決着
「……うぜぇ。うぜぇ!うざってぇ!何なんだ、テメェは!何でテメェは俺の上を行く!?俺は!俺であることを捨ててまでこの力を手に入れたってのに!」
ジュードが発生させた吹雪が収まったのは、彼のヒステリックな叫びが収まった後だった。そして彼はこれ以上ないほどに憎悪を込めた視線を私に向けていた。
神の遺物と一体化し、寿命を削ってまで強さを求めた。なのに私一人を相手に苦戦している。この現実を認めたくないようだ。
「殺す。殺してやる!もう誰も!二度と!俺をナメさせねぇ!見下してんじゃねぇぞ!」
別にジュードのことを侮っているつもりはない。それどころか、一瞬の油断が命取りになる強敵だと認識していた。
だが、ジュードの目にはそう映っていないらしい。どうやらヤツの主観では私はヤツを見下しているそうだ。ヤツの認識を正してやる義理はないのだが、大きな勘違いである。
私の中にある謎の知識から、『他人は己の鏡』という言葉が浮かび上がってくる。私がジュードを見下しているように感じるとするなら、ジュードが私に見下されていると……私に劣等感を感じているのかもしれない。
「見下してなどいない。むしろ、見下していたのはお前の方だろう」
「うるせぇ!黙って死ね!」
スルリと口から溢れた本音にもジュードは敏感に反応している。怒鳴りながら氷槍を手にこちらへ突撃して来た。
まるで冷静さを失っているように見えるが、ヤツは案外冷静らしい。それどころか、思い切った作戦を取ってきた。
「なっ!?ぐっ!?」
「ヤベェのはテメェの毒だ!なら、妙な剣と毒針だけ注意すりゃいい!簡単なことじゃねぇか!」
私は氷槍を弾くために黒剣を振るった。しかしジュードは氷槍と黒剣が接触しないように軌道を変える。その結果、ジュードは黒剣をその身体で受けることになってしまう。
黒剣は氷を砕いてジュードの首に半ばまでめり込んでいる。だが、それだけだ。ジュードにとって黒剣に付けられた傷に意味はない。それ故に完全に無視するという選択肢が取れるのだ。
首筋に刃を受けながら、ジュードの氷槍は私の右足の甲を貫いている。それだけではない。刺さった部分から氷が四方八方に広がり、私の右足を大きく傷付けた。
「がああっ!」
「痛ぇか?痛ぇよなぁ!はーっははははは!」
傷口をこれ以上拡大させないためにも、私は黒剣で氷槍を叩き折る。さらに素早く作り出した砂で残された氷を圧し潰した。
しかしながら、これで右足の傷が治る訳ではない。内側からズタズタにされたせいで右足から激痛が走っている。それに足を傷付けられたことで踏ん張りが利かなくなる……とジュードは思っているのかもしれない。
「穴だらけにしてやブッ!?」
「お前こそ、私を侮るなよ」
右足を潰した。だから右足を気にする必要はない。ジュードはそう思っていたのだろう。しかし、私は鍛錬と言う名の拷問を生まれた直後からされて来た。確かに痛いが、我慢出来ないほどではないのだ。
無防備なジュードの足を右足で蹴り払い、転んだ所へ逆手に握った右手の曲剣を振り下ろす。曲剣にまだ慣れていないからか貫通こそしていないものの、それなりに深く突き刺さった。
「ガアアッ!?チクショウめ!」
地面に転がったジュードはその姿勢のまま氷槍で私の複眼を狙って突いてくる。この刺突は転がっている状態とは思えないほど鋭かった。
上半身のバネを最大限に利用したのだろう。不自由な姿勢から鋭い突きを放てるというだけでも、ジュードの槍術が優れているのは紛れもない事実であった。
私は黒剣の腹で刺突を防ぐ。神の遺物と一体化したことで得られた膂力によって、私は押し戻されてしまう。その際、突き刺した曲剣も抜けてしまった。
「苛つかせてくれるじゃねぇか……!」
「残念ながら、私はしぶといぞ」
「スカしてんじゃねぇぞ!混ざり野郎が!」
やはりと言うべきか、曲剣を刺した部分は治っていない。そのことはジュードが最も良く理解していることだろう。
だが、ジュードに一切退くつもりはないらしい。素早く立ち上がると再び氷槍を手に距離を詰めてくる。毒に侵されながらも、あくまで守りに入るつもりはないようだ。
ならば私は守りに入るべきかと問われれば、私は即座に首を横に振ることだろう。私の右足は即座に治癒させることが出来ない重傷を負っている。痛みを我慢出来ても動き自体は大幅に悪くなっているのだ。
ただでさえ武芸の腕で劣っているのに、ここで守りに入れば間違いなくジュードに刺殺される。ならばここは私も攻めに出るべきだ。傷口から出血することを意にも介さず、私もまた勢い良く踏み込んだ。
「ゴッ……効かねぇ!」
「ぐっ!?おおおっ!」
攻めを重視している二人が激突したことで、これまで以上にお互いの得物を激しく打ち合う展開となった。私の黒剣が氷槍を叩き折って曲剣で斬ろうとすれば、ジュードは一瞬で生成した新たな氷槍で曲剣ごと私を貫くような鋭い刺突を放つ。
攻め手を緩めないためにも回避は首を反らすだけの最小限に止める。そのせいで頬がザックリと斬られたが、多少の負傷など気にしていられない。今度は尻尾の毒針をジュードに叩き付ける。一瞬たりとも気を抜けない命のやりとりが繰り広げられた。
「ッシャァ!」
「なっ!?」
均衡を破ったのはジュードであった。裂帛の気合と共に放たれたヤツの突きを、私はギリギリで回避しながら曲剣を叩き込もうとする。だが、その突きが伸び切る直前、穂先が鉤状に変形したかと思えば氷槍の軌道が変わったのだ。
「しまった!」
「それさえなきゃ、余裕なんだよ!」
鉤状に変形した氷槍によって曲剣は引っ掛けられ、ジュードの戻す力勢いで曲剣は私の手から離れてしまう。完全に不意を突かれた形であった。
まさかジュードがこんな搦め手を使ってくるとは思わなかった。双剣でようやく渡り合えていたのに、その内の一振りを、しかも今のジュードの生命に届く毒を持つ曲剣の方が奪われたのだ。私は攻めることが出来なくなり、一気に窮地に立たされた。
「終わりだぁ!」
「くっ!」
ジュードの猛攻を防ぎ切ることは不可能であり、私の外骨格はみるみる内に細かい傷だらけになってしまう。そして黒剣を右へ強く弾かれて、私は前のめりに体勢を崩されてしまった。
私の複眼は喜悦を浮かべたジュードと、彼が構える槍の穂先がハッキリと見えていた。私はこんなところで死んでしまうのか?戦乱の元凶でもあった『正義の神』を討ち、後はゼルズラへ帰るだけだというのに?
死ねない。死にたくない。生まれた時から課された使命に関係なく、私は死にたくないと私は心の底から願っていた。
「アニキ!」
この時、私は時の流れが遅くなったように感じていた。自分の動きも遅いが、このままでは自分の身体を貫くだろう槍の穂先が迫る速度も遅く見える。それでいてレオの声はいつも通りに聞こえてくる。
レオの声が聞こえたことで、私は背後にも意識を向ける。そして背後が見える私の複眼は捉えていた。ジュードによって奪われたはずの曲剣を、凍った大剣で私の方へ打ち飛ばしていたのだ。
勝機が生まれた。そう思うと同時に私の体感時間は通常に戻っていく。だが、やることをもう決めている私にはもう必要のないことだった。
「くたばれぇ!」
ジュードの氷槍、その穂先に向かって私は黒剣を放り捨てて左の掌を差し出す。氷槍は掌を貫通し、左肩にまで深々と突き刺さった。
きっとジュードは右足にやったようなことを左肩でもやるつもりだったのだろう。だが、私が左手を犠牲にしたのはヤツの視線から右手を隠すためだった。
「おおおおおおおっ!」
「ガッ……?」
レオによって右手に帰って来ていた曲剣を、私はジュードの死角から思い切り突き刺す。神をも殺した毒針は、ジュードの脇腹から心臓の辺りまでその刀身の全てがねじ込まれるのだった。
次回は7月10日に投稿予定です。




