた。それは事実の要素が散りばめられた作り話を一から構成するというものだ。
話の流れはこうだ。再生派は仲間を糾合しながら自分達が奉じる『正義の神』を止めるべく本拠地に乗り込む。彼らの諫言を聞き入れない『正義の神』だったが、その様子がおかしい。明らかに普通ではなかった。
原因は聖騎士団の団長、すなわちガイウスの孫である。奴は祖父の仇である私を殺すべく、神の遺物を用いてあろうことか己の奉ずる神を洗脳して操っていたのだ!
再生派は解放するべくガイウスの孫を狙うが、操られている『正義の神』が立ちはだかる。神に非がないと知ってしまった再生派の剣は当然ながら鈍り、排除するために戦おうとする気力は削がれてしまう。
その時、『正義の神』に動きがあった。無理矢理戦わせようとしたためか、洗脳の拘束力が少しだけ綻びが生まれたのだ。
ほんの少しだけ自由になった『正義の神』だったが、やれることは限られている。神の遺物を使った束縛に抗うことは同じ神であっても容易なことではないからだ。
迷っている時間はない。『正義の神』は速やかに選択する。彼は輝く剣を作り出すと、その刃を躊躇なく己の胸に突き立てたのだ。
己が利用されているのならば、その元凶を断てば良い。『正義の神』は迷うことなく自ら生命を絶ったのだ。
再生派は大きく動揺してしまう。だが、このことで最も動揺したのはガイウスの孫だった。何せ自分に大義名分を与える錦の御旗であり、最強の手駒でもある『正義の神』を失ってしまったのだから。
動揺から先に立ち直ったのは再生派であった。彼らは怒りに燃えていた。自分達の奉じる神を目の前で失い、その元凶が目の前にいるのだから。
怒れる再生派はまだ呆然としていたガイウスの孫とその取り巻きを怒りのままに叩き潰した。こうして教会は主神である『正義の神』を失いながらも、その方針を歪めた張本人を討ち、本来の姿へ立ち戻るべく再生派の下で組織を立て直していくのだった……という作り話だ。
「プププ!都合の悪いことは死人に全部押し付けちゃおうってことね!」
「ええ、そういうことです」
「でも、良いのかい?今の話じゃ、まるでアンドリュー君は被害者になっちゃうけど?」
「その方が都合が良いと考えました」
『悪戯の古神』様の言う通り、私達にとってこの作り話の最大の問題点は『正義の神』が完全なる被害者になってしまうという部分だ。実際のヤツは決して被害者ではない。ヤツの身勝手な正義で大勢の人々が亡くなったのだから。
だが、私はそれで良いと割り切っている。確かに『正義の神』と教会がやったことは許せない。彼らを徹底的に貶めれば私達の溜飲は下がる。それは分かっているのだ。
しかし、今の大陸西部は教会の影響力でまとまっていると言っても過言ではない。そんな状態で彼らの力が急速に衰えればどうなるか。大陸西部は混乱するだろう。最悪の場合、大陸全土を巻き込んだ戦乱の時代がやって来るかもしれない。
そんなことは私もレオも望まない。いや、ごく一部を除いて戦争など望まないだろう。だから、これで良い。いや、この作り話が事実なのだと広めなければならないのだ。
「でもさぁ、ちょっと優し過ぎない?」
「そうでもないでしょう。仕える神を失った教会は間違いなく弱体化します。将来は組織が存在しているかすら危ういでしょう」
「そりゃそうだ。神のいない神殿から人は去っていくものだから。ま、百年くらい後には消えてるんじゃないの?」
私達の作り上げた話によって『正義の神』が自己犠牲によって最期を迎えたのだと広まれば、人々の教会への支持はしばらく保たれるだろう。
だが、仕える神を失った教会が組織を存続させることは不可能に近い。教会はいつか必ず消えていく。その緩やかな、しかし確実な消滅をもって罰とするのだ。
「それに、彼らに必ず守るようにと約束させたことがあります」
「へぇ?何だい、それは?」
「彼らが踏みにじった神殿の復興支援です」
また、この作り話を私達も広める手伝いをする見返りとして教会によって踏みにじられた神殿を復興することを求めた。これが叶えば、ベルナール達にも帰る場所が出来るはずだ。
彼らは望んでいないかもしれない。死に場所を求めることを止めないかもしれない。私が出した条件は無駄になるかもしれない。だが、生ける屍のような彼らに生きるための道を作っておきたかったのだ。
「口約束かもよ?もしそうだったら、どうする?」
「やらせますよ。身一つで乗り込んででも」
ゼルズラに戻る私との約束を軽んじて、反故にされたらどうするのか。もしそんなことになれば私自身が再び彼らの前に現れることになるだろう。それがこの条件を出した私の責任であり、ベルナール達のためにやらねばならない義務なのだから。
私の覚悟が伝わったのだろうか。『悪戯の古神』様は満足げな表情で大きく頷く。古神様にも承認されたと考えて良さそうだ。私は内心でホッと一息つくのだった。
次回は7月26日に投稿予定です。




