砦の攻防戦 その五
白い鎧の兵士に逃げられた私だったが、地面に潜って破壊工作を続けていた。本当はさっさと帰りたかったのだが、地上での戦いが一段落するまでは暴れろとのお達しがオルヴォから届いている。
やっぱり追加の命令があるんじゃないか。言われた通りのことはもう終わらせても、帰ってはならないのは理不尽だ。しかし逆らうことは出来ないので、私は火吹戦車狩りを続けていた。
(あと残っているのは全て強い気配が周囲にいる。近付きたくないのだが……地上の戦いは終わったか?)
私は結局、十四台の火吹戦車を破壊した。残りの六台は強い気配が守護しているようで、手を出していない。破壊するにはあれらと戦わねばならないから、この辺りで退いてくれたらありがたい。私は地中から頭だけを出して地上の様子を探ってみた。
連合軍の大軍は、侵略軍を追い込んでいるらしい。本来ならば火吹戦車による後方からの攻撃で焼き払われるはずだったのに、私が徹底して邪魔したのでそれが出来ていないのが侵略軍が劣勢になっている原因だった。
むしろそれを防ぐはずだった霊術士の手が空いたことで、霊術による猛攻撃が侵略軍に降り注いでいる。侵略軍の近接戦闘特化の鎧は優秀だが、一流の霊術士の霊術を連続で受けても平気なほどではない。それに連合軍の兵士の多くは近接戦闘を得意とする屈強な戦士だ。火吹戦車さえいなければ、同数であっても負けないだろう。
そうこうしている内に劣勢だった侵略軍は撤退を開始した。近接戦闘特化の鎧の肩の部分が展開すると、そこから妙な臭いのする煙を出しながら後退し始める。当然のように連合軍は追撃しようとしたのだが、煙を吸い込んだ兵士達は苦しんでからバタバタと倒れていた。
あれは毒か?後方の霊術士達が慌てて風を起こし、煙を侵略軍に向かって押し返すが、使っている方はちゃんと対策しているようで苦しむ者は誰もいない。未だにモクモクと流れ出る毒の煙を盾にされれば追撃も難しい。連合軍は無理な深追いを諦め、侵略軍は悠然と撤退していった。
これで私の役目も終了だ。私は全身を地中から出すと、地上を走ってオルヴォと別れた地点へと帰還する。そこには既にオルヴォが待っていて、私に向かって両手を振っていた。
「お帰り!今日も大活躍だったね!」
オルヴォは自分の手柄のように喜んでいる。いや、私の功績はオルヴォの功績だったわ。これでまた実験の協力者を募り易くなることだろう。私に続く第二、第三のヒト種を用いた合成獣が誕生する日も近いかもしれない。
私を引き連れたオルヴォは、勝利に沸く連合軍の陣地をスルーして砦に帰還する。私は檻に入り、何時ものように椅子に座ると目蓋を閉じた。それを満足そうに見たオルヴォはどこかへ向かう。きっと連合軍の首脳陣と話をするに違いない。
オルヴォのことは置いておくとして、私は今日の戦いについて一人で反省をしてみる。地中から襲撃するのはとても効果的だったので、敵が対策をしない限りはこれからも使うことになるだろう。そっちは良いのだが……問題は白い鎧の兵士との戦いだった。
あの戦いで私は死んでいないから、負けた訳ではない。では勝ったのか、と問われればそんなこともなかった。何故なら、対応を誤らなければあの兵士を仕留められたはずだからだ。
その原因は私の油断と、この身体で戦うことの経験不足にある。油断して周囲の警戒を怠ったから、私と同じように気配を消している敵に気が付かなかった。気を付けていれば最初に撃たれることすらなかっただろう。
それに剣で戦うことに固執し過ぎた気がする。蹴りを使っても良かったし、霊術を使っても良かったし、何よりももっと尻尾を使った方が良かった。冷静に考えると本当に反省点しかない戦いだった。
(アレクサンドルと聖騎士の動きを意識し過ぎたせいだ。二人とも戦いながら霊術も使うし、そもそも私には尻尾がある。あくまでも動きは参考にするが、それを私の身体に合わせた形に昇華せねばならない……先は長そうだ)
私が反省会を行っている間に、砦は徐々に騒がしくなっていく。戦場の片付けを終えたらしい兵士達が次々と帰還しているのだ。きっとこれから戦勝を祝うのだろう。活躍した兵士には論功行賞が授けられるに違いない。私には関係のない話であるが。
しばらくして日は沈み、空は暗くなって夜になった。だと言うのに砦の喧騒は静かになるどころかますます大きくなっていた。その騒ぎの雰囲気は楽しげで、笑い声に満たされている。勝ったのは確かだが、少し浮かれすぎではないだろうか?
「おう、やっぱりここか!ガハハハハ!」
私が疑問に思っていると、アレクサンドルがノシノシとやって来た。一見すると何時も通りであるが、何か奇妙な臭いがする。それは片手に持った瓶から漂っていた。
アレクサンドルはその瓶に口を付け、グビグビと呷る。ブハーッと息を吐くと同時にその奇妙な臭いが強くなった。何を飲んでいるのだろうか?
「聞いたぞ!お主があの厄介な火吹戦車を潰して回っておったのだと!あれのせいでどの戦線も被害が大きかったのだ!流石は我が弟子!良くやった!ガハハハハ!」
アレクサンドルは檻の前に腰を下ろすと、私を褒め称えながら懐から何かを取り出した。それはカチカチになるまで乾燥させた肉だった。
それを歯で引きちぎり、モシャモシャと咀嚼してから再び瓶を呷る。そうしているアレクサンドルはとても幸せそうな顔になっていた。
「霊術士達が感謝しておったぞ!お陰であの炎弾を防ぐ手間が減ったとな!あの高慢ちきなエル族すら認めておった!ガハハハハ!」
「高慢ちきとは酷い言われようね」
アレクサンドルが大笑いしていると、また別の者がやって来た。おいおい、私が接近に全く気づけなかったぞ?一体何者だ?
しかし、私は複眼でその顔を見て納得した。この耳が長くて先端が尖っている雌は、アレクサンドルと同じく私を警戒していた連合軍の強者の一人であったからだ。
「おお、エル族の頭目殿ではないか!」
「頭目だなんて、下品な言い方をしないで下さる?私は盗賊ではないのよ?全く……」
アレクサンドルの言い方が気に入らなかったのか、その雌は額に手を当てながらため息を吐いた。それよりもエル族か。そのヒト種についての情報は私の知識にもあった。
ヒト種の中では数が少ない少数民族で、霊力に優れた者達だという。ただし、私の知識はそれだけだ。容姿については全く知らなかったので、この雌とエル族が繋がらなかった。この耳がエル族の特徴だ、と覚えておこう。
「まあ良いわ。そこの合成獣、起きなさい」
「……?」
えぇ?いきなり命令されたんだが……それに従う義理はない。けれど、ここで無視したら面倒くさいことになりそうだ。私は命令に従って目蓋を開けた。
「よくあの忌々しい火吹戦車を壊してくれましたね。私が率いる『烈風隊』を代表して礼を言いますわ」
それでは、と言ってエル族の雌は背を向けて離れていく。礼を言うと言ったからには、今のが感謝の言葉だったのだろう。しかし、全く感謝されたように思えなかった。
唖然とする私を見てアレクサンドルは呵々大笑する。グビグビと瓶の中身がなくなるまで飲み干すと、やはり奇妙な臭いのする息を吐いた。
「ブハーッ!ガハハハハ!あれでも感謝しとる方なのだぞ!言っただろう?エル族は高慢ちきなのだ!その点、我らコゴ族の勇士は正直者で通っておる!野卑だと言う輩もおるがな!」
あれで感謝している方なのか……信じられん。私は呆れながら目蓋を閉じた。それと今アレクサンドルは自身をコゴ族と言ったが、そんなヒト種がいるとは知らなかった。
きっと『竜血騎士団』の者達がそうなのだろう。特徴としては高い身長と筋肉質という恵まれた体格にゴワゴワした髪と髭だろうか。一つ知識が増えたな。
「正直に言って、最初にお主を見た時は危険過ぎると思ったがな!今では我が弟子にして頼れる戦友よ!ガハハハハ!」
アレクサンドルは豪快に笑いながら立ち上がると、腰に吊るしていた一本の陶器の瓶を私の膝の上に放り投げる。それはアレクサンドルが先ほどから飲んでいる液体と同じもののようだった。
ずっと気になっていたが、これは何なのだ?何かがわかれば、該当する知識が私の中にあるかもしれない。
「酒だ!お主も戦ったと言うのに戦勝の宴に参加出来ぬのは不憫であるからな!お主にも持ってきたのだ!ガハハハハ!」
これが酒か。ヒト種が好んで飲む嗜好品だと知識にはある。ヒト種はあの奇妙な臭いがする液体が好きなのか?理解不能だ。
ただ、もらったは良いが膝の上にある瓶の中身を飲む方法が私にはない。アレクサンドルはそのことを考えておらず……今も気にしていなかった。
「さて!我はそろそろ寝るぞ!明日の朝も稽古は行うからな!ガハハハハ!」
ピシャリと膝を叩いてからアレクサンドルは立ち上がり、そのまま大股で歩いて去っていった。え?本当に行ってしまうのか?これをどうやって飲めと言うんだ?
私は頭を可能な限り下げ、頬の鋏を伸ばして瓶を拾おうとしてみる。しかし、鋏はギリギリで届くことはなかった。このままでは飲めないし、だからと言って捨てることも出来ない……どうすれば良いのだろうか?
「今日も食い物を持ってきたぞ~っと」
私が途方にくれていると、毎日食事を持ってくる顔馴染みの兵士がやって来た。その足取りは不確かでフラフラしており、顔もどことなく赤くなっている。口からはアレクサンドルと同じ臭いがしているから、きっと酒を飲んでいるのだと思われた。
兵士は鼻歌混じりに檻を開けると、餌としてパンを差し出す。兵士達は戦勝を祝っているようだが、私の餌は普段通りの味気ないパンだった。最初から期待していなかった私はモシャモシャとパンを咀嚼した。
「ありゃ?これは……酒の瓶か。ははぁ、さてはあのデカい騎士団長殿の差し入れだな?じゃあ、ほれ」
兵士は私の脚の上にある酒の瓶に気付くと、見事に事実を言い当てた。私に嗜好品を差し入れしようなどと考えるのはアレクサンドルか『竜血騎士団』の団員くらいのものなので、推理する難易度は低いだろう。
兵士は瓶の栓を指で引っこ抜く。栓はスポッと小気味良い音を鳴らして抜け、兵士は飲み口を私の口に近付ける。ついでに飲ませてくれるらしい。酒の臭いは慣れないが、せっかくだから飲んでみよう。私は頬の鋏で瓶を挟んで固定すると、瓶の中にある酒を口に流し込んだ。
「ぶふっ!?」
酒を含んだ瞬間に、アレクサンドルや兵士の口から漂っていた臭いが鼻を抜ける。同時に舌が痺れる感覚と複雑な香り、そして仄かな甘味が広がると……私の視界がグニャリと歪んだ。
何だ?クラクラして考えがまとまらない。フワフワしている。へいし、が、なにか、いってる……あ、きゅうに、ねむく……




