戦いの後で
曲剣の刀身が全て体内にめり込むほど突き刺されたからか、ジュードの身体から一気に力が抜ける。すると氷槍でジュードと繋がっている私も地面に転がってしまった。
「あっ、アニキ!?大丈夫かよ!?」
転がった私を心配したように、レオは慌てて駆け寄った。大剣と前腕は凍り付いたままなので自分も不自由であろうに、大剣を引きずってまでこちらに急いでいた。
私は心配させないためにも、右手を曲剣から放して自分の身体に刺さった氷槍を握り締める。本当は引き抜くつもりだったのに勢い余って握り潰してしまった。
これは神の血を飲んだ影響でも何でもなく、明らかに氷が脆くなっていたから可能なことだった。同じくレオを拘束していた氷も瞬く間に溶けてしまう。ようやく自由になったからか、レオは大剣から片手を放してブンブンと振っていた。
「やっと動かせる……じゃなくて!」
「私は大丈夫だ。ありがとう、レオ。お前のお陰で命拾いしたよ」
「や、あれぐらいしか出来ることなかったし。むしろ自分が情けねぇよ。それにオレが役に立てたのってあれだけじゃん」
レオが曲剣を私の方へ打ち飛ばしてくれなければ、今頃地面に転がっているのは私の方だったはずだ。レオがいたからこそ、私は生きているのだ。
勝利の立役者はレオと言っても過言ではないのだが、レオ本人は良いところがなかったと思っているらしい。私は苦笑しつつ、レオの背中を軽く叩いた。
「クソ……がぁ……!」
「こっ、コイツ!」
私達のやり取りは足下から聞こえてきたジュードの声によって中断された。レオは反射的に大剣を振り上げている。だが、私は彼が振り下ろす前に腕を挙げて制した。
「アニキ?」
「必要ない。見てみろ」
反射的に動いたレオは気付いていなかったようだが、彼と話しながらも複眼で観察し続けていた私は気付いていた。私が曲剣を突き刺した部分から、ジュードの全身にヒビが走り、それがゆっくりと、しかし確実に広がっているということに。
ジュードはまだ戦う気でいるようで、身体を起こそうとしている。だが、手足に力が入らないようで起き上がることすら出来ていない。曲剣の毒は私が思っていた以上に強力だったようだ。
「この、俺が……こんな……クソ!クソがぁぁぁぁ!」
地面に横たわったまま、ジュードは天に向かって叫んだ。声の大きさは、きっとそのままジュードの怒りの大きさに違いない。
ただ、そんなジュードに私とレオが向ける視線は、どうしても憐れみを含んでしまっていた。ジュードにはまだ戦意はある。だが、身体は全く動く気配がない。この姿を見て戦士として憐れに思わずにはいられなかったのだ……最大の原因が自分自身だとわかっていても。
「俺は……誰よりも……強く……なりた……かっ…………」
その言葉を最期に、ジュードは全く動かなくなる。そのすぐ後に全身に走っていたヒビは一気に広がり、まるで瓦礫が崩れるかのようにガラガラと音を立ててジュードの身体は氷の破片になってしまった。
氷の破片以外で残っているのはジュードが装着していた鎧などの装備だけ。事情を知らない者が見たら、ここで一人の傭兵が死んだとはわからないだろう。
「少なくとも、お前は私より強かった。一人では勝てなかっただろう。そのことは、私の心に刻んでおく」
「アニキ……なら、オレもそうするよ」
ジュードは敵だ。初めて会った時から私達への侮蔑を隠そうともしなかったし、共に神の末裔を討った後からは敵意を向けてきた。そして再会した今は、嬉々として私達を殺そうとしてきた。
個人としてジュードを好きになることは出来ないし、これから先その評価が変わることもないだろう。だが、ジュードが傭兵として培ってきた兵法には本物だった。磨き上げた槍術も、足払いや不意打ちなどへの対策も私達より優れていたのは間違いないのだ。
だからこそ、ジュードという個人についてではなく、その強さは忘れない。今際の際に述べた、無念であっただろう最期の言葉と共に。これが私に出来る唯一の弔いであった。
「いやぁ~、アンタレス君は優しいねぇ」
「うわあああっ!?誰だ、お前!?」
私達なりにジュードを弔っていると、いきなり私とレオの間から声が掛けられる。それが誰の仕業か分かっている私は良い。だが、そうでない者に……レオにとっては心臓が止まりそうになるほど驚くことだろう。
実際、レオは悲鳴を上げながら大きく後ろへ飛び退いた。それだけではない。彼は大剣を振り上げている。無駄なことだし、何よりも不敬極まりない。私は黒剣でレオの大剣を受け止めた。
「……本当に神出鬼没な御方だ。レオ、武器を下ろせ」
「えっ?アニキの知り合いなのか!?ごっ、ごめんなさい!」
私の言葉で我に返ったレオは慌てて大剣を下ろして謝罪する。もしも自分が今まさに攻撃しようとした相手の正体を知った時、レオはどんな反応をするのだろうか?
「気にしてないさ、レオ君。ああ、僕のことは好きに呼ぶと良いよ」
「あ、え?はぁ……?」
「それで、この度はどうされたので?」
「うん。聞きたいよね?でも、その前に……えい」
何が何やらわからないと言った風情のレオは私と『悪戯の古神』様を見比べる。そんなレオを尻目に私は今回の来訪の理由を尋ねた。この御方は享楽的な性格が強そうだが、何の理由もなく来るほど暇ではないはずだ。
私の質問に答えるつもりはあるようだが、『悪戯の古神』様はふと頭上を見上げると指をパチンと鳴らす。すると、頭上を覆っていた氷のドームが一瞬で粉々に砕け散った。
レオは目を皿のように見開いている。気持ちはわかるぞ。私達を包み込んでいた氷のドームは、ジュードが神の遺物を触媒に発動させた霊術だ。既にジュードは亡く、その強度が同じではないとしても巨大なドームを片手間に破壊した。これで驚かないのは正体を知っている私ぐらいのものだろう。
「それで、目的だったね?これさ」
「それは……神の遺物ですか」
『悪戯の古神』様はつい先程までジュードだった氷の山に手を入れる。そして長細い氷の塊を取り出した。
ジュードの遺体から取り出された、わざわざ『悪戯の古神』様が回収しに来る物体などこれくらいしかないだろう。私の言葉に『悪戯の古神』様は首肯していた。
「こういうモノって、基本的にロクな使われ方をしないからね。回収出来る時に回収するようにしてるんだ」
「左様ですか」
私には肯定することしか出来ない。何故なら、ジュードの槍こそ『悪戯の古神』様の言うろくでもない使われ方をした具体例なのだから。
『悪戯の古神』様は氷の塊を懐に入れる。氷の塊はそれなりに大きかったはずなのだが、入れられた懐の形は全く変わっていない。あの内側はどうなっているのだろうか?
「これで用事は終わり。ところで、君達は帰るだけなんでしょ?送ってあげようか?」
「え?本当で……」
「遠慮させていただきます」
『悪戯の古神』様に任せれば、先ほどのようにとんでもない目に遭う可能性が高い。乗り気になりかけたレオを遮ってまで私は全力で断った。
そんな私の反応も面白かったのか、『悪戯の古神』様はニヤニヤと笑っている。こんな態度だが、私のことを気にかけて下さっているのだから強くも言えない。本当に困った御方である。
「ああ、そうそう。外は中々面白いことになってるみたいだよ。上手く収めてあげてね」
意味深なことを言い残して『悪戯の古神』様の姿は消えてしまう。一体外では何が起きているのだろうか?私は外の様子を知るために感覚を研ぎ澄ませるのだった。
次回は7月14日に投稿予定です。




